本田雅一のAVTrends
186回
“液晶vsOLED”の新常識。成熟した4Kテレビの選び方と、8Kの可能性
2018年11月2日 08:00
今年は各メーカー、前半に力の入った主力製品が集まった薄型テレビだが、秋以降は、東芝、ソニーが上位モデルを発売したほか、12月1日からの新4K8K衛星放送を見据えてシャープがチューナー内蔵を含む4K/8Kテレビのラインナップを用意した。
テレビはそれぞれ、異なる開発コンセプトで商品が作られている。このため新製品を横並びに評価することはできないが、テレビを選ぶ上で重要な鍵を握る要素を持っている。
中でもソニーが発売した「Masterシリーズ」のうち、液晶テレビのBRAVIA Z9Fシリーズは、テレビの上位モデルを選ぶ上での常識を変える実力を持っている。単に技術的な要素として興味深いだけではなく、“液晶、まだまだ行けそうだ”という期待感を含め今後の商品選びの指針を考える上で重要な製品だ。
テレビは毎年買い替えるような製品ではないが、もし、筆者が今年のモデルから、画質重視、すなわちプレミアム映像を愉しむためのディスプレイとして1つの製品を選ぶのであればZ9Fシリーズの75インチモデルを選ぶだろう。
また、価格帯は異なるがファミリーで愉しむリビングルーム向けの製品を検討するとしたら東芝のREGZA Z720Xシリーズに目を向けると思う。
なぜそう思うのか、そこには明確な理由がある。
“OLEDが上で液晶が下”という常識を疑え
一般に“OLED(有機EL)が高画質”と言われる理由は、もちろん、実際の映像を観て印象が良いからに他ならない。OLEDの絶対的なコントラスト比の高さ、黒浮きのないリアルブラック、局所コントラスト(近接する画素のコントラスト)の高さ、低輝度部の色再現域の広さなど、OLEDが優位な点は多い。
しかし、実際に長い時間、OLEDと液晶を見比べていると、液晶の方が得意とする部分も多数見つかる。液晶は黒は浮くものの、黒周辺の立ち上がりは素直で、とくに最暗部に近い部分の階調性はOLEDよりも良好だ。絶対的な輝度もバックライトを上手に焚けば、OLEDでは達成できない輝度を出せるため、とりわけ照明を真っ暗にしない(できない)中でHDR映像を愉しむ場合は、OLEDよりもかなり有利になる。
12月1日から始まる4K/8K実用放送のプログラムを見ると、スポーツ中継などでHDRが使われることもかなり多くなりそうだ。映画などのHDR作品だけではなく、音楽も含めライブ中継のHDRを考慮するなら、明るい場所でHDR映像を愉しむ機会は増えるはずだ。とりわけ光輝度部の色再現域は、現在使われているテレビ用OLEDパネルが「RGBW」構成であるため液晶の方が広い。
ただし「液晶もOLEDと同じぐらいいい」と言うためには、バックライトの的確な制御が不可欠となる。部分的にバックライトの明るさを変える、いわゆるローカルディミングは単に黒浮きを防ぎ、コントラストを高めるだけでなく、階調特性をより高め、暗部の色再現域を拡大するためだ。
“液晶が下”の常識を覆すZ9Fの視野角と階調性
そうした意味では、かつて最高峰として君臨していたBacklight Master Drive(BMD)搭載のBRAVIA Z9Dは、4K/HDR時代の理想的なディスプレイだったのだが、この製品には大きな弱点があった。
BMDが理想的な画質を実現するには、画面サイズは大きいほど良いのだが、画面が大きくなるほど視野角の問題が出やすくなる。結局、真正面で適度な視聴距離を取らない限りは理想的な画質には至らない。
Z9Fは、当時のZ9Dほどコストを大きくかけたバックライトを搭載しているわけではないが、しかし、劣っているのはバックライトの分割数だけだ。それ以外のすべては、スーパーハイエンドだったZ9Dよりも優れている。また、分割数が少ないとは言うものの、制御そのものが進化している。
とりわけ凄いと感心するのが、広視野角技術の「X-Wide Angle」。コントラストは高いが視野角が狭いVA型パネルに対し、バックライト、あるいは液晶表面の光学フィルムなど複数の技術を組み合わせて実現してるというこの技術は、液晶基板のみを購入し、バックライトを含めたその他工程の組み立てを独自に行なうことで実現している。
一般的なIPS液晶パネルの視野角を遙かに超えているのはもちろん、OLED(視野角がほとんどないと思っている方も多いようだが。少しは変化する)よりも好ましいぐらいほどで、視野角に関しては“まったく気にしなくていい”レベルにまで向上した。
ここまで視野角が拡くなったなら、あとは液晶の特徴とOLEDの特徴を比べ、どちらが良いかを判断すればいい。
OLEDの方が液晶よりも優れているのは「リアルブラック」「局所コントラスト」「低輝度部の色再現域」で、たとえば部屋を真っ暗にして映像を愉しむのであれば、OLEDの方が好ましいことが多いだろう。
しかし、液晶には「同じ価格ならより大画面」「高輝度まで伸びやかなHDR表現」「暗部まで滑らかな階調表現」といった特徴がある。さらには、ソニーのバックライト制御は業界随一で、局所コントラスト、暗部の色再現域などに関して、OLEDほどではないにしろ良好な特性を実現しており、一概に“液晶だから”と切り捨てられない部分もある。
筆者が判断するならば、暗室、あるいはリビング同等の明るさでA9Fとの比較も交えながら考えて、今年、画質重視で製品を選ぶならばZ9Fが好ましいと思うが、これは人それぞれだろう。
しかしひとつ確実に言えるのは、同様の広視野角技術の採用が拡がれば「OLEDと液晶に上下関係はなくなる」ということだ。そして、いくつかのメーカーは高画質モデルはOLED……と舵を切っているが、仮に“高画質な液晶テレビ”を目指すのならば、Z9Fの視野角特性はひとつの基準となるだろう。
“モニタに対して忠実”が最良という常識を覆すX1 Ultimate
BRAVIA Masterシリーズが搭載する新映像処理チップ「X1 Ultimate」については、IFAのレポートでも詳細に述べたが、あらためてその効果について言及しておきたい。どんな処理を行なっているかは当時の記事を参照戴きたいが、結果として何が良くなるのか? という部分が重要だ。
長らくテレビは、映画をはじめとするプレミアム映像を“忠実に再現すること”が、最良の画質を実現するために必要だとされてきた。しかし、すでにこの常識は一部、壊れてしまっている。
一般的なテレビ放送やDVD、ブルーレイなどは、古いブラウン管時代に作られた色再現域とダイナミックレンジの規格に縛られている。現在のディスプレイは、いずれもそれらを超えている。つまり、額面通り、忠実に規格通りの映像を再現していたのでは、ディスプレイの持つ特徴を生かし切ることができない。
一方、最新の4K/HDRの映像には規格上、現代のディスプレイでは表現しきれない色再現範囲とダイナミックレンジが収められている。また、バックライトの部分制御にしても、OLEDパネルの表示上の制約にしろ、さまざまな制約によって情報をすべては表現しきれないため、なるべく多くの情報を伝えられるよう工夫して表示しなければならない。
いずれも“忠実”なだけでは、うまくいかないということ。
X1 Ultimateはその両方で工夫をしているが、とりわけ優位性が顕著なのが、一般的なテレビ放送(つまり通常ダイナミックレンジのBT.709相当の色再現域)を標準モードで表示する際の画質だ。
たとえば、通常ダイナミックレンジなのにまるでHDRのように見せるための画質処理「HDRリマスター」。その際、“葡萄は葡萄らしく、海は海らしく、グラスはグラスらしく”と、オブジェクトを認識しながら、本来のディテールを復元するように画像処理を施す。
HDRだけでなく、さまざまな領域で同様のエンハンスが行なわれているが、いずれも”忠実に再現”することが目的ではなく、映像ソースを元に、より積極的にパネルの性能をいっぱいに使って、より広いダイナミックレンジ、より広い色再現域の映像を再現するのが目的だ。
現状、価格帯が異なるため他社製品とは直接は競合しないが、Masterシリーズでもっとも評価したいのは、こうした普段使いの映像がS/N感よく、その上、立体感、ディテール感たっぷりに描いてくれることだ。単に忠実な再現性を追いかけるのではなく、ディスプレイの能力をいかに活かしていくのか。
(これまでも挑戦してきた製品はあったが)忠実性の高さこそ最良という常識が、もう過去のものであることを体現しているのが、X1 Ultimateだと思う。パネルの使いこなしという面ではスピーカー以外に大きな違いはないA8FとA9Fだが、言い換えればX1 Ultimateの採用でどこまで絵が変わるか、というひとつも実証例になっている。
今後、この映像処理エンジンは、高画質処理におけるひとつのリファレンスとなるとなっていくだろう。
“リビングのテレビ”に的を絞ってきたREGZA Z720X
一方、東芝が秋以降、販売しているZ720Xは、ディスプレイとしての性能を追求するのではなく、リビングテレビとしてのバランスを上手に取った製品だ。東芝はREGZAシリーズの上位モデルに「Z(あるいはZX)」という型名を使ってきたが、昨年からはOLEDパネル採用の「X」が追加。Zシリーズは液晶パネル採用機の最上位という位置づけになった。
そしてその液晶最上位であるZ720Xに、(Zシリーズとしては久々の)IPS液晶パネルを採用している。このあたりの判断は、長年、国内市場を最重要視して製品企画をしてきた東芝REGZAの商品企画・開発チームが、日本市場でのみ販売する製品を企画・開発しているだけに、実に方向性がハッキリしている。
暗室、あるいは照明を低く落とした環境で高画質を……というニーズにはOLEDパネル採用のX920で対応している一方、Zシリーズは上位モデルではあるが、もっとカジュアルにファミリーユースで使う最上位モデルという位置付けに大きく振っているのだ。IPS液晶を採用した理由は、まさにそうした部分にある。
VA型液晶に比べコントラストが落ちる上、暗部の色が赤や青にシフトしがちなIPS液晶だが、今年、東芝が採用したIPS液晶パネルはコントラストが向上している。これは電極配線層の透過率を高め、外光が配線に反射して戻る光を抑制したためで、VAパネルほどではないものの、IPS液晶同士で比較すると明確に黒浮きが減っていることがわかる。
仕組み上、真っ暗な部屋でのコントラストは変化しないが、照明を少し残した部屋などでは効果的。IPS液晶本来が持っている広視野角という特徴も考慮した上で、“リビングでのファミリー向け上位モデル”という性格が垣間見える。
同様にIPS液晶でファミリー向けを狙ったモデルに、パナソニックのVIERA EX850、FX800、FX750シリーズなどがあるが、本機の場合はパナソニックの製品ほどの劇的な画処理によるコントラスト感向上処理はされていない。
しかし「レグザエンジン Evolution PRO」は、極めて地デジ画質に効果的な設計がなされており、横方向1440画素しかない地デジ/BS放送の映像に対して適切なノイズ処理と4K超解像をかけてくれるなど、画質面での処理は(X1 Ultimateとは異なる手法ではあるが)“忠実性の高さよりもパネル特性に合わせてよりよく見えるように”という意図が強く感じられるエンジンで、こちらも普段使いに好ましいと言える。
もっとも、REGZAシリーズを象徴するのは、やはり日本市場向けに特化した商品企画であること。現段階でBS4Kチューナー、スカパー! プレミアムサービスチューナー、外付けUSB HDDに地デジ6チャンネルを全録する「タイムシフトマシン」などを内蔵していることから気合いがわかろうというものだ。
特にタイムシフトマシンは他社にはない大きな特徴で、自動録画された番組だけでは亡く、指定録画した番組からネット動画まで、ありとあらゆる動画を多様な切り口で閲覧し、好みのコンテンツを見つけて楽しめるようになっている。
また内蔵スピーカーは、こちらもハイファイ調の音ではないが、音像の明瞭さと中低域の力感を強く感じさせるもので、「重低音バズーカオーディオシステムPRO」という名前そのままの迫力ある音。オーディオとして捉えると“ドンシャリ”なのだが、声の帯域はしっかり聞き取りやすく調整されており、ポンと置いただけで画面サイズに見合うだけの音が楽しめる。
このように、昨年までのREGZA Zシリーズとはやや位置付けを変えたZ720Xは、(4Kチューナー内蔵という点も含め)価格設定の手頃さで、実に勧めやすいモデルに仕上がっていた。
8Kへの道は“遠いか”、“近いか”
一方、年末向けという意味ではシャープの8Kチューナー内蔵「8K AQUOS」が注目だろうか。もちろん、今年の販売モデルとしては4Kの方がボリュームは大きいが、12月1日の8K放送を控え、80/70/60型の3サイズでチューナー内蔵モデルを出してきた意味が大きい。日本の8K放送を愉しもうと思えば、この製品が必須となるわけで、高精細、大画面という液晶が得意とする領域に強く進んでいきたい意図が見て取れる。
現状、8KでOLEDは技術的に難しく、高精細がより活かされる大画面(インチ当たりのコストの安さ)で勝負という組み立て方は極めて合理的だ。
実は家庭向けの8Kテレビに関しては、将来的な可能性についてあるとは思っていたものの、それが普及するというイメージは持ち合わせていなかった。これは実は4Kの時もそうだったのだが、4KはHDR+広色域という別のトレンドと合流することで、誰もが実感できる実用的な高画質フォーマットになった。しかし、8Kにはそうした別の付加価値はない。
しかしながら、先日、カンヌで開催されたMIPCOM(テレビ番組のトレードショウ)で披露されたNHKの番組を見て気が変わった。BS 8K用に撮影された「神秘の水中鍾乳洞セノーテ」は、REDのHeliumセンサーを用いたカメラで撮影されたもので、そのHDR映像はその場の本当にいるかのような強いリアリティを感じさせた。
もちろん、当面の間、8Kコンテンツは限定されている。東京オリンピックというイベントを見据えたとしても、8KコンテンツがBS 8Kだけで満足できるとは思えない。では、4Kコンテンツでは主役となっているネットでの映像配信業者(NETFLIXやAmazonなど)が8Kに移行するか? と言えば、そこには経済合理性が見えない。
したがって、現実的には8K撮影された映像が、4K/8Kいずれかで編集され、4Kで配信されるというシナリオとなるだろう。ならば8Kには意味が無さそうだが、実は8Kで制作された映像は4K上映でも、一般的な4K映像よりもずっと美しい。
今後、4Kのテレビが主流になり、すでに当たり前となっているネット配信の4K映像に加えて放送も加わってくれば、4K映像そのものの配信は拡がっていくだろう。そうした中で、8K制作が増えれば、そこには映像処理での8Kアップコンバートにも意味が出てくる時が来るだろう。
“近いか、遠いか”で言えば、まだ近いとは言えないが、それでも8Kには可能性はありそうだと感じた。現時点ではコストが高すぎ、データのハンドリングにも忙殺されるため、8K撮り、8K制作の作品は限定的だ。しかし、データハンドリングと処理能力の向上があれば、カメラ側は準備ができているだけに可能性は広がる。
つまり、放送やパッケージ、配信が4Kであったとしても、元映像の品質が充分に高ければ、映像処理回路側での工夫で、ギリギリまで情報を引き出せるということだ。
ただし現状、そこまで8Kの映像処理が洗練されているとも感じない。シャープに望みたいのは、8Kへの向かう意欲は支持したいので、4Kからのアップコンバート回路に投資をすることと、HDR映像をハロなどの不自然な黒浮きを目立たずに表現するよう洗練して欲しいということだ。
8Kパネルに内蔵8Kチューナーという、ひとつのマイルストーンは記録したことは称賛したいが、まだまだこれから解決すべき課題は多い。
今年は“4Kテレビの成熟”がひとつのテーマ
ブルーレイが立ち上がった後、世の中はフルHDの映像配信へと向かったが、そのころには4Kコンテンツが家庭で楽しまれたとしても、ごく一部だろうという意見が多かった。放送開始はずいぶん先だったことに加え、4KとフルHDの差が明白なコンテンツが、それほど多く出てくるだろうか? という疑問もあったからだ。
しかしその後のNetflix、Amazonの台頭は4Kへの意向を加速させた。放送規格決定から本放送開始までの間は、4Kコンテンツが限られた空白期間となる。UHD BDもあるが、あくまでパッケージ販売されるコンテンツだ。
しかし、NetflixやAmazonなどの、いわゆる「OTT」と呼ばれている事業者は、放送規格では達成できない領域に歩を進めるため、4K、そしてHDRに大きな投資を行なった。具体的には自主制作で4K/HDR作品を作り始め、それを差異化要因にして映像コンテンツのファンに訴求したのだ。
結果、4Kコンテンツが当たり前の世界を迎え、さらには8K撮り/8K編集/4K配信でさらに高みに至ろうとしている。こうして制作された高画質コンテンツは、確かに4Kテレビ、プロジェクターなどの長所をいかんなく発揮してくれる。
今回は今年後半に追加された製品に絞って紹介したが、前半にはOLEDテレビの発表が集中した。Z9Fが極めて優れた液晶テレビだと紹介したが、もちろん用途次第である(それに55インチのZ9Fはない)。前半に発表された各OLEDディスプレイには、春のコラムで紹介したようにそれぞれに特徴、画質の違いはあるが、いずれも昨年より大きく進化しているという点は共通している。
いずれにしろ言えるのは、コンテンツも揃ってきた4K映像の世界は、それを表示するテレビ側の画質も成熟してきたということだ。たとえばX1 Ultimateは8Kテレビにも応用できる能力があるとソニーは話しているが、では8Kで4Kと同じ処理ができるかといえばそうではない。
この映像処理エンジンの良さは、4K領域で使われているからこそ優位性が目立つのだ。そうした意味では、今年の4Kテレビは将来、“もっともいい時代”と振り返られる年になるのかもしれない。