藤本健のDigital Audio Laboratory
第825回
電子ドラムが熱い中国、斬新なMIDIキーボードも。巨大展示会Music Chinaを見た
2019年10月21日 13:11
LONGJOIN(ロンジョン/龍健集団)、Ringway(リングウェイ/吟飛科技)、MEDELI(メデリ/美得理)。これらの社名をご存じだろうか? 実はこの3社、世界中の電子楽器、DTM機材の世界で、かなり大きな位置づけにある中国企業。知らず知らずのうちに、これらの企業で設計されたり、生産された機材を使っている人も多いはずだ。10月10日~13日、中国上海で行なわれた世界最大規模の楽器の展示会「Music China」でも、これらの企業の躍進が目立っていた。
昨年に続き、今年もMusic China/中国(上海)国際楽器展覧会に参加し、中国の楽器市場の大きさを目の当たりにしてきた。その中で、LONGJOIN、Ringwayのトップとも話ができたので、Music Chinaを俯瞰するとともに、これらの企業が何を狙っているのかなどを見ていこう。
巨大会場に、日本では見かけない製品の数々
世界の楽器の展示会というと、アメリカで行なわれているNAMM SHOWを思い浮かべる人も多いと思うし、実際それが世界の先端であるのは昔も今も変わらない。ただ、展示会としての面積的規模はすでにMusic Chinaが上回っている。
会場である上海新国際万博中心(SHANGHAI New International Expo Centre)の広さは30万m2。幕張メッセ全体が7万5,000m2なので、その約4倍という広大なスペース全体を使って楽器の展示会が行なわれている。
今年はここに34カ国から2,414のメーカー、サプライヤーが集まって展示を行なった。日本で2年に1度開催される「楽器フェア」と比較すると、規模的には20倍近いのではないだろうか。4日間ですべてを見て回るのはほぼ不可能というボリュームになっている。
ただしNAMM SHOWとMusic Chinaでは根本的な目的が異なっている。NAMM SHOWは世界中のメーカーが、ここで新製品の発表を行ない、世界に向けて発信する。また、世界中のディーラーがここに集まり、商談の場となるところだ。それに対し、Music Chinaは中国市場を目的に世界中のメーカーが展示を行なう場なのだ。
そのため、ここで数多くの新製品が発表されるわけではないが、中国市場向けで、日本では見かけないような製品を目にする機会もしばしば。また、世界の楽器メーカーに対してOEM、ODMを仕掛ける黒子役の企業が多く出展しているのもNAMM SHOWとは趣の異なる点だろう。
ここには大きなホールがW1~W5、N1~N5、W1~W7と17あるほか、飛行機が離陸できそうなほどに広い中庭があり、ここに多くのプレハブ的建物が作られ、展示が行なわれている。このうちのW5というホール内を歩きながらビデオを撮ってみたので、これでMusic Chinaの雰囲気を味わえるのではないだろうか?
このホールではエレキギターやエレクトリックドラムなど、電子楽器系が多く展示されていたが、アコースティックピアノ中心のホール、弦楽器中心のホール、PA機材中心のホール、ライティング機材中心のホール、中国民族楽器中心のホールなど、ジャンルごとに分かれて展示されている。
電子ドラム市場に注目製品が多数
到底全部をじっくり見て回ることなどできないので、電子楽器やレコーディング機材などが展示されているところを主に回ったのだが、とても目立っていたのが、中国メーカーの電子ドラムが多いことだ。
中国の楽器市場では、第1位がピアノ、第2位が中国琴、そして第3位がドラムとなっており、ドラムだけでも年間10万台以上が売れているという。またドラムは比較的価格が高く利幅も大きいことから、次々と電子ドラム市場へ参入するメーカーが増えているようなのだ。
10分ほど会場を見て回っただけで、いくらでも新製品を見つけられる感じだったが、ざっと見ていこう。上海梯捷楽器(TJ MUSIC)の檸檬(T-5D)というエレドラは、スネア、3つのタムそして、キックにもメッシュのパッドを用いたもので、価格は3,680元だから約55,000円。叩いてみた感じかなりしっかりした打感で、音源もよくできている印象。
高級モデルのラインナップも拡大
中国大手メーカーである美得理(MEDELI)のDD638DXも中国製品としては高級路線で、やはりスネア、タムx3、キックがそれぞれ黒いメッシュパッドで、音源も細かくバランス調整ができるフェーダーを搭載したもの。ヨーロッパでは人気機種になっているようで、ネット通販価格を見ると580ユーロ程度のようなので、日本円では7万円ほどだ。
浙江省のメーカー、座頭鯨文化科技(Hampback)のMK-5Lも、やはりメッシュパッドを使った製品で、タイなどへ多く輸出しているとのこと。価格は64,000円程度だ。
さらに深センの海星王科技(avatar)のSD301-1 Drum Kitは、スネア、タム、キックともに厚みを持たせ、まさにアコースティックドラムのような見た目、質感を実現したもの。
音源的にもかなりよくできていた印象だったが、さすがにここまでいくと価格も10万円程度と上がってくる。
もちろん、すべてラバーパッドで2、3万円程度というドラムも数多くあったが、このように比較的高価なものが続々と登場している印象だった。これまでメッシュパッドはローランドが特許を持っていたが、その特許が数年前に切れたことで、こうしたものが出てきたという背景がある。ただ、Music Chinaに来ていたローランドのある役員に話を聞いたところ、「すべての特許が切れたわけではなく、明らかに権利侵害しているものもあるようなので、精査した上で、対抗措置もとっていく」とのこと。まだ、これらの中国メーカーの電子ドラムは日本にはあまり入ってきていないが、これからの動きも気になるところだ。
“日本設計”製品を中国大手メーカーがサポート
そんな中国ドラムメーカーが数多くある中、また新たなドラムメーカーがMusic Chinaの会場内で旗揚げをした。EFNOTEというメーカーだが、「Designed in Japan」つまり、日本設計だという。これはどういうことなのか?
日本の社名はエフノート。社長の井上一晃氏によると、社員は井上氏を含め4名で、全員元大手楽器メーカーの開発エンジニア。社内では、思い通りのことが実現できないと限界を感じ、数年前に飛び出し、1社を経由した上で、この度、企画・開発・設計だけに特化した新会社を設立したとのこと。
「真の楽器を作りたいという思いでEFNOTEを設立し、まず第一弾としてこのドラムを発表しました。見ても分かる通り、スネアやタムの胴が深く、アコースティックドラムとほぼ変わらないものに仕立てることで、打感をより自然にしています。シンバルをブラックにしているのは、ゴムを素材にしているからで、ブラックであることに意味はありません。当社では、よりナチュラルな感じを演出するためにグレーにしているのと同時に、シンバル面には彫刻を施し、金属のシンバルと同様な雰囲気にしています。さらに業界初の8インチのスプラッシュシンバルも用意し、見た目と打感、音を一致させるデザインにしました」と井上氏は話す。
エンジニア中心の会社だが、資金繰りや製造生産、さらにはマーケティング、営業……といったことはどうしているのか? 実は、EFNOTEをサポートしているのが中国の大手メーカーRingway。EFNOTEのブースもRingwayブース内にあり、その資金はRingwayから出ているという。
