本田雅一のAVTrends
BD版「009 RE:CYBORG」にみるアニメの高画質への挑戦
実は“MGVC”対応。コダワリをそのまま家庭へ
(2013/5/21 10:01)
このところ、意識をしてたくさんのアニメを観るようになった。以前から面白そうだと思えば選り好みせず、評判が立てば劇場向けアニメ作品は観ていたものの、私自身の好みはどちらかというと洋画寄り。しかし、日本で売れているプレミアム映像パッケージの多くはアニメで、しかもブルーレイ比率が極めて高いという特徴がある。
DEG(デジタル・エンターテインメント・グループ)によると、日本はDVDからブルーレイへの移行が世界でもっとも進んでいるそうだが、実はライブアクションの映画のブルーレイ化はさほど進んでいない。ブルーレイ比率を引き上げいているのはアニメファンたちで、DVDは今や圧倒的な少数派だ。
そうした中で、映像作品としてのアニメを話題になっている劇場版だけでなく、テレビシリーズでも積極的に録画してたくさん観てみようと思い立ったのだ。するとそこにはいくつかの発見があった。
そのうちの一つが、作品を高画質に楽しむための条件が厳しいことだ。古めのアニメにある手描きの筆致や手の込んだ背景のアートワークの再現性もなかなか難しいが、コンピュータ化が進んだ今の作品は、枠線が細くより繊細な絵柄になり、彩色も数色を塗り分けて立体感を出すだけでなく、微かにグラデーションをかけて絵としての風合いが整えられている。さらに画像処理で場の雰囲気を出したり、ライティング効果を細かく与えることで映像表現の幅、深みが与えられている。
これらはアニメファンにしてみれば常識なのかもしれないが、改めて意識しながら観ていると、放送にしろ、ブルーレイにしろ、またネットによる映像配信にしろ、映像制作側がこだわって練り上げた表現を、民生用機器で上手に再現するのは、何しろ難しいと感じたのだ。
そんな折、Production I.Gの石井朋彦プロデューサーに「僕らはいつも、作品を最高の状態でお届けすることに拘っていますが、今度発売する009 RE:CYBORGはとりわけの自信作です。よかったら神山監督へのインタビューを含めて、取材してみませんか?」とのお誘いを受け、映像機器や画質といった視点から009 RE:CYBORGのパッケージ版について記事化を進めることにした。
ブルーレイ版に封入された圧倒的な情報量
まずVAPから発売される(2013年5月22日出荷)ブルーレイ版について、簡単に触れておきたい。パッケージの封入物などに関してはメーカーのウェブページや本誌における紹介ページを参照いただきたいが、まず驚いたのがその音質。
ブルーレイ版の音声トラックは日本語のステレオと5.1チャンネルだが、デフォルトになっているステレオ音声からして、立体的で情報量が多く、鮮度の高い音が出てきた。これを5.1チャンネルに切り替えると、実に繊細に音が付けられているのが判る。自宅の試聴システムで確認すると、シーンごとに実に凝った演出、サウンドデザインが施されているのだ。
石井プロデューサーによると、今回の作品もイノセンスなどと同様に米スカイウォーカー・サウンド(スターウォーズなどを制作しているルーカスフィルムの音響部門)にサウンドデザインを依頼しているとか。イノセンスの音も秀逸だったが、009 RE:CYBORGはイノセンスの繊細さ、緊張感に加え、アグレッシブなリズム感、疾走感を感じさせるシーンも多く、よりボキャブラリ豊富な表現になっているように思う。
いずれも非圧縮のリニアPCMで収められているが、手元の資料では48kHzとしか判らない。石井プロデューサーに訊ねると「丸めは行なっていないはずなので24bitのまま、圧縮せずにお届けしています」とのことだ。良いシステムを揃えている読者なら、(たとえ迫力では負けたとしても)劇場よりも繊細さや表現力で上回る音を楽しめるだろう。
そしてなによりも画質が素晴らしい。3D作品としてCG制作された009 RE:CYBORGは、セルアニメ風の絵柄、彩色と写実的なようでアニメ的な背景のアートワークを組み合わせ、映画的な印象的ライティングで各場面の描き分けをしている。
