藤本健のDigital Audio Laboratory

第1025回

持っておいて損なし!? 約2万円で32bitフロート録音できるレコーダ「H2essential」

リニアPCMレコーダー「H2essential」

昨年、ZOOMから非常に柔軟性が高く、コンパクトな32bitフロート対応リニアPCMレコーダー「H2essential」が発売された。直販価格で19,900円という手ごろな値段でありながら、3つのマイクを内蔵。設定によって、9種類のマイクパターンを選択できるというユニークな製品だ。

サンプリングレートは96kHzまで対応するとともに、32bitフロート対応だから爆音でも音割れしないというのが大きな売りとなっている。実際どんなものなのか試してみたので、紹介してみよう。

ZOOMレコーダー「H2essential」とは

ひと昔前までは、さまざまなメーカーがリニアPCMレコーダーを出していたが、気が付くとZOOMの寡占状態で、ほかは若干TASCAMが製品を出しているという状況だ。その分、ZOOMからはさまざまなバリエーションの製品が展開されている。

そのZOOMが今回発売したのが、H2essentialという製品だ。2007年の「H2」、そして2011年の「H2n」の流れを汲んだ、第3世代のH2シリーズとなる。

2007年発売の「H2」
2011年発売の「H2n」

このH2シリーズで共通するのは、フロント・リア・左・右と4方向、360度の音が収録できるという点で、もちろん今回のH2essentialもそのコンセプトを引き継いだ形となっている。

その一方で、前モデルのH2nが最大で96kHz/24bit対応であったのに対して、H2essentialではサンプリングレートは44.1kHz、48kHz、96kHzからの選択可能で、サンプリング深度は32bitフロート固定になった。

32bitフロートについては以前にも何度か紹介しているので、ここでその詳細は割愛するが、実質的に非常に小さい音から爆音までと、ほぼ無限大ともいえるダイナミックレンジで音を録音することができる。そのため、従来のレコーディング機器では必須となっていた入力ゲイン設定がなくなっているのだ。これをオートゲインコントロールと勘違いする人が少なくないが、自動で調整してしまうのではなく“調整する必要がない機材”なのが画期的なところだ。

H2esseintialはどんな機材?ハード面をチェック

では、具体的にハード面からチェックしていこう。まず、H2esseintialは手のひらに収まるコンパクトな機材で、電池を含む重量が約170gと非常に軽量なデバイスだ。iPhone 16 Proと並べてみるとだいたい大きさの雰囲気も分かるだろう。

iPhoneとの比較

電池は単3電池×2であり、アルカリ電池、ニッケル水素電池、リチウム乾電池でも利用可能。バッテリーの持ち時間は利用するモードにもよるが、フロントとリアのステレオ録音を行った場合、ニッケル水素電池で約8時間持つと、スペックにある。

実際にかなりの時間使ってみたが、ほとんどバッテリー容量は減っていかないので、かなりのスタミナ性能を備えていると感じた。

単3電池2本で駆動

グリル状になっている本体上部には、フロントとリアに向けて設置された単指向マイク、左右の音を捉える双指向マイクの計3種類のマイクが搭載されている。詳細は後ほど紹介するが、その3つのマイクを利用することで、9種類のマイクパターン(集音範囲)を設定できるようになっている。

3種類のマイクが搭載されている

記憶メディアは、microSDを使用。底面にあるカバーを外すとスロットが現れるので、ここに挿す形だ。

底面カバーを外すとmicroSDカードスロット

本体右側面にはラべリアマイク、ラインに接続するための3.5mmの端子、左側にはヘッドフォン出力用の3.5mmの端子を用意する。一方で、スピーカーも内蔵されているためヘッドフォンなしでも録音した音を確認できる。

本体右側のライン入力
左側には、ヘッドフォン兼用のライン出力を搭載

さて、電源を入れると1.3インチで240×240解像度のフルカラーLCDが起動、ここに波形が動きながら表示される。そう、いきなりマイクからの入力が左から右へと流れる形でリアルタイムに波形表示されるのだ。

ディスプレイ

もちろん、この時点では録音はスタートしていないが、天面にある録音ボタンを押すと録音がスタートするとともに、波形が赤く表示されるようになる。

これを見ることで、ヘッドフォンでモニターしていなくても確実に録音されていることが分かる。また、前述の通り32bitフロートであり、入力ゲインも存在していないから、ディスプレイ部を見て動いていれば、大きな失敗はしない、ともいえるわけだ。

天面の録音ボタンで録音がスタート……
……録音がスタートすると、波形が赤く表示された

この天面には録音ボタンのほかにも複数のボタンがあるので、これらについても見ていこう。

まずFRONT、REARというボタンがあるが、これは名前の通りで、フロントのマイクをオンにするかリアのマイクをオンにするかを選択するもの。面白いのは両方ともオンにすることが可能であり、この場合、両方の音を収録していく形になる。

フロントとリアのマイクが有効な状態

「120°」「90°」「MONO」というボタンもある。表記から想像できる通りで、120°を選べば収音角120°で音を拾うことができ、90°にするともう少し狭い範囲での音を拾う形となる。一方MONOにすると、指向性の高いモノラルでの収音となる。

では、それらがどのように記録されていくのだろうか?

それは録音した結果のmicroSDカードを見ればすぐに分かる。まずは録音すると日付と時間で設定されたファイル名のフォルダができ、その中にデータが記録されていく形だ。実際そのフォルダの中を見ると、たとえばフロントのみで録音した場合には、日時+FRONTというファイル名のWAVデータが1つだけ記録される。

拡張子(.wav)の前に、FRONTが付いている

フロントもリアもオンにして録音した場合は、日時+FRONTというWAVファイル、日時+REARというWAVファイルが記録されるとともに、日時+MIXというWAVファイルも記録される。そう、フロントとリア、それぞれ別のWAVファイルで記録され、同時に、その簡易ミックスも記録される形になっているのだ。

フロントもリアも動作させた場合は、3つのファイルが保存される

もっとも、これはデフォルト設定状態であり、設定は変更可能だ。

メニューを見てみる

MENUボタンを押すと、LCDにはファイルリスト、入力設定、出力設定、録音設定、SDカード、USB、システム設定、ヘルプというメニューが並ぶ。

ここで録音設定を選ぶと、サンプルレート、ステレオ形式、ミックスファイル、プリ録音、オート録音、録音開始トーン、セルフタイマー、メタデータ(iXML)というサブメニューが表示された。

前述の通り、サンプルレートは3種類が表示されるわけだが、ステレオ形式を見てみるとステレオとMS RAWという選択肢が現れる。

サンプルレートの画面
ステレオ形式の画面

そう、デフォルトではステレオになっているが“MS RAW”にすると、M=MidとS=Sideで記録される形になる。先ほどの3つのマイクで構成されていることからも分かる通り、もともとMSマイクの形になっているので、そのデコードの仕方によって120°や90°を作り出していたわけだ。

このため、MS RAWの設定で録音すれば、少し扱いは面倒だがではあるものの120°、90°に限らず、自由に指向角度を変えて利用できるようになっている。そのMSデコーダーはVST2プラグインおよびAUプラグインが無料でZOOMサイトからダウンロードできる。

MSデコーダー

ミックスファイルの項目を見てみると、ONとOFFが選べる形になっている。デフォルトはONになっているため、前述のようにFRONTとREARの両方がオンになっていると、自動でミックスファイルが作られていたわけだ。

ミックスファイルの画面

では、そのミックスはどのようなバランスで行なわれるのか。要はフロントとリアの音量バランスということになるが、実はこれもユーザーが自由に設定できるようになっている。

MIXERボタンを押すとミキサーが表示され、リアルタイムに動くレベルメーターも表示されるので、これを見ながら調整する。その結果がモニターされたり、ミックスファイルとして保存されるようになっている。

リアルタイムに動くレベルメーター

プリ録音を見ると、こちらもON(1秒)とOFFの選択肢が用意されていた。

プリ録音の画面

デフォルトではONになっているプリ録音は、録音ボタンを押す1秒前からデータを記録するもの。「レコーディングをしようと思っていたら、いきなり演奏が始まって慌てて録音ボタンを押したけど、頭が欠けてしまった…」なんてことはよくあるが、プリ録音を利用すれば、そうした問題をリカバーすることができるわけだ。

オート録音を選ぶと、さらにサブメニューが表示される。これはある音量レベルを超えたら自動的に録音を開始し、ある一定レベルを下回ったら録音を停止する、という機能。

オート録音のメニュー

さらにユニークなのが、USBというメニューだ。これを選ぶとファイル転送とオーディオI/Fというサブメニューが表示される。

USBのメニュー

これはコンピュータとUSB接続した際の動作を設定するもので、ファイル転送を選べば、microSDカードリーダーとして使える。一方、オーディオI/Fを選ぶと、H2essentialをオーディオインターフェイスというか、USBマイクのようにして利用できるようになる。

しかも、設定によって、いろいろな使い方ができる。サブメニューを見てみるとStereo MixとMulti Trackの2種類がある。

Stereo Mixを選択すると前述のミキサーで設定された形の2chでレコーディングできるのに対し、Multi Trackを選択した場合はフロントのLとR、リアのLとRという計4chでのマルチトラックレコーディングとなる。

ただし、このオーディオインターフェイスとして使用できるサンプリングレートは44.1kHzもしくは48kHzのいずれか。録音設定で96kHzを設定していると、このオーディオインターフェイス機能が使えなくなるので、予め設定を変更しておく必要がある。

なおMacであれば、CoreAudioでそのまま利用できる一方、Windowsで使う場合はZOOMサイトからASIOドライバをダウンロードして使えるようになっているので、これを利用することで、DAWなどでしっかりレコーディングに利用することも可能だ。

実際に録音してみた

さて、ではこれが実際どんな音でレコーディングできるのか、実際に試してみたので紹介していこう。まずは鳥の鳴き声というか、街の雑踏という感じの音から。場所は住宅地の一角で生垣にたくさんのスズメがいつも鳴いている場所だ。

写真は人もクルマも写っていないけれど、この坂道はそこそこクルマ、人、自転車なども通る場所でもある。行ってみるとやはり何十羽というスズメが集まっていたので、さっそくレコーディングしてみたのが以下の音だ。

サンプル1
フロント:H2essential_bird_front.wav(34.79MB)
36,480,570Byte

サンプル2
リア:H2essential_bird_rear.wav(34.79MB)
36,480,890Byte

※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

前述の通り32bitフロートだから入力ゲイン調整が一切ないのがちょっと不安にもなってしまうところだが、何の準備もせずに録音ボタンを押すだけでレコーディングできてしまうのはとにかく便利だ。

ここでは96kHzの設定でフロント・リアともにオンにし、設定は120°で手持ちで録音している。フロント側が生垣のスズメたちに向いていて、リアは自分および坂道の上側を向いている。

フロントとリアでそこまで音の違いは感じないが、やはりスズメの鳴き声のクッキリさはフロント側なのが分かるはずだ。また前述の通り、H2essentialはMSマイクをデコードしてステレオサウンドを作り出しているわけだが、通りかかるクルマや自転車、人の音からもかなりリアルな立体感が感じられると思う。

続いて同じ96kHzの設定のまま今度は線路沿い、踏切近くに移動して電車が通り過ぎるところを録音してみた。リアの音にそれほど意味はなさそうなので、フロント側のみオンにして120°の設定の場合と90°の設定の場合で録音してみたので聴き比べてみてほしい。

サンプル3
120°:H2essential_train_120.wav(26.83MB)
28,132,706Byte

サンプル4
90°:H2essential_train_90.wav(31.60MB)
33,138,746Byte

※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

それぞれで電車のスピードが違うので、雰囲気は違っているが、明らかに120°のほうが、広い音場空間になっていることに気が付くだろう。

では最後にいつもと同じようにスピーカーから鳴らすCDの音を、ちょうど2つのLとRのスピーカーが90°に広がる位置にH2essentialを固定した上で、90の設定でレコーディングしてみた。これも96kHzで32bitフロートの設定とはなっているが、これまでリニアPCMレコーダーとの比較という観点から、48kHz/24bitに変換したデータを下記に掲載する。

サンプル5
Music:H2essential_music_2448.wav(3.47MB)
3,633,408Byte

※編集部注:編集部ではファイル再生の保証はいたしかねます。
再生環境についての個別のご質問にはお答えいたしかねますのでご了承下さい

もちろん、サンプリングレートの変更やビット解像度の変更で音の傾向は変わらないのだが、聴いてみてちょっと気になるのは高域がかなり強めに出ているという点。これまでさまざまなレコーダーで録音したものと比較しても、やはり高域のバランスが強いように感じる。

すでに公開を終了してしまったが、efu氏開発のフリーウェアの周波数アナライザ、WaveSpectraで見ても、やはり高域が強めに出ている印象だ。

本来であれば44.1kHzのサンプリングでのCDの音なので22.05kHzあたりで、完全に下がるはずだが、上記グラフを見ると、24kHzでも持ち上がっているのでハード的に高域を持ち上げている可能性がありそうだ。

その意味では自然な音にするにはEQなどで高域を抑えるのもよさそう。H2essential本体にはローカット機能はあるけれど、ハイを落とすという機能はないようなので、そこが気になるようでれば、録音後の処理ということになりそうだ。

ローカット機能も搭載する

以上、ZOOMのH2essentialについてチェックしてみたがいかがだっただろうか?

この高域の部分は少し気になったが、これだけの機能・性能を持ったレコーダーが2万円を切る価格になっているというのはユーザーにとっては非常に嬉しいところ。オーディオインターフェイスとして使える点を見ても、持っておいて損のない機材だと感じた。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto