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第423回

KDDIに聞く「Apple Music提携の真意」。auが見据える音楽体験の今後

KDDIは、auスマートフォンの新規契約および機種交換を行なった顧客に対し、アップルのストリーミング・ミュージックサービス「Apple Music」の6カ月分無料利用権を提供する、との発表を行なった。詳しくは昨日行なわれた発表会のニュース記事をご参照いただきたい。

KDDIがauスマホ購入/機種変更でApple Musicの6カ月無料利用権を提供すると発表

アップルと組んでのこの種の展開は、海外ではアメリカ(ベライゾン)・ドイツ(ドイツテレコム)・イギリス(EE)など13カ国で行なわれているが、日本では初めてのことだ。

KDDIのスマートフォンに契約した人・機種交換をした人は今後もれなく、Apple Musicの利用権が半年分ついてくることになる

なぜ両社はこのような展開をするに至ったのか? KDDIとしての狙いは、そしてこれまでに展開してきた「うたパス」などの自社サービスはどうなるのか? KDDIの担当者に聞いた。

話をうかがったのは、KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューママーケティング1部長の松田浩路氏と、同ライフデザイン事業本部 新規ビジネス推進本部 エンターテインメントビジネス推進部 部長の宮地悟史氏だ。

KDDI コンシューマ事業企画本部 コンシューママーケティング1部長の松田浩路氏(右)と、同ライフデザイン事業本部 新規ビジネス推進本部 エンターテインメントビジネス推進部 部長の宮地悟史氏(左)

うたパスは「ライトむけ」、ヘビーなApple Musicとは共存

アップルとKDDIはなぜ、今回のような協業に至ったのだろうか? 冒頭で述べたように、Apple Musicとの連携は、国内では初のものである。一方、海外ではすでに同様の提携も存在する。KDDI・松田氏は、「ベースには、アップルとの長く続く関係がある」と説明する。

松田氏(以下敬称略):アップルさんとは、2011年の時(iPhoneのKDDIでの販売)から、色々と一緒にやらせていただいています。iPhone 5でテザリングにいち早く対応したり、VoLTEに対応したり、iPadでのApple SIMにもいち早く対応しています。「iPhoneとネットワークでいかにお客様に価値を提供できるのか」ということを考えてきたんです。そうしたパートナーシップを、待ちの姿勢ではなく、世の中のトレンドがどう変わるかを読み、共有して一緒にやらせていただいている部分があります。

その中で、Apple Musicも海外でまず盛り上がり、日本でもレコード会社さんを中心に、ずいぶん力をいれ、市場が盛り上がってきています。「日本でのストリーミング・ミュージックの盛り上がりをブーストできるのではないか」ということでお互いに考えが一致し、今回、2011年以降のパートナーシップの元に、「Apple Musicについても一緒にやっていきましょう」ということになったんです。

いま我々は、5G時代に向けて「お客様は何をするとうれしいと思っていただけるのだろうか」ということを大切にしないといけないだろう、と思っているんです。そこでは、Apple Musicの楽曲数や使い勝手などを考えると、お客様にとってはプラスなのではないか、という風に考えています。

ストリーミング・ミュージックに求められているのは「楽曲数」など。そういう部分で強いApple Musicは最適、とKDDIは判断しているようだ

アップルもiPod以降音楽をやってきて、我々もずっと音楽サービスをやっています。そういう意味では「ずっとシンパシーを感じてきた」のです。言い方は悪いのですが「ポッと出」ではない。どこかからサービスのコアをもってくれば(音楽サービスの提供は)できなくはないですが、お互いそういう立場ではない。音楽に対する情熱について、向こう(アップル)からも共感していただいていますし、我々からも共感しています。「そこまでやっているんだったら」ということで一緒にやろう……と考えたわけです。

KDDIのサービスといえば「音楽」というイメージが強い。だがそれは、「着うた」「LISMO」「うたパス」といった、同社独自のサービスによるところが大きい。一方、今回はアップルの手によるグローバルサービスとの提携であり、KDDIの自社サービスではない。今後、自社サービスはどうなるのだろうか? 宮地氏は「そうではない」と話す。

宮地:我々は現在、スマートフォン向けには「うたパス」を展開しています。これはライトユーザー向けなんですよね。月額利用料金も安い(月額500円)ですし、ランダム再生に特化しています。一方でアップルも含めた他のストリーミング・ミュージックは、月額980円程度で、オンデマンド再生(自分でプレイリストや曲を選んでの再生)が中心です。

これは、ジャンルが分かれている……と思うんですね。

もし、私どもが980円・オンデマンド再生中心の、どちらかといえば「濃い」サービスをやっていたのだとすれば、競合は起きるのではないかと思います。しかし、うたパスとそれらのサービスとはずっと差別化をしてきたつもりでいます。ですから、うたパスよりも上の「高エンゲージメント・ユーザー」のためにApple Musicを用意した、という建てつけになっています。

またこの5年くらい、ライブ事業についても取り組んでいます。デジタル音楽体験とライブ体験をつなげる、ということも考えています。すなわち、うたパスの上にApple Musicがあり、出口の部分にライブがある、という形です。

松田:ライブについては、Apple Music側も応援してくれています。

今回の発表会では(ロックバンドの)「ヤバイTシャツ屋さん」に参加していただきましたが、彼らはApple Musicの中でもフィーチャーされているバンドです。単にauが選んで呼んだ、というわけではありません。今後もそういう風に連携をしていきたいと思います。

発表会には「ヤバイTシャツ屋さん」も登場(右の3名)。このアーティスト選定も、KDDIとアップルがともに行なったものだという

帯域コントロールは不要、サブスクリプションは「自分で選ぶ」ことが重要に

今回の提携について、KDDI側は「Netflixとの提携」との相似性を強調する。KDDIとNetflixは提携し、昨年8月末より「auフラットプラン25 Netflixパック」を提供している。だが、Netflixパックはデータ通信量+月額の支払いをセットにしたプランであるのに対し、今回のApple Musicとの連携は、あくまで「半年分の利用権を提供する」形にすぎない。今後、専用プランの設定などはあり得るのだろうか?

松田:いろいろ検討はしています。将来的な可能性を否定はしません。

しかし、音楽と映像では性質が異なります。映像と違い、ストリーミングであったとしても、どんどんデータを使うわけではありません。

これは事実で、ストリーミング・ミュージックについては、他のサービスほどデータを消費しないのが実情だ。100kbps前後のデータしか流れないことが多いので、映像系と違い、専用のプランを作る必然性は薄い。

宮地:現状、データのフローコントロールまではやっていません。現在のネットワークでは、とにかくYouTubeの動画の影響が圧倒的に大きく、それに耐えるネットワークを構築しています。ですから、ストリーミング・ミュージックのデータ量ならばまったく問題ないですね。

松田:Apple Musicも含め、グローバルなサービスでは、セルラーを使う時とWi-Fiとでは使うデータ量を変えるものがほとんどです。音質も細かく変わります。

でもあえて言うのですが、「日本のネットワークは余裕があるから、そこまでやらなくても大丈夫ですよ」という自信があります。

音楽なら特に問題はないですが、今後ミュージッククリップが増えてくると話は変わってくるかもしれません。5Gになれば4Kのミュージッククリップを、ということになり、より回線品質を生かす必要が出てくるかもしれませんが。

一方で、多数のサービスを内包する「バンドルプラン」を作らないことには、マーケティング的な発想もあるようだ。

松田:バンドルプランを作ってしまうと、どれかサービスを選ばなければいけない、ということになります。「Netflixを選ぶのかApple Musicを選ぶのか」という形になる可能性もあります。それは今は適切ではないだろう、と思います。

なにより、今いろいろなサービスを一緒にしたプランを作ってしまうのは良くないのでは、とも思います。

今我々が考えているのは「エンゲージメント」の強化です。「なんとなくau」ではなく「auっていいよね」と言っていただけるようにすることなのですが。心のつながりというか、心理的なゲインを上げないといけません。そこで「とりあえずなんでもある」サービスを作ることは、よくありません。サブスクリプション型サービスでは「ファンになってもらう」ことがなによりも重要です。そういう意識をもってもらわないといけない。

そのためには、しっかり見せて、意識して使ってもらうことの方がいいと思うのです。Apple Musicを使っていただくなら「Apple Musicが好きだ」と思って、明確に意思を持って使い続けていただだけるように考えました。

アップルとこのような形でエクスクルーシブな関係を築いたKDDIだが、他のサービスで同じような提携をする可能性は、「いまのところない」という。将来の可能性を否定するものではないが現状はエクスクルーシブ、というのが、同社の回答である。一方でこのことには、コンテンツの持つ特質も関わっている。

宮地:これはファクトベースでわかっていることですが、音楽サービスの場合、ほとんどの方が複数のサービスに加入することはありません。なぜなら、提供される楽曲のカタログに、サービス毎の違いがほとんどないからです。

映像の場合には、各サービスによって内容が異なります。ですから、複数のサービスに加入する人が少なくありません。

こうしたこともあるので、エクスクルーシブな関係を考えています。

課金は「KDDIに」、既存ユーザーもAndroidユーザーも利用可能

「携帯電話事業者が特定のサービスを推す」というと、過去から続く「自社サービスの拡販」、いわゆる「レ点営業」と呼ばれるものが思い出される。松田氏は「今は弊社も過剰なことはやっていない」と苦笑するものの、今回のような動きが、携帯電話事業者での一体営業に見えるのも事実だ。だが、詳しく聞いてみると、ちょっと雰囲気が違う部分があるのがわかってくる。それは松田氏の「自ら選んでもらう」ことにつながる部分であり、利用者側に不利にならないようにサービス構築をする……、ということにも繋がっている。今回のApple Musicとの提携では、そうした思想がサービスに強く反映されている印象を受ける。

松田:今回は、とにかくシンプルに使っていただけるように、システムを工夫しました。新規契約時・機種交換時に同時に申し込むと、非常に簡単に契約が終了するようになっています。

KDDIでの新規契約/機種交換時に登録する。Apple Music登録は課金設定も含めて非常にシンプル。Androidでも3ステップだが、2月以降、iPhoneなら「ミュージックアプリにApple IDを入れるだけ」とのこと

重要なのは、「過去にApple Musicを使ったことがある方」「すでにApple Musicを使ったことがある方」にも対応していますし、(無料期間である)6カ月が経過する前には、自動的に通知も来る、ということです。

今回の施策では、Apple Musicは「KDDIの携帯電話料金と重畳する形」、キャリア決済でのお支払いとなります。もちろん、アップルのことをよくご存知の方はクレジットカードなどのお支払いを選べると思うのですが、そうでない方のためには、キャリア決済がシンプルでわかりやすいと考えています。

契約をしようとすると、3カ月体験をしたことがある方や、すでにApple Musicをお使いの方には、その旨通知が出ます。そして、すでにある契約を解除した上でKDDI側の支払いに切り替えるフローになるので、二重契約にはなりません。そして、改めて契約後に6カ月の無料期間がスタートすることになります。

6カ月の無料期間が終わる時には通知が来ます。6カ月以内で止めていただいてもかまいません。その場合には課金処理を止めた上で、6カ月の無料期間が終了するまで、サービスが利用できます。どちらにしても、勝手にプランが継続されることはありません。

契約時に伝えるとApple Musicが使えるようになる、という仕組みなので、今回の施策では、iPhoneだけでなくAndroidでもApple Musicが使えるようになる。その場合、もちろんApple IDの登録は必要だが。Apple MusicはApple IDに紐づくサービスなので、KDDI経由で契約した場合にも、PCや他のスマートデバイス、Apple TVなどでの利用も可能になる。

課金システムや通知については、もともとアップルの課金システムが「事前通知を徹底する」形になっている。それをKDDIのシステムと組み合わせた結果、「ユーザーが選んで使う、止めたい時には止められる」形になったのだろう。だが、KDDI側の考えもそちらに傾いていることが、今回の提携に結びついた根本にあるのかもしれない。KDDI側としては、サービス課金代行の利用促進でありつつ、端末購入・契約継続のインセンティブにもなる、うまい仕組みといえる。

今のところ、「このプランの終了期日は設定されておらず、継続する予定」と松田氏は言う。日本でもサブスクリプション・サービスの競争は加速している。今回の提携は、サービス導線の強化という意味で、KDDI・アップル双方にとって大きな一手といえそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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