特に暗い場面における階調の付け方が微妙で、民生用パッケージの8bit階調、4:2:0カラーフォーマットでは表現しきれない。それはDVD版を観れば明らかで、作品冒頭でブリテンがNSA職員と路地裏でやり合うシーンでは、階調がマダラになってしまう。いわゆる疑似階調なのだが、暗めの低彩度なシーンということもあって、4:2:0の色を復元しきれず、同じグレートーンのスーツがマゼンタや緑に色相がフラフラと揺れてしまっていた。
ブルーレイ版では、当然、フルHDの解像度を活かした階調処理が施されているが、ここにもひと工夫が施されている。階調がうまくつながって見えるよう誤差拡散などを行なうフィルタ処理(たとえばソニーのSBM for Videoなど)は、洋画・邦画を問わずアニメに多用されているが、セルアニメ風の絵柄に適用すると、どこか粉っぽい風合いになりやすく、金属的なツルッとした質感を表現している部分などに違和感を感じていたが、009 RE:CYBORGにはそれがない。
これはパッケージ向けの映像処理を担当したパナソニック・ハリウッド研究所(PHL)が009 RE:CYBORG向けに新たに開発したフィルタだそうで、従来に比べてS/N感が大きく上がっているのだそうだ。筆者は4K2KプロジェクタのVPL-VW1000ESで110インチに投影して画質チェックを行なったが、階調表現が厳しいシーンは背景の空が濃い紫のグラデーションになる港湾でのシーンぐらい。違和感を感じるシーンはなく、作品自身に没入しやすい。
そして009 RE:CYBORGはさらに、先日パナソニックが発表したばかりのマスターグレードビデオコーディングにも対応しているという。これは劇場用マスターの12bit階調(画素あたり36bit)を、従来のブルーレイとの互換性を維持しつつ、対応機材で再現しようというもの。現時点ではパナソニック製のDMR-BZT9300に対して施されるファームウェアアップグレード版でしか観ることはできない。
しかし、石井プロデューサーは「買っていただくパッケージは、可能な限り高い品質で封入しておきたい。今、楽しめなくとも将来、機器の買い換えなどでマスターグレードの品質を楽しんでもらえる」と話す。
とはいえ、私の視聴環境にはマスターグレード対応プレーヤーがないため、三鷹にあるProduction I.G本社で神山健治監督を交えながら、パッケージ版009 RE:CYBORGの完成版について話を聞いた。
「“ブルーレイってこんなもの”と諦めていたけど、これは違う」と神山監督
劇場版にしろテレビ版にしろ、映像制作を行なっている側は、リリースするマスターのクオリティを上げることに集中している。
たとえば、009 RE:CYBORGの冒頭、六本木ヒルズのシーン。各ビルの質感や室内のインテリア、屋外の描写や色彩。さらには一気に雲の色が変化してニューヨーク・マンハッタンへと舞台が移るシーン。どのような色彩で描くのか。またニューヨークへの転換で、モヤモヤとした少しくすんだ空気感へと微妙に変化させる。こうした”風合い”を重視し、時間をかけて演出を施したと神山監督。
しかし、監督が手出しできるのはマスターを作るところまで。その先は手出しできない。
「実はブルーレイに対する印象、僕はあまり良くなかったんです。DVDの時よりも細かくなんでも映ってしまいますが、あっけらかんと詳細が出てきてしまうので、たとえば実写とCGの合成部分に違和感が出たりして。ブルーレイってこんなもんなんだろうなぁ、という諦めはありましたね」
ブルーレイ化に際しては、まず階調補正を入れずに12bitマスターを8bitに変換し、4:2:0へと色情報を落とした状態でチェックした。ところが、前述したブリテンがNSA職員とやり合うシーンで、すぐに問題が見えてきた。「これだけ階調が破綻していると不良品ですよね。と話しました。すると次に僕らのために、従来よりも優れているという階調補正処理を開発してくれたんですよ。実はこの段階でも、つまり通常の8bitの段階でも、ここまで出来てれば充分という品質に仕上げてくれたんですね。なのでブルーレイであれば、充分な画質で作品を楽しんでいただけると思います」
しかし、それは従来のブルーレイと比較しての感想。マスターグレード、すなわち12bit階調で再生されるDMR-BZT9300からの映像を見たときには「これなら(作品の全てを詰め込むことを)諦める必要はない」と感じたという。
「もちろん、階調が増えますから、疑似階調がなくなるだろう、きっと良くなるんだろうとは思っていましたが、単に疑似階調を見えなくするだけなら、すでにできていましたから。しかし、あらゆる場面で想像よりよくなっているんですよ。むしろ、オリジナルのレンダリングイメージよりもよくなったんじゃないか? と思えるぐらいです」
「元の絵を作っているとき、いつも暗部の階調を丁寧に作ろうとすると引き締め切れず、どうやったらもっといい絵にできるか、いつもストレスを感じながら作業します。キャラクタや背景のアートワーク、各種の映像効果を入れ、組み合わせていく工程で、異なる映像を馴染ませていくと、どうしてもコントラストが失われていく。だから、最後の仕上げで暗部への落とし方にこだわります。でも、ライティングが強く入っているところに粉っぽさやモアレがないか? などをチェックし、それを最優先に潰していくのですが、それらは劇場公開用の映像として作り込んでいるものですから、なかなか民生用8bit映像では出てきません」
「それがマスターグレードになると、粉っぽさが抜けてスーっとクリアに見通しのいい絵になるんですね。コントラストも付いて黒が引き締まって見える。なのに固いわけじゃなく、線画部分はむしろ滑らかですね。キャラクタの肌の部分にうっすらと乗っているグラデーションを上手に表現してくれるので、映像に立体感も出てきます。自分で作った映像ですから、すごく意地悪に観れば気付くところもあるんですが、実はその問題はマスター自身に存在しているものがほとんどです。ここまでブルーレイに収まるなら満足ですよ。劇場で上映した時の感じが、うまく出ていると思います」
デバンド処理の弊害がなくなると、演出意図が見えてくる
疑似階調が出るのを防ぐ映像処理を「デバンド」処理というが、前述したようにデバンドを行なうと、少しばかり粉っぽい映像になりがちだ。デバンド処理のアルゴリズムによっては、この粉っぽさ(質感の描き分けが曖昧になるという形で現れることが多い)をもっと強く感じる場合もあるが、009 RE:CYBORGのデバンド処理は、そのことをあまり感じさせない仕上がりではある。
しかし、それでもフルHDの画素に微細なノイズを入れていくことで中間階調を引きだしているわけで、デバンド処理後の微細振幅に埋もれてしまう情報は見えなくなってしまう。個人的にはライティング効果(009 RE:CYBORGは3D制作のため、ライティング効果がひじょうに凝っていて、映像演出上重要な要素になっている)がハッキリと出てくるところに違いを感じた。
スモーキーなシーンではスモーキーに、そこにライトがあたると煙っぽさが光の演出とともに際立ち、逆にヌケの良い明るいシーンではスカッと透明感が出る。ごく当たり前のことのようだが、マスターグレードと通常再生の違いを見ると、思った以上に大きな違いを感じるのだ。
「そうですね。たとえば張々湖が出てくるコンビナートのシーン。ここは少しづつ色を変えて描き分けているところがあるのですが、8bitだと不明瞭で全体に白っぽく幕がかかった色があせた感じに見えますよね。昔はそういうものなんだろうと思って、それに合わせて色を選んでいました。紙に描いた絵は沈んだ色に見えますから、この場合も同じような感じなのだろうと。でもマスターグレードだと、奥行き感が全然違いますし、色彩も明瞭で生々しいですね。この感じを出すために、どれほど苦労したか。映像演出の意図がキチンと再現されるのは嬉しいですよ」
そんな神山監督が思わず声を上げたのは、イスタンブールの本部にジョー、フランソワーズ、ジェロニモが集まってくるシーンだ。背景のアートワークで壁に描かれたグレーの幅木は、軽く紫っぽさを入れつつメタリックな質感を与えているという。
無機質な本部のカンファレンスルームの雰囲気を出そうと、こだわってアートワークの担当者に描いてもらったそうだが、「実は映画館ですら、あの雰囲気は出ていませんでした。3Dの場合はメガネを通すので、そこまでの質感は伝わらないかもしれませんが、せめて2Dでは出て欲しいなと思っていたのです。しかし、ちゃんと再現されている。まだ見せていませんが、実際に絵を描いたスタッフは、これを観ると絶対に喜びますよ」
神山監督によると、キレイなツルッとしたクリーンな部屋を背景にする際は、細かく繊細な色を入れていかないと、ぺたんと平面的になってしまうそうだ。それを汚くは見せずに、美しさをキープしながら、しかし質感のある表現にする。実写映画なら、セットに「汚し」を加えてそれらしさを出すが、アニメの場合は汚してしまうとキャラが馴染まない。汚さず、しかし立体感を出し、セルアニメ風のキャラとの奥行きも出す。
「距離感を意識して作ったシーンを観ると、12bitは奥行き感があります。背景を実際に描き込んだ僕らしかわからない領域かもしれないけれど、これはちゃんと出ますね」
美術担当が頑張った「仕事の跡」を観て欲しい
こうして神山監督と観ていて気付いたのは、背景の描き込みへのコダワリだ。背景の絵を描く美術担当は、セルアニメ調のキャラと重ねた時の違和感を感じさせないよう配慮しながら、しかし、細部まで描き込んだリアリティ溢れる背景になっている。パッと見ると写実的だが、よく見ると絵という作りだ。
「よく背景はリアルですねって言われるんですが、実際にはフォトリアルっぽく見せているだけなんです。実際にはフチに少し線を入れたりして、セル画調のキャラにも馴染みやすいようにしています。このあたりは、長く一緒にやってる美術チームなので、僕のやりたいことをしっかりとやってくれるんですね。そういう、各所のコダワリが見えてくるのは嬉しいことですし、是非ともファンの人には感じて欲しい」
「僕自身は昔と絵の好みが変化してきていて、以前は意図してノイズを乗せるようなフィルタを使ったりして、それで質感を出そうとかしていましたが、今は逆にハッキリとしてクリアな映像。彩度も高めで作っています。そうした絵作りの中で質感を出しているのですが、それがちゃんと出てますよね。
と、エンディングまで「スゴイ」「イイネ」を連発していた神山監督。ラストシーンの宇宙に出ていくところでは「いやぁ、これは感動的にキレイ。2Dは主にラッシュチェックでしか観ていませんでしたからね。公開当時は3Dのチェックばかりをしていたので、2Dもここまでキレイだったのか! と思うと感動しますよ」とまで話していた。
ここで3Dばかりチェックしていたというように、本作は3Dディスク付きのボックス版も用意される。というよりも、3Dで日本的アニメを作ることに挑戦した作品だった。インタビューでは3D演出に関するコダワリも多数語っていただいたが、3Dへのコダワリや、他シーンでのコメントなどは、また機会を作って紹介していきたい。
さて、マスターグレードの良さは充分に堪能できたことは間違いない。また、神山監督とも話したが、この技術はおそらく実写映画でも効果的に機能してくれるだろう。解像度といった数字で表せるものではないが、表現力が段違いに高いと感じるからだ。
そこで気になるのがマスターグレード対応コンテンツやプレーヤーのバリエーション。パナソニック以外への展開などだが、パナソニックに別途問い合わせたところ、この技術について他社にライセンスしないなどの排他的な条件は付けていないとのこと。実際、他社に対しても事前にアプローチはしていたようだ。
また過去のパナソニック製品への適用に関してだが、12bit化するための差分データをデコードするために(独自拡張であるため)AACSとは別の暗号化が行なわれているとのこと。そのための鍵の埋込みをしなければマスターグレード対応にならないため、今後発売する機種での対応になるそうだ(BZT9300には、その鍵をあらかじめ埋め込んでいた)。このため他社、自社ともに、新機種からしか対応できない。ただし、PS3のようにソフトウェアデコードで再生する機種ならば、マスターグレード化も不可能ではないだろう(実際にやるか否かはSCE次第だが)。
音と映像の質の高さにすっかりやられてしまった筆者もBZT9300のオーナー。そのアップデート(6月中旬予定)を待って、自宅システムでその違いをしっかりと体感したいと考えている。
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