藤本健のDigital Audio Laboratory

第717回

ハイレゾとCD、実際の音はどう違う? 波形で視覚化して検証

 ハイレゾ音源は、CDと比較してどのくらい音が違うのか。その感じ方は人それぞれだとは思うが、実はその比較している素材そのものに、もっと本質的な大きな違いがあるのではないのか? 先日、あるベテランのオーディオ機器開発エンジニアと話をしていて、そんな疑問が沸き上がった。今回は、そのふとした疑問を検証してみよう。

ハイレゾとの比較に用意したCD

 同じ楽曲のCD音源とハイレゾ音源。それを比較して聴き比べた経験のある人も少なくないだろう。筆者もそんなことを何度も行なっていたが、曲によってはあまり差を感じなかったり、非常に大きな違いを感じることもある。その違いとしては「ハイレゾのほうが、よりメリハリがあってクッキリした音になっている」「ハイレゾのほうが、音の抜けがいいように感じる」といった印象を持つことが多かったように思う。

 違いを感じる場合は、やはり「やっぱりハイレゾのほうがいいな」と思ったりするわけだが、先日そんな話をベテランのスピーカー開発者、アンプ開発者の二人としていたのだ。そうしたところ、一人から「96kHz/24bitと44.1kHz/16bitを聴き比べてみて、それほど聴感上の差はないだろう。それよりも、いわゆるハイレゾと言って売っているデータはCDとはマスタリングが違うから、大きく違って聴こえるのではないか」という主旨のことを言っていたのだ。さらに「だから最近はハイレゾのデータを買って、それをAACに圧縮して聴くこともあるし、そのほうがCDよりいいように感じている」と言うのだ。もうひとりの高級スピーカー開発者も「AACの圧縮も320kbpsくらいであれば、普通CDとの違いは分からない。確かに非常によく知っている楽曲の場合、特定の音色に違和感を感じるケースもあるが、聴きなれていない曲であれば、ほとんどわからないといってもいいほどだ」という話をしていたのだ。

 日々、音を聴き込んでいる本職のベテランなら「ハイレゾが絶対いい」、「圧縮音源なんて論外」というのではないか……と思っていたので、かなり意外な気もしたのだが、聴き比べが得意でない筆者としては、ちょっと安心する面もあった。その話の中でも、とくに気になったのは「CDのマスタリングとハイレゾのマスタリングが別だから、印象が違う」という話。まあ、当然といえば当然のことのようにも思うが、ハイレゾのデータを元に44.1kHz/16bitに変換するとCDと比較していい音になる、という話は目から鱗であると同時に、ホントか? という疑問も感じたのだ。そこで今回、CDでも発売されていて、同じ楽曲のハイレゾデータも発売されている作品を3つピックアップして、実際、その話が本当なのかを検証してみることにした。

 選んだ3作品に深い意味・意図はなく、比較的最近のもので、個人的に好きな曲、気になっている曲で、ジャンル的に違うものをピックアップした。具体的には以下の3つ。

・青空のラプソディ(fhana:青空のラプソディより)
・Blowin' The Blues Away(矢野沙織:Bubble Bubble Bebopより)
・道(宇多田ヒカル:Fantomeより)

 いずれも、ハイレゾ版はe-onkyo musicで購入したのだが、フォーマットは統一ではなく、「青空のラプソディ」はWAVの96kHz/32bit、「Blowin' The Blues Away」と「道」はFLACの96kHz/24bitとした。

青空のラプソディ(WAV 96kHz/32bit)
Blowin' The Blues Away(FLAC 96kHz/24bit)
道(FLAC 96kHz/24bit)

 今回、これらをSteinbergの波形編集ソフト/マスタリングソフトであるWaveLab Pro 9を使って解析していくことにする。まずは3枚のCDからWaveLabのリッピング機能を用いて44.1kHz/16bitのWAVファイルを取り出してみた。さらに、e-onkyo musicから購入したハイレゾデータも同じWaveLabに読み込んでみたので、それぞれを波形表示させて比べてみたのだ。

【WaveLab Pro 9での波形比較】

青空のラプソディ(CD)
青空のラプソディ(ハイレゾ)
Blowin' The Blues Away(CD)
Blowin' The Blues Away(ハイレゾ)
道(CD)
道(ハイレゾ)

 もしかして、極端な違いがあるのでは……と期待していた。つまり、CDのほうは、コンプレッサやマキシマイザー掛けまくりの、思い切りパンパンないわゆる「海苔」といわれる状態なのに対し、ハイレゾ側は、スカスカで余裕のあるデータになっているのが確認できるのでは、と期待していたのだ。結論からいうと、そこまで極端なものではなかったが、同じスケールにして比較してみると、やはりハッキリと違いが見て取れる。

 この音圧の違いはラウドネス曲線で見てもよくわかる。「青空のラプソディ」および「道」では、明らかにCDのほうが音圧が大きくなっているのだ。一方で、「Blowin' The Blues Away」も微妙に違いがあるようだが、きわめてわずかであって、波形だけを見る限り、同じマスタリングをしているのでは……と思わせるものだった。

【音圧/ラウドネス】

青空のラプソディ(CD)
青空のラプソディ(ハイレゾ)
Blowin' The Blues Away(CD)
Blowin' The Blues Away(ハイレゾ)
道(CD)
道(ハイレゾ)

 実際、音を聴いてみても、一番違いが分かりそうなジャンルであるアルトサックスのジャズである「Blowin' The Blues Away」が一番分かりづらく、「青空のラプソディ」はハイレゾのほうがよりベースがクッキリと聴こえたり、「道」もレベル的にハイレゾのほうがやや小さくメリハリを感じるものだった。では、FFTで周波数分析をして見るとどうなのだろうか?

 実は、筆者にとって音における違いの分かりにくかった「Blowin' The Blues Away」のハイレゾ版だけが48kHzまで出ている一方、「青空のラプソディ」は24kHzまでとなっていて、「道」も基本的に24kHzまでだけど、時々それよりも高い音が出ているというものだった。これをスペクトラムで見ても同様だ。ただし、このスペクトラム表示では44.1kHzのものと96kHzのものでは縦軸のスケールが変わってしまうので、比較しやすいように44.1kHzのデータを強制的に96kHzにアップサンプリングした状態で見せている。

【スペクトラム】

青空のラプソディ(CD)
青空のラプソディ(ハイレゾ)
Blowin' The Blues Away(CD)
Blowin' The Blues Away(ハイレゾ)
道(CD)
道(ハイレゾ)

 これを見て「なんだ、『青空のラプソディ』と『道』はニセレゾ(ハイレゾではないファイルをアップコンバートしただけ)ではないか!」なんて憤りを感じる人もいるかもしれないが、それは早計。現在でも多くのレコーディング現場では48kHz/24bitでレコーディングを行なっており、おそらくこの2曲もその形をとっていると思われる。青空ラプソディの購入サイトにも「24bit/48kHzにてレコーディング~トラックダウンを行いマスター制作、マスタリングプロセスを32bit floating/96kHzにて行っています。存在しない周波数帯域に倍音を付加する強引なプロセスは一切行なわず、デジタルフィルターの影響を最小限に抑えダイナミックスレンジの表現を拡張しております」と記載されている。単なる変換というのではなく、明らかにCDより数段上のハイレゾサウンドではあるのだ。

 ここまでの聴感上の話は、あくまでも筆者個人の感想であって、人によって感じ方は違うと思う。また年齢的に考えても51歳となった筆者の耳で、18kHz以上がまともに聴こえている可能性は低いと思うので、かなりいい加減な評価ではあるが、それでも明らかな違いを感じるのは、高域周波数の影響よりも、マスタリングでの音作りの違いが大きいのではないかという、冒頭での仮説は正しいようにも思えたところだ。

 では、このネットからダウンロード購入したハイレゾデータをCDフォーマットである44.1kHz/16bitに変換したら、どうなるのだろうか? ここはせっかくマスタリングソフトであるWaveLab Pro 9を使っているので、強制的に44.1kHzへリサンプリング、16bitに落とすのではなく、マスタリングソフトらしい変換をしてみる。具体的にはマスタリングセクションにおいて、まずVSTエフェクトとしてのResamplerを入れて、Qualityを最高にして44.1kHzに変換。さらに、最終段においてディザリングのプラグインであるApogeeのUV22HRを設定して16bitに保存することで、ダウンコンバートにおける劣化を最小限に留めたのだ。

ResamplerのQualityを最高にして44.1kHzに変換
Apogee UV22HRを設定して16bitに保存

 結果としての波形の形状はもちろん、ハイレゾのデータのものをそのまま維持。FFTやスペクトラムでの周波数分布は当然44.1kHzの特性に変わってしまうが、これがどう聴こえるかというのがここでの目的。ここも筆者の主観なので、あくまで参考という形にはなってしまうが、仮説のとおりの結果となった。「Blowin' The Blues Away」では、そもそもCDとハイレゾの違いがあまりよくわからなかったが、このハイレゾから作った44.1kHz/16bitとCDからリッピングしたものは極めて近い内容となった。ほかの2曲においてはCDとはやはり違う音になったし、聴いた印象はハイレゾの音と非常に近い。また、筆者の耳ではハイレゾ版とハイレゾから作った44.1kHz/16bitとの差はほとんど感じなかった。

 ここまでの検証だけで結論を出してしまうと、「マスタリングで音圧を上げすぎなければいい音になり、ハイレゾに意味はない」ということになってしまいそうだが、もちろん、そんなことはないと筆者も思っている。特に小さい音だと16bitでの粗が出てくるだろうから24bitとの違いはあると思うし、やはり高域の成分だってきっといろいろなところに効いてくるはずだ。ただし、CDとハイレゾで大きく音が違うと感じた要因はフォーマットそのものよりも、マスタリングの仕方に違いがあるため、というのも事実ではありそうだ。

 もちろん、さまざまなマスタリングがあるからこそ、音楽を聴き比べる楽しみが出てくるのも確か。今後、そんなことも頭に浮かべつつ、ハイレゾのサウンドを聴き比べたりしても面白いのではないだろうか?

検証に使用した楽曲(e-onkyoで購入)

・fhana/青空のラプソディ
・矢野沙織/Blowin' The Blues Away
・宇多田ヒカル/

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto