藤本健のDigital Audio Laboratory
第798回
耳の写真でヘッドフォンの音が“自分仕様”に。「SXFI AMP」を使った
2019年2月25日 12:35
ヘッドフォンにおける新たな発明ともいえるユニークな技術「Super X-Fi」を、昨年1月にシンガポールのCreative Technologyが発表。約1年経ってその製品群が発売された。これは、ヘッドフォンをより自然な音で聴くことができるようにする技術で、人によって異なる顔の形や耳の形状に最適化して再生できるようにするというものだ。
現在、ヘッドフォンアンプのSXFI AMP、ヘッドセットのSXFI AIR C USB、ワイヤレスヘッドフォンのSXFI AIR Bluetoothの3種類が製品化されている。その中で最もシンプルな構造のSXFI AMP(オープンプライス/直販16,800円)を試してみたので、これでどんなことができるのか紹介しよう。
ヘッドフォンで“スピーカーからのように”聴こえる技術の新たな手法
人は通常空間で発せられる音を2つの耳で聴いているわけだが、同じ音を聴いていたとしても、人によって聴こえ方は違うらしい。それを確かめるのは、なかなか難しいところだが、耳の形状がどうなっているのか、頭の大きさや形がどうあるかによって、変わってくるそうだ。
もっとも、普段はそんなことはあまり意識する必要もなく、AさんとBさんが同じ場所で同じ音を聴いていれば、それが2人にとって、同じ音ということになる。ところがそれがヘッドフォンになると、状況が少し変わってくる、というのがCreative Technologyの発想だ。
Creative Technologyは、PC用サウンドカードなどのSound Blasterシリーズで一世風靡した会社であり、国内では子会社のクリエイティブメディアが製品を扱っている世界的なメーカー。そのCreative Technologyが発明したという技術、Super X-Fiは、スピーカーの音を正確にヘッドフォンで聴けるようにする、というのが基本的な考え方。確かにスピーカーは前から音がやってくるのに対し、ヘッドフォンやイヤフォンでは、耳元で直接音が出るから、真横から鳴っている感じであって、スピーカーから音を聴くのとは違った音になる。
ただ、それを補正する技術が登場すること自体は、特別に新しいものではない。以前に記事でも紹介したフリーウェア「HPL2 Processor Plugin」もその一つだし、Dotec-Audioのフリーウェアのプラグイン「DeeSpeaker」も同様の発想のものだ。これらのソフトは空間をシミュレーションし、前から来る音や左右の音のクロスオーバー、また部屋の中での反射などを反映させた音にすることで、あたかも前においてあるスピーカーから音が出てくるようにしてくれる。
前述したHPL2 Processor PluginやDeeSpeakerのようなシミュレーションでは、頭部伝達関数(Head-Related Transfer Function/HRTF)というものを用いながら音作りをしていると思われる。ただ、ここには通常1つのモデルがあり、そのモデルに基づいて計算をしている。つまり頭の形状や耳の位置、耳の形を固定してシミュレーションしているため、そのモデルに自分が近ければ、リアルな音に聴こえるけれど、形状が大きく異なると違和感を感じたり、あまりリアルに感じられなかったりするのだ。
そのことは、直接計算などは必要ないダミーヘッドを用いたバイノーラルレコーディングでも同様。西洋人の頭の形のダミーヘッドで録音したものを日本人が聴いても、人によってはいまひとつ音像がクッキリしない、という現象も起こるわけだ。
そこでCreative Technologyがチャレンジしたのは、そのシミュレーションを、それぞれのリスナーの頭の形や耳の形に最適化させてしまおうというもの。ひと昔前なら、そうしたシミュレーションには膨大な計算処理が必要となり、なかなか実現できなかっただろうが、今ならDSPを使うことでリアルタイムに処理できるので、これを利用しようというものだ。最適化したデータを元に、スマホなどで音楽や動画を再生すると、手持ちのヘッドフォン/イヤフォンで、最適化されたサラウンド再生が聴けるという仕組み。
具体的にはどんな形でそれを実現するのか。その手法が非常にスマートで扱いやすくなっているのが、Super X-Fiの優れているところ。人によって異なる頭・顔の形状、耳の形状、耳の位置などをスマートフォンで撮影してクラウドにUP。その情報を元に、頭部伝達関数の各パラメータをはじき出した上で、DSPを搭載したヘッドフォンアンプに送るという流れになっているのだ。
言葉だけで説明してもピンと来ないと思うので、実際に試した手順を、画像を見ながら紹介していこう。まずはiPhoneまたはAndroidに「SXFI」というアプリをインストールする。つい先日までAndroid版しか存在しなかったが、先週リリースされたようなので、今回はこれを使ってみた。
スマホを使って簡単に個人の聴こえ方を測定
まずは、アプリを起動し、Super X-Fi用のアカウントを作成するところからスタートする。そのうえで、ヘッドマッピングという操作を行なっていく。これは単純に自分の顔を撮影していくものなのだが、まずはiPhoneのカメラを自分の右耳に向けて撮影する。といってもシャッターボタンを押したりするのではなく、円の中に自分の耳がピッタリくるように動かすと、アプリが自動認識してくれるのだ。
ただ、一人では、この操作がなかなか難しかった。頭は正面を向きながら、iPhoneのカメラを自分の右の耳を正確に捉えなくてはならないので、手探りではほぼ無理。鏡の前に立ち、やや斜めの方向を向きながらiPhoneに映っている画面を調整していくという方法で設定した。
無事ターゲット内に入ると、まるで耳がサイボーグにでもなったようにグラフィックで表示される。続いて正面。こちらはカメラに正面から向き合うので、簡単。今度は顔半分がサイボーグのようになる。同様にして左側の耳も撮影して完了。すると、このデータがクラウドへとアップロードされるのだ。
このiPhoneのSXFIアプリの役割は、もうこれで終了。実際には、ここにプレーヤー機能なども装備していて、Bluetooth接続のSFXI AIR Bluetoothという製品を持っていれば利用できるようだが、今回使うのはUSB接続のヘッドフォンアンプであるSXFI AMPという製品なので、この後はiPhoneは不要となる。
ヘッドフォンアンプのSXFI AMPは、Super X-Fi UltraDSPチップとAKMの32bit DACを搭載。ステレオミニのヘッドフォン出力を備え、手持ちのヘッドフォン/イヤフォンと組み合わせて使用できる。
このSXFIに、先ほど測定した個人のデータを適用するにはパソコンを使う。これはWindowsでもMacでもOKだ。ここではWindows 10にSXFI AMPをUSBケーブルで接続する。SXFI AMPの端子はUSB Type-Cとなっている。一方でクリエイティブメディアのサイトからドライバーアプリをダウンロードしてインストールした。そのSXFI Controlというアプリを起動するとサインインを促される。
その後、先ほど作成したアカウントでログインすると「ヘッドマッピングをアップデートしています」というメッセージが表示されるとともに、クラウドから先ほどiPhoneで測定したデータがダウンロードされ、SXFI AMPへと転送される。
さらに、ヘッドフォンの項目を見ると、ここでSXFI AMPに接続しているヘッドフォンの選択ができるようになっている。メーカーとしてはAKG、Audio Technica、Koss、Sennheiser、Shure、SONY……とあり、メーカーごとに数種類のモデルが選択できるようになっていた。現状はまだまだ少なく、今後少しずつモデルは増えていくとのこと。この一覧にない場合、ブランドは「Unknown」を選択した上で、ヘッドフォンなのかイヤフォンなのかを選択する形だ。
そのうえで、普通にプレーヤーを再生すれば、自分に最適化された形で音が聴こえてくる。何もしないのとの違いはSUPER X-FiというスイッチをON/OFFすることで確認することができる。またSXFI AMPの各ボタンでプレーヤーのリモコン操作が可能となっており、音量の+/-、またプレイ、ストップ、そして、SUPER X-Fi効果のON/OFFができる。
実際の効果はどうなのか、ゲームや映画などサラウンドサウンドを聴いてみると、非常にリアルに感じられるという体験をした。一方で、2chの音楽を聴くと、通常のヘッドフォンサウンドに慣れすぎているせいかもしれないが、少し違和感を持ってしまった。明らかに普段聴いているヘッドフォンの音ではない。確かに「前においてあるスピーカーからの音だ」と言われればそう思うし、悪い音になるわけではない。けれど、SUPER X-Fiをオフにしたときのほうが、聴き慣れた音になるので、安心する面がある。
まあ、ここは慣れの問題なのかもしれないし、本来はこの音が正しいのかもしれない。音楽よりも映画やゲームなどのほうが、より立体感、臨場感を得られるという面もありそうだ。どうとらえるかは、人によって、コンテンツによっても違いそうだが、面白い不思議な体験ができるのは確か。試してみる価値はあると思う。