藤本健のDigital Audio Laboratory

第785回

中国は子供もドラム上手? 勢力拡大のNUX、“MIDI琴”など注目DTM製品

10月10日~13日に中国・上海で行なわれた楽器の展示会「Music China」のレポートの後編をお届けする。前回は、超大規模だったMusic China全体の雰囲気を紹介するとともに、レコーディング機材のブースから見る日本とは少し異なる中国のネット配信事情などを見てきた。今回は、会場を回って見つけた中国のDTM系メーカーなどについて紹介しよう。

Music China

海外でも拡大中のNUX

先日の記事でも紹介した通り、Music Chinaの会場は幕張メッセ全体の4倍という、本当に大きな会場だった。その1週後に開催された日本の楽器フェアと比較すると10倍近い規模であり、その広さ、また勢いには圧倒された。ただ、ここに出展しているブースを見ると、大きく目立っているところはアメリカ、日本、ヨーロッパなど海外メーカーが中心。会社の規模的には、中国メーカーはまだまだ発展途上という状況という印象を持ったが、まったく知らないメーカーも多く、面白い製品を作っている会社、今後大きくなっていきそうな会社もいろいろ。会場の規模が大きすぎて見て回れたのは、本当に一部のエリアではあったが、デジタル系を中心に紹介していく。

会場は上海新国際万博中心(SHANGHAI New International Expo Centre)

前回紹介したMiDiPlusとともに、もう一つあらかじめ見に行こうと決めていたメーカーが、深圳(セン)に本社を持つCherubだ。日本のメーカーであるローランドの隣に、比較的大きめなブースを出していたCherubは社名であるCherubブランドより、ギターエフェクトを中心とするNUXブランドを前面に打ち出して、エレクトリックドラムや電子ピアノのデモを行なっていた。

Cherubブース
NUXブランドを強力に展開

同社の社長である趙哲氏は10年近く日本の電子部品商社の社員として働いていた経験もあり、日本語も堪能。その趙氏が1997年に電子メトロノームのメーカーとしてスタートさせたのがCherubだ。その後、電子チューナー、エフェクト、エレクトリックドラム、電子ピアノ……と広げてきたとのこと。

趙哲社長

「現在は485名の従業員がおり、今後まだまだ増えていきそうです。分野的には、昨年からマイクやギターをワイヤレスで飛ばせるシステムにも参入し、ここに力を入れていきたいと考えています」と趙氏は話す。現在同社の売り上げの6割が中国で、4割がアメリカを中心とする海外。日本での流通も今年スタートしたところで、今後増やしていきたいとのこと。デジタルエフェクトであるNUX製品は国内でも評判がいいようだが、BOSSやZOOMなどの日本ブランドの製品とも競合する。今後どのような戦いになっていくのかは気になるところだ。

中国では子供もドラムが上手い?

もうひとつ、比較的大きなブースを構えていたのが、iCONというメーカー。国内ではフックアップが代理店として小さなオーディオインターフェイスなどを扱っていたので、なんとなく知っていたが、このブースを見てみると、かなり立派なデジタルコンソールのコントローラや数多くのMIDIキーボード、マルチチャンネルのオーディオインターフェイスなども出していて、ちょっと驚いた。

デジタルコンソールのコントローラ
MIDIキーボード
マルチチャンネルのオーディオインターフェイス

同社のCEOであるChris Wong氏と話したところ「コントロールサーフェイスの新製品もいくつか出しました。プロの業務用に使えるものから、エントリーユーザー向けのものまでいろいろあります。ほかにもキーボード、オーディオインターフェイス、ヘッドホン、マイクなどなど、いろいろな製品を出しており、日本では売ってない製品もまだまだいろいろありますので、ぜひ、見ていってください」とブース内を案内してもらった。価格競争力も高そうなので、今後、日本でも話題になる製品が数多く登場してくるかもしれない。

CEOのChris Wong氏

W4およびW5というデジタル系の楽器が多く展示されていたホールを回っていて、目立ったのは、見たことがないエレクトリックドラムが数多くあったこと。先ほどのNUXを含め中国のエレクトリックドラムメーカーが結構多くあり、どこも小中学生くらいの子供が、かなり上手に叩いているのを多く見かけたのも面白かった。

子供がドラムを上手に叩いている姿が多かった

小草電子鼓(TINYGRASS)というメーカーもその一つ。マーケティングマネジャーの任静氏によると「当社は深圳にあるメーカーで現在5種類のエレクトリックドラムを出しています。現在は中国マーケットを中心に販売をしておりますが、今後は日本を含め、ぜひ海外でのビジネス展開も広げていきたいと思っています。中国では子供へのドラム教育がとても盛んなので、各ブースで子供たちが叩いているのだと思いますよ」とのこと。

小草電子鼓(TINYGRASS)

少し試してみたところ、ローランドやヤマハ、ATVなどの日本メーカー製品と比較すると、打感や音も少し安っぽいイメージはあったが、数万円という販売価格を考えれば十分ありだな、という印象も持った。日本メーカーが強く国内マーケットに入ってこれるかどうかはわからないが、通販などを通じて一気に中国メーカーが押し寄せてくる可能性はありそうだ。

日本市場に意欲見せる中国メーカー

“どこかで見たことあるような”USB-MIDIキーボードを数多く並べていたのは浙江省坑州市にあるメーカー、智能鋼琴(WORLDE)というメーカー。

智能鋼琴(WORLDE)ブース

出荷輸出担当マネジャーである李桂梅氏に話を聞いてみたところ「当社は1999年設立で、もともと海外楽器メーカーの下請けからスタートしていましたが、現在は自社設計が中心で、このWORLDEというブランドでも展開しています。現在100名の従業員がおり、いまも世界中のメーカーへのOEM・ODMでの製品供給も行なっており、その数はかなり多くあります。ここにはMIDIキーボードを数多く展示していますが、ほかにもデジタルドラムや電子ピアノなどの設計、製造もおこなっています」と説明してくれた。

輸出担当マネジャーの李桂梅氏
展示されていたUSB-MIDIキーボードなど

具体的にどのメーカーへ製品供給しているのかについては教えてくれなかったが、筆者の手元にも某フランスメーカー製品として、見た目が寸分変わらないキーボードがあるので、おそらくここで作られたものなのだろう。このように下請けからスタートしたメーカーがどんどん力をつけてきているという印象は強く持った。

日本でも激安のミニサイズ・ギターエフェクターのメーカーとしてよく見かけるようになっているのはRowin。

Rowin

大手通販サイトで2,000~5,000円の価格でコーラス、フランジャー、ディレイ、ディストーション……と販売されているので、目にしたことがある方もいると思うが、ここもやはり深圳にある中国メーカー。中国名も深圳市朗韻楽器だ。同社の地域マネジャー、Skyler Feng氏に少し話を聞いてみた。

深圳市朗韻楽器
地域マネジャーのSkyler Feng氏

「当社は2009年にスタートした会社で現在50人ほどの規模のメーカーになっています。このミニサイズエフェクターを中心にデジタル機器の開発設計から製造までを行なっています。外部ACアダプタの電源供給を受けて動作しますが、最近はルーパーなどが人気です。またデジタルでのワイヤレスシステムにも力を入れているところです」とのこと。すべて独自設計という小さくカラフルなエフェクターがずらりと並ぶと、とても魅力的にも感じる。

ギターシールドの代わりに使うという2.4GHzのワイヤレスのシステムはトランスミッター、レシーバーのペアで国内でも8,000円程度と安価で流通しているが、Feng氏によれば30m程度の距離であれば自由に使うことが可能で、レイテンシーもなく、高音質で使えるという。こうしたメーカーが力をつけてくると、日本の老舗メーカーも、うかうかとはしていられなくなりそうだ。

ギター用2.4GHzワイヤレスシステム

数多くのミキサーやPA製品の展示をしていたのはLanngeというブランドで展開する江門市蘭格電子。日本国内では見かけたことのないメーカーではあるが、USBポートを持つデジタルミキシングコンソールなどは製品的にも気になるところ。

USB搭載デジタルミキシングコンソール

広東省恩平市にあるという、同社セールスコーディネーターのAlina氏によると「これらプロフェッショナル用途のデジタル・ミキシングコンソールを数多く開発・設計して商品化しているほか、やはりプロフェッショナル用途でステージで使うワイヤレスマイクシステム、PA用の大出力アンプやスピーカーなどを作っています。1995年創業で2010年に大きな工場を作り、海外に向けての輸出も強化しているところです。ぜひ今後、日本マーケットにも製品を出していければと考えています」と話す。

セールスコーディネーターのAlina氏

ちなみに、6入力を持つ小型ミキサー、MD-2006はUSBでPCと接続でき192kHz/24bitのオーディオインターフェイスとしても利用可能。出力も8系統用意しており、何をどこに出力するかなども自由に設定できるとのこと。また、PCとはWi-Fiでも接続できて、PC操作で系統切替をしたり、ミキサー内部にあるDSPをコントロールして各チャンネルに装備されている12バンドのEQやリバーブ、エコーなどの設定がPCからできるようだ。しかも、800x480のタッチ操作可能な液晶が搭載されているので、本体だけでの操作もしやすい。これだけの機能、性能を備えて価格は175USドルとのことなので2万円弱。ちょっと試してみたいと思った。

6入力の小型ミキサー「MD-2006」
PCから、ミキサー内部にあるDSPをコントロールしてEQやリバーブ、エコーなどを設定

MIDI搭載の“琴”が登場

最後に紹介するのは、長年ローランドの代理店を行なってきて、現在はATVの代理店となっている中国羅蘭数字音楽教育集団(China RDEC Digital Music Education Group)。同社はローランド製品の輸入販売をしつつ、中国国内で音楽教室を幅広く展開してきた会社。それと同時に電子ピアノやエレクトリックドラム、ギターアンプなどの中国メーカーとしても力を付けてきている会社。

中国羅蘭数字音楽教育集団の電子ピアノ
ギターアンプ

同社社長の息子であり、日本育ちでつい最近まで日本の金融機関で働いていたという程崧明氏によると「当社では中国の各地で音楽教育を行なっていますが、やはり一番需要があるのはピアノ教室です。バイオリンやドラムといった教室も人気は高いのですが、中国琴の人気も高く、楽器の販売数でいうとピアノに次ぐ第2位。年間40万台ほどのマーケットとなっています」という。一概には比較できないがヤマハや河合楽器のアコースティックピアノの製造台数が年間1~2万台と言われているので、驚異的な数字を聞いてしまったような気もする。

左が程氏、右が項氏

そのRDECが、いま開発中で、このMusic Chinaでプロトタイプを披露したのがMIDI搭載の琴だ。ステージでは、この琴のデモ演奏が行なわれ、伴奏に乗って正しく弾かれたかがどうかがテレビゲーム風にスクリーンに表示されていたが、これがまさにMIDI信号を利用したシステムになっている。

MIDIを搭載した琴のプロトタイプ
MIDI搭載琴の演奏デモ

程氏は「この琴は、教育・練習向けに開発したもので、琴自体は中国でもっとも大きな琴メーカーとの共同開発であり、当社ではMIDI部分を担当しています。音楽大学などと提携しながら、どんな使い方が可能かを模索しているところで、今後は琴以外にも、さまざまな中国民族楽器のMIDI化を検討しています」と話す。

開発を担当したエンジニア、項羽氏によると「弦をはじいたり、押したり、ゆらしたりという演奏操作を検知して、MIDI信号に変換できるようにしています。システム的にはMIDIギターなどとも似ているのですが、大きく異なるのは弦を止めている端の部分にセンサーを入れて、弦を押す圧力や振動などを検知している点です。この押す力をセンシングする楽器は琴のほかにはほとんどないので、この点を重視して作っています。左側、右側にそれぞれ別のセンサーを搭載し、演奏表現を正しく捉えられるようにしています」とのこと。

もうシステム的にはほぼ完成しているが、実際にこれをいつ製品化するのか、どんな製品にするのかなどは現在検討中とのこと。ちなみに、搭載されるMIDIはあくまでもOUTのみで、INを装備する予定は現時点ではないとのこと。このようにして中国生まれの電子楽器というものもいろいろと登場してきそうだ。

以上、中国上海で行なわれた膨大な規模の楽器の展示会について、そのごく一部だけを2回にわたって紹介してみた。本当に断片を見ただけという感じではあったが、この活気ある中国の状況が少しは伝わったのではないだろうか。まだソフトウェアのマーケットに関しては発展途上という印象も持ったが、中国のソフトウェア音源メーカーなどもどんどん増えてきていることを考えると、ここ何年かで大きく変わってきそうな予感もする。今後毎年Music Chinaに行くかどうかはともかく、これからも中国の状況はウォッチしていきたいと思っている。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto