藤本健のDigital Audio Laboratory

第722回

iPhoneで立体的なバイノーラル音声の動画撮影。ゼンハイザーのイヤフォン型マイクを試す

 2月にゼンハイザーの「AMBEO VR MIC」という製品を取り上げた。1本のマイクで360度音声を録音できるというものだが、そのゼンハイザーのAMBEOシリーズの新製品として「AMBEO SMART HEADSET」というiPhone用のバイノーラルマイクが発表された。ヨーロッパでは今夏の終わり頃に249ユーロで発売されるとのことだが、国内での発売についてはまだアナウンスは出ていない。そのAMBEO SMART HEADSETのサンプル品が入手できたので、実際どんなものなのか試した。

立体的なバイノーラル音声の動画をiPhoneで撮影

 AMBEO SMART HEADSETは、毎年秋に開催されている国際コンシューマ・エレクトロニクス展「IFA 2017」のプレイベントとして4月に行なわれた「IFA 2017 Global Press Conference」内のゼンハイザー記者発表会で披露された。その時にプレスに配られたものを編集部が持ち帰ってきたので、実際に録音してみた。

 手渡されたのは、製品のハードウェアのみ。マニュアルもなければ、アプリも何もない状況だが、それほど複雑なものでもなさそう。まず外見から見ていくと、これは耳掛け型イヤフォンのハウジング外側に、左右合わせて2基の無指向性マイクを内蔵したバイノーラルマイクだ。ちょうど耳の穴の入り口部分にマイクが装着されるため、聞いた音の方向や空間定位をそのまま記録できるのが大きな特徴。

イヤフォンのハウジング外側に、左右合わせて2基の無指向性マイクを内蔵

 バイノーラル録音は、ヘッドフォンで聴いたときに、生々しい音の広がりや定位、移動感が体感できるのが利点。人の頭部を模したダミーヘッドの耳に搭載したマイクを使って録音する手法は多く使われているが、今回のAMBEO SMART HEADSETは、ダミーヘッドではなく撮影者がイヤフォンのように耳に着けて録音。マイクを手に持たず、撮影者が自由に動いたりしながらでも動画に合ったバイノーラル録音が行なえる。

 同様の構造のバイノーラルマイクは、かなり以前にアドフォクスの「BME-200」やローランドの「CS-10EM」といった機材を取り上げたことがあった。その意味ではイヤフォンとマイクが合体した形のバイノーラル・マイク自体、それほど珍しい製品ではないのだが、今回取り上げる「AMBEO SMART HEADSET」の大きな特徴は、これがiPhoneやiPadのLightning端子に接続して使うマイクである、という点。しかも、これは単なるヘッドフォン+マイクという構造ではないのも重要なポイント。ここにはマイクプリアンプおよびADコンバータが内蔵されており、マイクで拾った音を増幅した上でデジタル変換されてからLightning端子へと流れて行っているのだ。

iPhoneやiPadのLightning端子に接続

 さらにリモコン部を見ると、Powered By APOGEEとロゴが記載されている。AMBEO SMART HEADSETはAPOGEEの「SoftLimit」というテクノロジーが採用されているのだ。これは過大入力時にソフト上でリミッターをかけるAPOGEE伝統の技術。おそらくこれはアプリ側で処理するものと思われるが、現時点ではまだ専用アプリが登場していないため、使うことはできない。

リモコン部を見ると、Powered By APOGEEと記載

 そのリモコン部にはいくつかのボタンと赤いLEDが搭載されている。中央に並ぶ「-」「●」「+」は、ボリューム調整と音楽などのプレイ・ストップを司る、ごく普通のリモコンボタンだ。しかし、マニュアルもないため、他がどんな機能なのか、イマイチ分からなかったが、とりあえず実際に音を録ってみることにした。

リモコン部のボタン

 まずは両耳に装着し、iPhoneのLightning端子に接続。初めて接続すると、アプリのインストールが求められるのだが、そもそもAppStoreに行っても対応アプリがないため、どうすることもできない。

イヤフォンのように装着
アプリのインストールが求められるが、App Storeにも今のところアプリは無いようだ

 しかし、専用アプリがなくても、この状態で標準のカメラ機能を用いてビデオ撮影すれば、立体的なサウンドとともに録画することができた。ただ、録画ボタンを押しても、マイクから入ってきた音がモニターできるわけではなかった。そのため、その場では、実際にどんな音で録れているのか、音量がどうなっているのか、音割れがないのか……といったことは確認できない。

標準のカメラ機能でビデオ撮影すると、立体的なサウンドで録画できた

 とりあえず撮影してみて、すぐに再生して確認するしか術はない。また、基本的に入力レベルはオートとなっているので、そもそもどうすることもできないのだ。まあ、この辺のモニタリングに関しては、専用アプリが登場した時点で解決するのではないかと思う。

 この接続しただけの状態で、近所の踏切のそばで電車が通過するのを録画したものが、このビデオだ。何の設定もなく、ただただ録画しただけだが、非常に立体的で、かつとても迫力あるビデオになっていて驚いた。

電車の通過する様子

 ところで、AMBEO SMART HEADSETをLightning端子に接続した状態で、LEDが赤く点灯する。最初は単に接続中を意味するランプなのかと思ったのだが、右側の銀色のスイッチはスライドすることによって、この赤いLEDが点灯したり消灯したりするのだ。マニュアルもないので、最初これがどう機能するものなのか分からなかったが、実際録音してみて判明した。LEDが点灯している場合はバイノーラルマイクがオンになり、消灯している場合はトーク用のヘッドセットマイクに切り替わる。

 試しに自然の音を録ってみようと、池のある公園へ移動。カモやハトなどがいっぱいいたのだが、みんな静かで鳴き声がしないのだ。ただ、目の前でハトが飛び立つ羽ばたきの音などはとらえることができたので、小さい音でもリアルに捉えているのが分かるだろう。

公園の野鳥を撮影

 いったん部屋に戻り、再度リモコン周りを触ってみたのだが、左側の2つのボタンが何に使うものなのか、分からなかった。発表会当時の記事を見ると、「安全面に配慮し、装着したまま周りの音も聞けるTransparent Hearingにも対応。周りの聞こえ方は、リモコンのスイッチで3段階の調整ができる」とあるので、このモード切替のためのスイッチのようにも思えるが、詳細は不明。これもやはり専用アプリが登場すると使えるようになるのかもしれない。

録音専用にも使える? 他社製レコーダアプリも試した

 ところで、このAMBEO SMART HEADSETを録音専用に使うことはできないのか?Lightning接続によって、これは普通にステレオの入出力を持つオーディオインターフェイスとしてiOS側から認識されるため、一般的なレコーディングソフトが利用できるはずだ。

 試しにZOOMのHandyRec、およびTASCAMのPCM Recorderで試してみたところ、やはり純正品のマイクを接続していないためにモノラルでしか録音できず、バイノーラルマイクとしては使い物にならなかった。

ZOOM HandyRec
TASCAM PCM Recorder

 ここで、試しにIK MultimediaのiRig Recorder Freeを試してみたところ、こっちはバッチリ。単にステレオで録音できるというだけでなく、マイクから入ってきた音をそのままイヤフォン側にモニターすることができる。これならレコーダとして問題ない。

IK Multimedia iRig Recorder Free
マイクから入ってきた音をイヤフォン側にモニターできた

 しかもマイク入力ゲインをオートではなくマニュアルで調整することもできたので、レコーダとしてはほぼ完璧。他社製のマイクを使っているというのに、無料でこれだけのことができるのだから、嬉しい限りだ。

 ただし、一般のリニアPCMレコーダと違い、フォーマット的には16bit/44.1kHzステレオ。これをもって、夕方に改めて外に出て、近所で野鳥が鳴いているのを録音してみたのがこちら。鳥の鳴き声よりも、救急車の音が目立ってしまったが、ヘッドフォンで聴くと道を歩きながら録音している雰囲気も伝わるのではないだろうか?

録音サンプル(野鳥の声)
ambeo_bird.wav(5.53MB)

 では、立体感だけでなく、実際の音質はどうなのか?これはいつものリニアPCMレコーダのテストと同様、モニタースピーカーからの音を、iRig Recorderで捉えてみたのがこれだ。

録音サンプル(CDプレーヤーからの再生音)
ambeo_music.wav(6.95MB)
楽曲データ提供:TINGARA

 これまで使ってきた96kHz/24bitなどのリニアPCMレコーダと比較してもかなりいい音のように感じられる。とくに低音をしっかりと捉えていて、安定したサウンドに聴こえるのだ。強いていうと、歯擦音がより目立つような気がするのだが、全体的にはかなりいい印象。あまり正しい手法ではないが、ほかのレコーダの結果がすべて48kHz/24bitに揃えているので、これも無理やり44.1kHz/16bitから変換した上で周波数分析してみた。22.05kHz~24kHzが出ていないのは仕方がないとして、やはり悪くない結果だ。

44.1kHz/16bitから変換した上で周波数分析

 こうしてみてもAMBEO SMART HEADSETとiRig Recorderの組み合わせはなかなかよさそうだが、最後に録音したデータをPCに転送しようとしたところで、壁にぶつかった。実は無料のままだと転送することができない制限がかけられていたのだ。転送機能だけだと360円、そのほかの機能も一式制限解除するために960円の内部課金を行なった。また、すべて終わったあとで気づいたのは、使っていたiRig Recoderがちょっと古いバージョンであったこと。最新はiRig Recorder 3となっているようで、ビデオも同時に録音できるようになっていた。

フル機能には960円の課金が必要

 以上、まだ国内で発売されるかも決まっていない機材ではあるが、ゼンハイザーのiPhone用バイノーラルマイク、AMBEO SMART HEADSETについて見てきた。なかなかよさそうな機材なので、ぜひ日本でも製品発売されて、早くアプリも公開されることを期待している。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto