藤本健のDigital Audio Laboratory

第751回

ステレオ音源をヘッドフォン立体音響に。無料公開の「HPL2 Processor Plugin」を試す

 PCで音楽を聴くという場合、みなさんはどんな環境で聴いているだろうか? USB DACやオーディオインターフェイスにヘッドフォンを接続して聴いているという方がかなり多いのではないだろうか? スピーカーを使うことはあっても、スピーカーの前に鎮座してじっくり聴くというよりも、スピーカーでBGM的に音を出しながら、寝転んで本を読んだり、食事をしたり……ということが多いかもしれない。でも多くの楽曲が、スピーカーで鳴らすことを前提に制作されているのも事実で、ヘッドフォンで聴くと制作者の意図通りの音ではない可能性もある。そこで、ヘッドフォンを使いながら、スピーカーで聴くのと同様の音で聴くことができるツールについて紹介してみよう。

ステレオ音源を立体音響化する「HPL2 Processor Plugin」無料公開

 以前、ヘッドフォンで立体サウンドを聴くことができる、HPLという技術について2回ほど取り上げたことがあった。これは立体音響システムなどを手掛けるアコースティックフィールドという会社が生み出したエンコード技術で、HPLでエンコードしたステレオのオーディオを普通のヘッドフォンで聴くと立体的に聴くことができる、というもの。たとえば5chとか9chといったサラウンドサウンドを再生する場合、通常は多くのスピーカーを配置して、それにマッチしたアンプやデコーダーを入手しないと再生できないが、HPLエンコードされた楽曲ならば、普通に2chのステレオデータとなっているため、iPhoneやウォークマンなどのポータブルプレーヤーでも、PCオーディオでも、ヘッドフォンで鳴らすだけで、立体的に音が聴こえるというものなのだ。

e-onkyo musicのHPL配信ページ

 そして、このHPLでエンコードされた作品が、e-onkyo musicなどで発売されている。ロゴとしてHPL5となっているものは、5chをHPLエンコードしたもの、HPL9となっているものは9chをHPLエンコードしたものだ。しかし、HPL2というロゴがついた作品もある。これは、本来スピーカーで鳴らす意図でミックス・マスタリングされた音源をヘッドフォンで聴いても自然に聴こえるようにエンコードしたものだのだ。

HPL2のロゴ

 もともとは前方にあるスピーカーから聴こえる音を元に、各楽器の定位を決めてミックスしたものをヘッドフォンで聴くと、真横から音が飛び込んでくる形になる。それを元に定位に戻してやるのがHPL2だったのだ。

ヘッドフォンの音定位のイメージ
HPL2による定位のイメージ

 ただ、HPL2というフォーマットで発売されている作品は、ごくわずかにすぎない。世の中にある膨大なステレオ音源のHPL2版が存在すればいいのだが、なかなか現実的ではない。そんな中、HPLの開発元であるアコースティックフィールドは、毎回、ヘッドフォン祭の会場限定ということで持ち込んだ音源をその場でHPL2化して聴けるようにするサービスを行なっており、好評となっている。無料のため、毎回試しに来る人もいるとのことだったが、それを多くの人が使える形にプラグイン化し、無料で開放したのが先日リリースされたHPL2 Processor Pluginなのだ。

HPL2 Processor Plugin

 HPL2 Processor PluginはWindowsおよびMacで動作するVST/AudioUnitsプイラグイン。Windowsの場合VST2およびVST3のそれぞれ32bit版と64bit版の計4種類が用意されている。一方、Macの場合はVST2およびVST3のそれぞれがあるほか、Audio Unitsの32bit版および64bit版があるので、自分の環境にマッチしたものを選んでインストールすればいいのだ。

 VSTやAudio Unitsのプラグインとなると、一般のリスニング系のユーザーにとっては、ややハードルの高いものとなるが、まずはDAWを使って試してみることにした。

