鳥居一豊の「良作×良品」

第120回

ヤマハの本気を感じるヘッドフォン「YH-5000SE」で「BLUE GIANT」の熱気を聴く

「YH-5000SE」は、ヤマハとしては久々の本格的なヘッドフォンだ。49万5,000円という価格からして気軽に手を出せるモデルではないが、1970年代に実用化していた「オルソダイナミックドライバー」を復活させたことをはじめ、ヤマハの本気を感じる製品に仕上がっている。

YH-5000SEを付属のヘッドフォンスタンドに置いて撮影。なかなかにゴツいフォルムだ

平面磁界型ドライバー「オルソダイナミックドライバー」とは

簡単にYH-5000SEが採用する「オルソダイナミックドライバー」について紹介しよう。一般的なダイナミック型ドライバーがコーン型の振動板を採用するのに対し、極薄の平面振動板を採用していることが一番の違い。平面振動板に同心円状にボイスコイルが一体化されていて、磁石が振動板を挟むように配置される。コーン型だと中央付近のすり鉢の底の方に装着されたボイスコイル部分が動いて振動板を動かすのに対し、オルソダイナミックドライバーは平面振動板全体が動くため、歪みの発生がないなど音質的にはメリットの多い方式とされる。

同じ平面型では静電型と呼ばれる方式もある。こちらは静電気の力で振動板を保持するため、専用の電源またはアンプが必要になるが、オルソダイナミックドライバーは駆動としてはダイナミック型と変わらないので、一般的なダイナミック型ヘッドフォンと同様に扱うことができる。

デメリットは量産が困難でコストも高く、製品化しづらいこと。1970年代にヤマハをはじめいくつかのメーカーが平面磁界型ドライバーに挑戦したが、製品として発売できたのはヤマハ「HP-1」などあまり多くはない。それが時代を経て現代になると製造技術の向上などもあり、音質的なメリットの大きい平面磁界型ドライバーが再び注目を集めるようになった。ヤマハとしてもそんな時代の流れもあって、オルソダイナミックドライバーの復活に挑戦したのだろう。

当然ながら、1970年代のオルソダイナミックドライバーをそのまま復刻するのではなく、振動板素材はもちろん、ボイスコイルの配置パターンを含めてすべて再設計。独自のコイルパターニングと微細なコルゲーションを施すなど、まったく新しいオルソダイナミックドライバーを完成させたのだ。

YH-5000SEが採用するオルソダイナミックドライバーの振動板

見た目はゴツいが、かなり軽量。装着感も軽快

さっそく実物を見てみよう。お借りした取材機を開梱してみると、見た目通りのゴツい印象は変わらないが、持ってみるとかなり軽い。重量は約320gでこうした大柄なオーバーヘッド型モデルとしてはかなり軽量な部類だ。見た目の印象もあり、初めて持ち上げるときはちょっと驚く。ハウジングを含めて、ボディ素材にはマグネシウム合金が採用され、軽量化と剛性の確保を両立している。軽いけれどもヘナヘナで不安のある感じではなく、可動部分以外は曲がりもしない剛性の高さと軽さに驚く。

見た目はゴツいが、かなり軽量

立体縫製でフィット感を高めたヘッドパッドは、無段階のスライダーで調整が可能。こちらの動きも簡単にはずれないしっかりとした重みを感じさせつつ、滑らかに動く。ヘッドパッドの位置を調整して装着すると、さらにその軽さに驚いた。フィット感が良好で、ヘッドフォンの重さをほとんど感じない。実際取材で数時間装着したまま音楽を聴いていたが、頭が重く感じたり、肩が凝るような疲労感は感じなかった。

スライダーはステップレス
ヘッドパッド部分

側圧は弱めと感じるくらいで、圧迫感とは無縁。フィット感が良く、自然にホールドされるのですぐにずれてしまうような不安感もなく確実でしかも快適な装着感だ。もちろん、強く頭を振るとさすがに少しずれてしまうし、屋外で歩きながら使えるほどホールド性は強くない。スポーツしながらの使用は論外。音が外に漏れる開放型ということもあり、屋内で静止した状態で使うことを前提としている。

気になるハウジング部のディテールをよくよく見てみると、ハウジングはほとんどが開口部で、振動板を固定し十分な容積を確保するための骨組みのようだ。そのためゴツいイメージにはなるが、マグネシウムの質感を活かした梨地の仕上げやハウジングの中心にある音叉マークが拡大しているように見える意匠など、特徴的なデザインになっている。

ハウジング部分を撮影。同心円を組み合わせたデザインと精度の高い作りがよくわかる。中央の円形部分の開口部からはオルソダイナミックドライバーが透けて見える

そして、また驚くのがハウジングの裏側だ。着脱可能なイヤーパッドを外すと、「中に誰もいませんよ」と思うくらいのがらんどうの空間しかない。振動板はどこ? と思ってしまうが、中央の円形部分にあるのがカバーで保護されたドライバーのある部分。振動板の口径は50mm。振動板自体が極薄な平面ドライバーなのでほとんど薄い円形の板にしか見えない。

ハウジングの開口部にあるカバーは、単なる埃の混入防止ではなく、ハウジング内の圧力を最適に維持するために開発された圧延平畳織のステレンレスフィルター。ドライバーを高精度に設計するだけでなく、振動板から出た音のレスポンスを適切にコントロールするための設計だという。見た目の美しさだけでなく、ハウジング形状までオルソダイナミックドライバーに適したものとなっているのだ。

一般的なヘッドフォンをよく知る人ほど、ハウジングのモックアップ(試作模型)かと思いかねないハウジングの内側。中央の円形部分にオルソダイナミックドライバーがあり、両側の銀の部分がステンレスフィルター

イヤーパッドが2種類付属しているのも、YH-5000SEの豪華な装備のひとつ。シープスキン(羊革)採用のレザータイプと、東レ製の合成繊維「Ultrasuade」を採用したスエードタイプを用意する。これによって音も変化するというから、試聴が楽しみなところだ。

付属する2種類のイヤーパッド。左がスエードタイプで、右が肌に触れる部分が羊革で、パンチング処理された側面部分は合成皮革の組み合わせ。前後で厚みが異なる形状にも注目

接続用のケーブルは、2種類が付属する。ステレオ標準ジャック/3.5mmステレオミニと、4.4mmバランス接続のものだ。線材はどちらも銀コートOFC材だ。それぞれの信号を並列に配置せず、互いの干渉を減らす編み込み式となっている。編み込み式は最近の高級ケーブルでもさかんに採用されているもの。長さはどちらも同じでおそらく2m。なお、この他に別売のオプションとして、XLRコネクターのバランスケーブルも用意されている。

付属の接続ケーブル。左側が4.4mmのもので、右がステレオ標準ジャック/3.5mmステレオミニのもの。線材などは同じだ

そして、なんとヘッドフォンスタンドも付属している。高価格なヘッドフォンなので、使わないときはヘッドフォンスタンドに置いておく人もいるだろうが、専用に付属しているのはありがたい。しっかりとした作りの金属製でケーブルを束ねておけるハンガーもあるのが使いやすい。高級ヘッドフォンの装備が充実しているのは珍しいことではないが、ヘッドフォンスタンドが付属するのはなかなかユニークだ。

付属のスタンド。金属製で見た目も作りもしっかりしている。ネジ止めが必要だが、専用の六角レンチも用意されている

最後は梱包と収納ケース。キャリングケースではなく紙製の収納箱になっている。大柄に見えるのは、一番下にヘッドフォンスタンド、中箱がイヤーパッドとケーブル、一番上がヘッドフォン本体とケーブルという感じで、重箱のように重ねて収納する作り。クッション材を質感のよいファブリックをかぶせているのは高級モデルの定番。

そのうえ、このケースは包装用の織物風の紙に包まれ、さらに緩衝材を兼ねたダンボールに包まれて、外箱に入っている。発泡スチロールやプラスティック素材を削減しつつ、高級感や開梱時のワクワクを演出する梱包は各社ともさまざまな工夫をしているが、この手間のかかった作りはなかなかにワクワク感と驚きがあり、開梱が楽しかった。

重箱のように箱を重ねていく構造のケース。このあたりの作りも高級ヘッドフォンの見物のひとつ

ジャズに打ち込む若者の姿を描いた「BLUE GIANT」サントラを聴く。青く燃える炎を感じられるか

今回聴いたのは、「上原ひろみ/BLUE GIANT オリジナルサウンドトラック」。世界一のジャズプレーヤーを目指して上京した主人公とトリオを組む若者を中心に描いたコミックが原作で、アニメ化された劇場公開作では第1部にあたるジャズバンド・JASSの物語をまとめている。

ストーリーもいいし、映像と音だけでは伝わりにくいプレーヤーの情熱や音楽のイメージを大胆な演出で伝えようとするなど、アニメ作品の方もかなり熱の入った作品。音の良さでも評価が高く、けっしてメジャーな作品ではないにも関わらずドルビーシネマでも上映。その音に多くの人が痺れた。

2月17(金)公開|映画『BLUE GIANT』予告編

肝心の音楽は、世界を舞台に活躍するジャズ・ピアニストの上原ひろみが音楽を担当。劇伴を含めた曲の作曲とピアノ演奏も自ら行なっている。当然のように映画館で見てすぐにサントラ盤を購入したが、サウンドトラックとは思えないガチのジャズ・アルバムに仕上がっている。

ピアノの音が象徴的だが、サントラやイージーリスニングに分類されるピアノの録音がピアノ線をハンマーが叩いて出てくる音だけを録音した「きれいな音」であるのに対し、ジャズなどの録音では、鍵盤を叩くときに爪が当たる音とか、ペダルを踏んだ勢いで床が鳴る音、グランドピアノのフレームの反響音、興に乗ったプレイヤーの声や鼻歌など、演奏本来の意味ではノイズに分類されるような音まで収録して、そのプレイの熱気や勢いを録音したものが少なくない。

このサントラ盤はさすがにそこまで汗臭い録音にはなっていないが、それでもかなり音が生々しい。録音に参加したメンバーは上原ひろみと関係が深いジャズ・プレイヤーが多数参加し、主人公たちのトリオのドラムスとテナーサックスはオーディションで決めたとか。ジャズが主役と言える作品だけに、音楽の制作もなかなか気合いが入っている。

だから、主人公たちのトリオが演奏するオリジナル曲は、彼らが「ジャンルとかスタイルはどうでもいい。これがジャズだ」というような、スタンダードのようでいてバップのようでいて、現代的でもあるド級の「ド」がつくジャズに仕上がっていて、初心者にもガツンとジャズが伝わる曲になっている。ジャズ入門としても最適だし、曲も演奏も素晴らしいので、最近はこればかり聴いている。

試聴では、ハイレゾ版(48kHz/24bit FLAC)を使用。ネットワークプレーヤーはBLUESOUNDの「NODE2i」、DACはCHORDのHugo2、ヘッドフォンアンプはBenchmarkのHPA4を使った。このほか、4.4mmバランス接続での試聴に、ソニーのNW-WM1AM2も使用した。

まず最初は、イヤーパッドにレザータイプ、接続は標準ジャックによるアンバランス接続で試聴した。クラシックなどを含めていろいろな曲を聴いてみたが、簡単にまとめてしまうと、ダイナミックで鮮烈、キレ味の鋭さが大きな魅力と感じた。情報量が豊かで高解像度な音という現代的な音という点でも極めて優秀だが、それ以上に出音の勢いの良さ、リズムを刻むスピードの速さ、ダイナミックなエネルギーが印象的だ。

きめ細やかな音の再現や楽器の音の質感も優れるし、開放型特有の頭の外にまで音が広がるように感じる音場の広さ、奥行きの立体感も見事だ。このあたりは平面型振動板を使った高級ヘッドフォンにも通じる良さで、価格を考えてもそうした良さがきちんと味わえるのは当然のこと。

平面型振動板を使った製品は、きめ細やかさや解像感の高さのためもあり、上質で美しい反面、繊細でちょっと弱々しいという傾向もある。その点でYH-5000SEはかなり個性的で、ガツンとくるようなアタックの力強さと重量感、音像の厚みと彫りの深さ、エネルギーたっぷりのダイナミックなパワー感が味わえることが大きな魅力。

念のため書き添えておくが、どれもこれもパワー一辺倒の鳴り方をするわけではなく、室内楽などを聴けば実に繊細にきめの細かい音が鳴る、それでいて個々の音に芯の通った力強さがある。原音に忠実という点でも申し分ないが、それ以上に生音に忠実という印象を持つ音だ。

聴く前には、熱気たっぷりのジャズであり、しかも若さも青さも情熱も燃え上がったプレイがお上品になってしまわないかと気にもなったが、その不安はまったくない。

というわけで、象徴的な主人公トリオによる「N.E.W」を聴いてみよう。劇中でも本番の直前で観衆の度肝をぬきたい、若い子が未熟なジャズをがんばって演奏しますという先入観をぶちこわそうとして、あえて1曲目に持ってくる曲だ。

最初のテナーサックスのソロから音が吹き上がる。まさにガツンと来るインパクトのある音。テナーサックスの金管楽器特有の共振音、思い切り楽器に息を吹き込んでいる音のエネルギー感、なにより出音の勢いが作品の印象そのままに伝わってくる。そこにピアノが力強く加わり、ドラムスが堅実で飾り気こそないが、力強く正確なリズムを刻んでいく(ドラムスのプレイがシンプルなのは本編を見るとわかる)。

まさに、この感じだよ。ジャズはこうでないと、ジャズは音像だよ(異論は認める)。そういう気持ちになって一気に盛り上がる。上原ひろみらしからぬ、知的でリリカルなピアノも作中のプレイヤーを模したものとわかる。ステージの空気感、3つの楽器の立体的な配置、それらをきちんと描きながら、個々の音像がケンカするかのように前に出てくる迫力がある。この音はなかなか凄いものがある。

今度は、「WE WILL」で3.5mmアンバランス接続と4.4mmバランス接続の違いを試してみた。プレーヤーはNW-WM1AM2だ(ハイゲイン設定でボリュームは100/120)。再生機器の違いを差し引けば、3.5mmアンバランス接続でもガツンとくる音像の厚みとエネルギー感はしっかりと出るし、細かな音の再現や音色の質感、ステージでの演奏を彷彿とさせる音場感もきちんと再現される。

ちなみに、YH-5000SEの仕様を確認するとインピーダンスは34Ωで、感度は98dB/mW。一般的なヘッドフォンと比べても極端に能率が低いというわけではない。携帯プレーヤーでも十分に鳴るが、持ち味であるエネルギー感を濃厚に味わうならば、据え置き型のヘッドフォンアンプの方が持ち味であるダイナミックなエネルギー感を存分に味わえる。

AVアンプのヘッドフォン出力なども試したが、思った以上にアンプの音の違いが出てくるストレートな鳴り方をするので、ヘッドフォンアンプを吟味するのもユーザーの楽しみになるはずだ。

話をNW-WM1AM2での試聴に戻すが、据え置き型と比べると携帯プレーヤーは底力では差があるなと感じたのは仕方がない。

だが、これを4.4mmバランス接続に変えると、やや物足りなかったエネルギー感がしっかりと出る。テナーサックスの吹き上がりのエネルギー感は音量が上がったかのようだし、出音の勢いとスピード感、キレ味も増す。音像に厚みがあってボディ感がしっかりとしているので刺さるような尖り方はしないが、キレ味としてはかなりの鋭さだ。各楽器の音の分離というかセパレーションも良くなっているが、それ以上に音像のボディ感というか実体感が増す。

「WE WILL」という曲の詳しい紹介はネタバレになるので簡単に書くが、テナーサックスとドラムスのデュオという編成だ。テナーサックスはただの情熱を超えてさまざまな想いが詰まった感情を迸らせるが、これまで堅実にリズムを刻んでいたドラムスのソロが圧巻だ。こちらもこれまでの思いの丈をそんぶんにドラムに叩きつけ、ベースドラムはズシンと鳴るし、スネアの連打にも痺れる。

シンバルなんて自分も同じように右手を高々と振り上げて叩きつけたくなる。映画館で筆者が泣いたのはここだ。そんな熱気と力感たっぷりのテナーサックスとドラムスの力強さと勢いが存分に伝わる。久しぶりにバランス接続って凄いなと実感した。ヘッドフォンアンプの音をストレートに出すという話はちょっと前にもしたが、バランス接続の音質的な優位性もきちんと出てくるストレートな音ということもYH-5000SEの魅力だろう。残念ながら別売のXLRバランスケーブルはお借りしなかったので試せなかったが、ベンチマークのHPA4でバランス接続で聴くとどんな音になるかと想像するだけでワクワクが止まらない。

さて、最後はNW-WM1AM2の4.4mmバランス接続のまま、「BLUE GIANT」を聴く。曲はこれまでとは違って、バラード調でちょっと聴くと落ち着いた演奏でもある。だが、作品タイトルそのまま曲である、そんなはずがない。詳しい説明は映画の中で語られているので省略するが、秘めた熱気と情熱の高まり、その高揚感が素晴らしい。もちろん、4.4mmバランス接続では不満なく鳴ってくれるし、この鋭さとキレ味の良さは落ち着いた曲調のものでも病みつきになる魅力があるなと感じる。

その一方で、聴き疲れするというほどでもないが、音楽と真っ正面から向き合うような聴き方を強いられる厳しい音に戸惑う人もいると感じた。少なくとも1日の疲れを癒すリラックスタイムに好んで聴くものではない。

という前振りの後で、「BLUE GIANT」でイヤーパッドの変更を試す。今までの試聴ではレザータイプで聴いていて、個人的にもこちらが標準と思っている。スエードタイプは装着したときの感触もしっとりとしている。レザータイプもサラっとした感触が心地よいが、筆者のような汗っかきだと長時間装着したときの濡れた感じは少し気になる。スエードタイプはその点でも着け心地がよい。

そして、確かに音が変化する。音の感触が優しくなるのだ。出音の勢いやスピードは変わらないが、アタックの鋭さが少し柔らかくなる。エネルギー感や情感はしっかりと伝わるが、その伝え方が優しいというか好みが分かれそうに感じた厳しさや鋭さがマイルドになる。曲調としても「BLUE GIANT」のようなスローなバラード調によく合うし、これならばリラックスして音楽を聴きたい人にちょうどいい。もちろん、終盤での高揚感も心地良い感触のまま存分に味わえる。

イヤーパッドの材質で音が変わるという話は実はよく聴くが、このようにユーザーの好みや、気分に合わせて使い分けができるように、音質や装着感まで調整して2種類用意するというのはなかなか例がない。これは目立たない部分ではあるがユーザーにとってはかなりうれしいポイントだと思う。

ガツンとくるジャズ以外ではどうなるか。映画は?

YH-5000SEで聴く「上原ひろみ/BLUE GIANT O.S.T.」は相性抜群と言える良い演奏を楽しめたが、YH-5000SEがジャズ向きの音と思われるのは誤解になるので、それ以外のジャンルの曲のインプレッションも追加しておこう。

アニメソングのダイナミックレンジの圧縮が強めで、凝縮感というよりごちゃついた感じになりやすい傾向の楽曲は実はなかなか楽しい。情報量というか音の粒立ちが良く、音像がしっかりと立つので、ごちゃついた感じにならない。エネルギー感というかダイナミックな表現が得意なので、平均音圧の高いダイナミックな変化に乏しくなりがちな録音もそのわずかなダイナミックさをきちんと拾いあげてくれるので聴き応えもある。

アニソンに限らずヴォーカル曲もいい。音像がしっかりとしているので声の実体感がリアルだし、強弱のニュアンスが豊かで表現力にとても優れる。ソースや使用した機器の反応がよいストレートな音なので、特段歪みが少ないとか、高域が瑞々しいというような、ヘッドフォンの音色の個性のような聴こえ方はしないが、聴き疲れするノイズ感や歪み感のような嫌な音はしないようで、知らず知らずのうちに音圧が上がってしまう。そして、過剰なレベルの音量でもうるさいと感じない。

これに気を良くして、この音はぜったいに映画に合うはずだと思い、AVアンプのヘッドフォン出力につなぎ替え、「トップガン マーヴェリック」や「TENET テネット」、「DUNE/デューン 砂の惑星」などを爆音で聴いた。

基本的には素晴らしい音なのだが、音量を上げすぎると、爆音などの箇所でバチバチと異音が鳴ったので音量をふだんより10dBほど下げた。音量を下げれば問題ないし、多少バチバチいうくらいですぐに壊れはしないが、いずれは壊れるし、不快な音でもあるので映画を過剰な大音量で聴くのはやめた方がいい。このあたり、音楽再生ではまったく感じなかったので、基本的に心配することはない。

この理由は、平面磁界型ドライバーが振動板の幅自体はごくわずかだということ(だからドライバー自体も薄い)。一般的なコーン型振動板のドライバーのように大きな振幅ができるわけではないので、極端な大音量とか、振幅を必要とする重低音が鳴り続けるような映画の音は苦手ということだ。あくまで音楽用のヘッドフォンなのでここは無理な使い方はやめた方がいい。

ただ、音圧を下げて聴いて不満を感じないようならば、音場が広いのでステレオダウンミックスでもサラウンド感があるし、DTS Headphone:Xのようなヘッドフォン向けのサラウンド音源などはかなり楽しめると思う。ダイアローグの鮮明さ、滑舌の良さも特筆しておきたい。ユーザーとなる人は音量に気をつけて映画も楽しんみてほしい。

高価ではあるが、他にはない魅力のある音。音楽は音像だ! という人はぜひ

各社のハイエンドヘッドフォンはいずれもそうだが、かなり高価であってもそれにふさわしい音がする。良い音に求める基本的な要素は高いレベルで備えているのは当たり前だから、多くの人が良い音だと感じるのは間違いないが、やはり高価なモデルほど研ぎ澄まされた部分はあり、その意味では好みが分かれる。

値段を気にせず欲しいと感じる人がいる一方で、値段のわりにはぐっと来ないとか、値段ほどの音ではないと感じる人もいるだろう。YH-5000SEも鋭い切れ味やストレートな音は好みが分かれると思う。だが、一番の持ち味であるダイナミックなエネルギー感は多くの人が良いと感じるはずだ。実に面白い音ではあるので、ぜひとも機会があれば試聴してみてほしい。

その場合は、手持ちの携帯プレーヤー直結ではなく、ヘッドフォンアンプなども組み合わせて聴ける専門店で試すといいだろう。誰にでも買えと薦められる価格帯の製品ではないが、ヘッドフォン好きなら一聴の価値はある。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。