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第424回

「Xperia 1」が示すソニー独自の価値。マスモニ譲りの発色、21:9の狙い

MWC19 Barcelona開幕の2月25日(現地時間)、ソニーモバイルは発表会を開催し、新フラッグシップスマートフォン「Xperia 1」など2019年の新モデルを発表した。

2019年のフラッグシップスマートフォン「Xperia 1」。21:9のディスプレイが特徴。ボディカラーは4色

このフラッグシップモデルはどのような考えの元に開発されたのだろうか? ソニーモバイルのXperiaは「1」になることで、どう変わったのだろうか?

ソニーモバイルコミュニケーションズの商品企画部門 部門長の田嶋知一氏に聞いた。

ソニーモバイルコミュニケーションズ 商品企画部門 部門長の田嶋知一氏

迫力+持ちやすさの「21:9」

Xperia 1および、同時に発表された「Xperia 10」「Xperia 10 Plus」については、すでに発表ベースの記事が掲載されている。そこで、会場で実機に触れた上での情報を含め、ファーストインプレッションから入ろう。

今回ソニーは、Xperia 1とXperia 10 Plusで21:9のディスプレイを採用した。一見したところ、第一印象はやっぱり「縦に長い」だった。だが、手に持ってみると悪くない。ボディサイズが72mm(Xperia 1の場合)と細身になっているので持ちやすいからだ。

左からXperia 10、Xperia 10 Plus。右端のiPhone XS Maxと比べると、細身で握りやすい
ミドルクラスモデルの「Xperia 10 Plus」。液晶を使っているが、こちらも21:9のディスプレイを採用

もちろん、映像的にはかなりのインパクトがある。ITU-R BT.2020の色域や10bit信号に対応した画像処理により、マスターモニターである「BVM-X300」にかなり似た発色になる「クリエイターモード」の存在が大きい。

奥がマスターモニター「BVM-X300」、手前がXperia 1。発色傾向などをX300に合わせてチューニングした「クリエイターモード」があり、かなり発色再現性が近い

ソニーピクチャーズ傘下の映画制作会社「Screen Gems」では、映画制作の中でモニター代わりにXperia 1を使う試みもなされている。監督はマスターモニターを見ているが、これまではマスターモニターを用意できなかった他のスタッフには、同じ傾向の映像を表示できるXperia 1を渡してモニター代わりにしているというのだが、これも、「クリエイターモード」あってのことだ。

なお、発表会で「Netflix」のロゴが出たことから、テレビのBRAVIAと同じような「Netflixモードがある」と報じられた部分もあったようだが、これは少々事情が異なる。Xperia 1にはNetflixモードは搭載されておらず、あくまで「マスターモードの21:9表示にNetflixが対応した」ということであるようだ。残念ながら、テレビのような密に連携した最適化が行なわれたわけではない。

ゲームと21:9の相性の良さは、ゲーミングPC用のディスプレイなどでも証明されていることなのだが、展示されていたゲームなどを見てもそれは納得できる。

同じゲームを21:9(Xperia 10 Plus)と16:9で比較。画角が広い分、確かにプレイに有利に働くだろう。問題は対応ソフトの増加。大ヒット中の「Fortnite」など、3本のeスポーツ要素を持つタイトルの対応が発表

「コンテンツにあわせる」ために21:9採用

こうした点は、「21:9」と「高品質の4K HDR OLED(有機ELディスプレイ)」の2点が揃って初めて生まれるものだ。

事実、Xperia 1という商品の規格自体が、「21:9」のディスプレイを採用するところから始まっている。いや、田嶋氏の話によれば、21:9のディスプレイを採用したことが、Xperia自体の今後の戦略を決めたという。

田嶋氏(以下敬称略):ソニーとしてはXperia 1について、「宣言」的なものを作りました。それは「好きを極めたい人々に想像を超えたエクスペリエンスを提供する」というものです。

どうしても他社の動きは気になりますが、僕たちがやらなくてはいけないのはユニークな顧客価値を提供することです。

「好きを極めたい人々に」と定めた段階で、もう、ターゲットユーザーを決めたんです。ソニーモバイルは1億台・2億台・3億台と作る企業ではない。低価格で戦う人達も別にいる。

じゃあ、ソニーの得意なところはなんだろう、と考えました。

ソニーは今、「クリエイティブエンタテインメントカンパニー」と言っています。人に近づき、クリエイターに近づき、結果的にユーザーに近づく。クリエイターとユーザーをつなぐ具体的なものはなんだろう……ということになると、それは「コンテンツ」なんです。

ですから我々は、コンテンツ体験、集中することに、社内全体の技術を結集しよう、ということになりました。

そこで出てきたのが、21:9の「シネマワイド体験」です。映画というのは、最先端で最高の体験です。映画館で楽しむようにモバイルで楽しんでもらいたい、それが、新しいコンテンツ体験になると考えました。

21:9への対応には、ここ数年広がっていた「スマホディスプレイのワイド化」に対するジレンマもあった、と田嶋氏は明かす。ソニーモバイルも、2018年モデルである「Xperia XZ2」「XZ3」では18:9という解像度を採用しているものの、内心は「落ち着かないものがあった」と明かす。

田嶋:他社は18:9、18.5:9、19:9といった比率を採用してきましたが、正直内心、どこかで気持ち悪かったんです。落ち着かず、そちら側には行ききれなかった。Xperia XZ2 Premiumでは(16:9で)突っ走ったのですが。

トレンドについていくにはそうした解像度への対応が必要だが、「コンテンツ表示の最適化」という意味では落ち着きが悪い。どちらを採るかを考えた時、「ソニーはコンテンツ体験の会社である」と考え、ある種割り切った。

田嶋:もう、コンテンツのためのものならば、画面比率もコンテンツにあわせてしまおうと考えました。

だとすると、広げるならば21:9。そうしないなら16:9ですよね(笑)。

21:9だと決めてしまうと、みんな燃えるんですよ。

そうなら、コンテンツを別の要素で汚しちゃいけない。画面上にノッチはつけないし、穴もつけない。「白いご飯は汚さない。コンテンツには穴を空けない」ですよ(笑)

他社は折りたたみなどの方向に行きました。ですが現状、折りたたんだスマホを開いた時に見るコンテンツが、ピンと来ない。正確にいえば、弊社が得意とするコンテンツではないです。ならば、どうすべきか別のことがわかるまでやらない。今の方針でいい、と思っています。

ついに「厚木のノウハウ」もXperiaに

もともと、ソニーはXperiaに「ソニーのすべてを注ぎ込む」という言い方をしてきた。その点は今も変わらない。

Xperia 1も、カメラにはαのエンジンであるBIONZの能力を入れた「BIONZ X for mobile」を搭載、暗部ノイズの軽減に加え、スマホでは世界初の「瞳AF」を搭載している。4K HDR OLEDのディスプレイは、これまで通りBRAVIAを作るテレビチームとの開発による。SDRからHDRへのリマスターには、「X1 for Mobile」が使われている。

カメラにBIONZ X for mobileを備える。右のXperia 1画面には瞳の部分にAFマーカーが出ている

「しかし、もうひとつ足りない」と田嶋氏は言う。その通りだ。「ソニーのすべて」というフレーズはもうずっと聞いてきたものだ。もちろん相応の成果は残しているものの、デバイスを含め、様々な差別化を行なう他のスマホメーカーに対して後塵を拝することも増えてきた。

そろそろ「ほんとうのオールソニー」が必要とされていた。

田嶋:そこで、ソニーのプロ用機器のテクノロジーをつぎ込むことにしました。プロ用機器を作る厚木テクノロジーセンターの部隊は、まさに世界の映像制作を支えている特別なものですから。

デスクにはCineAltaのカタログが常備されているという

AVファンなら「ソニーの厚木」の価値は知っている人が多いと思う。最近は、デジタルシネマ撮影用のカメラである「CineAlta」の開発でも知られる。2018年には、ジェームズ・キャメロン監督が「アバター2」「アバター3」に、CineAltaシリーズの最新モデルである「VENICE」を使うと契約したことも発表されている。

また、映像制作の分野で広く使われている4K HDR OLEDのマスターモニター「BVM-X300」の存在も大きい。

MWC会場に、マスターモニターからCineAltaカメラまで、厚木テクノロジーセンターで生まれた業務用機器とXperia 1が並べて展示

もちろん、ハードウエアコストがまったく異なるので、それらプロ用機器の能力をそのままスマホに入れるのは難しい。だが、CineAltaのUIと考え方、カラーチューンをスマホのカメラに入れ、ディスプレイの発色傾向をマスモニに近づけたモードを用意することは可能だ。それが、カメラにおける「Cinema Pro」であり、「クリエイターモード」だ。

「Cinema Pro」のデモ。CineAlta由来のUIとカラーモード設定が特徴
「Cinema Pro」のデモコーナーには、CineAltaとX300の組み合わせも置いてあり、Xperia 1との違いを確認できた

MWC会場でも、ソニーのプロフェッショナル機器と並べての展示が目立った。こうした展示でのチューニングは、実際に厚木テクノロジーセンターのスタッフが担当しているという。

だが、ここで疑問がある。なぜ今回、今になって厚木との連携が実現したのだろうか?

田嶋:「厚木」が私たちのようなコンシューマ商品に興味をもつだろうか……という発想はありました。そう言われると思い込んで、考えてもいなかったんです。

しかし、その状況を変えるものがありました。昨年7月に、新しく弊社(ソニーモバイル)の副社長になった槙(公雄氏)のひとことです。

槙はソニーモバイルに着任するまで、ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社でデジカメと厚木のプロフェッショナル部隊、両方を見る立場だったんです。一方で、モバイルについてはこれからだったので、先入観のない目を持っていました。

彼は4K HDR OLEDを見て、「これはすごいよ」、「ちゃんと厚木にも見てもらったほうがいい」と言ってくれたんです。

そこで厚木に持ち込んで相談すると、「ぜひやってみたい」と言ってくれたんです。

このエピソードは、ソニーモバイル内部での発想の固定化を示すものだとも言えるだろう。

だが、それはともかく、彼らの発想は変わった。Xperia 1には、コンテンツについて「見る側」だけでなく「作る側」の視点、「作る側」から見た時の品質が持ち込まれた。スマートフォンは、どちらかというと「イージーに使える機器」であることを良しとするところがある。だが今回は、イージーな機能も残しつつ、プロのこだわりをスマホ内で実現するための要素を盛り込み、あえて若干「歯ごたえのある」機器に仕上げたのだ、という印象を受けた。

ただし、あくまで短時間、会場で見て触れただけなので、詳細な画質傾向や使い勝手などについてコメントするのは難しい。しかし、彼らの「こだわり」が感じられるのは間違いない。

ソニーは1月に開催されたCESでも「クリエイティブ・エンタテインメントカンパニー」というキャッチフレーズを使った。コンテンツとそれを体験する機器、さらにはコンテンツ制作に使う機器やソリューションも持ち、ユーザーとクリエイターの間を「コンテンツでつなぐ」存在という意味での言葉である。

Xperia 1は、その発想をそのまま活かしたスマホと言える。一方で、単純なデバイストレンドやデザイントレンドを追うことからは離れ、「自社が作りたいスマホを作る」方針に切り換えたところに、社内キャッチフレーズでもある「クリエイティブ・エンタテインメントカンパニー」があった、とも言えるだろう。

ユーザーの支持をどう考えるか、という点について、田嶋氏はこう話した。

田嶋:日本では携帯電話の「分離プラン」が導入されるため、販売の状況は大きく変わり、大混乱になるでしょう。

でもそこで、「安いから」では難しい。同じようなことをする人々がいるからです。「これをやってみよう」と思わなければ買っていただけないですし、「これがあるから買い換えよう」と思っていただかないと、そもそも買い換えてももらえない。そういう価値は「1万円安くしたから生まれる」というものでもないですし。

ユニークな価値提供をしないとビジネスは縮んでいく、ということを我々は身をもって知っていますから。

そのユニークな価値こそが、「21:9」から始まる「コンテンツ」軸でのスマホ、ということなのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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