藤本健のDigital Audio Laboratory

第705回

新しい「Cubase 9」はどう変わった? サンプラーや新UI採用、32bitは非対応に

 ドイツSteinbergのDAW、Cubaseの新バージョン、Cubase 9が12月7日より発売された。筆者が書いているブログ、DTMステーションのアンケート調査(直近は2016年3月調べ)でも3年連続DAWのシェアNo.1という結果が出たCubaseが2年ぶりにメジャーバージョンアップするということで、周りでも大きな話題になっている。

Cubase 9

 前バージョンのCubase 8.5から数えると1年ぶりのバージョンアップとなるが、機能的に見るとサンプラーをCubase内に直接取り込んだというのが最大のポイント。価格はオープンプライスで、通常版の実売価格は「Cubase Pro 9」が57,000円前後、「Cubase Artist 9」が32,000円前後、「Cubase Elements 9」が12,000円前後。実際どんなDAWになったのか紹介しよう。

編集画面
筆者のブログ「DTMステーション」でのアンケート調査

64bit対応に一本化。LE含め5つのグレードが一挙に登場

 12月17日、18日の2日間、渋谷Red Bull Studioで、Cubase 9シリーズのお披露目イベントである「Steinberg Day 2016」というイベントが開催され、多くのユーザーが集まった。実は筆者はこのステージに呼ばれ、レコーディングエンジニアでクリエイターでもあるSUI氏、またCubaseを使って作詞・作曲・編曲・歌・ミックスまで1人で行なっているミュージシャン、YUC'e氏とともに、各社のプラグインを紹介する「VST Plugin Zone徹底解説」というセミナーを見に行ってきたところだ。そのプラグインにおいても、旧バージョンから見て大きな変化があったので、まずはそうしたシステム面の違いから見ていこう。

「VST Plugin Zone徹底解説」というセミナーに行ってきた

 1つ目の大きな転換は、前バージョンのCubase 8.5までは32bit版と64bit版の2種類が存在していたが、今回32bit版が廃止となり、64bit版のみになったという点だ。前バージョンまではWindowsの場合はインストール時にどちらにするかを選択することができ、Macの場合はインストール後に32bit版での動作を選択することができた。しかしCubase 9では64bit版のみになり、そうした選択肢はなくなった。

 すでに多くのユーザーが64bit版のOSを使っているためにそれほど大きな問題はないし、Windowsを使っていてこの画面が表示されるユーザーの大半は64bit版を選んでいたと思うのでいいのだが、これが表示されなかった32bit版Windowsを使っているユーザーは、インストールすらできなくなってしまったのだ。これは時代の流れなので仕方ないところだろう。

前バージョンのインストール画面(Mac)

 一方、この64bit化に伴いもう一つ大きな変更がなされている。それは32bit版のプラグインを非サポートとしたこと。これまでSteinbergでは同社が開発したVST Bridgeというシステムを使い、64bit版のCubaseでも32bit版のVSTプラグインを利用できるようにしていた。また、このVST BrigeではIntel MacにおいてPower PCバイナリのプラグインを動かすというシステムも一緒に入っていたが、昨年Steinbergは、VST Brigeの開発終了をアナウンスしており、ついに今回のCubase 9ではこれがなくなってしまったのだ。結果としてWindowsでもMacでも32bit版プラグインが利用できなくなった。

 実際、32bit版のVSTプラグインを組み込もうとしても使えない。プラグインマネジャーで確認してみると、ブラックリストという項目に入ってしまい、除外されてしまう。

32bit版プラグインは「ブラックリスト」に入ってしまった

 まあ、これは古いプラグインにシステム的な問題も多く、VST Bridge経由で使った結果、Cubase自体の動作が不安定になるということがあったため、そうしたレガシーを切り離して、より安定したDAWにするという目的もあったのだと思う。とはいえユーザーとしては、これまで使っていたプラグインが利用できなくなって困るというケースも少なくないだろう。そんな場合は、オンラインソフトであるjBridgeなどの変換ソフトを使うことで解決できる。

 筆者も今回初めて購入してみたが、使い方は簡単。jBridgeを起動し、32bit版プラグインが入っているフォルダを指定すると、64bit版プラグインを生成してくれる。その後Cubase 9側でその生成されたプラグインを収納したフォルダを指定してやればいいのだ。もちろん、これで100%なんでもうまくいくというわけではないが、32bit版プラグインの大半がCubase 9で使えるようになるので、困っている人は試してみる価値はあると思う。

jBridgeで64bit版に変換
32bit版プラグインの大半がCubase 9で使えるようだ

 ところで、Cubaseには、Cubase Pro、Cubase Artist、Cubase Elements、Cubase AI、Cubase LEという5つのグレードが存在していた。そしてCubase ProとArtistのみが先に発売され、半年以上経過してからElements以下がリリースされるというのが通例であった。しかし、今回は5つが一斉にリリースされている。実はインストーラベースでみると、Cubase ProとArtist、Cubase ElementsとAIとLEの2種類が存在していて、ライセンスコードによって使用できる機能を切り替えるという形になっていた。そして今回はその2つのインストーラが同時に登場した。ただし、LEのライセンスのみは2017年1月からの発行になるとのことだ。

 ちなみにCuabse AIとLEは一般販売されているものではなく、オーディオインターフェイスやキーボードなどにバンドルされるという非売品。AIはヤマハ(Steinberg)製品にバンドルされるもので、LEは他社製品にバンドルされるもの。基本的にはElementsと同等の機能を持っているが、利用できるトラック数や同時利用可能なプラグインの数などで制限がある形になっているのだ。

Elements、AI、LE共通のインストーラ画面

サンプラーの搭載で変わるポイント

 さて、では具体的な機能にフォーカスを当てていこう。Cubase 9を起動してすぐに感じたのは「UIがちょっと違う」という点だ。流行りの1画面構成になり、アレンジウィンドウもMixConsoleも、別パネルではなく1つの画面に収まっている。

1画面に収まるUIに

 オーディオクリップをダブルクリックすればサンプルエディターに、MIDIクリップをダブルクリックすればピアノロール型のキーエディターへと画面が切り替わる。これを見ると、誰もがStudio OneやSONARなどに近づけてきたな……と感じると思うが、とくにStudio Oneあたりを意識しているのではないだろうか?

サンプルエディター
ピアノロール型のキーエディター

 トランスポート関連も画面一番下に設置されたので、これまで、ほかの画面を邪魔して鬱陶しかったトランスポートパネルが不要になるというのはちょっと嬉しかったところ。ただ、デフォルトで置かれているボタン類がトランスポートパネルのものとかなり異なるので、最初ちょっと戸惑うが、かなりカスタマイズができるので、自分の使いやすいように設定できるのもポイント。ちなみに、この1画面構成よりも、従来のCubase 8.5の画面の方が好きだという場合は、表示エリアの設定で下ゾーンを消すとともに、従来どおりのトランスポートパネルを表示させることで、Cubase 8.5風なUIにすることも可能。

カスタマイズで、使いやすいように設定できる
表示エリアの設定で下ゾーンを消す
Cubase 8.5風なUIにも変更できる

 そして、Cubase 9の最大の特徴ともいえるのが、サンプラー機能の搭載だ。サンプラーとはもちろん、サンプリングした音を音源として演奏できるようにするシンセサイザのこと。これをCubase本体に組み込んでしまったというのが、大きなポイントとなっているのだ。このサンプラー機能はAI、LEを除くいずれのCubase 9にも搭載されているが、使い方がいたって簡単で面白い。オーディオトラックやMIDIトラックを作るのと同じようにサンプラートラックというものを作成した上で、そこにオーディオをドラッグ&ドロップで持っていけば、もうそれでサンプラーとして機能してしまうのだ。

 ドラッグ&ドロップするのはすでにあるWAVファイルなどでもいいし、オーディオトラックに録音したオーディオクリップでもOK。その状態でMIDIのキーボードを弾けば、もうサンプラーとして鳴ってくれる。もちろん、エディター上で波形をトリミングすることもできるし、ループポイントの設定も可能。そしてフィルターを使って音色を変化させたり、ピッチやPANを変えるなど、いろいろな設定が行なえる。

サンプラートラックを作成
オーディオをドラッグ&ドロップするとサンプラーとして機能する
フィルター、ピッチやPANなどの変更も

 もっともサンプラー自体は数多くのプラグインがあるので、できること自体、さほど珍しいわけではなく、既存のサンプラープラグインを利用すれば、同様のことはできる。ただDAWに内蔵されたことで、とにかく軽くアクセスでき、即使えるのが大きな売り。たとえばドラムのキックのサンプルをオーディオトラックに貼り付けてトラックを構成しているという人は少なくないはず。そんなとき、このサンプラートラックを使えば、MIDIデータとしてキックを置いていくことができるから、タイミング設定も簡単だし、キーボードを使って手打ちでタイミングをはかっていける。もちろんクオンタイズもできるというわけだ。

 また、オーディオトラックに貼っていく場合、短い間隔でサンプルを貼って重なってしまった場合、当然、前の音の余韻は強制的に切れてしまうが、サンプラーなら連打しても、それぞれの余韻まで含めて鳴らすことができるというのも大きな利点だろう。そのほかにも、簡単にコーラスフレーズを作るとか、ポン出し用途で使うなど、アイディア次第でさまざまな使い方ができそうだ。

見た目は変わっても迷わず安定して使える仕上がり

 もう一つ、Cubase 9になって非常に便利な機能として搭載されたのがMixConsoleの履歴管理だ。これまでも、波形編集したり、MIDI編集するなど、編集においては履歴機能があったので、UNDOを効かせることができるのはもちろん、ずっと前の手順に戻って聴き比べるといったことはできた。しかし、MixConsoleでフェーダーを動かしたり、EQを操作したものは編集履歴とは別扱いだったため、一度設定してしまうと、前の状態に戻したり、以前の音と聴き比べることが困難だった。

 でもCubase 9では、このMixConsoleの履歴を振り返られるようになったので、かなりサウンド作りにおいては便利に使うことができる。これはこの履歴管理だけでも十分導入する価値があると思う。

MixConsoleの履歴管理に対応

 以上、Cubase 9の新機能を中心に紹介してきた。DAWもかなり成熟したソフトになってきたため、バージョンアップでとんでもなくすごい機能が追加されるという時代ではなくなったが、それでもいろいろとアイディアを出しながら便利な機能が追加されてきているのも事実。特に今回のサンプラー機能などは、軽く動作してくれるのが非常に嬉しいところ。

 しばらく使ってみたが、フリーズするとかうまく動かないということはまったく起きず、初期バージョンから非常に安定している。ちょっと見た目は変わったものの、使い勝手は従来のものをすべて踏襲しているから、迷わず使える。かなり古いバージョンのCubaseであっても、グレードの異なるCubaseであっても、それらに応じたバージョンアップ価格が用意されているので、この機会にCubase 9にしてみるのもいいのではないだろうか?

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藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto