鳥居一豊の「良作×良品」
第121回
さすがソニー、リアスピーカーが無線で繋がるAVアンプ「STR-AN1000」でシン・ウルトラマン
2023年5月8日 00:00
久しぶりのソニーAVアンプは手頃な価格で高機能
AVアンプは、Dolby Atmosなどの最新サラウンドを家庭で実現するには欠かせない機器だ。しかしDolby Atmosは部屋の後方だけでなく、天井にもスピーカーを配置する必要があるなど、ホームシアター実現のハードルを上げてしまった面もある。
一方でより手軽にDolby Atmosを楽しめるようにサウンドバーが進化し、また薄型テレビの内蔵スピーカーでDolby Atmosを実現できる製品も主流になってきた。わざわざAVアンプを手に入れる人は減り、残念ながらAVアンプの発売メーカーも減る傾向にある。
そんな今年、ソニーから久しぶりのAVアンプの新モデル「STR-AN1000」が発売された。Dolby Atmos対応で7.1chアンプ搭載。実売で約12万円という価格も本格的なサラウンドシステムに挑戦しようと思う人にも手の届く価格だ。
一番の特徴が独自の立体音響技術「360 Spatial Sound Mapping」の搭載。HT-A7000などのサウンドバーや、HT-A9などで搭載された技術で、設置されたスピーカーをベースとして理想的な配置の仮想スピーカーを生成し、より正確で臨場感豊かな立体空間の再現を可能にする技術だ。これに加えて、ワイヤレススピーカーやワイヤレスサブウーファーとの接続にも対応するなど、数々の新機能を備えたかなり意欲的なモデルとなっている。
HT-A9以来、「360 Spatial Sound Mapping」の空間再現の素晴らしさに感激していた筆者としても実に楽しみな製品だ。さっそくお借りして、自宅で試してみることにした。もちろん、ワイヤレススピーカーもお借りして、使い勝手やサラウンド再生の印象もレポートする。
見た目はあまり変わっていないが、機能は大幅強化
外観を見ると、前モデルとほとんど変わっていないが、すっきりとしたモダンなデザインで古くささは感じない。久しぶりに見てみると、今見てもカッコイイと思ってしまうくらいだ。手が届きやすい価格でもあるので、シャーシは一般的な鋼板製であるなど、見た目は普通。だが、思った以上にしっかりとした作りでなかなか剛性感がある。
ソニーも長年のAVアンプ作りの経験があり、シャーシの強化が音に効くのはよく分かっている。だから、底部はエンボス加工で強化して剛性を高め、また背面のバックパネルの取り付けも強化している。パワーアンプは従来と同じ「リニア広帯域アンプ」。基本的には従来モデルがベースだそうだが、特にグラウンド周りの強化、回路パターンの見直しによる信号経路の短縮や電源供給ラインの大型ジャンパーワイヤーの追加など、低インピーダンス化を図ったという。
大きく変わっているのは、デジタル系回路基板だ。従来は複数のDSPチップで行なっていた音声信号処理を1チップで処理する高性能なSoCを新搭載。最新機能を盛り込むと同時に、信号経路を大幅に短縮している。HDMI入力は6系統のうち2系統、そして2系統の出力が8K/60pと4K/120pに対応。最大8Kまでのアップスケール機能も備える。映像フォーマットでは、HDR10、HLG、Dolby Vision、IMAX Enhancedに対応する。
音声フォーマットでは、Dolby Atmos、dts:Xに対応。このほか、360 Reality Audioにも対応する。360 Reality Audioは、Amazon Music Unlimitedやnugs.netで配信している360 Reality Audioコンテンツを、スマホをアプリを使い、STR-AN1000にキャストして再生できる。現時点では本機だけが、Amazon Musicでの空間オーディオの再生をスマホ経由で本来のマルチチャンネル再生で楽しめるのだ。
【お詫びと訂正】記事初出時、“360 Reality AudioはHDMI入力で再生可能”と記載しておりましたが、HDMI入力での再生には対応していませんでした。お詫びして訂正します。(5月9日14時)
このほか、ネットワークオーディオ再生として、DSDは11.2MHz(5.1ch再生は5.6MHzまで)、PCMは192kHz/24bit(WAV:7.1ch、FLAC:5.1ch、AIFF:5.1ch対応)までのハイレゾ音源再生が可能。また、CD音源やMP3などの圧縮音源をアップスケール再生する「DSEE Ultimete」も備える(2チャンネル再生のみ)。サラウンド方式にしろ、音楽用デジタルフォーマットにしろ、すべてを網羅しているわけではないが、この価格帯の製品としては、最新のフォーマットへの対応度は十分以上と言っていいだろう。
パワーアンプは7chだが、サラウンド信号処理は最大9.1chまで。これは、自動音場補正機能によって、5.1.2chのスピーカーで仮想的にサラウンドバック(L/R)を生成する機能を持つため。つまり、最大で7.1.2chの再生が行なえる。このほか、センタースピーカーがテレビの下などの低い位置にある場合に仮想的にセンター音像の高さを持ち上げる「センタースピーカーリフトアップ」、フロント3チャンネルが天井埋め込み型スピーカーの場合に音像の高さを下げる「インシーリングスピーカーモード」など機能も豊富だ。
そして、対応するソニー製薄型テレビとの組み合わせで、テレビの内蔵スピーカーからセンタースピーカーの音を再生する「アコースティックセンターシンク」にも対応。このためのセンタースピーカー用出力も備える。
このようにほぼ一新されたデジタル系回路基板は、外装を取り外して内部を見ても、そのままでは基板がほとんど見えない。基板とほぼ同サイズの大型ヒートシンクが装着されているためだ。これは新搭載のSoCの発する熱量に対応するためだが、パワーアンプの放熱を含めて実動作時の熱的安定度を保つために大型化したという。
そして、これだけ大きくなったことを利用して、背面のバックパネルと強固に結合させ、剛性の強化にも貢献しているという。決してぜいたくにコストをかけることのできない価格帯だが、機構設計などの工夫でシャーシ剛性を高めるなど、なかなか手間のかかった作りになっている。
ハイエンドモデルに迫る高機能な自動音場補正機能「D.C.A.C. IX」
数々の新機能のハイライトになるのが、「D.C.A.C.(デジタル・シネマ・オート・キャリブレーション) IX」だ。従来からの機能はすべて継承し、各スピーカーの距離、音圧、周波数特性、位相特性の測定と31バンドのグラフィックイコライザーによる補正が行なえる。
さらに、付属の測定用スタンドを使った3次元測定に対応し、各スピーカーの位置や高さまで立体的に測定できる。測定用マイクも一般的なモノラルではなくステレオマイクだし、かなりの高機能な自動音場補正機能となっている。これはもちろん、360 Spatial Sound Mappingのためのものだ。
D.C.A.C. IXによる測定もなかなか手が込んでいて、初めてAVアンプを使うという人は驚くかもしれないくらい本格的だ。画面に現れるガイドを見ると、「巻き尺やレーザー距離計をご用意ください」という文言までしれっと表示されていて、初心者はびっくりするかもしれない。もちろん、普通のメジャーによる測定で問題ないので、手間はかかるがそれほど難しいものではないので安心してほしい。
初回に電源を入れたときには自動で「かんたん設定」が立ち上がり、スピーカーの接続や設定、自動音場補正、ネットワーク設定など一通り済ませることができる。ここでは主にスピーカー設定に絞って紹介する。スピーカー設定では、自動音場補正のほか、スピーカー構成の確認、マニュアルスピーカー設定、ワイヤレススピーカー設定などの項目がある。基本的にはマニュアルスピーカー設定と自動音場補正設定を行なえばいい。
今回の取材では、フロントスピーカーは試聴室に常設のB&W Matrix801 S3、サブウーファーは同じくイクリプスのTD725SWMK2。そして、一緒にお借りしたワイヤレスリアスピーカーの「SA-RS5」を使用している。つまり、ステレオ再生装置をすでに所有している人が、STR-AN1000とSA-RS5(実売8万8,000円)を導入して、おそらくは最も手軽に本格的な4.1.2ch構成のDolby Atmosを実現することを想定している。
まずはワイヤレススピーカー設定で、ワイヤレススピーカーの接続確認を行なう。基本的にはAVアンプ、ワイヤレススピーカーそれぞれの電源をオンにすれば、自動で相手を探して接続する。うまくいかない場合は「ワイヤレススピーカー設定」で手動接続を選んで画面に表示されるガイドの通りに接続する。接続が完了すると、接続されたスピーカーが画面にも表示される。
ここからがちょっとひと仕事だ。まずはスクリーン(テレビ画面)から視聴位置までの距離を入力する。これは巻き尺やレーザー距離計などを使って「実測」する。面倒ではあるがきちんと測定しよう。幸いセンチ単位の入力なので、レーザー距離計を使うまでもないと思う。
続いて視聴位置の高さ。床から耳の位置までの高さを測定する。慣れていない人はふたりで測定しよう。今度は床から天井までの高さ。なかなかしんどいががんばって測定しよう。そして最後がスクリーン(テレビ画面)の高さの測定。画面にガイドの点線が表示されるので、そこから床までの距離を測定する。これで実測は完了だ。
これらを測定する理由がわからないと、無意味かつ面倒な作業に感じるかもしれないが、360 Spatial Sound Mappingは、立体的な空間を再現する技術なので室内環境の広さやスクリーンとの距離や高さといった情報が必要になると理解しておこう。
ここからは付属のマイクとスタンドを使った測定。付属のスタンドを組み立てて画面の指示通りに測定する。このスタンドもなかなか凝った作りで、高さの測定のために天面と底面の両方にマイクを設置するスペースがあり、測定も2回行なうのだが、上側と下側でマイクを置く位置が90度ずれている。上側では視聴位置から見て左右に置いて測定し、下側では視聴位置から見て前後に置いて測定しているわけだ。
これにより、スピーカーの位置を前後左右、高さで把握しているということになる。ちなみに、各社のAVアンプもそれぞれに独自に工夫があるが、ステレオマイクで測定するのはソニーだけ。マルチ測定でも測定回数の違いはあるが、ここまで凝った測定をするものはほかにない。海外製のハイエンドAVアンプ、または最近話題のDirac Liveの専用マイクとプロ仕様の測定を行なうものは別格として、かなり本格的なものであることがわかる。
測定自体はかなり短時間で数十秒(接続したスピーカーの数によって変化する)を2回行なうだけ。画面の指示に従うだけで簡単だ。最初の実測で戸惑うが、丁寧に測ればよい話だし、決して素人には難しいというようなものではない。
測定が完了すると、スピーカー設定で測定した各スピーカーの距離などを確認できる。見た目に左右のスピーカーが等距離になっているように置いていても、測定すると数センチの誤差は出る。視聴位置に置くマイクの位置や向きが少しずれても誤差になるので、設置は慎重に行なおう。測定にあたって真剣勝負をするならば、測定値と実測値がほぼ一致するまで測定をやり直すといい。このあたりこだわる人はとことんやってみよう。
この理由は左右の距離が同一になるなど、実際の設置位置と測定位置が近似になるほど不要な補正も減るし、結果演算誤差も減るなど音質への効果も期待できるため。逆に言うと、あまり神経質にならなくてもいい。家具や部屋の環境でもともと左右のスピーカーの位置がずれている場合でもその距離差を補正して、理想的なスピーカー位置に再配置(スピーカーリロケーション)する機能があるからだ。
特に360 Spatial Sound Mappingでは、ソニーがAVアンプ設計時に音質検討をする試聴室のような、各スピーカーの位置がきちんと等距離に配置されているような場所でも全チャンネルで仮想スピーカーの生成をする仕組みなので、実際のスピーカーの位置についてあまり神経質にならなくてもいい。フロント、サラウンド、トップなど、左右でペアになるスピーカーの距離や高さが大幅にずれていなければ問題ないだろう。
これでスピーカー設定はほぼ終了。「かんたん設定」ではこの後にネットワーク設定などがあるが、それらを一通り済ませば準備完了だ。
ここで、ワイヤレススピーカーとして、ラインアップとしては上位にあるSA-RS5を選んだ理由を説明しよう。
このスピーカー自体、実はサラウンド用スピーカーとイネーブルドスピーカーが一体化した製品で、STR-AN1000でも2つのスピーカーとして認識する。つまり、ステレオ用スピーカーしかない環境に、STR-AN1000とSA-RS5を加えるだけで4.0.2chの再生環境が実現する。サブウーファーを追加する場合もワイヤレス用サブウーファーを追加するのが便利だ。スピーカーの数の増加を最小限に抑えながら、本格的なDolby Atmos対応のサラウンド環境が実現できるわけだ。
これは今までのAVアンプにはなかった利便性で、AVアンプによる本格的なサラウンド再生のハードルの高さを大幅に減らせる。SA-RS5も決して大きなスピーカーではないので、部屋の後方の棚の上などに置けばよく、しかもバッテリー内蔵だから常時通電する必要もない。画期的とも言っていい簡単さだ。
