藤本健のDigital Audio Laboratory
第726回
音の遅延を抑えCPU負荷も軽い「Studio One 3.5」の機能強化とは? 待望のDDP入力も
2017年6月12日 13:26
米PreSonus(開発部門はドイツ)のDAWソフト「Studio One」がマイナーバージョンアップし、これまでの3.3.4から、3.5となった。バージョン番号的には微妙な違いにしか見えないが、実はシステム的に見ると大きな機能/性能強化になっている。PreSonusによると、今回のバージョンアップで60以上の機能向上があるとのことだが、ここではその中の「オーディオエンジン強化」と「DDPのインポート機能」の2点に絞って紹介する。
レイテンシーを抑えるためのユニークなアプローチ
Studio Oneユーザーであればご存じだと思うが、いまStudio Oneを起動すると、筆者を含め5人の小さな顔写真が並んで表示される。実は6月6日に筆者と、作曲家の多田彰文氏の二人で行なっているネット放送番組「DTMステーションPlus!」第83回でStudio One 3.5特集を行なったので、その告知が表示されている。主催者側の立場ではあったが、今回の放送内容において、Studio One 3.5のオーディオエンジンの性能向上について、詳しく説明してもらったことが個人的にも非常に役立つ興味深い内容だった。
正直なところ、Studio Oneの発売元であるMI7の新機能紹介Webページを見ても、いまひとつピンとこなかった話が、実例を見ながらその場で実験したことで、ハッキリとよくわかったので、まずはそちらから見ていこう。
一般論としてDAWを快適に利用するために重要なことの一つがレイテンシーをいかに小さくするか、という点だ。たとえばソフトウェア音源を使ってリアルタイムにキーボードを演奏するといった場合に、レイテンシーの違いが気持ちよく演奏できるかに大きな影響を与える。つまり、レイテンシー(音の遅れ)が小さければ鍵盤を弾くとほぼ同時に音が出るが、レイテンシーを大きくすると弾いてから少しして音が出るため、非常に気持ち悪い弾き心地となるのだ。
そのレイテンシーを小さくするには、PCとオーディオインターフェイス間に存在するバッファサイズを小さくすればいい。このバッファとは、PCからオーディオインターフェイスにオーディオデータを送ったり、反対にオーディオインターフェイスに入力された音を信号としてPCに届ける場合に介すメモリーのこと。まさにバケツリレーのように、オーディオデータを受け渡していくため、バッファが小さいほど、バケツの水が速く伝送されるから、結果としてレイテンシーを小さく抑えられるわけだ。
「だったら、限りなくバッファを小さくすればいいのでは? 」と思うところだが、ここには一つ問題がある。それはバッファに余裕があれば、伝送において多少遅れがあったり、途切れたとしても、バッファに貯まっているデータを使っていけば大丈夫だ。でもバッファが小さいと、ひたすら確実に、そして絶え間なくデータを転送していく必要があり、そこに大きなCPU負荷が生じる。そのため、CPUパワーの低いマシンでバッファサイズを小さくすると音がブチブチと切れたり、下手するとDAWソフトウェア自体がハングアップしたり、落ちたりしてしまう危険性がある。CPUパワーがあるマシンであっても、トラック数が多くなり、使用するプラグインなどが増えたり、重たいプラグインを多数動かしたりしたら同様のリスクが生じる。ここがなかなか難しいところなのだ。
そうした問題に対してStudio One 3.5ではバッファサイズを小さくしてレイテンシーを小さく抑えながらも、CPU負荷を低く抑えるというユニークな提案をしてくれた。実はStudio Oneでは3.3.4と3.5の両方を1つのマシンに共存させることが可能になっているため、手元のWindows PCに2つをインストールして試してみた。
CPUはCore i7-6700(3.40GHz)でメモリは16GBというそこそこのスペックを持ったマシン。ここに非常に負荷の高いコンボリューションリバーブに大負荷のIRデータを読み込ませたものを5つ並べるという、あまり普通ではない設定をした上でチェックしてみた。
使っていたオーディオインターフェイスはSteinbergのUR22mkII。このオーディオインターフェイスでは44.1kHzのサンプリングレートでは最小64サンプルというバッファサイズとなるので、これを設定してみた結果、Studio One 3.3.4では、かなり限界に近いCPU負荷となり、メーターが挙動不審というような感じでピラピラと上がったり下がったりを繰り返すようになる。
ではStudio One 3.5ではどうなるのか。同じプロジェクトファイルをこちらでも開いて試してみたところ、CPUメーターがピラピラするようなことはなく安定しているし、CPU負荷もかなり小さくなった。しかもバッファサイズなどの設定を行なうオーディオ設定画面を見ると、Stuido One 3.3にあった「マルチプロセッシングを有効化」というパラメータがなくなる一方で、「プロセッシング」というタブが新たに作られているのだ。
このプロセッシングタブを開いてみると、「ドロップアウト保護」というあまり見かけないパラメータがあり、デフォルトでは「最小」に設定されている。この「ドロップアウト保護」こそがStudio One 3.5の一番のハイライトとなっている。
