鳥居一豊の「良作×良品」

「ゴースト・イン・ザ・シェル」をDTS Virtual:Xで体験。ヤマハ「YAS-107」にみるサラウンド新時代

 サウンドバータイプのスピーカーは、薄型テレビの音質を手軽にグレードアップできるアイテムとして人気がある。薄型テレビの手前や周辺に置くだけで、ステレオ再生だけでなく、バーチャルサラウンド再生もでき、シンプルな構成でホームシアターを構築できることも魅力だ。

ヤマハ「YAS-107」でゴースト・イン・ザ・シェル」を体験

 しかしながら、実際に前後にスピーカーを設置するリアルなサラウンドシステムには、バーチャル再生は特に後方の音の再現性に差を感じることが多く、本格的なサラウンドを求める人には少々物足りなさもあった。

 ヤマハのYASシリーズは、サウンドバータイプの身近なシステム。バーチャルサラウンド機能も備えているが、どちらかというとテレビ放送に多いステレオ音声を豊かな音で楽しめることを主眼においたシステムだ。「YAS-107」(実売27,300円)は、その最新モデルである。

YAS-107の外観。薄型の板に近い形状になっている。全体をファブリックカバーで包んでおり、継ぎ目などが目立たないデザインだ

 薄型のスリムな形状となったボディには、真円形の5.5cmフルレンジスピーカーと、2.5cmツィータ、7.5cmのサブウーファを左右にそれぞれ1基ずつ搭載した3ユニット構成としている。天面側にフルレンジとサブウーファユニットを配置し、薄い前面部分に2.5cmツィータを配置している。

YAS-107を斜めから。ファブリックカバーは側面までカバーされている。開口部分はバスレフポートだ
真横から見たところ。奥行きも13.1cmと短く抑えられており、薄型テレビの手前のスペースでも問題なく設置できるだろう

 コンパクトな薄型デザインとなっており、操作ボタンや表示部分は上部に配置されている。操作ボタンはタッチセンサーとなっており、見た目も上質に仕上がっている。入力の切り替えや音量調整など基本的な操作が行なえる。

上面にある操作ボタンとインジケーター部。電源オン/オフや入力ソース、サラウンド再生などの状態を表示する。操作ボタンはタッチセンサー式だ

 背面の接続端子は、HDMI入力と出力を各1系統備えている。このクラスのモデルでは、HDMI出力のみを備え、テレビの音声はARC経由で入力するモデルが多いが、きちんとHDMI入力にも対応。映像は、4K/60p信号のパススルーに対応。音声はドルビーデジタル、DTS Digital Surround、MPEG-2 AACとなる。このほか、光デジタル音声入力、アナログ音声入力も備え、拡張用としてサブウーファ出力も装備する。

背面。HDMI入出力が各1系統。光デジタル音声入力とアナログ音声入力(ステレオミニ)、サブウーファ出力を備える
底面部はフラットな形状で、設置部分にはゴム製の脚部。5つの突起でラック面と設置するデザインとなっている
付属のリモコンはカードサイズ。入力切り替えや音量調整のほか、サラウンド/ステレオの切り替えボタンも備わっている

さっそく設置。まずはテレビ放送でその実力を確認してみる

 YAS-107は、我が家の視聴室に設置し、まずはテレビ放送の音声を聴いてみた。接続はまずはHDMIケーブル1本だけ。YAS-107のHDMI出力をテレビのHDMI入力(ARC対応)に接続する。テレビ側の音声はARC経由で伝送されるため、ケーブル1本だけでYAS-107で音声出力再生できるようになる。HDMIの連携機能にも対応しているため、テレビ側の操作だけで出力する音声の切り替え(テレビ側/YAS-107側)や音量調整を行なえる。

 組み合わせたテレビは自宅の東芝「55X910」。このモデルはスタンド部分が前面から見ると極小で、画面自体の高さもかなり低い。だから、テレビの手前にスピーカーを置くと画面が重なってしまうかと心配したが、実際に設置してみるとまったく問題がなかった。これは、もともとテレビを背の低いラックに置いて少し見下ろすような位置関係で見ているためもある(X910シリーズはやや低い位置での視聴を前提に、画面も2度ほど傾いている)。一般的な薄型テレビとの組み合わせならば、テレビの前に置いて困るようなことはほとんどないだろう。

東芝の55X910と組み合わせて設置した状態。視聴位置から見ると、画面が隠れてしまうようなこともなく、背の高さの影響はなかった

 まずはテレビ放送でニュースやドラマなどを見てみたが、中低音の充実したサウンドで、音質的にも明瞭で聴きやすい。アナウンスやドラマのセリフも厚みのある音で聴きやすく、なかなかの実力だ。ドラマの主題歌や映画などのBGMを聴いても、各楽器の音がきれいに分離し、粒立ちのよい生き生きとした音が楽しめた。

 音楽のリズムなども十分な力強さを感じるし、映画の量感の豊かな効果音も十分な迫力が得られる。フルにボリュームを上げれば近所迷惑になるレベルの音量が得られるが、そこまで音量を欲張らなくとも、適正な音量で十分に迫力のあるサウンドが楽しめる。

 ちょっとした試みで、光デジタル音声入力やアナログ音声入力の音質も確かめてみた。光デジタル音声入力は、HDMI(ARC)接続とほぼ変わらない印象だ。ARC対応のHDMI入力を持たない薄型テレビの場合は、光デジタル音声入力を接続する必要があるが、基本的にはHDMI(ARC)接続で問題なさそうだ。

 アナログ音声入力は、なめらかな感触ではあるがやや大人しい印象だ。情報量が減るというほどではないが、ちょっとひ弱な印象もあり、もう少し音量を上げたくなる。これは、東芝の55X910とヤマハのYAS-107の組み合わせでの結果で、使用する機器が異なれば違った結果になると思うが、基本的には、音質的にはHDMI(ARC)接続を前提としていると考えられる。

 結論としては、配線のシンプルさや連携機能による使い勝手などを考えると、HDMI(ARC)接続がもっともおすすめだ。アナログ音声入力は携帯プレーヤーなどとの接続用に利用したい。

 もっとも、スマホや携帯プレーヤーなどとの接続も、利便性を考えるとBluetooth接続の方が使い勝手は良い。Bluetoothの音もiPhone 7で確認したが、音質的な劣化を感じることもなく、中低音の充実した厚みのあるサウンドを楽しめた。

 スマホとの組み合わせの場合は、専用アプリである「HOME THEATER CONTROLLER」が使える。入力切り替えや音量調整などのほか、サラウンドの音声モード切り替えや、バスエクステンション、サブウーファ音量の調整などもグラフィカルな画面で操作できるので便利だ。

「HOME THEATER CONTROLLER」を起動し、YAS-107とBluetooth接続した状態のトップ画面。接続した機器によって、表示される機能が変化する
「サラウンド」では、「3Dサラウンド」のほか、映画や音楽といったモードが選べる
「サラウンド」のモード。スポーツやゲームなども用意されている
サウンド設定の画面。「クリアボイス」や「バスエクステンション」などの機能やサウブーファ音量の調整ができる

最大の特徴「DTS Virtual:X」を試してみる

 YAS-107の概要について、一通り紹介してきたが、最大の特徴となるのが、独自の3Dサラウンドである「DTS Virtual:X」だ。これは、新発売当時はアップデートによる対応だったが、7月出荷以降のモデルはアップデート済みの状態で出荷されており、ユーザーによるアップデートは不要だ。アップデートが済んだ機体かどうかの確認は、電源オンの状態でリモコンの「サラウンドボタン」を押し、青色に点灯するかどうかでわかる。アップデート前の状態では通常のバーチャルサラウンドのみで(緑色に点灯)、アップデートすると緑色(サラウンド)と青色(DTS Virtual:X)が切り替わるようになる。

YAS-107の表示部分。サラウンドのインジケーターが青色に切り替われば、アップデート後であることが確認できる

 まずはこの「DTS Virtual:X」について紹介しよう。これは、DTSが開発したバーチャル3Dサラウンド技術で、YAS-107と上位機であるYAS-207が世界で初めて対応したもの。これまでの前後・左右の音の広がりに加え、高さ方向の音場も再現するという技術だ。5.1ch音声の入力時だけでなく、ステレオ音声などでもアップミックス機能によって高さ方向をもった3次元的なサラウンド音場に拡張できる。

 テレビ放送のステレオ音声を「DTS Virtual:X」で聴いてみたが、左右の音の広がりがかなり大きくなる。薄型テレビの両脇にある常設のスピーカーから音が出たような感覚だ。一般的なバーチャルサラウンドもこうした横方向の広がりは豊かになるが、「DTS Virtual:X」で感心するのは、音場が高さ方向に広がるためか画面の下にあるスピーカーからではなく、画面から聞こえてくるような感じになる。音が画面の下から聴こえるというのは、サウンドバーによるサラウンド再生で気になる部分なのだが、それがいともたやすく改善されてしまった。

 さらに素晴らしいのは、前後と高さ感をもって広がった音場が、ぼんやりと薄まった感じにならず、ボーカルや声、さまざまな音の定位がしっかりと感じられ、かなり実体感のある音が目の前に広がることだ。ステレオ音声ということもあり、前方音場主体ではあるが、なかなか良好なサラウンド感だ。

 筆者は上級機であるYAS-207(実売42,980円)も取材で聴いているが、サラウンドとしての音場の立体的な広がりという点では、YAS-107の方が好ましいと感じたほどだ。

YAS-207

 YAS-207は左右のスピーカーが4.6cmウーファ2基と2.5cmツィータによる2ウェイ3スピーカーの構成で、別体のサブウーファが加わったものとなる。そのため、音場の迫力や雄大さはYAS-207の方が上だし、細かな音の再現性などでも優位点はある。しかし、サラウンド音場の広がりとバランスの良さはYAS-107の方がまとまりがよく、高さ方向の再現も良好に感じた。これは、メインのフルレンジユニットとサブウーファユニットが上向きに配置されていることも関わっているように思う。

「ゴースト・イン・ザ・シェル」の近未来映像を、「DTS Virtual:X」で堪能する

 今回の良品として選んだのは「ゴースト・イン・ザ・シェル」。「攻殻機動隊」を原作とし、押井守によるアニメ版を忠実に実写で再現したとも言える作品だ。アニメ版に惚れ込んだ人間でもある筆者だが、本作もなかなか気に入っている。アニメ版のオマージュと言えるシーンが数多く登場しながらも、実写化された映像に違和感を感じることもなく、実際の人間が演じていることで原作ともアニメ版とも異なる面白さを感じたからだ。

ゴースト・イン・ザ・シェル 4K ULTRA HD + Blu-rayセット
(C) 2017 Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

 「ゴースト・イン・ザ・シェル」は、BDの2D版と3D版があり、UHD BDの2D版もあるが、今回はUHD BD版を視聴した。3D版もなかなか楽しいのだが、今回は4K解像度ならではの高精細なディテール再現を重視した。DTS Virtual:Xの3Dサラウンドが、リアルなサラウンドに匹敵するくらいの実在感のある再現だったからだ。

 音声仕様は、BD版、UHD BD版ともにDolby Atmosだ。YAS-107は下位互換となるドルビーデジタル5.1ch部分のみが再生され、DTS Virtual:Xのアップミックスによって3Dサラウンドで再現されるわけだ。このあたりの差がどのように現れるかがポイントだ。

 まずは冒頭。後にミラ・キリアン少佐と呼ばれる女性(スカーレット・ヨハンソン)が、何らかの事故に遭い、脳以外をすべて人工の身体「義体」に置きかえることになり、生まれ変わった義体で目覚める。アニメ版でも定番と言える、義体製造のシーンだ。アニメのモチーフを活かしつつも、より精密になったグラフィックでこれまでとはひと味違う、新たな生命誕生の場面が描かれる。

 ここでのサラウンド感は特殊な液体のなかで製造されていく義体そのままに浮遊感たっぷりのもので、音楽は前方のやや高めに広がり、細かな音が前後左右に浮かんでは消えていく。このあたりの包囲感は見事なものので、いわゆるバーチャル再生であることがまったく気にならない。

 目をさました少佐は、パニック気味の激しい呼吸を繰り返し、側にいる医師から説明を受けるが、その荒い呼吸がゾクっとするくらいリアルだ。中低域に厚みがあり、定位のしっかりとした再現で画面から声が現れる。声をはじめとした音の定位はやや強めにも感じられるが、少しエッジを立ててメリハリを付けた感じで、不自然なほどの強調感はない。しっかりと定位感があるからこそ、ぼやけた感じのサラウンドにならず、映像に釣り合うリアリティを感じさせてくれる。

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 それから1年後、公安9課に配属された少佐はハンカ・ロボティクス社の技術者の襲撃事件に関わることになる。ハンカ社は少佐の義体を製造した会社でもある。ビルの屋上から内部の様子を探る様子。さまざまな通信が飛び交う感じもなかなかの再現だ。北野武演じる荒巻大輔だけが日本語で話すが、独特の声もしっかり再現される。彼だけが日本語で会話ので違和感を覚えるかもしれないが、電脳化が当たり前になりつつある時代で同時通訳はできて当然だと思う。いっそ、雑踏の声などのようにさまざまな言語が入り乱れるくらいでいいと思うが、そうすると字幕が増えてしまうし、よけいにわかりにくくなるのだろう。

 空撮で街の中を映し出す場面は、「ブレードランナー」などのサイバーパンク作品の影響の大きいと感じるが、ホログラフィック的に表示される立体的な広告がちょっと面白い。要所で日本語の看板もあるが、きちんと意味のわかる言葉になっている。このあたりの描写で、この舞台が東洋のどこかの都市であることがわかる。都市のざわめきはまさに雑然としたノイズだが、これらが所在なく四方から聞こえる感じは本格的なDolby Atmos環境で聴いたときと変わらない。しっかりとした定位を持つ音も、漠然と聞こえる音もしっかりと描き分けができている。

 強いて言うならば、やはりアクションシーンでの爆発音などはやや迫力が足りないと感じるが、低音はなかなかがんばっていて、十分な低音感はある。物足りない場合は低音を増強する「バスエクステンション」を併用すればいいだろう。マンションなどの集合住宅であれば、無理にサブウーファを追加する必要はないと思う。

 ちょっと驚くのは、窓から事件の現場に突入する場面だ。ガラスが派手に飛び散り、少佐が室内になだれ込むのだが、ガラスの飛び散る音がきちんと後方まで再現されている。じっくりと聴くと、さすがに耳よりも後ろの後方の音は定位もやや曖昧になるのだが、あまりそれを気付かせない。それが高さ方向も含めたシームレスな3Dサラウンドの良さだろう。

 Dolby Atmos対応のシステムでも、前方の3チャンネルにトップスピーカーを加えた3.1.2chという構成があり、後方の再生はバーチャル再生によるものなのだが、このときもなかなかリアルな後方の音の再現に感心した経験がある。つまり、高さ方向を再現するための3Dサラウンド技術が空間全体の音の再現性を大きく高めているのではないかと思う。Dolby AtmosやDTS:Xといった最新のサラウンドの導入は、なかなかハードルが高い。だが、実はバーチャル技術を併用することで、かなり身近な価格のシステムでも本領を発揮できるポテンシャルがあるとわかる。

現実に近い感覚で描かれるドラマを、リアルな音がより実体感を感じさせる

 映像的な意味では、なかなか忠実度の高い実写化である「ゴースト・イン・ザ・シェル」だが、ストーリーは大きく異なる。原作もアニメ版もサイバーパンクSFだが、本作は(サイバーパンク風味だが)近未来SFでしかない。それは作品の抱えるテーマのせいだ。人間の身体を機械化する義体はまだ導入初期で、少佐が完全義体としては初の成功例だ。電脳化を含めて義手や義足、一部器官の人工臓器化は普及しているようだが、抵抗を感じる人も少なくない。ましてや完全義体となれば……という状況だ。原作とアニメ版はそれが当たり前になり、都市や人々がネットワーク接続していることが当たり前になった状況で発生する人類にとって未知の事件を描くものだが、本作はそこまでは踏み込まない。あくまでも視聴者である我々が電脳化(記憶の外部化)や完全義体化について感じる漠然とした不安を題材としている。脳以外がすべて作り物の自分は果たして人間と呼べるのか、簡単に消去や解析が可能な記憶もどこまで本物なのか。このあたりが本作のテーマで、わかりやすいテーマと言えるし、だから底が浅いと言わないまでも物足りないと感じる人も少なくないのはわかる。

(C) 2017 Paramount Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

 だが、リアリティを増した実写化の扱う題材としては、悪くないと思う。少佐の感じる戸惑いや迷い、そして真の事実に迫ることになる後半になってからの人としての存在感がよく伝わる。そういう作品には、音もリアリティーをしっかり感じられるものが求められる。YAS-107の中域の充実した音は、そんなリアルな音の存在感がある。

 原作やアニメ版のファンにうれしいプレゼントとして、日本語吹き替え版の音声は、アニメ版のキャストそのままとなっている。音声仕様はドルビーデジタル5.1chとなるので、自宅のシステムで聴いたときはDolby Atmosとのサラウンド感の違いやわずかではあるが音質差が気になったが、YAS-107での再生では質的な差もなく、Dolby Atmosに近い立体的なサラウンド感が得られた。そのため、YAS-107での視聴は、日本語吹き替え版の方が面白かったと言えるほど。

 それにしても感心したのが、田中敦子をはじめとするアニメ版のオリジナルキャスト陣の演技だ。一番に気になったのが、元よりまり感情を出さず、冷徹な人物として描かれる少佐だ。しかし、本作ではクールに見えて、かなり人間くさい人物像だ。そのあたりは、聴き慣れた少佐の声でありながら、悩む様子や人間らしさをよく表現している。きちんと原作やアニメ版とは違う少佐を演じ分けているのだ。それは、バトーやトグサといった面々も同様。口調は同じでも、人間くさい部分をしっかりと醸し出している。犬に餌をやるバトーや、眼を損傷して義眼となったときのやや気落ちした様子、それに応える少佐とのやりとりなどは、本作の大きな魅力だ。

 映画の音で優先順位が高いのは、やはりダイアローグだろう。出演者の声をリアルに表現する能力はサラウンド以上に重要だ。YAS-107のステレオ再生の実力を丁寧に仕上げた音、「DTS Virtual:X」の単に音場を広げるのではなく定位感をしっかりと表現する手法の両方があって得られたものだと思う。「DTS Virtual:X」技術を搭載したサウンドバーやスピーカーは、今後はヤマハ以外からも発売されると思うが、同様の仕上がりになるとは限らないだろう。むしろ、基本的な音の実力の差が大きく現れてしまうのが、DTS Virtual:X搭載システムかもしれない。

サウンド再生のためのホームシアターに大きな変化の波

 これまで、バーチャル再生というと、本格的なサラウンドシステムに比べると、価格の手軽さや設置などの簡単さを重視し、肝心のサラウンド感については妥協したものと思われがちだった。「予算やスペースが確保できるならば、本格的なサラウンド環境を手に入れたいが、そこまでこだわれない場合」の選択肢だった、と言えるかもしれない。

 だが、これからは少々状況が変わってくるかもしれない。「DTS Virtual:X」のような技術が出てくると、質の高いステレオ再生システムでもかなりのレベルのサラウンドが楽しめるようになるからだ。YAS-107は価格的にもエントリークラスに近いが、より本格的にDolby AtmosやDTS:Xに対応したDTS Virtual:X対応モデルが登場することにも期待したい。それ以上にAVアンプで、DTS Virtual:X対応機が登場してもいいと思う。5.1chや3.1.2chといった構成だけでなく、質の高い2ch再生でサラウンドを楽しむという選択肢があってもいい。

 特に音楽再生のための質の高いステレオ再生システムをすでに所有している人が、DTS Virtual:Xを持つAVアンプやAVプロセッサー(AVプリアンプ)を追加すると面白いかもしれない。これに加えて、Dolby Atmos for HeadphoneやDTS Headphone:Xといったヘッドフォンサラウンドの機能までも盛り込んだ機器がコンパクトなサイズで登場すれば、個人的には大ヒットの予感がする。

 メーカーからすると、従来のAVアンプが売れなくなる。スピーカーもたくさん売れなくなるという声が上がるかもしれない。しかし、それ以上にサラウンド再生のユーザー層を広げるメリットが大きいと思う。個人的には「DTS Virtual:X」対応のAVプロセッサーと、ハイエンド級のステレオ装置でバーチャルサラウンド再生を試しながらも、一方で自前の6.2.4ch構成の本格的なサラウンド装置の可能性を追求し続けるだろう。

 要するに、バーチャル再生がここまでのレベルになった以上、バーチャルサラウンドとリアルサラウンドを区別する必要はなく、それらを自由に組み合わせたハイブリッドな形が新しい形になると思う(8Kスーパーハイビジョンの22.2chなどは5.1.2ch+バーチャルで行なうのが現実的だ)。

 サラウンド再生のソフトは、映画はもちろんだが音楽やドキュメンタリーでも優れた作品が豊富にある。それらはもっと身近に楽しめるようになってほしいし、身近なだけでなくより質の高い再生ができるようになるべきだ。DTS Virtual:Xを搭載したYAS-107は、そんなサラウンド再生の新しい時代を感じさせてくれた。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。