これらのワイヤレススピーカーは、実はHT-A7000/A5000/A3000のためのオプションで、技術的リソースを共有することで製品も共用しているというのも巧みなアイデアだ。
いきなり結論めいた話をしてしまうが、サウンドバーでは音質的に不満があるが、AVアンプは設置などがいろいろと大変という場合や、あるいはステレオ再生用の環境はそれなりに本格的なシステムがあり、そこに追加する形でサラウンドを構築する場合などに、最小クラスのコストと労力で4.1.2ch(仮想6.1.2ch)が実現できてしまうのだ。サウンドバーからのグレードアップという点でも実に魅力的だとわかる。
なお、STR-AN1000は7.1chアンプなので、トップスピーカーはともかく、フロントとサラウンドなど、5本のスピーカーがあるという場合、SA-RS5をトップ用イネーブルドスピーカーとして使うこともできる。信号処理が9.1chプロセッシングなのはこのためでもある。サラウンド環境はあるけれど5.1ch構成でDolby Atmos非対応という場合に、STR-AN1000とSA-RS5を追加して一気にトップスピーカーを含むDolby Atmos対応にグレードアップできるというわけだ。AVアンプの買い換えを検討中の人にも魅力的だ。
【お詫びと訂正】記事初出時、“SA-RS5はサラウンドバックスピーカー+トップ用イネーブルドスピーカーとして使える。”と記載しておりましたがサラウンドバックには設定できませんでした。お詫びして訂正します。(5月9日14時)
手頃な価格とは思えない実力!
機能はなかなか充実しているし、音場補正も驚くほど本格派。ホームシアターの障害となるサラウンドスピーカーやトップスピーカーの設置などの問題もある程度解消可能、となかなか素晴らしいAVアンプと思う。しかし、肝心なのは音である。果たしてどのくらいの実力なのだろうか。
ホーム画面を選択すると、シンプルでわかりやすい操作画面が表示され、設定をはじめ、ソース選択などが行なえる。「映像をみる」を選べば映像系ソースが選択でき、「音楽をきく」を選べば音楽系ソースが選択できる。「映像をみる」を見てみるとHDMI入力の番号で「BD/DVD」とか「GAME」となっており、背面のHDMI入力の表示も同様、これらも好みに応じてカスタム設定で入れ替えることが可能。
「音楽をきく」には、HDMI入力の「SA-CD/CD」(SA-CDマルチの再生のためと思われる)をはじめ、Bluetooth、チューナー、USBなどがある。ネット機能としては、Spotify connect、Chromecast buit-in、AirPlay 2に対応。Roon Testedにも対応する。このほか、Google系のスマートスピーカーと連携する「works with Google Home」、Sonosのホームサウンドシステムに連携する「works with SONOS」もサポートする。
「サウンドエフェクト」では、サウンドフィールドやイコライザー設定、360 Spatial Sound Mappingなどの切替が可能。なお、これらはリモコンで直接切り替えることも可能。360 Spatial Sound Mappingやイコライザー設定などがオフになる「ピュアダイレクト」もある。ここで主に使う設定にしておけば便利だ。
まずは音楽を聴いてみた。USBメモリーを使ったハイレゾ音源を再生。「ピュアダイレクト」で聴いている。まず驚くのが、音場の広さと自然なステージ感だ。おおげさではなく360 Spatial Sound Mappingがオンになっているのかと勘違いするレベル。
聞き慣れた「チャイコフスキー/交響曲第6番」などを聴くと、繊細で情報量の豊かな再現で、ホールの響きなども豊かに再現する。個々の音の粒立ちもよく鮮明。それでいて奥にいる打楽器はきちんと奥にいることがわかる。やや響きの豊かな鳴り方で、奥行き感のある再現だ。もともとソニーのAVアンプはステレオ再生でも空間表現に優れていたが、それがさらに洗練された印象である。
アンプとしてのパワー感もなかなかのもので、最低音域の付近ではさすがに底力が足りないと感じるが、それは常用しているモノラルパワーアンプ(ベンチマーク AHB2)と比べての話。Matrix801 S3を実用上は不満のないレベルで鳴らしている。そのため、中高域は繊細だが非力とか華奢な印象はなく、オーケストラのスケール感も出る。
ジャズ映画「BLUEGIANT」のサントラから「N.E.W.」を聴くと、テナーサックスは溌剌とした音で鳴るし、管楽器特有の音色の質感、思い切り息を吹き込んでいる感触などもよくわかる。ピアノの低音パートの重みのある響きもきちんと出ている。繊細な中高域は響きの余韻や空間の響きなどもきちんと再現し、なかなかに臨場感のある音だ。
最近のAVアンプの傾向として、あるいは人気のあるアクション映画の音の傾向として、重厚な低音が支える分厚いサウンドがひとつの主流になっていると思うが、STR-AN1000は繊細でしなやかさが印象的な音。それでいて非力とは感じないのだから立派なものだ。ステレオ再生でも実売12万円のアンプとしては十分満足できる。
では、いよいよ本題のサラウンド再生だ。「シン・ウルトラマン」は初回限定版ではドルビービジョン、Dolby Atmos収録で、音楽はもちろん、禍威獣の咆吼や足音の力強さ、ウルトラマンの光波熱線など情報量豊かで迫力のある音を楽しめる。オープニングのスピード感たっぷりの展開も音楽がキビキビと鳴ってスリリングだ。
360 Spatial Sound Mappingの空間再現は見事なもので、ニセウルトラマン編での夜の都市部を舞台にした空中戦も移動感や高さ感がしっかりと感じられるし、なによりもザラブが出現した室内や車内の狭さやそこに外星人特有の不思議な効果音が鳴っている感じも特撮映画らしいケレン味がよく伝わる。
空間の広さについては、常用のシステムでサラウンド再生したときよりも空間の広がりは大きいと感じるほど。それでいて、ただ広いのではなく、狭い場所の感じなどもきちんと描き分ける。ダイアローグなど画面に見えているものが発する音が画面と一致しているのも没入感を高めてくれる。わざわざスクリーンまでの距離や高さを実測した成果はきちんとある。
空間の描写はとてもうまく、サラウンド感としてはリアの低音感はさすがに物足りないと感じる程度だ。これは小型のワイヤレススピーカーなので仕方がないところ。逆にイネーブルドスピーカーは、リア側から天井に向けて放射されるが、きちんと前方の高さ感も再現できているし、むしろイネーブルドスピーカーは前側より後ろ側に置く方がいいのでは、と感じるほどだ。
360 Spatial Sound Mappingをオフにして、細かく聴き比べていくと、登場人物のセリフのような中央にしっかりと定位する音はあまり影響はないが、足音や後方の話し声、さまざまな効果音の定位はごくわずかだが甘くなる。これは、360 Spatial Sound Mappingが仮想スピーカーを生成してサラウンド空間を再現するため、言わばすべてのチャンネルがファントム定位になっているイメージだ。
だから、スピーカーに音が貼り付くような感じはまったくないし、スピーカーがない場所から音が出ている感じの生々しさは驚くべきものがある。その反面、360 Spatial Sound Mappingオフだと、音像定位に関してはもっと明瞭に定位する感じになる。ただし空間はしぼむし、スピーカー間のつながりも少々悪くなり、スピーカーとスピーカーの間の音が抜けた感じもある。実体感にこだわる人だとオフがいいと感じるかもしれないが、空間感を含めてトータルで評価するとオンを選ぶのがおすすめだ。
よく聴き比べてわかるレベルの違いだが、もともと中高域は繊細な再現でガツンとした厚みのある音ではないこともあり、アクション映画で分厚い音像定位を求めると物足りなさもある。だが、空間再現の見事さがそれらの不足を帳消しにしてしまう。
「シン・ウルトラマン」でも、作戦の指揮をとる禍特対の面々の会話、メフィラスと浅草の居酒屋でウルトラマンと話し合う場面など、生活音や環境音などのその場の雰囲気の再現をはじめ、実に精密な再現だ。やや線は細いが決して非力な音ではないから迫力不足にはならず、リアルなSF作品としてのシリアスさがよく伝わる。ウルトラマンなんていう荒唐無稽な存在と地球人との出会い、助けられるだけでなく協力して立ち向かうドラマをリアルに楽しめる音だ。
サウンドバーからグレードアップ、あるいは最小単位の身近なシステムとしてはその実力はかなりのもの。この時点でサウンドバーとは次元の違う音だ。もちろん、スピーカーがそれなりの大型スピーカーだから当然だが、それを十分に鳴らしているのだからアンプとしては立派なもの。本格的なステレオ再生システムを活かしてサラウンド再生を追加するという点でも最初の一歩としては十分満足できる音だ。
リアル4.1.2ch再生でAVアンプ本来の実力を試す
では、フロント、サラウンド、トップ、サブウーファーのすべてを有線接続のスピーカーで鳴らすリアル4.1.2ch再生も試してみよう。スピーカーは常設のもので、リアはフロントと同じB&W Matrix S3、トップスピーカーはイクリプスのTD508MK3の前側2本を接続した。
こちらもかなり良い。実現にはハードルが高いが、後方のスピーカーを前方のスピーカーと同じ大型スピーカーにすると、空間の再現というか、空間そのもののリアリティが大きく変わる。先ほどのワイヤレススピーカーでの再生が、「その場の雰囲気が伝わる」だとすれば、それが「その場に居るような感覚」にまで変わる。
筆者はこういう特撮映画やSF映画が大好きで、ネタをバラせばほとんどの場面がグリーンバックのスタジオ撮影だと知っているからこそ、「その場に居るような感覚」にこだわる。そのためにサラウンド再生にこだわっていると言ってもいい。だから、低音の迫力や実体感のある音も求めるが、それ以上にリアルな空間、空気感の再現を重視する。STR-AN1000ではそれがある。
6本を実スピーカーを接続して結構な音量(ボリューム最大値73で45~55)で鳴らしているので、さすがに格闘シーンでの迫力ではパワー不足を感じることもあるし、音の厚みなどに物足りなさもあるが、その比較対象がヤマハのセパレートAVアンプ(CX-A5200、MX-A5200)なのだから大健闘だろう。空間の広さではやや上回るほどだし、シームレスな空間感、チャンネルの繋がりなども同等。絶対的なパワー以外では勝ちはしないが十分に良い勝負をしている。
外部パワーアンプを使えば、つまりAVプリアンプとして使えば、相当なポテンシャルがあるはず。しかし、STR-AN1000にはプリアウト出力はサブウーファー用のみしか備えていない。センターチャンネル出力はソニーの対応したテレビ専用で汎用性はない。この価格でこの機能と音は出来すぎだと思ったが、こういうところでコストを節約していたか! ここは唯一といっていい残念ポイント。内蔵するパワーアンプは同じ7chでいいから、9chぶんのプリアウト出力を備えた上級機が出ないかな……。それこそ、13~16chプロセッシングのAVプリアンプが出て欲しい。そう思ってしまう。事実、ソニーの開発陣にはその要望は伝えてある。
現実的なところでは、実スピーカーとして5.1ch分用意して、トップスピーカーとしてSA-RS5、サブウーファーとしてSA-SW5を組み合わせるのが、STR-AN1000としてもっともパフォーマンスが高い構成になると思われる。予算もそれなりに大きくなるが、一気にやる必要はない。まずは現有のステレオ再生用のアンプと入れ替える形で導入して、次にワイヤレススピーカーとサブウーファー、そしてサラウンド用のスピーカーとグレードアップしていけばいい。
そういう意味でリアル7.1.2chまで発展可能で、伸びしろも十分。使い勝手に優れるワイヤレススピーカー対応というのも利便性を考えると今後は主流になるとさえ思う。今やDolby Atmosの後の新しいサラウンド規格も当分は出てこないだろうし、映像規格にしても8K以上を求める人があまりいないことがわかっている今ならほんの数年で買い換えるような事態も発生しにくい。そう考えると相当にコストパフォーマンスが高いモデルだとわかる。
AVアンプのスタイルを一新しかねない斬新さ。そして高級機に肩を並べる空間再現は大きな魅力。
いよいよAVアンプからも撤退かと思っていたソニーから、まさかこんな素晴らしい製品が出てくるとは正直思っていなかった。スピーカーの追加をワイヤレススピーカーで行なうというアイデアはかなり魅力的で、AVアンプの筐体にぎっしりとアンプを詰め込むという問題の解決にもつながる。新しいスタイルのAVアンプが登場するきっかけになると思う。
AVアンプを使った本格的なホームシアターはどんどんハードルが高くなって、長年のマニアしかついていけないことになりかけているが、手の届く価格帯でここまでユニークなモデルを出したことは拍手喝采だし、さすがはソニーと言いたくなる。Dolby Atmos対応の薄型テレビの内蔵スピーカーに物足りなさを感じた人、サウンドバーでは音質的に満足できない人、そんな人たちがSTR−AN1000を知れば、きっとAVアンプに興味を示してくれるに違いない。