このパラメータのプルダウンメニューを開くと、最小から最大まで5段階あるので、これを「最大」に設定する。するとプロセスブロックサイズが自動的に2048サンプルに設定される。さらに「インストゥルメントの低レーテンシーモニタリングを有効化」にチェックを入れると、さらにCPU負荷が下がる。ちなみに、この「ドロップアウト保護」のパラメータはCPU負荷を表示するパフォーマンスモニター上にも同じものが存在している。
でも、これはどういうことなのだろうか? この「ドロップアウト保護」というのはCPU負荷が大きくなったときに音切れ(ドロップアウト)が生じないようにするための機能だが、簡単に言ってしまえば、設定してあるバッファサイズを無視して、より大きなバッファサイズを設定してしまうというものだ。でも、それだと当然レイテンシーが大きくなってしまうが、ここには1つトリックがある。すでにトラック上にあるMIDIデータを演奏する場合は最大バッファサイズで行なうので、CPU負荷が少なくて済むが、リアルタイム演奏するものだけは指定バッファサイズ通りの動きをさせるので、演奏においてはレイテンシーを限りなく小さくできるのだ。
ちょっと混乱してしまう人もいるかもしれないが、すでにトラック上にあるMIDIデータを演奏するのであれば、バッファサイズを大きくして演奏したとしても、レイテンシー分の時間ちょっと早めに再生すれば問題は起こらない。一方で、リアルタイム演奏するトラックだけを最小のバッファサイズで行なったとしても、さほどシステムに大きなダメージを与えない。こうした使い分けをすることで、レイテンシーを小さく保ちつつ、CPU負荷を上げずに処理することができる、そんなアイディアを実現したのがStudio One 3.5だ。ただし、このワザが使えるのはソフトウェア音源の場合のみで、マイク入力などオーディオのモニターには使うことができない。ここはダイレクトモニタリングを適用する必要があるが、そうなるとエフェクトが使えないというネックもある。この点についてはPreSonusのDSP内蔵のオーディオインターフェイスを使うことで、だいたい解決できるとのことだったが、手元にその環境がないため、ここでは見送ることにする。
なお、このオーディオエンジン強化は、Studio One 3.5の最上位バージョン、Professionalはもちろんのこと、その下のArtist、さらには無料で使うことが可能なStudio One 3.5 Primeにおいても有効なので、ぜひ試していただきたいところだ。
DDPインポート対応で、何が変わる?
もう一つとりあげたいのが、DDP(Disc Description Protocol)のインポート機能の搭載についてだ。DDPとはCDやDVDなどのマスタリング結果をデジタルデータとして納品する際に用いられるデータフォーマットのこと。従来CDのマスターは、デジタルテープメディアでCDプレス工場に渡したり、プレス・マスターCD(PMCD)という形で渡したりしていたが、現在はDDPでの納品が一般的になっている。これならばデジタルデータ伝送で受け渡しができるため、非常に利便性も高くなっている。
Studio One 3の最上位バージョンであるStudio One 3 ProfessionalではDDP出力ができるという意味で、マスタリングソフトとして大きな意義があり、多くのユーザーが利用していたが、一つ欠点があった。それはDDPの出力はできるけれど、DDPの入力がないため、本当に間違いないDDPデータであるのかを確認することができなかった。実は世界的に見るとDDP化が進んでいるのが日本であり、日本のStudio OneユーザーからDDPのインポート機能への対応が強く求められていたが、その結果、今回ついにインポート機能に対応したのだ。
ご存じの方もいると思うが、DDPの読み書きができるソフトはそれほど多くないものの、多少“方言”もあって、当初は互換性の面で問題が生じるケースもかなりあった。最近はほぼ問題なくなってきたようだが、それでも確認することができないというのは、やはりひとつのリスク。とりあえず、正しく書き出せたかどうかをチェックできることはうれしいところだ。
一方、DDPの読み書き可能なソフトというと、従来はあまり一般に流通していない業務用のソフトが中心であった中、唯一比較的手ごろな価格でDDP入出力できるソフトとして存在していたのがSteinbergのWaveLab Professional。最新バージョンがWaveLab 9 Professionalなので、これとやりとり可能なのかちょっとテストしてみた。具体的にはWaveLabで作成したDDPデータを、Studio One 3.5で読み込んでみた。
結論からいえば、まったく問題なく渡すことができた。マスタリングソフト上で、各トラックに色などを付けてもそうした情報がDDPに反映されないため、読み込むと単色になってしまうが、それ以外においてはほぼ完ぺきな形で再現することができた。
以上、Studio One 3.5のオーディオエンジンの改良とDDPの入力機能について紹介してみた。ほかにもミキサーの変更履歴の記録など、さまざまな機能が強化されており、その多くが無料で利用可能なStudio One 3.5 Primeでも使えるので、一度試してみてはいかがだろうか?
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