藤本健のDigital Audio Laboratory
第924回
5Gで8K/Atmosライブ配信を楽しむ!? 次世代エンタメのカタチ
2022年1月17日 10:07
ここ1年で5Gの通信環境がかなり広がってきた印象だ。都内にいると、スマホに5Gのマークが表示されるケースが多くなり、確実に5Gネットワークが広まってきている。一方で、5Gをどのように活かすか、より有効な活用の仕方はないか、模索する動きも出てきている。
その一つが、8KとDolby Atmosを組み合わせた“イマーシブコンテンツ”を配信しようというもので、大日本印刷、アストロデザイン、シャープ、ソシオネクスト、輝日、そしてドルビージャパンの6社が集まって実証実験を行なっているのだ。実際どんなことをしているのか、大日本印刷で見せてもらうとともに、担当者に話を伺ったので紹介していこう。
5G回線による8K/Atmos配信の可能性
このコロナ禍において、イベントやコンサートは苦境に立たされている一方で、いかに快適にオンライン配信するか、という動きは加速しており、新技術なども次々と誕生している。
その一つとして、つくばを拠点とする日本のベンチャー企業・輝日が開発した「eContent」というものがある。以前、記事でも紹介したことがあったが、ライブなどを有料で配信するためのシステムで、8K/ハイレゾにも対応するというものだ。そのeContentの登場が、今回の6社連合のキッカケにもなったという。
「2020年にeContentを発表したところ、多くの反響がありました。私たちとしても、8Kを使って何かもっと積極的な展開はできないだろうか……と思っていたところ、大日本印刷さんから問い合わせをいただきました。ソシオネクストさんは以前から8K制作機材関連でやりとりがあり、8Kのデコーダーやエンコーダーを借りるなどもしていました。そのエンコーダー、デコーダーのチップの開発なども手掛けている会社ですね」と、話すのは輝日の代表取締役である佐藤大哲氏。
印刷会社である大日本印刷がなぜ? とも感じるところだが、その点について大日本印刷のABセンター DX事業開発本部 独自メディア事業推進ユニット メディア運用部 コンテンツ開発グループ・リーダーの市村大知氏は、「我々は、8Kは印刷技術の延長線上にあるものと位置付けています。これまでも映像コンテンツをテレビ局と連携しながら作ってきましたし、2019年には我々が制作した『8K 花美 HANABI』という映像作品が米国ルミエール・アワードでBest Demonstration of 8Kを受賞したこともあるなど、割と早いタイミングで8Kのコンテンツ作りに着手。CG、VRなどを8K化するなど、さまざまな試みをしてきたのです。そうした中、輝日さんのeContentを知り、何か一緒にできないかとお声がけしました」と話す。
「我々の部署は元々デジタルサイネージを手掛けてきたこともあり、だいぶ以前からシャープさんとはお付き合いがあり、8Kでも何かできないだろうかとお声がけしました。一方、立体音響収録や配信用機器などでも強いアストロデザインさんとも他部署ではありますが接点がありました。以前オリンパスさんが8Kの内視鏡を開発する際、内視鏡の色調補正技術を提供したのですが、そのときのカメラセンサーにアストロさんのものを使わせていただいていたという関係です」。
「また立体音響技術については、当初、国内の他社さんにお声がけをしていたのですが、映像と音の同期をとることがなかなか難しく断念。そこで、まったく繋がりはなかったのですが、ドルビーさんにお声がけしてみたところ、即答でOKをいただき、今回の枠組みができあがったのです」と、市村氏は6社連携の経緯を語ってくれた。
'21年8月に発表された6社連携のプレスリリースによると、6社連携によって「エンターテインメント業界のオンラインライブ配信や伝統芸能・文化財の公開などに向けて、コンテンツ制作からインターネット配信などのインフラ構築までを支援し、没入感の高い映像体験を多様な環境で楽しめる機会を提供していきます」とある。
それぞれの役割分担は……
- DNP:全体統括、ユースケース発掘、8KとDolby Atmosコンテンツの制作
- アストロデザイン:8K、立体音響収録、再生、配信用の機器、映像制作への技術協力
- シャープ:8K/立体音響製品および配信技術の協力
- ソシオネクスト:8Kエンコーダ・デコーダ、配信技術の協力
- 輝日:Dolby Atmos対応8K動画配信プラットフォーム「eContent」の開発と提供、通信インフラの構築
- ドルビージャパン:Dolby Atmos対応への技術協力
……とのこと。技術要素としては下図のようになる。
ライブビューイングなどで8K/Atmosコンテンツに需要有り?
では、具体的には何をしているのか。
一つは国内初という「8K映像とDolby Atmosを組み合わせた映像コンテンツの制作」。そしてもう一つが「コンテンツ制作から、視聴環境・伝送回線の構築までを提供」することだという。
8K映像コンテンツのデータ容量は大きなものとなるため、従来はIP網での送受信は困難とされていたが、シャープの5G通信に対応した8K IP配信ソリューションやソシオネクストの8Kエンコーダ・デコーダ、輝日の動画配信プラットフォームや回線インフラ構築サービスなどを活用し、安定的でスムーズな配信を目指すわけだ。
その実証実験が、大日本印刷の展示スペースで体験できるようになっている。実は、ここにはKDDIの協力もあって、室内には商用の5Gアンテナを設置。5Gの電波は基本的に見通せる範囲しか届かないこともあり、実質的には展示スペース用のアンテナ。外部からの影響を受けにくいため、実証実験には最適な環境が構築されている。ちなみに、こうしたアンテナは国内でもあまり例はなく20カ所程度しかないのこと。
この独占的な5G環境を利用して、8K映像+Dolby Atmosの配信を行なっている。システム構成は下図の通りだ。
実際、筆者もアストロデザインが開発したイマーシブオーディオ対応サウンドチェアに座る形で8K映像+Dolby Atmosのコンテンツをオンデマンドで視聴したが、まったく違和感なく、非常にクリアな映像・音楽の体験を味わう事ができた。ただ、その背景には、さまざまな技術的な試行錯誤があって、この環境を実現しているようだ。
「技術的に困難だったのが、音声データの伝送です。Dolby Atmosに含まれる音場のメタデータを送る必要があるため、ビットパーフェクトでのオーディオ伝送が必須なのですが、従来のシステムではAACでエンコードするためビットパーフェクトが崩れてしまう。そこで、当社のほうで8K映像データとDolby Atmosの音声データをもらって、1つのファイルにまとめた上でストリーミングに乗せるようにしました。Dolby Atmosの規格上、ミックスの段階では.atmosファイルに格納された形になっており、そこにWAVデータとメタデータが入っています。これがEAC3ファイルに変換されるのですが、我々はこのEAC3をビットパーフェクトで送っているわけです」と佐藤氏は解説する。
とはいえ、どのように映像と音の同期を実現したのだろう。
「それはEAC3にポイントがあります。EAC3はPCMを送付する仕組みに落とし込むことが可能です。PCMの2chをEAC3のところに強制的に流し込むことで、SMPTE信号なども利用可能となり、SDIなどの伝送の仕組みがそのまま利用できるのです。これにより、映像と音を分離する必要がなくなり、同期できるようになったのです」(佐藤氏)
例えとして正しくはないかもしれないが、DoPを使ってDSDデータを無理やりPCMの信号に詰め込んで送るような形で、8K映像とDolby Atmosをまとめてしまった、ということなのだろう。やや強引ともいえるテクニカルま方法で実現しているようではあるが、この技術はどのような需要を想定しているのだろう。
「8K映像にDolby Atmosをセットにしたコンテンツは一般ユーザーにも大きなニーズがあると確信しています。確かに今はまだ、個人向けに配信して楽しんでもらうという状況にはありませんが、アリーナや劇場などが8K+Dolby Atmos設備を導入すれば、ライブビューイングなど、さまざまな利用法が出てくると考えています。地方の小規模な施設でも、将来的に導入できるようになれば、5Gの普及も伴って、幅広い活用が考えられるのではないかと思います。現時点ではこの6社で展開していますが、ここに閉じるつもりはありません。研究会とか、できればコンソーシアムのようなものを作り、より多くの人たちに参加いただいて、8Kと立体音響という体験を広げていける場を作りたいと考えています」(市村氏)
一般ユーザーが8K+Dolby Atmosのコンテンツを視聴できる環境を用意するのはまだ簡単ではないが、こうしたコンテンツやインフラが拡充してくれることは歓迎したいし、より気軽にこうしたコンテンツが楽しめるようになることを期待したい。