藤本健のDigital Audio Laboratory
第701回 VR向け音響や、話題のプラグインなど、「Inter BEE」で見つけた“音ネタ”
VR向け音響や、話題のプラグインなど、「Inter BEE」で見つけた“音ネタ”
2016年11月21日 13:50
11月16日~18日の3日間、千葉県の幕張メッセで「Inter BEE 2016」(2016年国際放送機器展)が開催された。BtoB向けで、名前の通り主に放送局の人たちが見に来るというイベントであるだけに、映像系が中心であり、4K/8Kのネタや、VRといったテーマが中心となっていたが、一番奥のほうには全体の15%程度のスペースでプロオーディオ機器関連の展示もある。
楽器フェアの直後だけに、ここで発表された新ネタが多くあったわけではないが、面白い製品や技術もいろいろと出ていた。そこで、先日の楽器フェアレポートに続き、Inter BEE 2016で見つけて気になったモノをピックアップしていく。
VR映像向けに音関連の展示に注目
個人的には、今のVR映像はどうしても酔ってしまうので苦手意識が強いのだが、Inter BEEでは、音関係でもVRに関連するものがいくつか出ていたので、まずはそこから。
ゼンハイザージャパンが参考出品していたのが「AMBEO VR MIC」。これはVR映像に合わせた音を録音することを目的としたマイクで、100度の開き方で4つのコンデンサマイクを組み合わせた形になっている。
4つともファンタム電源を送ることで動作する形になっているマイクであり、4入力を装備したオーディオインターフェイスと組み合わせて使うものだ。
このままでは、それぞれの音を別々のチャンネルで録音するだけになるが、ユーザーに無償配布される「AMBEO A-B Format converter」というプラグインソフトを利用することで、VR映像用の音声フォーマットである「B-format」へ変換できるようになっている。Windows用にはVSTとAAX、Mac用にはVST、AAX、AUの各プラグインフォーマットで配布されるので、ほぼすべてのDAWで利用することが可能だ。17年春~夏の発売を予定しており、価格は18~20万円程度を想定しているという。
同じくB-formatを生成するプラグインとして、audio easeからもユニークなソフトが発売されていた。「360pan suite」というソフトは360度動画のオーディオミキシングを目的としたものでパンニングの設定をする360panとその音をモニターするための360monitorなどから構成されている。DAWに360度動画を読み込ませると、ビデオトラックに展開されるので、このビデオのどの位置から、どんな音を出すかを自由に設定できるというものだ。
360panを組み込むと、360panの画面が表示されるが、これが360度ビデオにレイヤーされる。そして、このレイヤーされたビデオのどの位置から音が出るかを指定できる。もちろん、ビデオの進行にともない、その位置を動かしていくことが可能になっており、その軌跡はオートメーションとしてDAWに記録される。必要に応じて、複数のトラックのオーディオを別々の位置から出すようにすることも可能。
実際、張り付けた結果どのような音で聴こえるのかをモニターするのが「360monitor」。これらを使うことで、2chの普通のヘッドフォンからバイノーラルでの立体音響として再生できる。現時点ではMacのAAXプラグインのみの対応だが、今後VSTやWindowsでの対応も予定されている。価格は税別28,000円。
映像との同期に注力したPCMレコーダも各社から
リニアPCMレコーダも、さまざまな製品が展示されていた。ティアックで展示していたのは、2年前に発売されたTASCAMブランドの4chレコーダ「DR701D」を、一眼レフカメラや、モニター付きの4Kレコーダ「NINJA FLAME」と組み合わせて使うというシステム。それぞれはHDMIで接続され、同期信号も送っているので、これにより音と映像が完全に同期される仕組み。コンパクトで安価ながら、十分業務用として利用できるレベルになっているとのこと。
同じく外部との同期に力を入れたレコーダとして先日、ズームが発売したのが、実売価格75,600円(税込)の「F4」。TCXOのクロックを搭載するとともに、BNCコネクターの入出力を装備して外部との同期が可能。
そして4つのマイクプリアンプを搭載したマイク入力と、H5/H6のオプションとなっているマイクを接続できるポートを持ち、計6入力を装備する8トラックのレコーダとなっているのも特徴。単3電池×8本、ACアダプタなど3電源方式に対応するとともに、2枚のSDカードに同時録音できるなど、落ちないシステムとして徹底的にこだわっている。
業務用のリニアPCMレコーダとして定番といわれていたMarantz Professionalの「PMD661MKII」の後継として登場したのが「PMD561」というモデル。
