藤本健のDigital Audio Laboratory

第750回

ネット生放送の声を、ソフトだけで自由に変化。「Audio Input FX」でできること

 国産DAWであるABILITYやSinger Song Writerの開発元である株式会社インターネットから、マルチエフェクトソフト「Audio Input FX」が12月21日に8,000円(税別)で発表された。1月9日までの発売記念キャンペーンとして5,600円でダウンロード販売されている。リアルタイムに音声にエフェクトをかけるためのWindows専用ソフトで、ネット放送やSkypeなどと一緒に使うことで大きな威力を発揮するというものだ。実際どんなソフトで、どのように活用するのかなどを紹介していこう。

Audio Input FX
様々なエフェクトが利用可能

本格的なエフェクトがソフトウェアで手軽に

 ゲーム実況など、従来にはなかったメディアの在り方が話題になることが増えている。もちろんゲーム実況に限らずニコニコ生放送、FRESH(サイバーエージェント)、SHOWROOM、LINE Liveと、さまざまなネット生放送のプラットフォームがあり、それぞれにぎわっている。iPhoneやAndroidにアプリを入れれば、高画質な配信が誰でも簡単にできることから大きく広がっている。

 ただ、複数アングルのカメラを切り替えたい、音にバリエーションをつけたいなどとなると、やはりさまざまな機器が必要となり、そのために用意する機材の価格もガンと跳ね上がるのも事実。筆者も、4年前から作曲家の多田彰文氏とともに、DTMステーションPlus!というネット番組を隔週で行なっており、間もなく第100回を迎えようとしているところだが、この放送のために結構な金額を投資してきたのも事実だ。

筆者らが配信している「DTMステーションPlus!」

 そんな中、先週発売されたAudio Input FXはオーディオエフェクトをソフトウェア的に実現しようという製品。例えば声にリバーブを掛けて響きのあるサウンドにするとか、コンプレッサを掛けて音量、音圧を安定させるとか、EQを掛けて音質を調整するといったことができるほか、ボイスチェンジャーを用いてテレビ番組のワイドショーにでも出てきそうな匿名の人の声のように変化させることもできる、というものだ。また、これらのエフェクトのオン/オフもリアルタイムに自由にスイッチングできるから、ネット番組を進行させながら、あるタイミングで「それでは発表です!」というときだけにリバーブを掛けるなんて演出も可能になる。

 本来、こうしたことを行なうにはハードウェアのエフェクトが必要となるところ、ソフトウェアですべてできてしまうというのが、このAudio Input FXだ。でも「DAWがあれば、いくらでもリアルタイムエフェクト処理なんてできるではないか」という人もいるはず。確かにその通りであり、実際、同社が出しているABILITYなどでもリアルタイムにエフェクト処理ができる。

 でも、それをネット放送に生かしたり、Skypeで利用するとなると、複雑になってしまう。具体的にいうと、オーディオインターフェイスにマイクを接続し、そこから入力した声にエフェクトを掛け、その結果をオーディオインターフェイスから出力し、それをPCのサウンド機能に入力して……となんとも面倒なことになる。もちろん、この辺を駆使するためにはDAWを購入しなくてはならないし、それを使いこなす知識も必要となってくる。それに対し、Audio Input FXならば、これ一つでOKというだけでなく、ネット放送用のソフトやSkypeなどとうまく連携できるようになっているのが最大のポイントなのだ。

 例えばSkypeの場合、設定画面においてマイク入力を見ると、「INTERNET Virtual Audio Device」というものが選択可能になっている。同様にNiconico Live Encoderにおいても、音声設定のデバイスのところで、このドライバを選べるし、そもそもWindowsの録音デバイス設定においても、「INTERNET Virtual Audio Device」というドライバが一覧に表示されている。

INTERNET Virtual Audio Deviceが選択可能
Niconico Live Encoderでの使用例

 名前からも分かるとおり、これは仮想ドライバであり、オーディオ入力デバイスを選択する際、マイク入力などと並んで、このAudio Input FXを通したものを選ぶことが可能になっているわけだ。つまりオーディオ入力デバイスを選択可能なソフトウェアであれば、どれでも利用できるし、仮にそうした選択ができないソフトウェアであっても、Windowsの録音デバイスにおいて「INTERNET Virtual Audio Device」を選択してしまえば、どんなソフトウェアでも利用可能となる。

Windowsの録音デバイスとして利用できる

 例えばWindowsのアクセサリであるボイスレコーダアプリにAudio Input FXを通した音をレコーディングすることもできた。このように複数のオーディオインターフェイスを使うとか、その間にケーブル接続をするといった必要もなく、簡単にできてしまうのが重要なところだ。

Windowsのボイスレコーダアプリで使用できた

様々な音の変化が手軽に。他社のVSTプラグインも利用可能

 具体的にどんなエフェクトが使えるのか、Audio Input FXには6種類のエフェクトが搭載されているので順に見ていこう。まずVOICE CHANGERは声質を変化させるもので、男声を女声にしたり、高いトーンや低いトーンの声にしたり……と声の雰囲気を大きく変えるもの。テレビなどで顔にモザイクを入れて声を変化させるときに使うタイプのもので、ネット放送などでも効果的に使えるエフェクトだ。仕組み的にはピッチシフトとフォルマント変換を行なうものだが、プリセットがいくつか用意されているので、これを選ぶだけでもかなり使える。

