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第458回

「PS5には未発表のユニークな要素がある」SIEジム・ライアン社長インタビュー

ソニー・インタラクティブエンタテイメント(SIE)のジム・ライアン社長兼CEOの単独インタビューをお届けする。

SIEのジム・ライアン社長兼CEO

ライアン氏は2019年4月にSIEのトップに就任したが、ヨーロッパ・中東などの地域を中心に担当したのち、現職に就いたこともあり、日本ではまだあまりその人となりや戦略が知られていない部分がある。

SIEは今年、次世代機である「PlayStation 5」の発売も控えている。

どのような戦略を練っているのか? そして、日本のゲーム市場やデベロッパーをどう見ているのか? じっくりと話を聞いた。

PS4のユーザーに対する「義務」。PS4コミュニティを引き継ぎPS5へ

CESのプレスカンファレンスでは、PlayStation 5の「PS5」ロゴが発表された。新たに発表されたのはそれだけで、決して「PS5の正式発表」ではなかった点に注意してほしい。だが、この時期にPS5のロゴが「PS4のそれを引き継いでいる」ことを発表したことには、もちろんそれなりの意味がある。

CESのソニー・プレスカンファレンスでは、PS5の「ロゴ」が発表された

ジム・ライアンCEO(以下敬称略):PlayStationというブランドを持つ製品には一貫性が感じられることが重要です。誰が見てもすぐに、明確に「PlayStationだ」と思えないといけません。

PS4の世代にとって重要なことは、すでに一億人のPS4ユーザーが存在している、ということです。そして、そこにはゲームをプレイしている人々のコミュニティがあります。PS4ユーザーの方々は、それだけそこにお金も使っている。我々には、彼らに引き続き喜んでもらい、興味を持ってもらい、夢中になってもらう義務があるのです。

このことは、PS5が「PS4と可能な限りの互換性を維持する」ことを公約していることにつながる。ネットワークサービスとしての「PlayStation Network(PSN)」の存在もそのままだ。機能拡張はあるかもしれないが、コミュニティの断絶はない。PS3からPS4へもPSNが引き継がれたが、「コミュニティが断絶しない」ことの意味は、当時よりずっと重いものになっている。

ライアン:PS4からPS5への移行の時期には、非常に多くのPS4ユーザーが存在しつづけるでしょう。最低でも、8000万から9000万のPS4ユーザーが、PS5が出た直後でも、PS4を使っているでしょう。それはとても重要なことで、我々には、彼らに対する義務があります。同様に、PS5という新しい魅力を打ち出していかねばなりません。今年は、いままでの新型ゲーム機の発売以上に、大変で特別な年になるでしょう。

PS5には「まだ秘密がある」。ロード時間短縮や3Dオーディオに期待

家庭用ゲーム機の世代移行は難しい。ユーザー目線でいえば、互換性を持つことはありがたい。一方で、「互換性があるといつまでも旧機種向けの需要が続き、ソフトウェアの切り替えができず、新機種への需要喚起ができない」という、ゲームパブリシャーの声を聞いたこともある。ハードウェアの進化はとても重要なことだが、「性能が向上したから」ゲーム機を買い換えるユーザーは、ゲーム機というマスビジネスの中では決して多くない。

特に現在のPS4世代は性能が十分に向上しており、グラフィックだけでは差別化が難しい。PS4世代は、性能向上を行なった中間世代である「PS4 Pro」があったからなおさらだ。

かかるコストはずいぶん違うが、ゲーミングPCを使えば、現状のPS4を超える画質でゲームを楽しむことだってできる。おそらく、すべて最新・最高のパーツでまとめたゲーミングPCをもってくれば、PS5ですら、グラフィック性能ではかなわない可能性が高い。

PS5について、発表済みのハードウェアに関する情報。これがどのようにゲームプレイを変えるかが楽しみだ

では、PS5はどこに差別化点を用意するのだろうか?

ライアン:新しいゲーム機が出るたびに、プロセッサーやグラフィックは向上します。それはもちろん魅力ですが、同様に特別な魅力が必要です。

すでに明かしている部分としては、ストレージとしてSSDを採用したことが挙げられます。スパイダーマンのデモはご覧になりました? あれを見ていただければ、価値はわかっていただけるものと思います。ゲームの読み込みがほぼなくなるのは大きな変化です。

ライアンCEOのいう「スパイダーマンのデモ」とは、PS5を想定したデモとして、ソニーの「IR Day」(2019年5月開催)などで公開された動画だ。同じPS4版の「スパイダーマン」を使い、PS4 Proでは8.10秒かかっていたロード時間が、PS5では0.83秒へと劇的に短くなる様が示された。確かにこれは、ゲームを大きく変える可能性がある。

2019年5月のソニー「IR Day」で公表されたスライドより。PS4 ProからPS5になることで、ロード時間は劇的に短くなる

ライアン:特に注力しているのは、体験を大きく変えることです。そこでは、3Dオーディオも重要です。一度聞いてみれば、従来のステレオやサラウンドとは大きく違うものだ、ということがわかるでしょう。そのために専用の機能を組み込んでいます。

触覚フィードバック対応のコントローラーも、体験してみると驚くほどの変化だと気付いていただけるはずです。体験するチャンスを作りたいと思ってはいるのですが。PS5のコントローラーで、レースゲームの「グランツーリスモSPORT」をプレイするだけで、全然違いますよ。いままでのコントローラーでも良い走りが体験できましたが、ハプティックコントロールによる微細な路面の体験と、アダプティブトリガーによるコントロールを体験すると、元には戻れません。

その上で、ライアンCEOは「まだ要素がある」と指摘する。

ライアン:でもね。PS5にはこれら以上に、従来のゲーム機とは違うユニークな要素がまだまだあります。「もっと大きな違い」については、我々はまだアナウンスしていませんから。

PS5は、PS4とはまた違った発表形態を採っている。PS4まで、ゲーム機は大々的な発表会でお披露目されてきた。

しかし、PS5では違う方法が採られている。最初の情報は、2019年4月に、米Wired誌への独占インタビューの形で明かされた。このようなアプローチを採った理由はなぜなのだろうか?

ライアン:理由は「リーク対策」です。PS4の時には、発表前に様々な情報が、コントロールできない形で流れ、中には正しくないものもありました。

PS5の開発者向けキットは4月に出荷したのですが、現在は誰もがスマートフォンを持っていますから、リークを防ぐのは難しくなっています。

PS5では、我々以外から誤った情報が流出するのを回避すること、またアーリーアダプターの方に情報をお届けするのが目的で、あの時期、あのような手法をとりました。

ただし今後は、すべてメディア発信ということではなく、イベントの開催も含めて、さまざまな可能性を検討しています。

ネットワークでゲームへのエンゲージメント増加。サービス化で変わったSIE

今回のCESでは、PS4とPlayStation Network(PSN)のビジネス状況についてのアップデートも行なわれた。本体の販売台数は1億600万台、ゲームの販売本数は11.5億本。そして特に注目に値するのは、PSNの月間ユニークユーザー数(MAU)を公表したことだ。その数は1億300万人。この数字を強調することには、もちろん意味がある。

PS4の販売台数は1億600万台。それに対してPSNのMAUは1億300万台と非常に高い

ライアン:ハードウェアの販売台数も、いまだ重要な指針であることに違いはありません。しかし同様に、MAUも重要な指針です。なぜなら、MAUはユーザーのエンゲージメントをはかる指針であり、プラットフォームの健康状態を示すものだからです。MAUのような指針はモバイルゲーミングの分野で広く使われてきたものですが、我々もそこから学んだのです。

なぜモバイルゲーミングの分野から学んだのか? 背景にあるのは、PS4世代でのSIEの収益が、従来のようなハードウェアの販売+ソフト販売からのライセンス収入だけでなく、「PSNからのネットワーク利用料収入」になったからだ。特に、月額料金制の会員サービス「PlayStation Plus(PS Plus)」の収益は大きい。PS Plusの利用者を増やすこと、そしてできる限り長く使い続けてもらうことは、SIEの経営にとって大きな意味を持つ。

ライアン:PS4世代において、ゲームの売れ方は明確に変わりました。現在は、多くのゲームがデジタル流通によって販売されるようになっています。

これはなかなかに複雑なビジネス上のチャレンジではあります。いまだにリテールによるディスク販売のビジネスは有効です。それを望む顧客がいるだけでなく、デジタル流通を支えられるほどネットワークが普及していない国々もあるからです。

しかし一方、2020年の今、多くの人は音楽をデジタル配信で聞くようになり、映像もサブスクリプションで見るようになっています。そういう行動に慣れた人々は、ゲームもデジタルで買いたいと思うのが自然です。

現状は「デジタルとリテールの両方が存在する」ことが重要で、リテールとの関係も重要なものとして維持していきます。ディスクを買うのは簡単ですしね。ミックスモデルは依然有効です。

もうひとつの大きな変化は、「オンラインでのゲームプレイが広がっている」ということだ。その結果、ネットワークサービスへの依存度が高まり、PSNのビジネス価値が高まっている。

ライアン:人々はよりネットワークでゲームをするようになりました。結果として、過去にも申し上げたことがあるのですが、以前のプラットフォームに比べ、ユーザーのゲームへのエンゲージメントは高まっています。これは重要なことです。より人々がPlayStationを使うようになっているのは、我々にとっても光栄なことです。

会社としては、PS Plusのような月額料金制の会員サービスが広がったことには、大きな意味があります。ヒットゲームの有無によって振れ幅が大きかった事業が、より安定的になったからです。

しかし、有料のサブスクリプションによるビジネスは、従来の売り切り型のゲームとはまったく異なるものです。我々は多くのことを学ばねばなりませんでした。SIEは、組織の面でもマインドセットの面でも大きく変わりました。いまだ変化し続けています。

ゲーマーの視点で見れば、PS Plusは我々とゲーマーの距離を近くしてくれる存在でもあります。無料でのゲーム提供の機能がありますが、ここで提供するゲームについては、我々は慎重に選択しています。あるサイクルの中でもっとも価値があるものを届けたい、と思っているのです。

ご存じのように、3,880万人の人々がPS Plusに加入していますが、これはほんとうに大きな数字です。みなさんの支持を得られるよう、これからも努力していきます。

クラウドゲーミングに潜む課題とは。マイクロソフトとの提携の理由

現在、ゲーム業界では「クラウドゲーミング・サービス」が話題だ。2019年秋にサービスを開始したGoogleの「Stadia」に始まり、NVIDIAの「GeForce NOW」などが登場、にわかに注目が集まっている。

一方、SIEは2015年から独自のクラウドゲーミング・サービス「PlayStation Now」を提供済み。ライアンCEOも「このジャンルにまだ誰もいない頃からやってきた」と語る。昨今の状況、そして今後のクラウドゲーミング・サービスをどう見ているのだろうか?

ライアン:率直にいって、歩みは遅いです。

しかし着実に伸びています。コンテンツを提供するゲーム会社の数も、提供されるゲームの数も増えています。

なにより重要なのは、「サービスが提供される地域」が増えている、ということです。昨年の3月には、ついにヨーロッパをほぼカバーしました。この地域はPlayStationブランドの強い地域ですから。

ヨーロッパ、と一口にいいますが、すべての地域でサービスを提供するのはきわめて大変なことです。ドイツでは可能なことがイタリアでは無理だったり、フランスでは難しかったり。ヨーロッパ全域をカバーするのはとても大変なことでした。ヨーロッパでのカバーを実現したということは、より条件が厳しい国でのビジネスも可能になった、ということです。

ご存じの通り、昨年10月、我々はPlayStation Nowの利用料金を半額にし、本格的なマーケティング投資を開始しました。結果として、加入者が劇的に増えています。

なぜサービス地域拡大が重要なのか、多少補足説明が必要かもしれない。

クラウドゲーミング・サービスでは、遅延をできるだけ短くすることが求められる。また、サーバーや回線インフラをどれだけ用意し、どれだけの人にサービスを提供するのか、というバランスも重要だ。巨大なサーバーと回線を用意してコストが大きくなると経営上問題になるし、かといってインフラの量を絞り過ぎるとユーザーに快適なサービスを提供できなくなる。また、ユーザーの居住地からできるだけ近い場所にサーバーを設置して、サーバーまでの通信にかかる時間を短くする必要があるのだが、これも、あまりにサーバーをいろんな地域に置きすぎると、インフラ構築コストがかかりすぎる。

いかに低コストに、効率よくサーバーを構築し、ユーザー数や地域の違いに合わせて運用するかが、クラウドゲーミング・サービスには重要なノウハウである。日本人からみれば「ヨーロッパ」、「アメリカ」でひとくくりにしてしまいがちだが、実際には事情はまちまちで、「広いエリアでサービスを提供する」には相応の苦労が必要となる。Googleがクラウドゲーミング・サービスで注目されるのも、もともとGoogleがクラウドインフラの巨人であるからだ。

そして、PlayStation Nowへの投資は、今後のゲームビジネスの変革に備えるためのもの、と話す。

ライアン:次の世代の話を考えた場合、クラウドが今より大きな役割を果たすようになるのはほぼ間違いないです。

そう、これがマイクロソフトと提携した理由の一つです。確かにマイクロソフトは競合ではありますが、先般、提携に向けた意向確認書を締結し、彼らとクラウドゲーミングにおいてさまざまな可能性を模索していきます。

実は、PlayStation Nowをドイツに拡張し、さらにフランスとスペイン、イタリアに進出する際、データセンターの変更がとても難しかったのです。

データセンターの運営は、私たちの得意分野ではありません。私たちが得意なのはアイデアです。

マイクロソフトとの提携によって、クラウド側の迅速な拡張が可能になります。もしクラウドがより大きな意味を持つようになるなら、この提携は、私たちにとって非常に理にかなったことだと思いますし、おそらく、私たちが次世代に向かって前進する上での解決策の一つになるでしょう。

では、ゲームはクラウドゲーミング・サービスになり、音楽や映像と同じように「サブスクリプションで遊び放題」が主流になるのだろうか? そこには、ゲームならではの事情があるだろう、とライアンCEOは言う。

ライアン:確かに、音楽や映像ではサブスクリプションによる見放題・聴き放題が主流です。

しかし、そうしたマクロかつソーシャルなトレンドは、ゲームですぐには主流にならないと考えています。ゲームは他のエンターテインメントコンテンツとは楽しみ方が違います。

一方で、いくつかのゲームは、それ自身がプラットフォームになっています。例えば「Fortnite」は、それ自体がプラットフォームです。その上では、ある種の遊び放題もすでに生まれています。

ですから、「ゲームが遊び放題になるのか」という議論は、音楽や映画よりももっと複雑なのです。

もちろん、使い放題になっていくことを望むトレンド自体は押しとどめることができないでしょう。それに対しては、PlayStation Nowなどのコンペティティブなサービスを提供しています。その上で、どのような状況になるのかを見ていきたいです。

高まる日本のゲームデベロッパーへの評価。PS4で日本発売が遅れたのは「いいアイデアではなかった」

ライアンCEOは、他のハードウェア、マイクロソフトやゲーミングPC、クラウドゲーミング・サービスも含めた「競合状況をどう思うか? 」という質問には、「競合については直接コメントしない」とだけ答えた。ただし、「競争があるのはいいこと」と述べている。

ライアン:競争があるのはいいことですよ。2013年、コンソールゲームの市場は予想を超えて伸び始めました。それと同じことが、2020年にも起きると期待しています。

PlayStationは'19年12月に25周年を迎えた

一方、PS4の発売というと、日本のゲーマーは、どうしても「発売時期」のことを思い出してしまう。

PS4は、アメリカ・ヨーロッパでは2013年11月に発売されたものの、日本での発売は3カ月遅い、2014年2月になった。PS4の生産量に限界があったこと、当時の日本のゲーム市場に勢いがなかったことなどが原因だが、消費者としては寂しい思いをしたのも事実だ。

PS5の日本での発売時期がどうなるのか? ダイレクトに質問をぶつけてみた。

ライアン:申し訳ないのですが、発売時期などの詳細についてはコメントできないんです。同様に、投入する市場についてもです。

ただ……。

PS4の時に日本での発売を3カ月遅らせたことについては、当時自分も深く選択決定に携わっていました。

選択には相応の理由がありましたが、いまは“良いアイデアではなかった”と考えています。多くの議論の末に決断したことではありましたが、他の選択肢があったかもしれません。

このコメントは、PS5の「日本での同時発売」について期待を抱かせるもの、といっていい。

そして、日本のゲーム市場・デベロッパーの状況について聞くと、次のような答えが返ってきた。

ライアン:あなたもご存じのように、現在、日本のゲームデベロッパーに対する評価は、世界中で高まっています。

率直にいって、5年から7年前、日本のゲームデベロッパーは、モバイル業界に注目していて、コンソールの方にはあまり注目していませんでした。

しかし、PS4世代になり、ゲームデベロッパーの目は、次第にコンソールへと戻ってきています。その結果として、現在、非常にエキサイティングな状況になっている、と考えています。実際、日本のゲームデベロッパー・コミュニティもPS5に非常に注目しています。

そうしたトレンドが、日本のゲームファンによいニュースとゲームプレイをもたらしてくれることを期待したい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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