「以前の仕事でRingwayと付き合いがあったのですが、その関係で話をした結果、トントン拍子で開発や設計に専念できる会社を作ることができました。社員4人全員、浜松で勤務しています」とのこと。まずは中国国内での販売および、アメリカ、ヨーロッパでの販売を行なっていく予定で、日本発売は未定とのことだったが、新しい業態の誕生であり、今後もこうしたパターンは出てくるのかもしれない。
ちなみにこのRingwayはアメリカやヨーロッパの各社とも協業を行なっており、アメリカの楽器流通大手のGuitar Centerのオリジナル製品の製造も一手に引き受けている。そのため、現在Guitar Centerの傘下にある電子ドラムの老舗SIMMONS製品も、Ringwayが作っているのだ。そのほかにもMIDIコントローラー、MIDIキーボードメーカーのnektar、DAWメーカーのBITWIG、オーディオインターフェイスメーカーのESI、MIDIキーボードメーカーのCME……といったメーカーともさまざまな形で協業が行なわれている。
Ringwayの会長、超平氏に話を聞いたところ「当社は1984年に創業し、当初は楽器用の音源チップの設計を行なっていました。このチップを世界中の楽器メーカーに供給することで、少しずつ大きくなり、その後、電子楽器そのものの開発、生産を行なうようになっていきました。現在は世界中で30社以上のメーカーの製品の設計や生産などを行なっているほか、CMEやBITWIG、nektarなどとは重要なパートナーとして投資し、より深いレベルでの協業を行なうようになっています。今回立ち上げたEFNOTEもその一つです」と語る。
会社設立から35年経った今も、毎年50%近い成長を繰り返しているとのことで、ますますその存在感は増していきそうだ。
OEMビジネスから自社ブランドへ、成長続けるLONGJOIN
Ringwayの競合の1つとなるのがLONGJOINだ。LONGJOINも日欧米、数多くの著名メーカーのDTM機材を生産したり、企画・設計まで行なうOEM、ODMを手掛ける大手企業だ。
同社の会長、陳逸氏に少し話を聞くことができた。「当社は2004年に設立し、電子楽器のOEMビジネスからスタートしました。アメリカメーカー、ヨーロッパメーカーの生産を手掛け、徐々に規模を拡大させてきた結果、現在グループ40社、トータル2,500名の従業員を抱える規模にまで成長しました。40社あるうちの1番の稼ぎ頭はLONGJOIN ELECTRONICSという製造会社で、世界中の著名メーカーの生産を担っています。2番目の規模になるのが自社ブランドであるMIDIPLUS。現在は中国国内をメインの市場と捉えながら展開していますが、アメリカ、ヨーロッパにも広げている一方、日本にも近いうちに本格進出することを考えています」と陳氏。
そのMIDIPLUSブースでは、MIDIキーボードやオーディオインターフェイスなど、低価格でしっかりした仕上がりの製品をいろいろ展示していた一方、かなり斬新な機材も参考出品していた。THINと名付けられたMIDIキーボードは25鍵、49鍵、73鍵の3タイプがあり、それぞれに、ちょっと変わった取っ手がついている。
実はこれがポイントで、それぞれバイオリン風、ギター風、チェロ風に構えて演奏できるようになっているのだとか。取っ手部分には2つのリボンコントローラが搭載されており、これでピッチホイールやモジュレーションホイールのように操作することも可能となっている。いずれも3本の単4電池で動作し、Bluetooth MIDIで信号を飛ばすことができるほか、USBバスパワーでも動作する。2020年春に発売する予定で、価格などはまだ未定とのこと。
一方、折り畳みができる88鍵のMIDIキーボード、FOLDABLE PIANOというものも発表されていた。これはMIDI音源、アンプ&スピーカーも内蔵されており、電池で動作する。折り畳んで手軽に持ち運びができ、どこでもすぐに演奏できるというコンセプトの製品。価格は9,000円程度で11月に発売するとのことなので、ぜひ日本での発売を待ちたいところだ。
このRingway、LONGJOIN、そしてMEDELIは、OEM、ODMを中心としているため、あまり表に名前が出てこないが、昨年の記事でも取り上げたCherub TechnologyやiCONは、自社ブランドで展開し、すでに日本進出も果たしている大手メーカーだ。これらのメーカーも含め、どこも急成長をしているので、電子楽器メーカーの勢力図は、これから数年で大きく変化していく可能性は高そうだ。