ボイスチェンジャー

 COMPは、ゲート機能付きのコンプレッサで、サウンドの音量のバラツキを抑えることを目的としたエフェクトだ。個人のネット放送などを見ていると、マイクに近づいたり遠ざかったりすることで、音量が大きく変わって聴きにくくなるケースが多いが、そうしたトラブルをなくし、聴きやすい放送にすることが可能になるのだ。ただ、コンプレッサは、慣れた人でもなかなか扱いが難しいが、これには「SpeechGate&Comp」、「SpeechCompressor」など、喋り用のプリセットがいくつか用意されているので、通常はこれを選ぶだけでOKだ。

コンプレッサ

 そしてCHRUSはサウンドに音の厚みや広がりをプラスするコーラス効果を与えるためのエフェクト。このコーラスの場合、喋る声にかけることで、ちょっとロボットボイスっぽい効果も得られるようになっている。

コーラス

 DELAYは音を遅らせて出すことを可能にするエフェクトで、Lチャンネル、Rチャンネルそれぞれ独立して設定して使えるステレオ・ディレイだ。どのくらい音を遅らせるか時間指定ができるようになっているほか、フィードバックのかけ具合や、左右バランスなどもいろいろ調整できるようになっている。

ステレオ・ディレイ

 REVERBは残響効果をつけるためのエフェクトで、空間の大きさをシミュレーションすることができる。この画面を見てもわかる通り、空間の大きさや残響時間を制御するだけでなく、残響における周波数特性の設定ができるのが、このリバーブの特徴。例えば、高域を強めに設定すると、オリジナルの音はそのままに残響音だけ高域が強くなる仕組みになっている。

リバーブ

 そしてEQは6バンドのマルチバンドEQだ。ピーキング、ローパス・ハイパス、ローシェルビング、ハイシェルビングの5種類のEQを使用可能となっており、この設定によって、かなり違った音声にできる。

マルチバンドEQ

 例えばVOICE CHANGERとEQ、CHORUSとDELAYなど、複数のエフェクトを組み合わせることで、より効果的に使えるし、必要あれば全部を同時に使ってもOKだ。また、各ボタンをクリックすることで、そのエフェクトに関するオン/オフの設定ができるため、シチュエーションに応じて、うまく切り替えて使うとよさそうだ。

 Audio Input FXが面白いのは、利用可能なエフェクトがこの6つに留まらないという点。WindowsのVSTプラグインに対応しているため、他社製のエフェクトも利用できるのだ。下のほうにある7番目、8番目のスロットに好きなVSTエフェクトを設定して使えて、前述の6つのエフェクトと組み合わせて使えるようになっている。市販のVSTプラグインはもちろん、フリーウェア、シェアウェアとしてネット上にある数多くのエフェクトを利用できるのだ。

好きなVSTエフェクトを設定して使える

どんな音か事前に確認することも

 ところで、これらのエフェクトがかかった音が、前述の仮想ドライバ経由でSkypeやネット放送ソフトウェアへと流れていくわけだが、当然ながら実際どんな音に変化しているのかを確認したいところだ。そのためにモニター機能が用意されており、これをオンにすることで各種エフェクトを通した音を自分でチェックできる。

 ただし、ここで使っているのがASIOドライバではなく、WASAPIとなっているため、どうしても100~300msec程度のレイテンシーが発生するのがネックとはなる。実際、これをモニターしながらだと喋りにくいので、どんな音なのかを確認する程度にとどめ、通常はモニターオフにするのがお勧めだ。もっとも、ネット放送などを見る側は、このレイテンシーはほとんど気にならないはず。というのも、映像にもレイテンシーが発生するため、映像と音声との時間差がほとんどないためだ。映像と音声の時間調整といった機能はないが、実用上はほぼ問題ないといってもよさそうだ。

 なお、このAudio Input FXに収録されている6つのエフェクトとも、仕組み的にはVSTプラグインを使っているようだが、プロテクトがかかっているのか、ほかのDAWでは認識することはできないようだ。例えばCubase Pro 9.5から見ると、VSTプラグインマネージャーのブラックリストとして、これらのエフェクトが表示されてしまう。これはまあ仕方がないところかもしれない。ちなみに、これらのエフェクトはいずれもABILITY 2.5に収録されているエフェクトとなっている。

Cubase Pro 9.5のVSTプラグインマネージャーからはブラックリストとされてしまった

 以上、インターネットのAudio Input FXについて紹介した。あって当然のようで、実はなかった、ネット放送などで利用可能なエフェクトソフト。レイテンシーの関係で、音楽用として使うのは難しいが、ネット放送以外でも、いろいろなシーンで使えそうなので、試してみてはいかがだろうか?

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto