西田宗千佳のRandomTracking

第616回

アドビに聞く「生成AIでクリエイティブツールはどう変わるのか」

米Adobeのシャンタヌ・ナラヤンCEO

2月13日に開催された「Adobe Max Japan 2025」では、アドビの最新ツール群の状況が公開された。多くは昨年のAdobe Maxで発表されたものではあるのだが、そこからどう使われ始めているか、クリエイター目線でどのような点が重要なのかが語られた。

基調講演には同社CEOのシャンタヌ・ナラヤン氏も登場、日本市場への力の入れ具合がよく分かる。

さらにこのタイミングに合わせ、アドビの生成AIサービスである「Firefly」のウェブ版もリニューアルし、動画生成機能のウェブ版のベータ版公開が開始された。

そういう意味で、Fireflyはまた1つの区切りを迎えた。

Adobe Fireflyのウェブ版がリニューアルし、動画生成機能もベータ公開された
新しいFirefly ウェブ版の特徴

米Adobe・Design & Emerging Product担当シニアバイスプレジデントのEric Snowden氏に、Fireflyの現状と方針を聞いた。

米Adobe・Design & Emerging Product担当シニアバイスプレジデントのEric Snowden氏

Fireflyでなにが変わったのか

まずは、Fireflyや生成AIソリューションを導入後、ユーザーの使い方の変化を聞いてみよう。

Snowden氏(以下敬称略):すでに180億という膨大な量のコンテンツが生成され、色々な使い方をしているのが分かります。

Fireflyではすでに180億のコンテンツが生成されている

なにかを創造するといっても、さまざまな意味がありますよね。

ゼロから何かを生み出すこともあれば、LightroomやPhotoshopのジェネレーティブフィルを使う場合もあります。フォトグラファー向けとしては、今日デモも行った「電線などを取り除く」というパターンもあります。

私は編集する写真すべてに「生成塗りつぶし」を使用しています。今では私のワークフローに欠かせないものとなっています。以前はクローンスタンプツールや修復ブラシなど、より伝統的なツールを使っていましたが、Fireflyを使うことで、より良い結果を得ることができるようになりました。

人々は純粋な生成のためだけでなく、さまざまな用途でこれを使っていると思います。これまで別のツールを使っていたのと同じように、クリエイティブなワークフローの一部として、生成AI機能を使っています。

「人々がすでに使っているツールと生成AIの組み合わせ」というのは、私たちのアプローチの中でも、本当にユニークな点だと思います。

その結果、どのようなことが起きるのだろうか?

生成AIの利用には批判的な声もあるが、筆者は同意しない。一方で、アドビが生成AIとクリエイターの関係をどう見ていて、現状をどう捉えているかには興味がある。

Snowden:私たちが目撃しているのは、まず作業がより速くできるようになり、より効率的になったということです。

私が思うに、重要なのは「試せる回数は常に限られている」ということです。

新しいことをしようとする場合、10種類試すよりも、20種類の異なることを試した方が良いでしょう。

そして、常に制約要因となるのは通常時間です。アイデアが尽きるのではなく、時間が尽きるのです。

そして、生成AIの素晴らしいところは、より速く作業を進められるために「より多くのアイデアを試すことができる」ということです。結果として、より良いアイデアや正しいアイデアを見つけられる可能性が高くなります。

特に、アイデア創出プロセス、つまり新しいことを考え出す最初の段階で、生成型AIは非常に役立ちます。

Adobe Expressを例に説明しましょう。

アセットのサイズ変更のような作業は、デザイナーにとって日常です。良いものを作成し、その後、50の翻訳と20の異なるサイズを作成する……という作業が待っています。膨大な量の作業があることが分かるでしょう、

デザイナーは様々な形やテイストのアセットを日々作っている

多くの企業が、「このペースには作業が追いつかない」と語っています。つまり、求められている作業を行うのに十分な人材がいないのです。

そこで、私たちがそのお手伝いをし、なおかつクリエイティブな人々がアウトプットをコントロールできるようにします。

結果として「これは良い」「もう少し手を加える必要がある」と判断する余裕が生まれます。 「本来の創造性を必要としない作業」を取り除くことで、真の力が得られると思います。

とはいえこれは今の自動運転車のようなものです。ある程度の作業は自動で行ってくれますが、いつでもハンドルを握って自分で運転することができます。

私は、これはクリエイティブなツールの比喩として非常に興味深いと思います。

ツールがあなたからなにかを奪うのではなく、必要な時にはコントロールできるのです。時には「ただ速く進みたい」という理由でコントロールを放棄することもできます。もちろん、いつでもコントロールは取り戻せる。

これは、私たちにとって本当に重要なことだと思います。

これからの時代に「来歴記録」は必要な存在

生成AIを考える上で重要な技術に「来歴記録」がある。

アドビは初期よりこの技術に力を入れていた。生成AIの前からフェイクや制作者の詐称は問題になっており、その関係から作られてきたものである。詳しくは以下をご参照いただきたい。

Fireflyやアドビのツールから見た時の「来歴記録」はどんな意味を持つのだろうか?

Snowden:コンテンツを消費すると想定した場合、そのコンテンツがどのように作られたかを知るべきだと私たちは考えています。

これは批判ではありません。栄養表示が食品に対する批判ではないのと同じです。

長編映画のように、ある文脈で大幅に編集されている場合は、それはそれで構いません。娯楽目的ですから。

しかし、ニュースがある文脈で大幅に編集されている場合は、意見が分かれるでしょう。

アーティストのクレジットを知る権利もあります。最近は、本来のアーティストでない誰かが作成し、それが広まるという問題が常に起こっていますから。

私は写真をたくさん撮るので、Lightroomのベータ機能を有効にしています。

この機能は、コンテンツ認証をすべての作品に自動的に追加します。

Lightroomの書き出し機能。右下に来歴記録機能がある。なお筆者が記事に使う写真も、基本的にすべて来歴記録が埋め込まれている

またコンテンツ認証情報内には「生成AIには使用しないでください」というタグもあります。私たちは学習の際にこれらのタグを尊重していますから、(Fireflyでの利用時に)このタグがあったら、アップロードを止めます。

将来的には、誰もがそれらのタグを尊重するようになることを願っています。なぜなら、アーティストは自分が制作した作品の行方について決定権を持つべきだと考えるからです。

アーティストが、自分が制作した作品について、クレジットを得たり、コントロールしたりできることが重要です。

Fireflyでの動画生成はコストが合うのか

Fireflyの動画生成サービスは、本格的に使うには料金支払いが必要だ。

無料だと月2回生成するとそれ以上使えない

無料ユーザーの場合「月2回まで」のお試しだけ。本格利用には、月20回の動画生成が可能な「Standard」(月額1580円)か、月70回の動画生成が可能な「Pro」(月額4780円)への加入が必要になる。

Fireflyでビデオや音声を生成する場合には、有料プランのどちらかに入らないといけない

けっこう高価である印象も受けるが、アドビはこの価格設定をどう考えているのだろうか?

Snowden:私たちはまずユーザーの手に渡し、フィードバックを得て、より多くの人に使ってもらうことが重要だと考えています。

動画については、短いクリップでも複数をつなぎ合わせたり、タイミングを調整したりして、非常に興味深いものを作っている人もいます。Bロールのようなものなら、ほんの数秒で済むかもしれません。特殊効果を作る場合、ほんの短いものでも十分な場合もあります。

特殊効果を作るなら、最初と最後の画像を入れ、プロンプトを指定するだけ。合成素材に使えるが、アルファチャンネルはない

まずはこのような使用事例をできるだけ早く実現することが重要だと思います。

同時に、生成される動画の質も気になる。動画生成AIは競争の激しいジャンルだ。「リアルな映像を作る生成AI」は増えており、質だけでいえばFireflyはトップクラスではない、と筆者は感じる。

Fireflyで生成した動画。質感やディテールに、気になる部分が多々ある

特に、生成される顔のテイストがどこか「欧米的」であり、日本人の感覚からズレている気もする。中国産のAIでも「アジア人の顔だが日本人とはちょっと違う」ものが生成されることがあるので、ある種の宿命かもしれない。

この点をどう考えているのだろうか?

Snowden:画像に関しては、さまざまな異なるバリエーションを調査しているチームが複数存在します。異なる人種での捉え方など、考えられるあらゆる種類のバリエーションです。

一方では、自動テストを行うチームが、さまざまな事柄をすべて調査しています。

デザインチーム内には「プロダクト・エクイティ(価値評価)と呼ばれるチームがあり、さまざまな人種や性別の人々を実際に調査し、できる限り幅広く人間性を表現できるように努めています。

当社のモデルが優れている点もありますが、改善の余地がある点もあります。改善の余地がある分野については、実際にコンテンツを探し、それを強化しようとしています。

重要なのは、当社のコンテンツはAdobe Stockやパブリックライセンスのコンテンツに基づいているということです。それこそ、当社が商業的に安全な画像を生成できる理由もありますが。

改善できる部分についてのフィードバックをいただくのは良いことです。

なぜなら、人々が自分自身を創造物やFireflyからの生成内容に投影できるようにしたいからです。

そこで「私たちが人々を正しく表現していること」を確認することは、私たちにとって非常に重要なことです。

利用者のコストの面を考えると、クラウド処理からオンデバイス処理にするとかなり減りそうだ。

ダメもとで、オンデバイスAI対応の可能性も聞いてみた。

Snowden:未来のプロダクトについてコメントすることはできません。

しかし、オンデバイスAIが間違いなく、今後メジャーな存在になっていくのは間違いないでしょう。

とはいえ繰り返しになりますが、我々は、その件について、現状では何も発表していません。

生成AIでは「コントローラビリティ」が重要

生成AIでは常に「学習ソース」の問題がつきまとう。学習を剽窃のように言うのは間違いだと思うが、一方、結果として「利用者には侵害の意思がなかったのに、出力されたものが著作権や商標権を侵害していてトラブルになる」ことは避けたい。

そのためアドビは、Adobe Stockの中で学習に同意し、さらに他者の権利を侵害していないと思われるものと、ライセンスフリーのコンテンツでFireflyを学習している。

それでも気になるのは間違いない。

Snowden:私たちがとった戦略の多くの利点の1つは、商業的な実現可能性について、クリーンなデータを持つことだと思います。

私が自動車メーカーだとすると、競合他社のデータで自分のデータを汚染されたくないと、と思うはずです。

カスタムモデルでできることは、独自のデータをインポートし、クリーンな基盤をFireflyに追加し、トレーニングしたモデルを使用できるということです。

企業でカスタムモデルを使用している例を見てみると、非常に専門的かつ高品質な、その企業に特化した出力結果を得ることができています。

私たち目標は、よりクリエイティブなコントロールです。

未来については具体的にお話できませんが、コントローラビリティについては、もっと多くのことを目にするようになるでしょう。

この考え方は重要だ。プロンプトで書き込むだけでもなく、多数の調整機能を加えることで、生成AIからの出力はクリエイティビティを増していく。これはアドビに限らず、映像生成系AIに共通のトレンドである。

Fireflyの動画生成でも、画角を変えたりズームをしたり、ドリー撮影を再現したりと、いろいろな「コントローラビリティ」がある。

Firefly動画生成の設定。カメラの画角などを変えつつ動画が作れる

Snowden:生成AIは、「一般的な良いもの」を作成するのが得意です。しかし、もし私がクリエイターで、頭の中に非常に具体的なものがある場合、「一般的な良いもの」では、目標を達成できません。

クリエイターは、自分が求める作りたいものを知っています。

ですから、クリエイターをサポートするアドビとしては、「彼らが本当に欲しいもの」を手に入れられるようにしなければなりません。

クリエイターによって、そこにたどり着く方法は少しずつ異なります。

例えば、ある人にとってはスケッチが適しているかもしれません。私たちはそのためのツールも提供したいと考えています。

そして、時にはそれが「Firefly」で実現するかもしれない。今後はさらにその傾向が強まるだろうと考えています。

そして、これらのツールをシームレスに横断して作業ができるようにしたいのです。

テキストから画像、そして動画へと本当にシームレスに移行し、FireflyからPhotoshopへ。

プロフェッショナルがどのようにこれを使用しているか、そして、私たちがどのように創造の過程に深く踏み込んでいけるかを真剣に考えていきます。

クリエイターの幅を広げるには「ガイドレール」も必要

では、クリエイターを広げるという意味ではどうだろう?

Snowden:Fireflyでは、さまざまな方向で可能性を拡大できます。

クリエイティブのプロでも、すべてを上手くこなせるわけではありませんよね? 素晴らしい写真家でも、ビデオやイラストレーションなど、他のことを行う方法を知らない場合もあります。

今後は専門分野以外にも対応できる能力が求められると思いますが、生成AIはそこで役立つと思います。

マーケティングの面では、ブランドをどう拡大するかという課題が常にあります。

Adobe Gen Studioにはブランドチェックシステムは組み込まれており、コンテンツを生成する際に、ブランドガイドラインを適用してコンテンツを分析し、トーンやマナーがブランドに合っているか、画像がブランドに合っているかなどを自動的にチェックします。

間違った使い方をしないようにするにはどうすべきか?そのためには、なんらかのガードレール設置が必要。誰でも作業できる枠組みを作り、ブランドガイドラインに沿って人々が作業できるようにするわけです。

これはブランドにとって非常に重要なことですが、同時に、クリエイティブプロセスに多くの人々が参加できるようにすることでもあります。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41