藤本健のDigital Audio Laboratory

第731回

イヤフォンみたいなマイクで、リアルな立体録音。OKM低価格バイノーラルマイクを試す

 VR人気の影響か、最近、音楽などの制作現場でも使われるケースが増えているバイノーラルマイク。この連載でも何度か取り上げてきたが、先日知人から、「なかなかいいよ」と聞いて試してみた安価なバイノーラルマイクがある。OKMというブランドのインイヤーステレオマイク「OKM II PXS Solo」という24,000円の製品だ。これをTASCAMのリニアPCMレコーダ、DR-100MKIIIとともに使ってみたので、どんな感じで録れるのか紹介しよう。

OKM II PXS Solo

種類が増えつつあるバイノーラルマイク

 バイノーラルマイクは、音を立体的にとらえることができるステレオマイクであり、ヘッドフォン/イヤフォンで聴くことを前提としたもの。いわゆるダミーヘッド型のマイクである、NEUMANN(ノイマン)製のKU100が、バイノーラルマイクの代表ともいえるもので、かなり古くから使われており、KU100を使った作品も数多くある。人間の頭の形をした筐体の耳の部分で収音するため、非常に立体的に音をとらえられるというわけなのだ。耳たぶや鼻、頭の形状によって、音が反射したり、伝播したりするので、それを実際の形で実現しているわけだ。ただKU100の価格は現在も100万円程度と、そう簡単に手を出すことができるものではない。

ダミーヘッド型のバイノーラルマイク定番のNEUMANN「KU100」

 でも最近は、もっと安価なものもいろいろ出てきている。以前、ローランド「CS-10EM」、アドフォクス「BME-200」を取り上げたことがあったほか、まだ国内未発売ながらiPhone用であるゼンハイザーの「AMBEO VR MIC」を先日取り上げたばかりだ。そうした中、最近、筆者が何人かの知人ミュージシャンから「かなりいい音で録れる」と話を聞いていて興味を持ったのがOKMブランドの製品。これはドイツSoundmanのブランドで、いくつかの種類のバイノーラルマイクを出している。国内ではタックシステムが扱っており、同社にお借りしたのがOKM II PXS Soloという製品。

OKM II PXS Solo

 見た目はまさに、イヤフォンそのものといった形だが、これはイヤフォン機能を持たない完全なマイク。先ほどのCS-10EMやBMW-200また、AMBEO VR MICもすべてイヤフォンでありマイクであるという2つの機能を持っていたが、OKM II PXS Soloに音を出す機能はないのだ。その意味では筆者としても初体験の機材となる。

 このマイクは、ちょっと立派な木箱に入っていて、その中にリール巻き取り型の収納ケースも入っている。マイクだから、これ自体は完全なアナログ機材なわけだが、通常はこれをリニアPCMレコーダと接続して使う形になる。

パッケージ
キャリングケースも付属

 ただし、このマイクはプラグインパワー対応となっているため、プラグインパワーに対応した機材を使う必要がある。そこで、今回試してみたのは、以前にも記事で取り上げたTASCAMのリニアPCMレコーダ「DR-100MKIII」だ。

組み合わせて使ったTASCAMのリニアPCMレコーダ「DR-100MKIII」

 DR-100MKIIIに関する紹介は割愛するが、ここには指向性マイク、無指向性マイクのほかにXLR/TRSのマイク入力、さらにはステレオミニでの外部入力を持っており、どれを使うかを設定できるようになっている。このうち、ステレオミニの外部入力を選び、ここにプラグインパワーを供給することで、このバイノーラルマイクを使うことが可能になる。

ステレオミニの外部入力に接続
プラグインパワーを「入」に

 マイクの使い方としては、これをイヤフォンと同様の感覚で耳に装着するだけ。イヤーパッド部分を見てみると、右用の赤、左用の青の色がマーカーとしてあるが、このマーカーのあるほうを外側にして装着する。

イヤフォンのように耳に装着する

 試しに、このイヤーパッドを外してみると、中からはマイク素子が出てくる。小さいマイク素子だが、これで音をとらえるわけだ。

イヤーパッド部を外すと、内部にあるマイク素子などが見える

 先日のAMBEO VR MICを使ってみて、すごく感じたのは、バイノーラルマイクは、映像とセットにすると、より臨場感が増して聴こえるということ。その意味では、ビデオレコーダであるZOOMの「Q4n」などとセットで使うのがよかったのかもしれないが、手元にはなかったので、iPhone 7に動画撮影を任せ、音はTASCAMのDR-100MKIIIを使い96kHz/24bitで録る方法にした。

DR-100MKIII側で96kHz/24bit録音

対象物の周りの音までリアルに収録

 さっそく、このセットを外に持ち出し、踏切そばの電車や、道路を走るクルマをとらえてみた。リニアPCMレコーダを持ちながらiPhoneを構えて撮影するというのは、なかなか難しいので、先にDR-100MKIIIの録音ボタンを押してから、その辺の台などの上に置き、その後iPhoneの撮影ボタンを押してから撮影という手順で行なった。多少手間はかかるが、それほど煩雑というほどでもない。

 ただ、普段のリニアPCMレコーダでの録音と決定的に違うことが一つある。それはこのマイクを装着していると、モニターできないという点。どんな音で録れているか、まったく分からないままレコーディングするというのは、やはり心もとないのは事実。一番心配な問題はレベルオーバーによる音割れだが、それは事前にリハーサルをして、入力レベルを調整するとともに、本番ではDR-100MKIIIのレベルメーターを確認しながら行なうしかない。

 モニターできないことは、精神衛生上、非常にストレスではあったけれど、「イヤフォンとマイクが同一筐体に収まっている機材より、その分音質がよくなる」という可能性もある。その可能性を信じてトライしてみた。その録音結果とiPhoneの映像をドッキングさせて、YouTubeにアップロードした。

踏切を通過する電車
道路を走る車

 どうだろうか? ぜひ、ヘッドフォン/イヤフォンで聴いていただきたいのだが、なかなかリアルな音でとらえられているように思う。ちなみに、この映像と音のドッキングには、昔からあるワザを使っている。映画などでは「カチンコ」と呼ばれるものを使って撮影し、後で音と合わせているわけだが、それと同様に音のマークを入れているのだ。ただ、両手がふさがっていて、カチンコなど使うことができるはずはないので、舌を鳴らしてiPhone側のマイクでも拾えるようにし、後でビデオ編集ソフトを使い、舌を鳴らしたピーク音のところで合わせている。

舌を鳴らしたピーク音のところで映像と音を合わせた

 同様の方法を用いて、近所の神社でセミが鳴く声を撮影してきた。

セミの鳴き声

 やや風のあるところだったため、ボボボ~という低い風切り音が入ってしまった。レベルオーバーするほどのものではなかったから、DR-100MKIIIのレベルメーターでは確認することができず、後で部屋に戻ってから聴いてみて判明した次第だ。モニターせずに、録音することの難しさがこの辺に出てきてしまう。

 ただ、この音も96kHz/24bitで録音できているので、音だけを聴いてみると、風切り音を除けば、かなりリアルに音をとらえているのが分かるだろう。セミの鳴き声はもちろんのことながら、飛行機が飛んでいる音、遠くを走る救急車のサイレン、近くの道路を走る車……と、その場にいるような感じがしてくる。

【録音サンプル】
セミの鳴き声(96kHz/24bit)okm_semi_2496.wav(22.95MB)
※編集部注:96kHz/24bitのファイルを掲載しています。編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます

 最後にもう一つ、いつものようにモニタースピーカーの前に座り、CDを鳴らした音を録った。

【録音サンプル】
CDプレーヤーからの再生音(44kHz/16bit)
okm_music_1644.wav(6.93MB)
楽曲データ提供:TINGARA

 これは96kHz/24bitで録音した後に、44.1kHz/16bitへリサンプリング、ビット解像度変換を行なっているほか、48kHz/24bitへ変換したものを周波数解析した。

周波数解析の結果

高性能なマイクで音に立体感

 今回の音を聴いての結論は、確かに、これまで試したバイノーラルマイクよりも高品位な音でとらえているということだ。これがイヤフォン機能がないために実現できていることなのか、このマイク素子が良いから実現できていることなのかは分からないけれど、確かにいい音で録音できている。マイクとしての音質的な性能がとても高く、結果として立体感も良くなっているようだ。

 ちなみに、ちょっと面白いのは、左耳が時計の秒針の音をとらえているという点。実は、真横の角度で30度程度上の位置にクォーツの時計があり、ここで録音していると、カチカチという音が聴こえるのだ。普通のレコーダだと、ほとんど気にならないレベルだが、耳の位置にあるマイクだからか、クッキリ入ってしまっているのだ。こうした点からみても、モニターできない使いづらさはあるけれど、なかなか性能のいいマイクであるといっていいのではないだろうか?

 バイノーラルマイクで録音した音が一番リアルに聴こえるのは録音した本人だそうだ。自分の耳の位置で音をとらえているから当然ともいえるだろう。本人でなくても、骨格や耳たぶの形などが近いほうが、よりリアルになるのだという。その意味では、日本の人が聴くのであれば、ヨーロッパ人の頭の形を再現したKU100よりも、筆者が装着したインナーイヤー型マイクのほうが、よりリアルに聴こえる可能性もありそうだ。映像との組み合わせるには、多少の手間がかかる点もあるが、アイディア次第で、面白い作品作りができるだろう。

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OKM II PXS Solo

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto