小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第784回
映像編集の未来がここに!? ハイスペックPCいらず! Amazonのクラウド上で動くEDIUSが凄い
2016年12月14日 08:00
Inter BEEにAmazon ?
11月に行なわれた放送機材展Inter BEE 2016に、Amazonのクラウドサービス「アマゾンウェブサービス(以下AWS)」のブースが登場した。Amazon プライム・ビデオで映像配信事業もやっているAmazonが、Inter BEEに出展すると言う意味だったら不思議ではないのだが、ブースでは“プロの映像制作にもクラウドを使っていこう”という提案を行なっていた。映像素材のセキュリティ面で業界がきちんとクラウドやっていけるのか、一抹の不安も感じたことは事実である。
だが、素材共有だけでなく、クラウド上ですべての作業が完結するのならどうだろうか。今回のInter BEEでは、AWS上でGrass Valleyの編集ソフト「EDIUS Pro 8」が動いているのを実際に見る事ができた。この一点だけをとっても、次のような可能性を感じさせる。
- これまでEDIUSはWindows版しか開発されていないが、クラウド上の仮想Windowsで動かせば、手元のクライアントはなんでもいい
- ローカルの環境は、ネットさえ速ければマシンパワーは必要ない
- 急に台数が必要になっても、一時的なライセンス契約で済ませられるのではないか
- 素材のシェアリングも、自前でネットワークを構築する必要がない
Inter BEEでの展示はあくまでも技術デモであり、GrasValleyが将来的にこれをどのようなライセンスモデルで展開するのかがまだわからないが、そもそもレンタルサーバの利点とは、短期間必要な時にドカンと借りられるというところであるから、もし具体的にビジネス展開するのであれば、こうしたレンタル型のライセンシングも当然視野に入ってくるだろう。
念のために釘を刺しておくが、現状のEDIUSを自分でAWSにインストールしても、ライセンスマネージャがクラウドに対応していないため、おそらくヒドい目に合うだろう。大人しく公式にサポートされるまでお待ちいただきたい。
一方で、クラウド上で動く編集ツールで、どれぐらいのパフォーマンスが期待できるのかよくわからない。ビデオ編集であれば、キーボード操作とソフトウェアの動作のタイムラグが重要である。ここぞというところで切ったのに、実際は数フレームズレていた、というのでは話にならない。
そこで今回は実際にAWS上で動くEDIUSのアカウントを1つお借りして、実際に編集してみることにした。筆者自身、2年前に執筆環境をMacに乗り換えて以来、久しぶりのEDIUSでもある。そのあたりも踏まえつつ、クラウドで編集するということの意義について考えてみよう。
AWSでの環境
まずこのサービスを利用するためには、AWS上で仮想のデスクトップ環境を提供してくれるAmazon WorkSpaceのクライアントソフトを手元のクライアントにインストールする必要がある。今回は先日購入した「MacBook Pro」(2.9GHzデュアルコアIntel Core i5、16GB 2,133MHz LPDDR3オンボードメモリ、Intel Iris Graphics 550)用のクライアントを使っている。そのままでも4K編集できるクラスのマシンだが、たまたま手持ちのマシンがこれしかなっただけで、もっと非力なマシンでもパフォーマンス的にはそれほど変わらないはずである。
WorkSpaceクライアントソフトは、ネットワーク経由のバーチャルOSアクセスへ最適化されているため、ブラウザ経由のアクセスよりも高速に動作する。ほかにもWindowsはもちろん、iPadやAndroidタブレット用のクライアントもあるほか、ChromeBookやFire Tablet用のクライアントもある。
Amazon WorkSpaceでは、CPUやメモリ、ストレージ容量などを自由に選択でき、OSはWindows 7かWindows 10を選択できるほか、Windows Server 2008のデスクトップエクスペリエンス機能を使った、Windows 7かWindows 10のデスクトップ環境を使う事ができる。
今回は事前に、Windows Server 2008上で動くWindows 7環境と、EDIUS 8をセットアップしていただいた。したがって導入時のセットアップなどは、エンタープライズ系のエントリーを参照して欲しい。
Amazon WorkSpaceでは、IDとパスワードを使って自分専用の環境へログインする。その後サーバ上で元の環境を復元するのだが、デスクトップが現われるまでは少し待たされる。感覚的には、Windows 7をゼロから起動するぐらいの時間がかかる感じだ。
起動が完了すると、ウィンドウ内にWindows 7のデスクトップが現われる。MacではParallelsなどを使って、macOS内でWindowsを実行できるが、Amazon WorkSpace内で起動しているWindowsはクラウド内にある。Mac側では、画面としてのグラフィック表示と、タッチパッドやキーボードといったインターフェースを提供しているだけだ。アクティビティモニタでチェックすると、CPUやメモリの負荷はほとんどなく、ネットワークリソースもそれほど消費していない。
一方Amazon WorkSpace内のバーチャルマシンは、Intel Xeon E5-2670の2.6GHz、実装メモリ15GB相当として動作している。インストールされているEDIUSはバージョン8.22だ。
編集するにあたってはまず素材をどうやってAmazon WorkSpace内に持ってくるか、ということになるが、少なくともバーチャルのWindowsは普通にネットが繋がっているマシンと見なすことができるので、何らかのクラウド上にある素材なら、バーチャルWindows上にダウンロードできる。今回はブラウザで自分のDropboxアカウントにログインし、そこから素材をダウンロードした。以前デジタルカメラ「DMC-FZH1」のレビューで撮影した4K素材だが、クラウド to クラウドの転送なので、ローカルにダウンロードするよりもかなり速い。
素材転送については、おそらくAmazonが提供するクラウドストレージ共有サービス「Amazon WorkDocs」を使えば、ローカルの素材と簡単に同期できるものと思われる。ただし、筆者が自分のAWSのアカウントを持っていないので、動作確認までは行なっていない。
また高速回線という意味では、専用線サービス「AWS Direct Connect」もある。さらにはローカルにある大量データを一気にクラウドに送り届けるサービスとして、「AWS Snowball」というものもある。これは、Amazonから送られてくるHDDにデータを入れて送り返すと、AWSのストレージ上にデータを格納してくれるサービスだ。
こういったものを組み合わせていけば、大容量の素材をクラウドに上げなければならないというところも、解決できるだろう。
AWS上のEDIUS
Amazon WorkSpaceを最大化し、EDIUSを起動すると、もはや普通にWindowsマシンを使っているのと見た目は変わらない。
編集作業はクリップの再生とIN-OUT決め、タイムライン上への配置の繰り返しになるわけだが、作業そのものはローカルで動いている状態と変わらない。映像とオーディオの同期は、タイムラインを再生して編集点を通過するタイミングで見てみると、どうも3フレームぐらい音が遅れているように思える。クリップ単体での再生でも同様だ。
この遅延がどこから来るのか、現時点ではよくわからないが、音編集を行なう際には、問題になるだろう。普通にワード、エクセルを動かしている状況では、あまり絵と音のシンクロはそれほど問題ではないはずだ。だがビデオ編集となれば別である。
一方で懸念されていたキーボードによる操作のタイムラグは、思いのほか少ないようだ。プロの編集者ともなれば、IN-OUTの設定ほか、基本作業はほとんどキーボードで行なうため、このレスポンスは重要になる。映像を見ながらのキーボード操作タイミングは、ズレが気になるほどではなかった。
なお、編集作業途中でネットワーク接続が切れると、Amazon WorkSpaceからは勝手にログアウトされる。またReconnectすればいいだけなのだが、途中でPCがスリープした場合などは、ローカルのマシンを復帰させたあと、Amazon WorkSpaceも復帰させるという、二重の手間がかかる。
一方で高速回線下ではなく、モバイルでどれぐらいのパフォーマンスが期待できるのかも試してみた。実際にauのiPhoneによるテザリングで、京浜東北線内で編集作業してみた。
当然素材の動画表示は、高速回線を使っている時のような解像度は出ないわけだが、コマも時々引っかかる。サーバ上ではちゃんと動いているのだろうが、ローカルでの表示データが足りなくなるわけである。素材のクオリティが確認出来ないので、ゼロから繋いでいくのは辛いところだが、すでに目を通した素材のラフな編集や、ある程度繋いだタイムラインの構成を変えるような作業は可能だ。
もちろんこれは、純粋にネットワーク速度の問題でしかないので、キャリア回線と使用場所の組み合わせで大きく変わるだろう。繰り返しになるが、クラウド作業はマシンパワーに依存しないので、ヘヴィな作業でもモバイルでやれる強みがある。Wi-Fiが使えるエリアでは、モバイルでももう少し快適に作業できるはずだ。
続いてレンダリング速度をテストしてみた。4K MOVも含めた解像度混在の素材で作った1分間のシーケンスを、GrassValley HQコーデックに書き出す時間は、およそ1分。ほぼリアルタイムである。ダウンコンバートや途中テロップ挿入によるフルレンダリングが入ったことを考えると、まずまずのスピードだと言える。
完成動画ファイルが出来上がるのもクラウドの中で、ローカル側にファイルが増えないのは、ストレージが限られるノートPCでの作業ではありがたいはずだ。
なお、ついでにiPad ProでもAmazon WorkSpaceを動かし、EDIUSで編集作業してみた。画面サイズはそこそこあるはずだが、解像度が抑えられているので、ツール類の配置が狭っ苦しい。ただマウスではなく画面を指で操作する事を考えれば、アイコンやメニュー類はある程度大きい方が使いやすい。操作性としては、反応スピードなども含めてMacのクライアントと違いは感じられなかった。
以前、iPad上で動く編集アプリをレビューした際、音を別ファイルで収録した際に、それをアプリにインポートする方法がどうしても見つけられなかった。だがクラウド上のEIDUSを使えば、フル機能の編集ツールがiPadで使えるようになるということだ。これはかなり大きなメリットになる。
総論
AWS上でEDIUSを動かすという試みは、現在はまだ技術テストの段階で、サービスとして正式にローンチするまでには、今後様々なブラッシュアップが行なわれるのだろう。だがクラウド上でハイエンド編集アプリを動かすというワークフローには、未来を感じる。
特に今後、4K・8Kといった重たい素材を扱っていく可能性や、H.265といった重たいエンコード・デコードを行なう場合、ローカルで数百万のハードウェアを何台も用意する事を考えたら、もうクラウドのマシンパワーを使ってやってしまおうという考え方は、もしかしたら主流になるかもしれない。
現時点ではAWSとEDIUSが一歩進んだ未来を見せてくれた状況だが、映像制作のクラウド利用は、もはや待ったなしの陣取りゲームである。Inter BEEでは、クラウドサービスとしてMicrosoft Azureも出展していたし、編集ツールではすでにサブスクリプション型ライセンスへ移行しているAdobeも、当然このような未来を検討しているだろう。
個人的にもっとも利用するであろうシーンは、単発のセミナーやワークショップである。これまで編集やCGの単発セミナーでは、受講者数と同じ台数のハイエンドPCとソフトウェアを主催者側が用意しなければならなかった。そのため、セミナー自体がかなり高額になるか、あるいは専門学校のような、すでに設備として揃っているところを見つけて行なうしかなかった。
それがそこそこのマシンと短期のクラウド契約だけで済むのであれば、この手のハイエンドソフトのセミナーは、もっと広く行なわれるようになるだろう。使える人が増えれば、当然その数が潜在的な利用者数として、すそ野が広がる事になる。
誰もがハイエンドツールを使って編集できる世界が、もうすぐそこまで迫っている。