Marantz Professionalは現在inMusicに買収され、inMusicの1ブランドという扱いになっているが、このPMD561はinMusicになってから登場した初の後継機で、最高で96kHz/24bitでのレコーディングが可能。ステレオのマイクを搭載するとともに、+48Vのファンタム電源にも対応したXLRの入力を2つ装備。他社製品と比較して、特別に目立つポイントがあるわけではないが、業界標準ともいえるPMD661MKIIの使い勝手をすべてそのまま引き継いでおり、使いやすさが大きな特徴だという。これはすでに発売開始されており、実売で46,800円前後(税込)だ。
一方、先日記事で取り上げた、iriverのAstell&Kernブランド製品、「AK Recorder」の録り比べが実演されていた。ベーシストであり、レコーディングエンジニアでもある塩田哲嗣氏がウッドベースを弾くのを3台のAK Recorderで同時録音。
DSD 5.6MHz、PCM 384kHz/32bit、PCM 96kHz/24bitのそれぞれで録音して、その場で試聴するというもの。塩田氏は「PCMに比べて、DSDのほうが明らかに正確に音を捉えていて、音が違う」と言っていたが、確かに騒音の中で聴いていても、違う音のように聴こえた。これが本当にフォーマットの違いからくるものなのか、内部のフィルターなどによるものなのかはハッキリしないが、なかなか興味深い実験となっていた。
新オーディオインターフェイスやプラグインソフトをチェック
Studio Oneを操る「DAW女シンガーソングライター」として活躍する小南千明氏とレコーディングエンジニアの飛澤正人氏の2人で実演を行なっていたのはDiGiCoとWavesの合弁会社DiGiGridが先日発売したDiGiGrid Desktopシリーズ。
4in/6outのオーディオインターフェイスであるDiGiGrid[D]や、ギター・マイク用の独立した2系統の入力とヘッドフォン出力を持ったオーディオインターフェイスDiGiGrid[M]など計4製品ある機材なのだが、最大の特徴はそれぞれがLANで接続されるということ。給電もLANで行なうことが可能になっており、PCのEthernet端子に直接接続できる。
物理的・電気的仕様はLANに準拠するので、50m離れたところでもオーディオインターフェイスを設置可能で、非常に低レイテンシーでのやりとりができる。また、スイッチングHUBを介して複数のDiGiGrid Desktopシリーズを設置した場合、PCからは1つのオーディオインターフェイスとして扱えるのもユニークな点。ここでは飛澤氏がPro Toolsを使って操作をしながら、小南氏がキーボードを弾いてレコーディングしたり、それに重ねる形でボーカル録りをする手順を見せていた。
その向かいで作曲家でレコーディングエンジニア、マスタリングエンジニアでもある江夏正晃氏がデモを行なっていたのは、いま非常に注目されている「NEUTRON」というiZotope社のプラグインだ。これはディープラーニング対応のAI機能を用いることで、EQやコンプなどを最適な形に自動でセッティングしてくれるというもの。
使い方はいたって単純で、トラックにこのNeutronをセットし、ボタンを押すだけ。すると、アイコンがクルクルと回るので10秒ほど待つと、パラメトリックEQやコンプがいい感じでかかっている。江夏氏は「音を聴きながら自分でやろうと思うセッティングとほぼ近いものが自動的にできるので、ものすごく効率的。100点といわなくても80~85点のものが簡単にできてしまうのは画期的」と話していた。すでに販売開始されており、実売価格は25,000円程度となっている。
同様のプラグイン製品として面白かったのが、フランスのAudionamixが開発した新たなソフト「ADX SVC」だ。これは普通のステレオファイルを解析した上で、話し声とそれ以外のバックグラウンドに分離させるというもの。その結果を、話し声、バックグランドそれぞれ±12dBの範囲で調整できるものだ。これによって、騒音の中、録音された人の声をキレイに聴き取ることが可能になる。
使い方は非常に簡単で、DAWなどにプラグインとしてADX SVCをインサートするだけ。解析を実行すると、48kHz/24bitのデータで数十秒の処理時間を要するが、これによって音声が分離されるので、あとは自由に調整可能になっている。
解析や分離処理は、このプラグイン自体が行なうのではなく、接続先のサーバー側で行なわれる。そのため、実行にはインターネット接続環境が必要とはなるが、オーディオデータの時間や処理回数に制限があるわけではないので、いくらでも使うことが可能だ。販売はクリプトン・フューチャー・メディアが運営するネットストアのSONICWIRE.comで行なわれており、その価格は為替レートによって日々変わっているが、11月21日現在、27,604円(税込)となっている。
もう一つプラグインでユニークだったのは、zynaptiqの「ADAPTIVERB」というリバーブ。“ハーモニック・トラッキング・リシンセシス・リバーブ”と説明されているこのリバーブは、一般的なリバーブとはかなり異なる。実際に、いまどんな音が鳴っているのかを解析した上で、それにマッチした反響音を加えていくという。
たとえば、メロディーにリバーブを掛けた場合、今出ている音と残響音が不協和音になってしまうケースもある。しかし、ADAPTIVERBでは、残響音を今出ている音に合わせて変化させることで、常にキレイにマッチしたサウンドに仕上げられるなど、さまざまな使い方ができる。価格はダウンロード版で24,900円(税込)となっている。
一方、以前記事で取り上げたことのあったRMEのDSD 11.2MHz対応のオーディオインターフェイス「ADI-2 Pro」がいよいよ年内発売となり、ほぼ最終形というものが展示されていた。
スペック的には以前に紹介した通り、DSDで11.2MHz、PCMで768kHzでのレコーディング、再生が可能というものなのだが、以前ネックになっていたのがソフトウェア。DSD 11.2MHzやPCM 768kHzでレコーディング可能なものがほとんど存在していなかったのだが、国内発売元であるシンタックスジャパンが独自に対応ソフトをバンドルする予定だ。それは波形編集ソフト、Sound it!(株式会社インターネット製)の特別版で「Sound it! for ADI-2 Pro」というもの。これを使うことで、DSDでもPCMでも、録音、再生が可能になるのだ。価格は20万円前後(税込)となる見込みだ。
ふわふわなパッドコントローラや、Wi-Fi同時通訳システムなどのユニークな製品
先日、クラウドファンディングで購入者を募って成功し、その後正式発売になったのが、20cm四方のコントロールパッド、「CMG」(THE CELL MUSIC GEAR)だ。これは、USB接続の音楽機材で、センサーメーカーのタッチエンスとサウンドデザイナーの中西宣人氏が共同開発したというもの。
パッと見はよくあるパッドコントローラのようなのだが、触ってみると、スポンジのようにふわふわな素材となっており、ここを叩いたり押したりすることで、演奏できるようになっている。また、押すことで、内部のLEDがイルミネーションとして光るのもユニークなところ。なぜ、こんなふわふわした機材になっているのかというと、中に、タッチエンスが開発したスポンジ状のセンサーが入っているから。押す力や押す方向などを感知し、その情報をコンピュータ側に伝えることで、シンセサイザやDAWなどを制御していくのである。価格は35,000円となっている。
最後に紹介するのは、個人的に一番面白いと感じたWi-Fi同時通訳の「ABELON」というシステム。
これはカンファレンスなどで使われるワイヤレスでの音声伝送システムなのだが、専用のハードを使うのではなく、Wi-Fiを用いて、iPhoneやAndroidに伝送するというもの。この際、ステレオ16chを同時に送りだすことができるため、日本語、英語、フランス語、ドイツ語……のように複数言語での伝送が可能になっている。これだけでは、何がすごいのか分からないかもしれないが、これまでWi-Fiを使って「1:多」で音声伝送するシステムはほぼ存在していなかった。それはWi-Fiではパケットの8~9割しから届かないからで、それを再伝送することでデータの欠落をなくしていたのだが、これによって、どうしても大きなレイテンシーが発生してしまっていたし、安定度という面でも問題があったのだ。それを特許出願中の独自方法で実現可能にしたのが、ABELONなのである。
音声圧縮フォーマットであるOpusを用いることで10kbps~500kbpsまでのリアルタイム圧縮、再生を可能にしているのだが、圧縮しないRAWデータを送ることで、最高で96kHz/24bitのWAVデータもリアルタイム配信可能になっているのだ。つまりハイレゾ音源をWi-Fiでそのまま伝送できてしまうわけだ。しかも、サーバー側はコンプレッサやパラメトリックEQを装備しているなど、かなり強力なシステムであり、同時通訳以外にもさまざまな用途が考えられそう。
今回のInter BEE会場においては米Ruckus Wirelessの「R710」というWi-Fiアクセスポイントを使っていたが、もちろん家庭にある無線LANルーターなどでの利用も可能。ただし、大人数に対して長距離伝送するためには、R710のような機材が必要になっていくる。現在、R710の制限から最大100台までの接続となっている。価格はABELON Serverが98,000円で、クライアント数に応じて1台について1,000円の年間サブスクリプション料がかかる。ただし、クライアント5台まで使える無料版が現時点用意されているので、これを使ってみるのも手。これでもハイレゾの配信が可能なので試してみるとよさそうだ。
以上、Inter BEEで見つけた、さまざまな機材について紹介した。今後、これらの中からいくつかをピックアップして、個別に紹介していこうと思っている。