鳥居一豊の「良作×良品」

第68回

「ダンケルク」の絶体絶命をデノン「AVR-X1400H」のDTS Virtual:Xで味わう

 以前、ヤマハの「YAS-107」で紹介した新世代のバーチャルサラウンド技術「DTS Virtual:X」。このときも、早くAVアンプにも採用して欲しいと書いたが、その希望が現実になった。デノンの現行モデル、AVR-X1400HとAVR-X2400HがアップデートによりDTS Virtual:Xへの対応を果たしたのだ(AVR-X4400H/X6400Hは後日、2月発売のAVR-X8500Hは出荷時から対応)。実際のところ、5.1ch再生+DTS Virtual:Xで、5.1.2chのDolby AtmosやDTS:Xに匹敵する立体的な音場は再現できるのだろうか? 試してみることにした。

AVR-X1400H(上)

 テストに使ったのは、デノンのAVアンプとしてはエントリークラスとなる「AVR-X1400H」(実売価格47,690円)。Dolby AtmosやDTS:Xに対応するAVアンプとしても最安価な価格帯の製品だが、内蔵するパワーアンプは7chで、リアル5.1.2chのDolby Atmos再生も実現できる。

 それだけでなく、4K/60pやHDCP2.2規格、Ultra HD Blu-ray(UHD BD)のためのHDR(HDR10、Dolby Vision)、BT.2020などに対応したHDMI端子を装備。デノン独自のネットワーク連携機能のHEOS対応で、音楽ストリーミングサービスやインターネットラジオ、ネットワークオーディオによるNASやUSBメモリー経由でのハイレゾ音源再生、BluetoothやAirPlay対応など、機能面では充実したハイコストパフォーマンスモデルだ。

 ちなみにデノンでは、5.1ch構成のスピーカーとサブウーファーのセット「SYS-2020K」(実売価格22,440円)も発売しており、AVR-X1400Hとの組み合わせならば実売でおよそ72,000円となる。まずは5.1ch再生からサラウンド再生を始めてみたいという人にはぴったりのシステムとなる。

サイズはコンパクトでラックにも収まる

 まずはAVR-X1400Hを詳しく見ていこう。フロントパネルは、操作ボタンやHDMI入力、USB端子、ヘッドフォン出力などが露出しており、上級機のようなシーリングパネルは省略されている。上級機との違いはその程度で、基本的なデザインやボリュームとセレクターのためのツマミを備えたデザインは上級機と同様だ。操作ボタン類もディスプレイ下部にすっきりと配置されており、強面な印象は少ない。

AVR-X1400Hの外観。フロントパネルはデノンのAVアンプのデザインを踏襲したもので、開閉式の隠しパネルが省略されているのが違い
ディスプレイと操作ボタン、入力端子部。操作ボタンはディスプレイの下にすっきりと配置される。下部にはHDMI入力、USB端子、セットアップ用マイク入力、ヘッドフォン出力がある
側面部。奥行きも339mmと短め。高さも151mm(アンテナを寝かせた場合)なので、AVラックなどへの収納でも困ることは少ないだろう

 背面は、入出力端子とスピーカー出力端子がある。入出力端子はHDMI入力5系統、出力1系統、アナログ入力が2系統、光デジタル入力2系統、ビデオ入力2系統出力1系統、サブウーファー用プリアウト2系統となる。このほかにFM/AM用アンテナ端子、LAN端子がある。Wi-Fiも内蔵し、背面の上部の両端に2本のアンテナが備わっている。

 スピーカー端子は7chで、下部に一列で配置されている。接続するスピーカーごとに色分けされているので接続がわかりやすい。エントリークラスのモデルながら、サブウーファー用のプリアウトも2系統用意されているのは個人的には好ましい。後は、いつも使っているAVR-X7200WAと入れ替えて配線をするだけだ。

背面の接続端子。決して数は多くはないが、アナログ入力、光デジタル入力など、必要十分な装備となっている
背面のHDMI入力は5系統で、前面の1入力と合わせて6系統となる。すべて4K/60p対応でUHD BDにも対応。HDMI出力はARC対応
付属のリモコン。ボタン数は比較的整理されている

 スピーカー接続が完了したら、まずはマイクを使ったセットアップを行なう。デノンでは、「Audyssey MultEQ XT」を採用しており、基本的にはGUI操作でガイドに従うだけで簡単にセットアップが行なえるが、「Audyssey MultEQ Editor app」(Android用、iOS用が各2,400円)を使うと、詳細な調整やカスタマイズも可能となる。今回は、ひとまず5.1.2ch構成の接続で測定を行なった。

付属のセットアップ用マイクを手持ちのミニ三脚にセットしたところ。視聴位置を中心とした最大8カ所に設置して測定を行なう

 各種のセットアップは画面のメニューを見ながら操作する。自動音場補正などはイラスト付きの画面でガイドされるので、わかりやすい。細かなセットアップも、オーディオ、ビデオなどの各項目に分けられている。AVアンプに慣れていない人ならば、メニューのトップ画面にある「セットアップアシスタント」を使えば、必要な接続や設定をすべてガイド付きで行なうことができるので安心だ。

セットアップメニューのトップ画面。設定の項目がアイコン付きで表示される。一番下にあるのが「セットアップアシスタント」
セットアップアシスタントの設定内容。スピーカー設定からネットワーク、テレビ音声の接続などが一通り設定できる

 設定項目を一通り解説すると、「オーディオ」項目では、音量などの調整のほか、圧縮音声を高音質化するリストアラーなどの音質関連の調整ができる。「ビデオ」項目では、HDMIの設定やオンスクリーンディスプレイ、4K信号フォーマットの設定などが行なえる。基本的にはHDMI設定で、HDMIコントロールやARCを必要に応じて選択するだけでいいだろう。

オーディオ項目のメニュー。音質関連のメニューが並ぶ。各種の微調整やマニュアルでのEQ調整といった本格的な調整も可能だ
HDMI設定では、HDMIコントロールやARC機能の選択ができる。その他は使い方に合わせて選択すればいい

 スピーカー設定は、「Audyseeyセットアップ」と「マニュアルセットアップ」がある。基本的には、Audyseeyでセットアップを行ない、後でマニュアルセットアップで内容を確認すればいい。このほかはネットワークオーディオ再生機能の「HEOS」やネットワーク接続の設定など。このあたりは個別ではなく、「セットアップアシスタント」からまとめて行なえばいいだろう。

スピーカー関連の設定。AVアンプの最初の設定としてはここが一番肝心。まずはAudysseyセットアップから行なう
Audysseyセットアップの画面。イラストとガイドで簡単に設定できる。準備ができたら「次へ」を選択する
音場の測定は、最大で8カ所。最低でも3カ所の測定が必要

 スピーカー設定は、基本的にはAudysseyのセットアップ通りでいいが、スピーカーの構成や距離、レベルといった数値は念のため確認しておきたい。スピーカーサイズの大小や、フロントの左右の距離やレベルが極端に異なっている場合は、セッティングを見直してからもう一度測定しなおすといいだろう。手間はかかるが、最初にきちんと済ませてしまおう。後はスピーカーの配置が換わったり、スピーカーの数を増やした場合だけ再測定を行なう。

まずは4.1.2ch構成で、DTS:Xのサラウンド再生を試してみる

 一通りの準備が終わったら、いよいよ試聴だ。AVR-X1400Hに限らないが、AVアンプはさまざまなスピーカーの接続に対応が可能で、内蔵アンプをフルに使った5.1.2ch構成もできるし、7.1ch構成も選択できる。もちろん、前方だけにスピーカーを配置する3.1.2chや2ch構成で使うことも可能だ。

 一般的な使い方としては、実際に設置したスピーカーに合わせてこれらの構成を設定するわけだが、自宅のスピーカーはセンタースピーカーのない6.2.4ch構成となっているので、これらのスピーカーを使い分けていろいろな構成を試してみた。

 まずは4.2.2ch構成でDTS:X音声のソフトを試してみた。使用したソフトはUHD BD版の「ヴァン・ヘルシング」。バンパイヤハンターのヴァン・ヘルシングが吸血鬼や狼男といったユニバーサル映画の有名なモンスター達と戦いを繰り広げる作品で、単発で完結しているが、現代の○○ユニバース的なヒーローあるいはヴィラン(悪役)が総結集する作品だ。

 4.2.2ch構成では、冒頭のハイド氏との時計塔での戦いで、DTS:Xらしい高さ方向を含めた定位の明瞭さがよく出て、空間の広がりもしっかりと出る。フランケンシュタインの怪物とともに逃亡するシーンでは、後方から襲いかかる狼男のうなり声や燃え上がった馬車の天井の様子なども定位感豊かに描かれる。

 このあたりの迫力や臨場感は、5万円台のAVアンプとしては十分な再現性で、DTS:Xの立体的な音響をしっかりと味わえる。普段自宅では、上位機のAVR-X7200WAで、しかもフロントは別のパワーアンプで駆動して大音量再生しているため、それと比べると、全チャンネルから大きな音が出るような場面ではややパワー感が損なわれ、中高域もやや粗さも感じられる。しかし、一般的な家庭の再生音量では目立った不満とはならないはず。

 むしろ、AVR-X7200WAの持ち味である中域の充実感や厚みのある音色の再現がAVR-X1400Hでもしっかりと受け継がれていたことに感心した。同じメーカーの上級モデルと比較すると評価は辛口になりがちだが、物足りない部分よりもデノンらしい音がしっかりと出ていることが印象的だった。

ここからさまざまな構成でDTS Virtual:Xの効果を試していく

 続いてはサラウンドスピーカーを外して、2.2.2chとしてみた。2.2.2ch構成でもDTS:X音声のソフトはDTS:Xのままの再生が可能。4.2.2chと比べると当然ながら音場は前方主体となるが、サラウンド感は思った以上にある。真後ろの音がやや物足りないが、前後の音の移動も自分の視聴位置くらいまで音が移動しているように感じる。高さ方向の再現はほとんど遜色がない。

 後方の音を含めて前方に凝縮される感じの音場なので、感触は異なるがサラウンド感は十分に味わえるし、前方、つまり画面への集中度が増すので、これはこれで楽しい。

 Dolby AtmosやDTS:Xでは、フロントスピーカーの上などに置いて使うドルビーイネーブルドスピーカーで、天井の反射を利用してトップスピーカーの音を再現することも可能だ。これを使った3.1.2ch構成はフロント側にスピーカーを置くだけで実現できるので、後方にもスピーカーを置く5.1ch再生よりもハードルは低いと言える。スピーカーの配置が困難という場合は、ドルビーイネーブルドスピーカーを使った3.1.2ch再生はかなり有効なものと言っていい。

 今度は6.2ch構成にスピーカーをつなぎ替えて聴いてみた。この構成でもDTS:X音声は再現できる。DTS:Xのようなレンダリング方式は接続されたスピーカーに合わせて各チャンネルの音を配分するので、天井にスピーカーがない場合でもトップスピーカーの音を床に置いた6本のスピーカーに配分するようだ。ただし、Dolby Atmosの場合は5.1chや7.1ch構成ではDolby Atmosは適用されず、下位互換のドルビーTrue HDの5.1または7.1ch再生となる。このあたりはDTSとドルビーによる考え方の違いだ。

スピーカー設定のマニュアルセットアップにある「アンプの割り当て」で「サラウンドバック」を選択。これで7.1ch構成となる

 こうしたこともあって、6.2ch構成でもわりと高さ感のあるサラウンド音場が得られた。強いて言えば、4.1.2ch構成だとドーム状の音場空間になっていたのが、天井が低くなって円柱状の音場空間になったような感じになる。だから、吸血鬼が高く羽ばたくような場面では低空からさらに高く飛んでいく感じが不足するが、逃亡する馬車の天井が炎上するような場面は十分な高さ感を感じる。

 サラウンドバックを使った6.2chなので、後方の再現は良好で、逃げ惑う村人たちの足音や叫び声もぐるりと周囲を取り囲む。4.2.2ch再生の音を聴いた後でなければ、これでも十分に立体的なサラウンド感だと感じるほどだ。

 ここにDTS Virtual:Xを組み合わせると、音場感がガラリと変わる。高さ感がより明瞭になるし、前方の音場感にも深みが増す。これは高さ方向の音の定位感がしっかりと得られるためだろう。天井ではなくフロントスピーカーの高い位置にハイトスピーカーを置いたときの感じに近い。馬車の天井が燃え上がる様子も炎が燃え上がる感じの音がきちんと上から感じられ、そこから現れる狼男の姿も迫力が増す。

 Dolby AtmosやDTS:Xの大きな魅力でもあるチャンネル間のつながりの良さもしっかりと出て、前後左右のサラウンド空間もより緻密で広がり感のあるものになるので、7.1ch構成の再生環境がある人ならば、DTS Virtual:Xがあればそれで十分と思えるほどだ。

 厳密に6.2.4chでの再生と比べれば、特に高さ方向の音の密度感や移動感などに違いは生じるが、かなり近い印象のサラウンド感になる。DTS Virtual:X恐るべしと言える再現性で、AVアンプでもDTS Virtual:Xは大きな武器になると実感した。

 とはいえ、部屋の側面や後方に4本ものスピーカーを配置する7.1ch構成は、ハードルの高さでは5.1.2ch構成と変わらないだろう。部屋のスペースに余裕があり、家族からも文句も言われないようにセッティングできるならば7.1ch+DTS Virtual:X再生がおすすめだが、現実的に生活への影響が少ないスピーカー配置を考えると5.1chとなるだろう。

 そこで4.2ch再生も試してみた。ただサラウンドバックスピーカーを外しただけでは芸がないので、余った2chぶんのパワーアンプでフロントスピーカーをバイアンプ駆動とすることにした。これも、スピーカー設定の「アンプの割り当て」で変更で対応できる(もちろん、スピーカーケーブルのつなぎ換えも必要)。

「アンプの割り当て」で、「Bi-Amp」を選択。これは2ch再生や3.1.2chといった構成でも利用できる。たくさんあるアンプを有効に活用したい

 4.2ch+DTS Virtual:Xは、当然ながら真後ろの音がやや希薄になる感じはあるが、チャンネル感のつながりが良好なので包囲感は十分にある。しかも、フロントのスピーカーの鳴り方が一変し、芯の通った力強い鳴り方になるし、高域の細かな再現性もぐっと向上する。これによる前側の音場の充実の方が魅力は大きいと感じた。登場人物たちのセリフも力強くなるし、さまざまなモンスターの恐ろしい声も迫力十分だ。大型で鳴らしにくいスピーカーの場合、バイアンプ駆動はかなり効果があるのでぜひともお薦めしたい。

 使用している我が家のB&W Matrix801は、この価格のAVアンプだとフルボリューム近い音量でないと元気よく鳴らないし、実際鳴らしにくい。だが、バイアンプ駆動により鳴りっぷりの良さはかなり改善できる。現代のAVアンプは7chアンプ内蔵どころか、中高級機になれば9ch内蔵が一般的になりつつあり、ハイエンド級となる11chや13chと内蔵するアンプがどんどん増えている。そんなにアンプが増えても仕方がないと感じる人は少なくないだろう。だが、バイアンプ駆動を考えるとアンプは多いほどありがたかったりする。デノンのAVアンプでは、中高級機となるとアンプの割り当ての自由度が高く、11chアンプ内蔵のAVR-X6400Hでは5.1chの全チャンネルをバイアンプ駆動とするようなアサインも可能だ。AVR-X6400HもDTS Virtual:Xに対応しているので、ユーザーの方はぜひとも5.1chフル・バイアンプ駆動+DTS Virtual:Xと、5.1.4chまたは7.1.2chのリアルDolby AtmosやDTS:Xとの違いを試してみてほしい。

 ここまでの試聴の結果をまとめると、4.2.2chのDTS:Xを10点満点とするならば、6.2ch+DTS Virtual:Xは9点。2.2.2chのDTS:Xは8~7点という感じ。4.2ch(フロントバイアンプ)+DTS Virtual:Xは、組み合わせたスピーカーの影響が大きいが、フロントスピーカーをしっかり駆動できた音の充実度を考えると、9点以上の評価としたい(9.5点くらい)。

 合計で4通りのスピーカー構成を試してみた。住宅環境や組み合わせるスピーカーの数や大きさによって、誰もがすべてを試せるわけではないと思うが、DTS:X音声を本来のサラウンド環境で再生するにしても、これだけ対応の幅が広がるのは大きな魅力と言っていいだろう。天井スピーカーへの設置ができないことで、本格的なDTS:X再生ができないと諦めていた人にとって、DTS Virtual:Xは福音とも言える存在なのだ。

いよいよ本番。「ダンケルク」を5.1ch+DTS Virtual:Xで上映

 一通りの試聴が終わったが、良品の登場はこれからだ。今回の良品は「ダンケルク」。これまで、「インセプション」や「インターステラー」、バットマン3部作と、架空の世界や宇宙を題材とした作品が多かったクリストファー・ノーラン監督の最新作。IMAXカメラを積極的に使った撮影はこれまで通りで、しかもほとんどのシーンがIMAX撮影と思われる。

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 UHD BDやBDではIMAX撮影シーンは16:9で、その他のカメラを使ったシーンはシネスコサイズとなるのでおおよその区別がつくが、シネスコサイズとなるシーンは民間の遊覧船の内部でのシーンなどごくわずかしかない。全てのシーンでIMAXカメラが使えない理由は、IMAXカメラが巨大で狭い場所の撮影では使えないこと、IMAXフィルムも巨大なので被写界深度が極めて浅くなることなどが理由。被写界深度の浅さは、初期の頃は人の顔にフォーカスを合わせると、鼻の頭ですでにフォーカスが外れるほどだったが、専用のレンズの開発も進んだようで、このあたりの被写界深度の浅さは近作ではあまり気にならなくなっている(IMAXカメラでの撮影は他の監督も行なうことが増えているが、ノーラン監督は私物の専用レンズを気前よく貸し出しているとか)。

 このようにIMAX撮影には並々ならぬこだわりを持つ監督だが、ストイックなことに3D映画は作らないし、音声も5.1chが多い。本作はもちろんのこと、UHD BD化された近作も、音声は5.1chのまま。3D映像や立体音響は必要ないと考えているとしたら残念だ。

 だが、音そのものは強烈だ。史実に基づいたリアルな戦争映画とはいえ、救出作戦なので「ハクソー・リッジ」のように壮絶な殺し合いが描かれるわけではない。海岸で救助を待つ兵士たち、救助に向かう民間人、救援のために出撃した空軍パイロットたちの3つの視点で描かれる物語は、静かなシーンと爆撃や空中戦の激しい戦闘が織り交ぜられ、音圧的なダイナミックレンジが極めて広い。

 我が家の通常の環境では、普段よりも音量を下げないと、聴いている人も悲鳴を上げるレベルの音が出る。その凄まじい音には圧倒された。

 さておき、音声はDTS HD Master Audio5.1chということで、序盤の試聴で行なった5.1ch(フロントバイアンプ)構成にベストマッチする。この構成で上映し、DTS Virtual:Xの有り無しによる音響効果の違いを確認してみた。

 筆者はふだんは5.1chや7.1ch音声の作品は、DTSならばNeural:Xでアップミックスして6.2.4ch再生で聴いているので、これが基準のサラウンド感となる。

 まずは冒頭。イギリスとフランスからなる連合軍はドイツ軍に圧倒され、ダンケルクへの撤退を決めた。付近の町は無人で、空からは包囲されたことを知らせるチラシが撒かれている。5.1ch再生のままでも案外高さ感はあり、舞い散るチラシがたてるカサカサとした音もきちんと上の方から降ってきている感じがある。

 そこに突然銃撃が開始され、兵士たちは街の中を逃げ惑う。このあたりの街の中に銃撃音が激しく響く様子も空間の広がりも十分だ。ここにDTS Virtual:Xを加えると、空間の広がりが増し、特に前方の音場の奥行きが増す。高さ感については天井の抜けた感じがなくなって音の密度感が増し、頭の真上から音が出ている感じになる。

 DTS Virtual:Xは、ソースの5.1chを元に独自の立体的な音響効果を加えて再現するものだが、あからさまに残響感が増したような感じではなく、銃撃音や足音、逃げる兵士たちの荒い息づかいなど、個々の音の定位は明瞭なまま、空間感だけが立体的になる。

 だから、5.1chソースの再生では、思ったほどの違いはないと感じる。しかし、DTS Virtual:Xを外して5.1ch再生にも戻すと空間が萎んだような感じと天井方向の音が薄れて、逆に本来ある部屋の天井の感じがよくわかる。要するに空間感、その場にいる臨場感がリアルになるという感じだ。

 もともとAVR-X1400Hの音はデノンらしいナチュラルな質感でバランスのよいものになっているが、入門クラスのモデルということもあり、違和感のないレベルでメリハリを効かせたバランスになっている。DTS Virtual:Xではくっきりとした音の定位感がよくはっきりとしたものになっているとわかる。この定位の明瞭さがあることで、空間感が豊かになっても、音場が薄まったりぼやけた感じにならず、サラウンド感が豊かになったと感じるのだろう。

 海岸には膨大な数の兵士たちが行列を作って並んでいるが、救助のための船の姿は駆逐艦が一隻のみ。30~40万人にもおよぶ兵士を救うには明らかに足りない。本国では救援できる人員を3万人程度と見込んでいる始末だ。それはフランス降伏後にはイギリス本土も戦場になることを想定し、戦力の温存を考えているからだ。足りない艦艇は民間の船を徴用する目論見だ。

 そこに戦闘機の飛来音が遠くから響いてくる。ドイツの爆撃機による空襲だ。ここの音がもの凄い。飛来した爆撃機は海岸に爆弾を落としていくが、画面の奥から現れて頭上を抜けて戦闘機が飛び去った後、画面の奥から激しい爆発がこちらに迫るようにいくつも続く。戦闘機の飛び去る音も、DTS Virtual:Xのおかげでしっかりと頭上を移動していくが、遠くの爆発が次第に近くなってくる様子が、絵で見る以上の迫力で音で表現されていく。距離を感じさせる音の響きは減っていき、しかし絶対的な音圧とリアルな爆発音のディテイルがどんどんはっきりとしてくるのだ。身を隠す場所などない砂浜で多くの兵士は身を伏せて耳を塞ぐが、爆撃にさらされる恐さがよく伝わる。

 このあたりの迫力は、絶対的な音量感も含めて十分。力感のしっかりとした音はなかなかの出来だ。

 そんな状況で、ただ海岸で行列を作っているだけでは絶対に助からないと感じた主人公は、たまたま海岸で出会った無口な兵士とともに担架に乗せられた負傷兵をかついで走り出す。負傷兵の救出を装い、あわよくば自分たちも行列に並ぶことなく乗船しようと考えたわけだ。こうして主人公たちはなんとかして生きて本国へ戻るためのサバイバルを開始する。

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 飛来するドイツの爆撃機から帰還兵を助けるための英国の戦闘機はわずか3機。会敵したドイツ戦闘機と空戦を繰り広げながらダンケルクを目指す。この空戦の迫力も見事なもので、ビリビリと震える戦闘機内の様子や、爆音をたてるロールスロイス製のエンジン音、機関銃の銃撃をタイトで骨太な音で再現する。

 明瞭な定位を含めて、音は生々しい感触で、遠近感の再現が見事だ。自らが撃つ機関銃の音やエンジン音はガチっとした硬い感触で、敵の爆撃機が撃つ大口径の機関砲は適度な響きを伴いながらも、明らかに口径の大きな砲の威力を感じさせるエネルギー感がある。こうした音が空中で互いを追いかけるように鳴り響くわけだが、特に近い音と遠い音の響きの違いや、前後左右の定位感が実に明瞭で、ドッグファイトの迫力がよく伝わる。

 空中戦に関しては、DTS Virtual:Xで空間感を豊かにした方が臨場感が豊かになり、機体が旋回するときに傾く感じまで伝わってくるようだ。こうした空間感のAVR-X1400Hの再現は、まったく不満なし。

 場面は変わって、イギリスの港で出航の準備をする民間の遊覧船が描かれる。ある遊覧船の持ち主である親子は、長男を戦争で亡くしていることもあり、船の徴用に協力するだけでなく、自ら船を出して救助へと向かう。

 このあたりは静かな場面で、波も穏やかで実に平穏なムードだ。小さな遊覧船のエンジン音は、船内に入ると部屋中に響いていて天井で鳴っているような感じがある。これがDTS Virtual:Xがオフだとエンジン音が周囲に散ってしまい、エンジン自体が前にあるのか後ろにあるのかわかりにくい感じになる。実際のサウンドデザインは部屋全体に響いている感じが自然だと思うので、DTS Virtual:Xの方がよりリアルな雰囲気になっていると思われる。

 そしてふたたび、場面はダンケルクに戻る。本作はこのように、ダンケルクの海岸、そこに向かう遊覧船、同じく戦闘機の主に3つの場面を切り換えながら展開していく。

 主人公たちはどうにか駆逐艦に乗り込むことに成功するが、出港してすぐにドイツ潜水艦の雷撃を受ける。船内は浸水して閉じ込められた兵士たちがつぎつぎにおぼれていくが、主人公たちは間一髪で船から逃れ……。

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 この映画はすべての音がタイトで痛い音になっていて、魚雷が命中したときに艦の装甲が破壊される音も鉄板が引きちぎれるような嫌な音だし、沈没した艦のエンジンが爆発するときの音は海上では強烈な爆発だし、中高域が減衰しやすい海中では低音だけが異様な力強さを伴って襲いかかってくる。恐い音がたっぷりと詰まっているが、そうした音のエネルギー感やアタックの鋭さも明瞭に鳴らす。

 絶対的な音質や空間の密度感などは、上級クラスのアンプに比べて差を感じる部分もあるが、空間感をはじめとして映画としての音という点では思ったほどの差はない。AVアンプのラインアップもなかなか幅広いが、組み合わせるスピーカーの数やサイズ、再生時の音量にあわせて選べば、エントリークラスの製品でも十分な実力を有している。

 駆逐艦は何度か現れるが、そのたびに雷撃や爆撃であっさりと沈んでしまい、救出作戦は遅々として進まない。英国軍の戦闘機も1機また1機と落ちていく。緊迫感がピークに達するとき、ついに海上に無数の船舶が姿を現す。ここは見応え満点の場面だが、クライマックスまで、まだまだいくつもの危機が待っている。

 最後に、ノーラン監督の映画では欠かせないハンス・ジマーの音楽についても触れたい。緊迫感を高める場面で使われる音楽では弦楽器による太い音の旋律が不気味に響く。不協和音を重ねて不安を煽る手法も多用されている。そして、これまた深く低いベースのリズムが激しくなる心拍数を表現するかのようにテンポを換えながら鳴り渡る。

 こうした音楽は画面よりやや上に展開するイメージだが、DTS Virtual:X再生ではぐっと前に出るような感じになり、前後左右そして上方向に広がる音場と相まって奥行き感を増す。各楽器の音色もリアルで厚みのある再現で、なかなか聴き応えのある音だ。

 ハイレゾ音源などの音楽再生で、DTS Virtual Xを使うと、細かな音の描写や音像の実体感などで多少の質的な差を感じるが、音楽としての表現は良好。充実した低音に支えられ、中低音の厚みもしっかりと感じる音はデノンらしい良さがしっかりと出ている。これは、バイアンプ構成でフロントをしっかりと鳴らしている良さがあるだろう。

 ちなみに、5.1ch再生のままでDTS Neural:Xも選択できるが、Neural:Xはもともとトップスピーカーを接続した構成で立体的な音響を再現するアップミックスなので、5.1ch構成は大きな効果が得られない。DTS:X音声のソフトを5.1ch構成で再生したときの感じに違いが、高さはあるがドーム状の音場感とはなりにくい。5.1ch構成で使うならば、DTS Virtual:Xが効果的だ。

 そして、DTS Virtual:Xはあらゆるソースに対して有効というわけではなく、ドルビー系の音声では使用できない。Dolby Atmos採用のソフトも増えてきているのでこれは少々残念だが、この場合はプレーヤー側で音声をリニアPCM変換して出力すればいい。リニアPCM 5.1chまたは7.1ch音声ならばDTS Virtual:Xでの再生が可能だ。Dolby Atmos再生に比べればやや差はあるが、立体的な音響を楽しむことはできるので安心してほしい。

 AVR-X1400Hを使った印象としては、DTS Virtual:Xをフルに活かして5.1ch(バイアンプ)構成で使うのがもっとも効果が大きいと感じた。もちろん、スピーカー設置が可能ならば5.1.2ch構成の方がDolby AtmosやDTS:Xの再現性は良好だが、そうなると、9chアンプ内蔵のAVR-X4400H以上も魅力的に……とキリがない。

 DTS Virtual:Xのポテンシャルはかなり高く、5.1ch環境が精一杯という人でもかなり本格的な立体音響が楽しめる。Dolby AtmosやDTS:Xに興味はあるが、現実的にスピーカー設置を考えるとなかなか難しいと感じている人はぜひ試してみてほしい。

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鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。