小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第768回 ニコ生などのユーザー放送をもっと面白く! 拍手もボタン1つ。TASCAM「MiNiSTUDIO」
ニコ生などのユーザー放送をもっと面白く! 拍手もボタン1つ。TASCAM「MiNiSTUDIO」
2016年8月10日 10:00
コミュニケーションとしての生放送
ニコニコ生放送は、言わずと知れた日本を代表するライブストリーミングプラットフォームだ。インターネットで生放送を行なうプラットフォームとして2008年頃から急成長し、Ustreamとともに一時代を築いた。だがご存じのようにUstreamは、日本の運営拠点であるUstream Asiaが2016年2月に撤退。現在日本で独自の「文化圏」を展開するに至ったのは、ニコ生のほうであった。
ニコニコ生放送は、運営会社ドワンゴが行なう「公式番組」、企業や団体など公式チャンネルが行なう「チャンネル生放送」、一般ユーザーが行なう「ユーザー生放送」がある。他のプラットフォームと大きく違うのは、ニコニコ動画のように視聴者のコメントが字幕として画面上を流れることである。生放送の場合は、番組内と視聴者間のリアクションがリアルタイムで行なわれるため、よりコミュニケーション性が強くなる。
従ってユーザー放送は、いたずらに視聴者数を追い求めるのではなく、いつものメンバーが集うサロン的な要素が強まっており、昔で言うところの定例チャット的な放送が数多くある。
ネットの生放送は、テレビ放送とは考え方や方法論が全く違っており、映像の強さや多彩さよりも、“ラジオ的な良さ”が求められているとも言える。以前はスマホやWebカメラの映像・音声で行なう放送も多かったが、「むしろ音声のほうが大事」というコンセンサスが行き渡った結果、きちんとマイクを使う放送が増えて来た。
ただそうは言っても、単にコミュニケーションを楽しみたいだけの人がオーディオミキサーやオーディオインターフェースを買うというのも、ハードルが高い。またユーザー放送程度の用途に合う、小型で機能を絞り込んだミキサーもなかなかないというのが現状だ。
8月上旬から発売が開始されたTASCAMの「MiNiSTUDIO」シリーズは、ドワンゴと共同開発したオーディオインターフェースだ。ライブ配信に特化した「MiNiSTUDIO PERSONAL US-32」と、音声コンテンツ制作にも使える「MiNiSTUDIO CREATOR US-42」の2モデルがある。店頭予想価格はUS-32が13,000円前後、US-42が18,000円となっている。
ライブ配信企業とプロオーディオ企業が組んだオーディオインターフェースとは、どういうものだろうか。今回はこの2モデルを試してみよう。
放送に特化したオーディオインターフェース
MiNiSTUDIOシリーズは、構造としてはUSBオーディオインターフェースということになるのだろうが、機能的にはライブ配信に必要な機能に限定して盛り込んだオーディオインターフェース付きミキサーとも言える。まずは大型の「US-42」のほうから見てみよう。
フロントパネルにはniconico × TASCAMのロゴが表記されており、両社のコラボモデルである事がわかる。左右にはマイクやエレキギターなどの楽器が直接入力できる、XLRと標準のコンボジャックが2つ。入力ボリュームも備えている。
現在広く使われている音声収録用マイクとしては、ダイナミックマイクとコンデンサーマイクの2種類がある。コンデンサーマイク使用時には、+48Vをマイクジャック側から送電する必要があるが、オーディオミキサーにはそれ用のスイッチが設けられている。「Phantom」や「+48V」と表記されているのがそれだ。またギター出力はマイクよりも大きくインピーダンスも違うため、ゲイン調整やインピーダンス切り換えが必要になる。
だがそういう事は専門学校にでも行かなければ、普通の人は知るチャンスはない。本機ではそれらの切り換えも、すべて独特のアイコンが描かれたスライドスイッチで切り換えるようになっている。電源供給の有無がマイクの形の違いだけというのは、プロから見ればいささか心もとないところではあるが、まあダイナミックマイクに+48Vを突っ込んでも壊れないようにはなっているので、問題ないという判断なのだろう。
マイクにはリバーブもかける事ができる。リバーブタイプなど細かい調整は、専用アプリ「MiNiSTUDIO_SettingPanel」で設定する。
手前には「PON」と書かれたボタンが3つある。ここは音源を割り付けておいて、音の「ポンだし」を行なう部分だ。デフォルトでは、クイズ番組で使われるような、不正解のブザー、正解のピンポンと、オーディエンスの拍手がプリセットされている。
隣のEFFECTボタンは、マイク入力に対して特殊効果をかける事ができる。これも専用アプリで設定する。ON AIRボタンは、これを点灯させるとオーディオ出力が出る。逆に考えれば、マスター出力のミュートボタンだと言える。
他の入力としては、手前にステレオミニ入力がある。ここにスマホやタブレットなどを繋いでBGM再生も可能だ。またヘッドセット入力として、手前にもマイク端子がある。これはフロントパネルのマイク1入力と兼用になっており、両方挿した場合はフロントパネルのほうが優先される。ヘッドフォン端子は標準とミニの2系統が使える。2人でしゃべるときにも困らないだろう。
背面を見てみよう。USB2.0端子があり、ライブ配信向けのストリームはここからPC等へ送られる。また電源供給もこのUSB端子で行なう。また本機は「ループバック」にも対応している。ループバックとは、例えばこのUSB端子を接続したPCで音楽を再生すると、USB経由で本機に音が送られ、マイク音などとミックスされたあと、またUSBを通じてPCに戻り、放送へ出せるという機能だ。
このループバックをONにするかOFFにするかは、手前にあるスライドスイッチで設定する。BROADCASTではループバックがONになり、CREATORではOFFとなる。
背面にはmicroUSB端子もあるが、これはスマホやタブレットなど、本機に対して電力が供給できない機器に繋ぐ際に、別途電源入力として使用する端子だ。さらに背面にはLINE OUTもある。アナログ入力対応の録音機器などに接続して、レコーディングする際に使用する。
では姉妹機とも言える「US-32」のほうも見ておこう。基本的な作りはUS-42と似ているが、外部マイク入力が1系統になっているほか、内蔵マイクもある。ただし2つのマイクが使えるわけではなく、切り換えで1系統が利用できるのみだ。
入力端子もコンボジャックではあるが、ギター用のインピーダンススイッチがないので、ギターを入力しても歪むものと思われる。PON出しの数やエフェクト、ステレオミニ入力、ループバック機能は同じだが、ライン出力がない。
US-32のほうは、マイクを別途買わず、これだけでシンプルに放送できるのがポイントだが、価格的にはUS-42と5,000円しか違わない。マイクを2本使うかもしれない人、あるいはギターを入力したい人はUS-42のほうがいいだろう。
シンプルながら遊べる機能満載
では実際にUS-42を使って機能をテストしてみよう。本機はマイクを別途用意する必要があるが、今回はTASCAMからコンデンサーマイク「TM-80」もお借りしている。TEAC STOREの価格は8,640円と、かなりリーズナブルだ。
ドライバやアプリをインストールしてから本機をUSBでPCに接続すると、ソフトウェアの「MiNiSTUDIO_SettingPanel」が使えるようになる。モードとしてはEASYとEXPERTがあるが、まずはEASYのほうから試してみよう。
ここで設定できるのは、各マイクのサウンドトーンとエフェクト、リバーブの種類選択と、PONボタンに割り付けた音量とループ設定だ。
マイクサウンドは、プリセットがOFFも含めて6タイプあるが、EXPERTだけはEXPERTモード内でマニュアル設定ができる。エフェクト、リバーブも6種類で、これもEXPERTモードがある。
マイクサウンドは、ボーカルとトークでそれぞれハード・ソフトがあるが、これはマイクとの相性や声質などで好きなものを選べばいいだろう。
リバーブとは残響のことで、生歌や生演奏の場合には当然あったほうがいい。リバーブがあると上手く聴こえるだけでなく、演奏者自身も自分の音程がとりやすくなるので、実際に上手に歌唱や演奏ができるというメリットがある。HALLやROOMは、自然残響の容積の大きさを表わしている。部屋で配信しているからROOMを選ぶわけではない。
PLATEは説明しないと分からないかもしれない。その昔、大きな鉄板の振動を利用したアナログのリバーブ装置があったのだ。それのシミュレーションである。
エフェクトに関しては、いわゆる「飛び道具」なので、ここぞというときに使いたい。そのためにボタンが付いているわけだ。ボイスチェンジャーの機能も付いているので、覆面トーク的な使い方もできてなかなか面白いのではないだろうか。
エフェクトにあるエコーと、リバーブの違いが分からない人が居るかもしれないので、説明しておく。エコーとは山びこのように音が繰り返し戻ってくるという効果だ。音の反射の間隔が離れていて一定なのである。
一方リバーブも音の反射には違いないが、短い間隔で複雑な反射をするため、エコーのように反射音1つ1つが確認できず、かたまりとなってくっついてくる感じである。
ユニークな機能として位置づけられる「PON出し」機能だが、音源ファイルはハードウェア内に転送されるわけではない。ソフトウェアのMiNiSTUDIO_SettingPanel内にサウンドをロードし、それをハードウェアのボタンで叩くという仕組みだ。再生音はUSB経由で本体に送られ、放送時はループバックで再びUSBと通ってPCに送られる。
各ボタンは、別のオーディオファイルを割り当てることもできる。オープニング、コーナージングル、エンディングの曲をそれぞれ割り付けておく等すれば、番組らしい演出ができるというわけだ。
ではEXPERTモードのほうを試してみよう。こちらはインターフェースもガラッと変わって、つまみが沢山ある。一見複雑そうに見えるが、マイク1と2は同じものが並んでるだけなので、事実上覚えることは半分である。
イコライザーは、パラメトリック型のものが4バンドで、上下はそれぞれローパスとハイパスフィルターとなっている。間の2バンドはゲイン、Q、周波数が自由に決められる。イコライジングの様子がグラフィカルに表示されるので、音を聴きながらいじっていけばイメージは掴めるだろう。ただ、人の声はそれほど幅広い周波数帯域を持っていないので、声でテストしてもよく分からないかもしれない。楽器の方が効果はよく分かるだろう。
コンプレッサーは、音のダイナミックレンジ、特に大きな音を滑らかに抑えつける働きをするエフェクトだ。上手く使えば、音量の大小を押さえ、かつSN比も稼いで安定した放送ができるが、あまり過剰にかけると歪みが出る。
エフェクトにはパラメータが1つしかないが、各エフェクトごとにパラメータをいじってみると、効果の違いがよくわかるだろう。PON出しの方も、フェードインやフェードアウトを設定できる。音楽の入りをフェードインするといった事は、しゃべりながら一人では難しいが、このような機能が使えるなら簡単だ。
総論
オーディオミキサーは、目で見えない「音」を扱うため、理解が難しい機器である。それをniconicoとのコラボによって、極力わかりやすくした形が、MiNiSTUDIOシリーズと言える。
形状やカラーもユーザーフレンドリーで、機材機材した感じがない。女性にも取っつきやすいだろう。入出力やつまみ類もあまり文字を使わず、極力アイコンで記してあるのも、初心者にはわかりやすい。
一方上級者に対しても、十分な機能を持っている。特にEQの設定は、ソフトウェアでグラフィカルに設定できるミキサーは上位機種に限られるわけだが、それがこの価格で実現できるのは素晴らしい。
一方でエフェクトは、EXPERTモードならもう少しパラメータが欲しいところだ。特にエコーは特殊効果としてではなく、ボーカルなどにも薄くかければ効果が高いが、今のパラメータでは「薄くかける」ということができない。まあマイク2本使って片方のみにエコーをかけ、マイクボリュームで調整する方法はあるが、それは面倒だ。マイク1の出力を内部でマイク2にSENDできたりすると、さらに可能性が拡がって面白いかもしれない。
生配信によるコミュニケーションをより楽しくするためのツールとして、こうした専用ハードウェアは悪くない。ソフトウェアと違い、途中で不調になって放送中断ということもないだろう。もちろんニコ生だけでなく、他のライブ配信プラットフォームにも使える。
さらにPCと繋がなくても電源さえ供給すれば、マイク + AUXのミキサーとしても使える。PON出しは動かないが、リバーブもエコーも使えるので、自宅でのカラオケ練習装置としても使えるだろう。
1台あればアイデア次第で色々使える面白さ、これが本機の真骨頂ではないだろうか。
TASCAM MiNiSTUDIO CREATOR US-42 | TASCAM MiNiSTUDIO PERSONAL US-32 |
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