Cubase AI 9.5などDAWでHPL2再生

 ここで使ったのはSteinbergのCubase AI 9.5というDAW。これはヤマハおよびSteinbergのハードウェア製品にバンドルされているソフトウェアだ。たとえば、SteinbergのUR12という192kHz/24bitの録音・再生ができる1万円前後で入手可能なオーディオインターフェイスにもバンドルされているオマケ的な位置づけではあるのだが、機能的にはかなりのものを持っている。中には、ダウンロードのためのアクティベーションコードを持っているけれど、使ってないという人もいると思うので、この機会に入手してみても面白いと思う。

Cubase AI 9.5
Steinberg UR12

 一方、HPL2 Processor PluginはHPLサイトのSOFTWAREのページからダウンロードする。ここを見るとWindows版およびMac版があるので、必要なものをダウンロードしよう。ここでは、Windows 10にCubase AI 9.5をインストールしていたので、Windows版をダウンロード。これを解凍すると前述の通り、4つのファイルが、4つのフォルダに分かれて収録されているが、Cubase AI 9.5の場合、VST2およびVST3の64bit版が使えるので、VST3の64bit版をインストールすることにした。

HPL2 Processor Plugin
4つのファイルが収録

 といっても、インストーラがあるわけではないので、VST3 64bitフォルダの中にあるHPL2 Processor.vst3というファイルをコピーするのだ。通常Windowsでは、c:Program FilesCommon FilesVST3にコピーすればOK。あとはCubaseを起動すれば、自動認識されるはずだ。

 CubaseでHPL2 Processor Pluginを効かせて再生するには、まずは、オーディオファイルをトラックに読み込む必要がある。ハイレゾ音源でもMP3でも、Cubaseへドラッグすれば読み込め、波形表示されるはずだ。ここでプレイボタンを押せば再生される。

Cubaseで再生

 そして、HPL2 Processor Pluginを使うにはミキシングコンソールを立ち上げ、マスタートラックのINSERTSにこれを挿入するのだ。するとHPL2 Processor Pluginの画面が表示されるので、このまま再生すると、プラグイン画面のレベルメーターが動き出すとともに、HPL2化された音で聴こえてくる。すると、これまで真横から聴こえてきた音が、明らかに前方から聴こえてくるし、それぞれの音の定位もしっかりと見えてくる。

ミキシングコンソールで、マスタートラックのINSERTSにHPL2 Processor Pluginを挿入
HPL2 Processor Plugin
プラグイン画面のレベルメーターが動き出すとともに、HPL2化

 ただし、音の解像度という意味では、HPL2化せずに、そのままのほうがハッキリしているように思う。まさに、ミックスをスピーカーで作業するのとヘッドフォンで作業するのとの差のような感じだ。

 Cubaseの場合、プラグイン画面の左上にあるスイッチでオン・オフを切り替えられるので、これを切り替えながら聴き比べてみると面白い。どちらが好きかは人によって違うと思うが、どっちが聴きやすいか、どっちが気持ちいいか、といえば、おそらくほとんどの人はHPL2化したものを選ぶと思う。明らかに自然な音なのだ。一つ違うのは、HPL2化すると、音圧が大きく下がること。聴感上だと5~6dB下がる感じだろうか。HPLは空間をシミュレーションするものなので、スピーカーから出た音のすべてが耳に届くわけではなく、部屋のあちこちへ拡散するから音が小さくなるのは当たり前。そのため、聴感上の音圧を揃えるために、右側にあるフェーダーで6dB前後持ち上げるとちょうどいい感じだ。フェーダーを上げすぎても、音が割れることはないが、リミッターが効いて、赤ランプが点灯する。こうすると、当然音は劣化してしまうので、リミッターがあまり効かない範囲で持ち上げるのがよさそうだ。

-6dB持ち上げた

 HPLサイトでは「なぜHPLで聴く音楽は気持ちいいのか?」として以下のような説明が書かれている。

それは、音楽音源がスピーカーで気持ちよく聴けるように作られているからです。

HPLは、そのミックスバランスを崩さずにヘッドフォンやイヤホンで実現します。

何かを加えて気持ち良くするエフェクターではありません。

もともと気持ちの良い音をヘッドフォンやイヤホンでも正しく再生する、それだけを目指した変換技術です。

ピンと来なければ1曲、1時間、1日、1週間、1か月、出来るだけ長くHPLで音楽を聴いてみてください。

その後で従来の音を聴けば、その意味が分かると思います。

HPLは、ヘッドフォン&イヤホンでもこれまで以上に音楽が楽しめる世界を目指します。

なぜHPLで聴く音楽は気持ちいいのか?

 まあ、結構な音の違いがあるので、多くの人は、聴いた瞬間に明らかな違いがあるのを感じられると思う。

 試しにStudio OneでもHPL2 Processor Pluginが使えるか試してみたが、当然ながらこちらもまったく同じ効果を得ることができた。なお、Studio Oneの場合、現在Studio One 3 Professional、Studio One 3 Artist、Studio One 3 Primeの3種類のグレードがあるが、VSTプラグインが使えるのは最上位版であるStudio One 3 Professionalのみとなる。

Studio OneでHPL2 Processor Pluginで再生

プレーヤーソフトでのHPL2再生も

 と、ここまでCubase、Studio Oneと、DAWで動かしてみたわけだが、DTMをしない人にとっては、なかなか扱いにくいと思うし、いろいろな曲を聴いてみたいというときに、いちいち、オーディオファイルをトラックに読み込んで、プラグインを組み込み……というと、かなり面倒なのも事実。でも、探してみると、プラグインが使えるプレーヤーソフトというものもあるようだ。

 ひとつ見つけたのが「JRiver Media Center 23」。これはWindowsおよびMacで利用可能なプレーヤーソフトで、定価が6,980円(税込)。ただし、30日間はフル機能を無料で試すことができるので、これを使ってみた。Windows版の場合、32bitアプリとなっているため使えるのはVST2の32bit版。また、プラグインフォルダを指定して認識させるDAWと違って、ファイルを直接指定するなど、やや使い方が特殊な感じだったが、試してみた結果、しっかり使うことができた。これなら、一度設定してしまえば、どの楽曲でもHPL2を効かせた状態ですぐに再生することができ、アルバムで聴いたり、プレイリストを組んだりすることも可能なので、非常に便利になる。

JRiver Media Center 23を設定
JRiver Media Center 23で再生

 そのほかにも、フリーウェアでMusicBeeというものもある。MusicBeeの使い方については、HPLのサイトにPDFで解説されていたので、これを参考にしてみるとよさそうだ。試してみたところ、MusicBeeそのものはVSTプラグイン対応しているわけではないが、MusicBeeを拡張するためのVST Hostというソフトを組み込むことで利用可能になるようだ。その上で、HPL2 Processor Pluginを組み込むため、多少手間はかかるが一回セッティングしてしまえば、次回以降はそのまま使うことができ、無料であることを考えるとなかなか快適だ。

MusicBee
VST Hostというソフトウェアを組み込み
MusicBeeでHPL再生

 いずれにせよ、このHPL2 Processor Pluginを利用することで、ヘッドフォンでの音楽の聴き方が大きく変わる可能性がある。現時点においては、あくまでもPCベースでないと聴くことができないが、今後iPhoneやAndroidのプレーヤーとしてHPLが使えるものが登場すると、さらに世の中が変わるかもしれない。現時点で、ポータブルプレーヤーで聴くためには、前述のCubaseやStudio OneなどのDAWにオーディオデータを読み込ませた後、プラグインを設定した上で書き出すことで、HPL2エンコードを自前で行なうことで実現できる。もちろん、著作権の扱いには十分注意が必要だが、そんな風にしてオーディオを楽しんでみるというのも面白そうだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto