西川善司の大画面☆マニア
第277回
“壁寄せポンで大画面!” エプソン超短焦点プロジェクタを試す
2023年1月31日 08:00
本来、プロジェクター製品は映像を投写する機械であり、その画面サイズは、投写距離に比例するものである。だから「大きな部屋がないと設置・常用しにくい」という課題を抱えていた。しかし、投写距離を長く取れば取るほど、大画面は得られても、投写映像の輝度は下がる。光の輝度は距離の二乗に比例して減衰するため、投写距離を長くすれば長くするほど暗くなるというジレンマもあったのだ。
そこで生み出されたのが、新しいスタイルの「超短焦点型プロジェクター」というものだ。
この超短焦点型プロジェクターは最初、活用先はホームシアター向けではなく、ビジネス向けの“データプロジェクター”だった。「手狭な会議室のホワイトボードの直下に設置して大画面が得られる」という特性がウケ、注目を集めることに。今から15年ほど前の2007年前後から製品が出始め、日本では日立やNECがこのタイプの製品開発に力を注いでいた。
しかし、これら初期の超短焦点プロジェクターにおいて画質というのは、正直“二の次”だった。投写距離が短く、従来のプロジェクター製品の公称スペック以上の明るい映像が得られれば、図版やテキスト主体のビジネスシーンではそれで必要十分だったのだろう。
その後、この超短焦点型プロジェクターを“上級ホームシアターの世界”へと押し上げたメーカーが現れた。それが、ソニーだ。
定価500万円の「LSPX-W1S」を初号機として、2015年に超短焦点プロジェクター市場に参入。その後、220万円にまで下げた改良モデル「VPL-VZ1000」や、より一般向けに訴求したポータブル型「LSPX-P1」を投入するも、結局“超短焦点型”の生産を完了してしまった。
そんなソニーとほぼ入れ替わる感じで、この分野に力を入れ始めたのが、DLPプロジェクター勢である。特に、LGは勢力的に新製品を投入。2017年にフルHD機の「HF85JG」を発売して以降、継続的に後継モデルを開発。2022年には4K機の最新モデル「HU915QE」を新発売している。
日本メーカーの中では近年、エプソンが同分野に力を入れている。
元々、エプソンは、この類の製品をビジネス用途のデータプロジェクター製品として投入してきたが、2020年にホームシアター向けのdreamioブランドとしてフルHD機「EH-LS300」を発売した。
そして、ついに2022年、待望の4K対応モデルとなる「EH-LS800」(末尾記号は黒モデルがB、白モデルがW)が発売された。
大画面☆マニアでは、数多くの多様なプロジェクター製品を扱ってきているが、今回は、久々の超短焦点型モデルを取り上げよう。
設置:投写距離からの解放は「たわみ」との闘いを生む
EH-LS800(以下LS800)は、スクリーン面に近づけて設置する特殊な設置手法のため、本体の前後基準がわかりにくい。
一般的なプロジェクター製品のように、映像の投写方向を「前面(正面)」と見なしてしまいそうだが、メーカー基準では、ユーザーを向いている側を前面(正面)と呼称している。取扱説明書でも、内蔵スピーカーが見える側を前面と呼称しているのでこれに従うことにする。
本体の外観は、ちょうど大判プリンターのような、横に長い直方体デザイン。サイズは695×341×145mm(幅×奥行き×高さ)。設置占有面積としては「ビジネス向け小型プロジェクターを横に2台並べたくらい」のイメージに近いだろうか。設置台の上に置く場合には、そこそこの広さが必要だ。
本体重量は約12.3kg。“軽量”とは言わないまでも、両手持ちで移動することはそれほど苦もなくできる程度の重さ。天地を逆転させてた天吊り設置にも対応するが、この重さであれば、天吊り金具と組み合わせても、一般的な天井照明向けの補強で対応できることだろう。
ちなみに、純正オプションとして設定されている天吊り金具は、2005年からラインナップされている延長ポール取付対応の「ELPMB22」(55,000円)と、薄型の「ELPMB30」(49,500円)の2種類。設置位置の変更は必須だろうが、オーソドックスな同社プロジェクター用天吊り金具がそのまま流用できるのはありがたい。
排気口は、正面向かって左側全体と右側底面にある。対する吸気口は、底面の前後方向にあるのだが、エアフィルターは前面側にのみ実装されている。スクリーン面(場合によっては壁面)に近づけて設置することになるわけだが、そうした設置を行なっても全く問題ないエアーフローデザインになっている。
投写レンズ(F=1.8、f=2.3mm)は手動のフォーカス調整機能はあるが、ズームはなし。ソニーの「VPL-VZ1000」には微調整用ズーム機能はあったが、一般的に超短焦点型プロジェクターにはズーム機能がないものが多いので、ここは“しかたなし”と言ったところだ。
投写映像を拡大したい場合は「本体をスクリーン面から遠ざける」のが手っ取り早い調整。
当然レンズシフト機能もないため、投写映像を左右にずらしたい場合は、本体を左右に物理的に動かす必要がある。また、投写映像を上下移動したい場合は、本体の設置位置の昇降させるしかない。
ズームもシフト機能もないということは、投写映像の仰角は固定化されているということだ。つまり、本体をスクリーン面から遠ざけると、投写映像は大きくなるが、その分、映像がどんどん上の方に移動していくことになる。
100インチ画面の最短投写距離は公称35cmだが、この投写距離値は“投写レンズ中心からスクリーン面までの距離”。投写レンズ中心位置から本体背面末端までの距離が25.5cmなので、100インチ画面の投写時には、LS800本体をスクリーン面から9.5cm(=35cm-25.5cm)離した位置に設置することになる。たしかにこれは圧倒的な短焦点性能だといえるだろう。
投写映像の下辺は本体天板位置から“約15cm上”に来る。本体の高さも約15cm(145mm)なので、逆算すると、100インチの映像を投写する際には、スクリーン面の下辺に対して約30cmほど下にLS800の設置面を設けないとダメということ。逆に言えば、床面にLS800を設置したとしても、100インチサイズの投写映像の下辺は床面から約30cm上に来るわけだ。
このため、椅子に座った姿勢で、視線の先に画面中央に映像が来るように設置をするには、本体を低く設置する必要があるということ。着座位置の低いソファを設置したリビングで観るなら、床置きくらいで丁度いいかも知れない。
いずれにせよ、一般的なプロジェクター製品と比較すると、LS800の投写仰角は大きいので、導入の際にはこの特性をよく理解しておく必要がある。天吊り設置を行なう場合も、事前によく確認することをお勧めする。
そして今回、筆者宅のスクリーンに映像を投影して気が付いたことも述べておこう。
筆者宅のスクリーンは、キクチ科学研究所のStylist「SE-110HSWAC/K」(110インチ、17:9)で、電動巻き上げ式のホワイトマットタイプ。平面性は良好な方の製品だが、巻き上げ式のため、上げ下げを繰り返せば自然とごく僅かな“たわみ”はできてしまう。
天吊り設置の私物プロジェクター・ソニー「VPL-VW745」の場合は、普段の視聴位置(ソファ着座)から見ても、投写映像に大きな歪みは感じない。これは、映像の投写方向と視聴位置から映像を見ると視線方向がほぼ、同方向だからだ。
ところが、視聴方向と大きく異なる方向に映像を投写すると、スクリーン状のわずかなたわみが大きく強調されてしまう。
この理屈を下に簡単に図解したもの示しておこう。
イメージ的には、砂浜にて、沈み行く夕日をみているときにできる自分の影が、自分の身長の何倍も長くなるあの現象に近い。あれは日光が地面に対して掠めるような角度で光を放ち、投写距離の長い影を作ることで起きる現象である。
このような理由から、筆者宅の環境では、投写映像にそこそこの歪みがでてしまった。設置位置を極力下げて、スクリーンも目一杯下げてスクリーン自重を最大限に絞り出したところ、平面性を幾分改善することができた。
いずれにせよ、スクリーンのほぼ直下から投写する超短焦点型プロジェクターには、そうした特性があることは理解しておきたい。
エプソンは、本機の設置性を少しでも緩和しようと、投写映像の歪みをデジタル補正するためのスマートフォン向けアプリ「Epson Setting Assistant」を提供している。
使い方は簡単。スクリーンに対してそれなりに映像が投写されたあとに、スマートフォンのカメラにて、LS800から投写されるテスト映像を手順に従って数度撮影するだけ。基本的には、投写映像の輪郭に対する直交補正を行なうもので、いわゆる台形補正の発展版のようなイメージだ。上で説明した、スクリーンの“たわみ”に起因する歪みは補正されないので注意。
設置の結論としては、投写映像の平面性を重視するならば、壁面貼り込み型やボード/パネル型、サイドテンション/タブテンション型など、高品位に平面性が確保・維持されるスクリーンとの組み合わせをお勧めしたい。
機能:ヤマハコラボのスピーカー音質は良好。静音性も優秀
LS800には、ヤマハ開発の2.1chサウンドシステムが搭載されている。
総出力は20Wで、その内訳はメインスピーカーが5W+5W、サブウーファーが10Wだ。スペック的には一般的な50~60型テレビの内蔵スピーカー並みといってよく、「とりあえず音が鳴るだけ」程度のプロジェクターが多い中、かなりの異彩を放っているといえる。
実際に聴いてみると「そこそこのサウンドバーくらいの音質に相当するかも」という第一印象を抱くほどで、音楽もけっこう聴けるレベルのクオリティと感じた。
薄型テレビの内蔵スピーカーは出力が高くても、ユニットが下向き実装のものが多いが、LS800の内蔵スピーカーは、視聴者方向に配置してある。また、メインスピーカーを横長のボディの両端に配置しており、想像以上にワイドな聴感が楽しめる。サブウーファーも視聴者側に向いて実装されているので、音量を大きく上げた時のパワー感も好印象だった。
「バーチャルサラウンド」機能も搭載されており、設定は[オフ-低-高]が選択可能。前述の理由でオフでも十分にワイド感はあるが、[低]や[高]を設定するとさらにそのワイド感が増す。
また[低]または[高]の設定においても音質の劣化は感じない。80インチオーバーの大画面投写時は[低][高]のどちらかを選ぶとよいかもしれない。それ以下の画面サイズではオフでも問題ないだろう。
AVアンプメーカーでもあるヤマハらしく、本機の内蔵スピーカーには、本機のためにあつらえた音響プログラムとしてバリエーション豊かな「サウンドモード」が提供されているのも特徴。
万能性が高く、使い勝手がよかったのは映画からゲームまで幅広い相性の良さが際立った「シネマ」モード。一方、音楽コンテンツ視聴時は、臨場感が高まる「ライブ/コンサート」モードが気持ちよかった。また、今回の評価では、重低音強調機能の「バスエクステンション」が心地よかったので、常時オンで使った。
動作音は公称19dB。ただし、これは光源の輝度をかなり下げたときの値だ。
100インチ投影した今回の取材では、画面から2mほど離れた位置からの視聴がメインだったが、輝度を上げたときにおいても、ほとんど気にならなかった。4,000ルーメンの輝度性能を持つモデルの静音性としては相応に優秀だと感じる。
定格消費電力は350W。ちなみに、水銀系ランプ採用機だと3,000ルーメンで定格消費電力はだいたい350W~400W程度なので、最大輝度4,000ルーメンの光量を出力するレーザー光源採用機としては効率はよい方だろう。
入出力端子:全HDMIが2.0対応。フルHDは120Hzまで
接続用の端子類は、正面向かって右側面カバーを外した内部にレイアウトされている。これは、接続ケーブル類は全て右側面カバーで覆うためのデザインだ。
右側面カバーは、背面側に開口部があって、ここから機器との接続ケーブルを全て逃がせるようになっている。美観的にはいいデザインだとは思うが、手持ちの複数機器をとっかえひっかえ繋いで楽しむユーザーにはちょっと面倒な接続性かもしれない。
HDMI端子は3系統で、全てがHDMI2.0(18Gbps)、HDCP2.3に対応。VRR(Variable Reflesh Rate)やALLM(Auto Low Latency Mode)は非対応。
HDMI入力1は汎用映像機器接続用という位置づけで、HDMI入力2はARC対応なのでAVアンプなどとの接続用。HDMI入力3は、“ゲーム用”を謳った低遅延入力対応端子となっている(詳細は後述)。
サポートする表示解像度は4K/3,840×2,160ピクセル(60Hzまで)。GeForce GTX 1070とLS800を接続して実験した限りでは、下表の解像度とリフレッシュレートの組み合わせで正常な表示を確認できた。
- 1,280×720 120Hz
- 1,366×768 120Hz
- 1,600×900 120Hz
- 1,920×1,080 120Hz
- 2,560×1,440 60Hz
- 3,840×2,160 60Hz
オーディオ端子は、角形光デジタル音声出力端子、3.5mm径ステレオミニジャックが各1系統。光デジタル音声端子はサウンドバーなどの外部オーディオ機器接続用、ステレオミニジャックはヘッドフォン端子用と説明されている。
USB-A端子は2系統あるが、1つはUSB給電ポート(2.0A出力)として設定されている。アクティブHDMIケーブルなどの給電用として利用できるだろう。
もう1つのUSB端子は、汎用USB2.0端子。本機はOSとしてAndroid TVが搭載されているので、Android TVがサポートするUSB機器は一通り接続できるとのこと。具体的にはUSBメモリーやUSB HDDのようなストレージデバイス、Webカメラ、マイクなどのUSBオーディオ機器、ゲームコンローラーが挙げられている。なお、USB mini B端子はメンテナンス用となる。
今回、USB端子にUSBキーボードとLANアダプタ(USB 2.0接続タイプ)を接続したところ、普通に使えてしまった。ただし、キーボードは「英語」レイアウト固定となる。
また、配信の4Kコンテンツを視聴中に、画質が安定しなかったので、試しに手持ちのUSB-LANアダプタ(Nintendo Switch対応のやつ)を接続してみたところ、こちらもきちんと使えてしまった。それでは「キーボードとの同時使用ができるか?」と思い立ち、USBハブ(USB2.0タイプ)を使ってUSBキーボードとLANアダプタの同時接続も試してみたが、こちらも動いてしまった。
このあたりはAndroid TV OSの恩恵なのだろうが、メーカーが動作確認している仕様ではないため、その点を留意して活用されたい。
操作性:Androidに慣れれば問題なし。リモコンは自照式希望
リモコンは、中央上部よりに十字ボタンを備えたオーソドックスなデザインのものが採用されている。Bluetooth接続と言うこともあって、遮蔽物に強く、本体方向に向けなくても快適な操作が行なえる。
概ね操作感は良好だが、残念なことにボタンが自発光しないので、暗闇で使っているときは間違えて誤操作をしがちとなる。
評価期間中によくやってしまったのは、使用頻度の高い[戻る]ボタンと、明るさ調整の[+]ボタンの押し間違い。慣れれば済むことだが、暗がりで使うことの多いプロジェクター製品用のリモコンには、自発光ボタンは欲しかった。本機は本体価格も40万円オーバーであり、エントリークラスモデルではないのでなおさらだ。
Android TVの起動時間を含めた、立ち上がり時間は実測で42秒。ただし、待機状態(サスペンド)からはわずか6.0秒(0.4Wの消費電力)と速い。
最近のテレビ同様に、「このモデルはAndroid TV OS搭載機器なのだ」ということを理解したうえで使わないと少々戸惑うことだろう。
例えば、リモコンには2つの設定ボタンがあり、上側にある歯車アイコンの[設定]は“Android TV端末としてのLS800の設定”に相当するものとなっている。具体的には、繋がっているデバイス(今回の事例だとキーボードやLANアダプタなど)やアプリの設定、システムソフトウェアのアップデートなどはこちらから行なう。
画質や音質調整、設置関連設定など、いわゆる従来のプロジェクター製品が提供している設定メニューの類はここにはない。
こうした設定メニューは、リモコンの明るさ調整ボタンと音量調整ボタンの間にある、プロジェクターに歯車が重なったようなアイコンのボタンから呼び出せる[プロジェクター設定]から行なう。
一度このインターフェース構造を理解してしまえば、「どっちから何が設定できるのか」を戸惑うことはないだろう。
なお、[プロジェクター設定]はAndroid TVアプリとして実装されているようで、[設定]から[アプリ]-[プロジェクタ設定]-[開く]でも呼び出せる。ただ、こうした実装形態のせいなのか、ABEMAやYouTubeなどのアプリ経由で映像コンテンツを視聴しているときには、映像を見ながらの画質調整は行なえない。ここは少々残念なポイントだ。
各種ビデオ配信サービスは、アプリの形で提供されている。プリセット状態で存在しないものは「Google Playストア」からダウンロード可能だ。
Netflixは非対応だが、YouTube、Amazon Prime Video、Disney+、dTV、FOD、ABEMAなどの利用はできた。HDR映像の表示にも対応しているようで、YouTubeでもHDR映像が楽しめた。
リモコンは、音声入力に対応。リモコン上部の[googleアシスタントボタン]を押すことで、言語入力が行なえる。
いつもテストしている音声コマンド「西川善司をYouTubeで検索」では正しい結果を表示してくれたし、「明日の天気教えて」と言えば、画面に関連情報を表示してくれる。残念ながら、タイマーやアラームの機能には対応していない。
ユニークな機能だったのが、リモコンの最下部右にあるボタンから呼び出せる「フレキシブルスクリーン」。表示映像を縮小でき、あえて大画面スクリーン上に映像を小さく表示して、その縮小映像をスクリーン上で任意の場所に移動させて表示できる。
投写映像を左右反転させたり、映像の最外周輪郭をボカすようなエフェクトを加えたりもできる。Webサイトや取扱説明書にも具体的な使い方に関する記載がなく、ピンとこなかったが、何かの演出や遊びに使えるかも知れない。
ゲーム:60Hzで約1.3フレーム遅延。一般的なゲームなら楽しめる
LS800では、HDMI入力3が“ゲーム用入力端子”として設定されている。
他の端子と何が違うのかと言うと、HDMI3に入力された映像は、LS800の映像エンジンをバイパスして表示される仕組みになっているのだ。
そのため、リモコンの入力切り替えメニューからではHDMI3は選択できず、リモコン最下部のゲームコントローラのアイコンがあしらわれた[ゲーム]ボタンからしか切り替えができない。また、一度HDMI3に切り替えると、[ホーム]ボタン以外のリモコン操作や画質調整もできなくなる。
とはいえ、ゲーム機以外が繋げないわけではなく、ここに、ごく普通のHDMI機器に接続して利用することはできる。
ということで、いつもの入力遅延計測をしてみた結果が下表になる。
HDMI1 | HDMI3(GAME) | |
---|---|---|
4K/60Hz | 186.5ms | 22.3ms |
フルHD/120Hz | 172.2ms | 13.7ms |
フレーム換算で、60Hzは約1.3フレーム遅延、120Hzは約1.6フレーム遅延と言ったところ。HDMI1よりは相当低遅延にはなっているが、いわゆるゲーミングディスプレイと比べれば遅い。ただ、プロジェクター製品の中では、かなり低遅延な部類。eSportといった競技性の高いゲームは厳しいかもしれないが、一般的なゲームのプレイでは、それなりに楽しめるだろう。
PlayStation 5やXbox Series X|Sなどのゲーム機とLS800を接続した際、どのように認識されたかを下の写真に示す。VRRやDolby Visionに対応していないことなどが分かる。
音声と映像の同期具合についても測定を行なった。
使用したのは、UHD BDソフト「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」の[AVSYNC]テスト。LS800の投写映像を高速度撮影した動画を以下に示す。ここでは、ゲーム用のHDMI3を使用している。
結論としては問題はなく、映像と音声はバッチリと同期していた。
画質チェック:暗部再現は優秀。HDR表現も文句なし
LS800の映像生成コアは、0.62型の透過型液晶パネル3枚で構成される、いわゆる3LCDプロジェクターのアーキテクチャを採用している。具体的には、3枚の透過型液晶パネルで赤緑青(RGB)の3原色映像を表示し、これら3つの映像をプリズム合成して投写するわけだ。
“超短焦点型プロジェクター”とはいえ、映像コアはごく普通のオーソドックスな3LCDプロジェクターと変わらない。
超短焦点型の最大の特徴は、僅かな投写距離で極端なまでの映像拡大を行なう、拡大光学系にある。黎明期は、凸面ミラーを使ったものが主流だったが、LS800を初めとした、近年のモデルは凹面ミラーを採用するものが多い。さらにいえば、最近のモデルは、この凹面ミラーを自由曲面で形成した上で、これと屈曲光学系を“合わせ鏡”のように配置することで、拡大光学系を重畳させるものが多い。
“光路の重畳化技術”はVR/AR-HMD技術やスマートグラス技術でもよく使われており、この工夫によって「光学エンジンのコンパクト化」「投写(焦点)距離の伸長」「投写映像の拡大率向上」などが一気に加速した。LS800も、そうした最新光学技術の成果物の1つなのだろう。
さて、LS800の液晶パネルの解像度は、1,920×1,080ピクセル(いわゆるフルHD)解像度なのだが「全画素を規定位置から表示」→「斜め45度に半ピクセル分ずらしてもう一度表示」を時分割に繰り返すことで疑似的な4K表示を行なっている。
こうした時分割式の疑似4K表示技術では、パネル解像度自体がフルHD解像度なので、画素サイズ自体がリアル4K解像度の4倍も大きいことになる。よって、たとえ斜め45度方向にシフトを行なって時分割式に2箇所に画素を重ねても、本来表現したいリアル4K解像度ピクセル4つ分の領域をフルHD画素が覆ってしまうことは、上図を見ても明らかである。
ということは、つまり、各仮想4Kピクセルの色は、基準位置で表示される「フルHD解像度の1ピクセルの色」と、斜めシフト時に表示されるフルHD解像度の1ピクセルが覆う「4つ分の仮想4Kピクセルの色」の時間積分によって生成することになる。
※ちなみに「積分」とは“分”かれていたものを“積”んで再構成する演算のこと。時間積分とはこれを時間方向に行なう手法と捉えると理解しやすい
ただ、このアプローチによる仮想4K解像度の画素生成は、空間的にも時間的にも離散的な手法であるため、どうしても誤差が免れない。誤差を小さくするためには「空間的な分解能を上げる」(=シフト方向を増やす)、もしくは「時間的な分解能を上げる」(=単位時間あたりのシフト回数を増やす)といった工夫が即効薬だ。
最新型のDLPプロジェクターでは、この時分割シフト表示を、基準位置表示に加えて、真横、斜め、真上の3方向にも行なって表示する、“4回”時分割式の疑似4K表現手法を採用するモデルが増えている。これはまさに「空間的な分解能を上げて」、疑似4K表示の品質を向上させるアプローチである。
LS800は、最も基本手法である斜め45度方向シフトのみであり、また採用映像パネルが、時分割頻度を上げるのが応答速度的に厳しい透過型液晶パネルなので、空間的にも時間的にも、疑似4K表示の品質がちょっと心配になるところ。
ということで、LS800にて、フルHD解像度表示(=リアルパネル解像度表示)状態と、疑似4K解像度表示状態の品質を見比べてみた。
ドットバイドット表示同士で比較したのが下の写真だ。こちらは、ゲームやPC画面などの表示の見え方を想定したテストになる。
疑似4K画素におけるドット単位の表現の視認性は厳しい印象だが、それでもドット単位の線分表現や穴あき表現に対して、辛うじて陰影が発生できているのは見て取れる。斜め方向シフトのみの2回時分割の疑似4K表示を採用するプロジェクターはDLP機にも散見されるが、LS800の疑似4K表現能力は「それらと大体同等」といった印象を持った。
続いて、フルHD解像度と疑似4K解像度の双方の画面モードにおいて、同一面積内に同一の高解像文字コンテンツを表示させた場合の比較を下に示す。
こちらは、高解像度コンテンツが「フルHDにおける圧縮表示」と「疑似4Kによる表示」とで、どのように見え方が変わるか、を比較したもの。実質的には「4KコンテンツがLS800でどう見えるか」を想定したテストである。
「層」の字が、疑似4K解像度での表示の方がだいぶ良質になっている。4Kコンテンツを表示した際には、少なくともフルHDを上回る解像感はちゃんと得られているようだ。
続いて、映像機器評価用ソフト「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」や実際の映像コンテンツを見た際のインプレッションを述べていこう。
LS800は、超短焦点型プロジェクターだが、その前に透過型液晶、しかも最大輝度が4,000ルーメンという超高輝度モデルのため、さぞかし盛大な黒浮きが出るのでは? と予想していたのだが、これがどうしてどうして、黒の沈み込みは意外と良好であった。これには“よい意味”で裏切られた。
黒背景に高輝度輝点が放射状に移動するSF宇宙映画のワープシーンのようなテストパターン「STARFIELD」を実行してみたが、しっかりと漆黒背景と高輝度輝点のコントラスト感はちゃんと得られていた。
テストパターン「TONE MAPPING」を用い、10,000nitまでのグラデーション試験映像を表示させ、白および各純色の階調表現が何nitあたりまで再現できるか(≒飽和してしまう上限)をチェックしてみた。なお、テストに使用した映像モードは「シネマ」とした。
結果は、白は8,500nitあたりまで。赤は1,800nit、緑は7,500nit、青は1,800nitまでの階調を表現できていた。さすが、4000ルーメンの高輝度性能を誇るだけはあって、高階調表現能力は優秀なようだ。
補間フレーム機能の性能を測るべく、テストパターン「Stock Ticker」も実行した。様々な文字列や模様が異なるスピードで横スクロールする映像だが、ここでの評価ポイントは、移動速度の早い模様が文字列を追い越す交差領域にある。
そうした遮蔽物が絡んだ領域(具体的には模様に隠れる文字列や、模様が飛び出してくる文字列あたり)には、映像エンジンが推測して補間したピクセルが不正解となり、それが視覚上「振動ノイズ」の形で露呈しやすいのだ。
LS800では、補間フレーム機能を[オフ][弱][標準][強]から選択できるようになっている。この意地悪なテストにおいて、振動ノイズが出なかったのは[弱]と[オフ]のみ。基本はオフで良さそうだが、どうしても常用したい場合は[弱]設定がお勧めだ。
続いて、定点観測的に見ているUHD BD「マリアンヌ」から、冒頭で描かれる夜の街から社交場屋内までを映したシーンや、夜のアパート屋上での偽装ロマンスシーン等を視聴した。
ブラッド・ピットが到着する夜のロータリー前のシーン。プロジェクターの映像にもかかわらず、立ち並ぶ街灯の輝きに、適度な自発光感が感じられる。これは背景となる暗闇表現と、街灯の発光表現に大きな輝度差を実現できているからだ。
この輝度差を作り出せている直接的な恩恵は、4,000ルーメンもの高輝度性能によるものだろうが、それだけではなく、前述したように、透過型液晶パネルながら暗部表現が優秀である事も貢献しているのだと思う。実際、この夜のロータリーシーンにおいて、各自動車の真下、路面の暗がり表現の沈み込みも、リアリティを感じる。
その後のシーン、社交クラブの中のシャンデリアの表現も美しく描き出せている。このシャンデリアは、かなり明るい発光体となっており、HDR映像機器で表示する際には、「高輝度感を重視するか」、それとも「高輝度オブジェクトの階調を重視するか」が好みによって変わってくることだろう。
なおLS800では、[HDR]設定をいじることで、その表示傾向を調整できる。デフォルトでは[2]となり、やや輝度重視目の設定になっているが、この値を上げることで階調表現重視の画調にできる。
「高輝度感を損なわず、階調感もそれなりに欲しい」という場合は、[3]ないしは[4]くらいが丁度いい。あまり上げすぎると、高輝度感は減退してしまうので注意。
暗がりのアパート屋上の偽装ロマンスシーンは、非常に暗いシーンで、透過型液晶機には辛いシーンだが、漆黒部の沈み込みも良好。
また、僅かな光を受けて弱々しい陰影を放つ、このシーンの床、壁、背景の建物達は、黒浮きに沈まず、漆黒から始まるなだらかな暗部階調によって相応に描き出せている。暗がりの石壁の微細凹凸の陰影がちゃんと描けているのには少し驚かされた。最近の透過型液晶機も、だいぶ暗部表現で頑張れるようになったようだ。
人肌も同様に優秀。それこそ、暗がりの中の主役二人、ブラッド・ピットとマリオン・コティヤールの、ふたりの「地の肌の色」が違うことが判別できるほどには、暗部の肌色の再現度はある。カラーボリュームの作り込みもなかなか優秀だった。
最後に、各画質モードごとの白色光の光スペクトラムの計測結果を示しておく。
光源となっているレーザー光の色は青色で、この青色を蛍光体にぶつけて緑や赤を作り出している。その関係で緑と赤のスペクトラムピークは低く、分離感も淡い。
特に「ダイナミック」モードでは、緑と赤のスペクトラム分離が曖昧となり、混色したときの色再現性が落ちるのも仕方なし、といったところ。色再現性を重視するならば、「ビビッド」「シネマ」「ナチュラル」の映像モードから選ぶとよいだろう。
最近のレーザー光源プロジェクターの上級機では、カラーフィルターなどを組み合わせたり、あるいは波長の異なる複数のレーザー光を活用することで、緑と赤のスペクトラムピークが曖昧となりがちな青色レーザーベースの光源システムを補う工夫が盛り込まれつつある。ただ、本機はそこまでの仕様にはなっていないようだ。
総括:LS800は超短焦点型の“模範生的存在”
疑似4K表示に対応した、レーザー光源採用の超短焦点型プロジェクターとしては、LGの「CineBeam HU85LS」(2,700ルーメン,約50万円)、「HU915Q」(3,700ルーメン、約55万円)が存在し、この辺りがLS800の競合モデルと言えるだろう。LS800の実売は50万円を切っているようなので、コストパフォーマンス的にはいい立ち位置にいると思う。
ただ、超短焦点型は“特別なモデル”であり、通常設置の、一般的な疑似4Kプロジェクターと比較すると割高なのは事実だ。「超短焦点型じゃなくてもいい」と割り切れば、導入予算はグッと下げることができる。
実際、エプソンには「EH-TW6250」(高圧水銀2,800ルーメン、約16万円)があるし、競合のLGにも、単板式DLP「CineBeam HU710PW」(レーザー/LEDハイブリッド光源2,000ルーメン、約30万円)が存在する。超短焦点型モデルは、相対的にそこそこ高価、ということは理解しておきたい。
「投写距離を確保せずに、スクリーンや壁の前に置くだけで大画面が得られる」という設置性に魅力を感じるユーザーであれば、超短焦点型機を選ぶ意義はあるし、画質的にも機能的にも模範生的なLS800は、選択候補の上位にあっていいモデルと感じた。
ただ、上で述べたように、高画質を得るためには、スクリーンの場合「絶対的な平面性」が求められる点を忘れてはならない。前に置くだけの“らくちんな設置性”という特徴からは「初心者向け」というイメージを抱きやすいが、スクリーンを組み合わせる場合は、平面性をしっかり確保する点に留意したい。