小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第829回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

交錯する4K・8K・IP。来場者まで違う!? Inter BEE 2017の変化

4K、8K、クラウドまで揃うInter BEE

 先週11月15日から17日までの3日間、千葉・幕張メッセにて毎年恒例の放送機器展「Inter BEE 2017」が開催された。すでにAV Watchでも多数のレポートが上がっており、ご存じの方も多いだろう。

Inter BEE 2017の展示風景

 筆者も3日間、各社のブースを取材したが、ここでは個々の製品の詳細ではなく、それが意味するところなどから、これからの映像業界の行く末を考察してみたい。

 まずInter BEEというイベントそのものについて、今年はずいぶん変わったなという印象を持った。これまでIntereBEEは、幕張メッセのHall 4からHall 8までを使うケースが多かった。一昨年はそれをHall 3まで延長、そして昨年はHall 2まで延長したのだが、ご存じのように幕張メッセはHall 1から3までが一つの建屋になっている。したがって使ってないHall 1の部分は何もない空間が拡がるという、Hall 2~3の出展者にとってはかなり寂しい展示会だった。

 今年はそれをさらに延長して、ついにHall 1からHall 8まですべてを使う規模となった。そのおかげで通路にも余裕ができ、途中途中に休憩スペースも設けられた。またクリエイター同士が交流できるサロン的なMEET-UPスペースも新設され、ホスピタリティの面ではかなり良くなったと言える。

 出展の傾向も、変化が見られる。これまでは中国・韓国の小さなブースがひしめき合って様々な撮影小物を展示する、通称「長屋」と呼ばれるエリアがある種一つの名物ともなっていたが、今年はこうした小さな有象無象のブースがグッと少なくなり、全体的に「放送」にフォーカスしたショーとなった。

メタル線? ファイバー? なぜ4Kは「ブレる」のか

 ソニーは15日、4Kライブ制作向けの大型スイッチャー「XVS-9000」を発表した。80入力/40出力という、久々の大型スイッチャーだが、4Kの信号接続には、12G-SDIにも対応する。

4Kライブ制作向けの「XVS-9000」。残念ながらシャーシのみのモックアップ

 12G-SDIは、豪BlackMagic Designが開発した伝送方式で、HDの伝送で主流のHD-SDIを4K用に拡張した規格であるが、SPMTE ST-2082という国際規格に昇格している。

 従来4Kの伝送には、HD-SDIを4本まとめた「クワッドリンク」方式がとられることが多かった。だがこの方式はケーブル量が従来の4倍になるため、中継車など狭い空間と限られた積載重量では、システムを構築するのは無理だと言われてきた。従来のロジックでは、“だから信号伝送はIPにすべきだ”というものだった。

 光ファイバーなら軽量で、かつ1本で4Kが伝送できる。ソニーは自社開発のIP伝送フォーマット、ネットワーク・メディア・インターフェース(NMI)を推進しており、“今後はカメラからスイッチャーまで、光ファイバー直結ですよ”という未来像を描いてきた。

 しかしここに来て、従来同様のメタル線であるSDIを担いできたのには、理由がある。日本の放送局からは、IPではなく従来同様のノウハウでやれるSDIで、というニーズが高まっているからだ。

 理由は容易に想像できる。IPとSDI(シリアルデジタル伝送)では、トラブルシューティングのノウハウが全然違う。放送業界にはSDIのノウハウはあるが、IP伝送に関するノウハウがほとんどない。

 ライブスイッチャーということは、これで制作する4K番組は、ライブものだ。すなわちスポーツやイベント中継がメインとなる。そうなると、4Kインフラが敷設されているスタジアムばかりではないため、どうしても仮設でシステムを組むことになる。実験や試験放送ならともかく、本放送となれば当然トラブルシューティングのノウハウは最重要視される。IPじゃねえな、という判断は、当然だ。

 これは局内設備でも同じである。少ない4K機材をやりくりしながら番組制作を行なう事となれば、当然機材の移動と繋ぎ換えが多く発生する。そうなれば、これまでの運用ノウハウで動くSDIのほうが安心できる。

ケーブルメーカー大手のカナレでは、12G-SDIのケーブルやパッチベイを展示して大盛況

 当面は局ではSDI運用が主流になると早期に見切っていたのは、パナソニックだ。今年のInter BEEでは、これまで各展示会のたびに参考出品してきた12G-SDI対応の大型スイッチャー「AV-HS8300」の実動モデルを展示、実際に納入も始まっているという。ソニーの「XVS-9000」が開発発表で、モックアップしかない状況に比べると、約1年のリードがある。

IP化の先にあるもの

 今年の4K製品は、12G-SDIに注目が集まった。だがこれは日本だけのトレンドで、世界はやはりIPに向かっている。

 スイッチャーの老舗ブランドGrass Valleyは、IPで入力する大型プロセッサ、「GV K-Frame X」を展示した。4Kで192入力/96出力、最大9M/Eの巨大システムだ。

内部処理まですべてIPの状態で行なうスイッチャー、「GV K-Frame X」

 これは信号処理プロセスをすべてIPのままで行なうスイッチャー本体で、内部的にはハードウェアプロセスではなく、ソフトウェア処理である。したがってスイッチャーというよりも、プロセッサと呼ぶのがふさわしいだろう。192入力/96出力を1つの仕事ですべて同時に使うのではなく、複数のコンソールにリソースを分配することで、1台で何役もできるのがポイントだ。

 つまりIPのメリットは、スケールメリットとイコールなのである。大規模であればあるほど、IPのほうがコストが下がる。ここでいうコストとは機材価格だけでなく、スペースや重量、消費電力といったものも含む。

 こうした巨大投資ビジネスは、アメリカ向きだ。アメリカのスポーツ中継市場の巨大さは、日本から見れば想像を絶する規模であり、スーパーボウルともなれば、カメラ192台という規模は、あり得る話なのだ。実際にこれまでも、80入力対応の中継車を3台カスケード接続して中継した例もある。

 一方日本の放送局が12G-SDIを選択している事情は、まだまだ大規模投資まで行ってないという事なのである。それは当然で、4K制作のアウトプットがまだ衛星放送しかなく、ペイラインが見えないところが大きい。他に4Kコンテンツが売れる先、ネットでもいいし4K Ultra HD Blu-rayでもいいだろうが、コスト回収できるアウトプットが見つけられていない。

 おそらくオリンピックでは、12G-SDIが基幹インフラで、それらの複数拠点をIPで繋ぐというハイブリッド型になるだろう。⽇本で4KシステムがIPで線を引き直すのは、2020年以降も4K需要があれば、ということになる。

 一方ヨーロッパは、4KをパスしてIP化だけする可能性が高い。そもそもヨーロッパの放送事業者は高解像度化に対してあまり興味がなく、HD化も遅かった。それよりも、1つのソースを複数に分配するビジネスが多い。ヨーロッパでは多言語対応のニーズが強いからだ。こうした分配は、IPが得意とするところである。

8Kはビジネスになるか

 今年のInter BEEの目玉となったのは、シャープの8Kカムコーダ「8C-B60A」であろう。前週に製品発表された記事は業界内でもよく読まれたようで、みんな興味津々という格好だった。

多くの人が実機を見に訪れたシャープ「8C-B60A」

 実動モデルが5台ほど展示されていたこともあり、行列というほどでもなかったが、8Kのカメラにこれだけ人が集まったのは初めてだろう。それというのも、現状8K押しなのはNHKとアストロ・デザインぐらいのもので、多くの業界人は「仕事になったら考える」というスタンスだったからだ。

 このカメラも実質的にはアストロ・デザイン製ではあるのだが、これまで圧縮記録でもいいからレコーダを一体にしたカメラがなかったというわけだから、来年からもう本放送が始まろうという段階で、NHK主導で行なわれてきた8K機材開発がいかに現実的なコンテンツ制作から乖離した物であったか、一種の衝撃を受ける。

SSDでカメラ内収録が可能

 ただこのカメラは、8Kならではの高画質を求めるものではない。実際に生の映像を見てみたが、S/Nの悪さには辟易するものがある。またプロセッシングによる収差補正も実装されていないのか、レンズの収差がモロにわかってしまい、目の肥えているInter BEE来場者にこの状態で展示するのはマイナスではなかったかと思われる。

 このカメラは、8Kディスプレイを売りたいシャープの思惑が反映された結果ではあると思うのだが、当然ながら後継機も引き続き出し続けなければ意味がない。カメラ1台出しました、あとは制作お願いしますと言われても、どうにもならないのだ。シャープにそこまでの体力があるだろうか。

 他方で、8Kが食い込む市場としては、医療がある。現在8Kの内視鏡が実用化されており、微細な神経まで拡大して手術ができるとして、注目を集めている。ただし、胎児の手術などは中でライティングできない(胎児の視力に影響を与えるため)という事情があり、暗部のS/Nが課題となっている。

 また学会発表のために、8K映像の編集環境は早急に揃える必要があり、映像素材のアーカイブやメタデータ化も含め、放送よりも先に設備投資が行なわれようとしている。

クラウドとAIがもたらすもの

 Inter BEEのHall 7~8は、ICTやクロスメディアがテーマとなっており、クラウドの展示が目を引いた。

 MicrosoftもAzureを中心とした展示を行なっていた。Azureはクラウド上で様々なAPIを提供するサービスだが、映像制作用に使える複数の機能をデモを交えながら紹介していた。

画像認識APIのデモが行なわれたMicrosoftブース

 例えばリアルタイムで映像をAzureに流し込むと、しゃべった言葉の日本語字幕を付けてくれる、英語訳を付けてくれるといったサービスは、そのまま生で放送には使えないとしても、映像編集の手がかりとしては十分使える。

 もちろん、映像をアップロードして時間をかけてAI解析にかければ、この動画の中でどの出演者がどのポイントで出演したとか、何をしゃべったかといったことも、ログで収集できる。今は瞬間視聴率が分単位で出力されるようになっているが、それと映像のログをマッチングさせれば、視聴者動向の相関関係がかなり明確にわかるようになる。

 人だけでなく、「物」も典型的なものであれば抽出可能だ。例えば「自転車」とか「カップ」といったものも抽出できる。「風景」はまだ実現できていないが、そのうち学習が進めば、映像を食わせただけで撮影場所も特定できるようになるだろう。

 こうした技術は、現在無償で公開されており、ユーザーがどんどん利用する事で、加速度的に賢くなる。APIがいじれる技術者がいれば、利用者が自分たちでシステムを構築できるが、細かいニーズに対応するため、サードベンダーがサービス開発を代行するという図式になっている。

 Amazon AWSも以前からブースを出し、AWSを利用するサードパーティが放送事業者向けの展示を行なっているが、AIによる映像解析は、Microsoftとほぼ同じレベルである。AIが利用できるAPI提供も同様だ。

年々大きくなるAmazon AWSブース

 今回Amazon AWSブースで一番注目を集めたのは、Grass Valley EDIUSのクラウドエディティングである。クラウドエディティング自体は昨年のInter BEEでもプロトタイプが発表され、本コラムでもテストした事がある。

 あれからEDIUSもバージョン9となり、以前はAmazon WorkSpaces上で動いていたクラウドバージョンは、同社のクラウドストレージサービス「S3」上で動くように改良された。懸念であったライセンスマネージャの開発も終わり、あとは具体的なビジネスモデルの構築を残すのみとなった。

 S3上で動くことの大きな変化は、他のS3上で動くサービスと連携できる可能性が出てきたという事である。前出のように、AI経由で作成されたメタデータを、別ツールを使わずに編集ツール上で直接扱う事ができる可能性も出てきたということだ。

 つまり編集ツール上で検索すれば、特定のシーンだけをクリップとして抽出して集めるといった作業も、夢ではなくなった。例えば過去10年間のアーカイブの中から、“国会で北朝鮮問題に言及された部分を一瞬で集める”といったこともできるわけだ。

 膨大なソースから貫き検索を可能にする技術は、報道だけでなく、番組制作の方法論に新しい手法が加わることを意味する。

総論

 トレンドが交錯する時というのは、人も様々な業界から交差するのでおもしろい。

 来場者も、これまではいかにも撮影や編集現場からそのまま来たオジサンが多かったのだが、今年はスーツ組がかなり目立ったのも新しい動きだ。おそらくネットワーク系の方々なのだろう。

 そういった、映像関係ではない人はすぐわかる。こちらがブースからの生中継で、照明を点けて大型ビデオカメラを担いで行っても、どいてくれないのだ。いや、こちらはメディアだぞどけよと言っているのではないので、勘違いしないで欲しい。同じ業界人だと、変に自分が写り込まないよう、カメラから見切れる位置にさーっと勝手に退いてくれるのだ。そこは持ちつ持たれつ、現場で培われた阿吽の呼吸というやつである。

 だがネット系の人はこうしたニュースの撮影現場を見たことがないようで、こっちを見てぼんやり立ってる人が多い。すいませんちょっと空けていただいていいですかというと、ああ!そうかそうかと退いてくれる、いい人が多いのだが、やはり来場者もかなり人が入れ替わっているのだなと肌で感じた瞬間である。

 一方で20代と思われる若い人の姿もかなり多く見かけた。これまで若い子といえば、大学や専門学校の映像系学科の学生達が多かったものだが、もうちょっと年齢層が上の、現場の若手もかなり多かったのが印象的だった。

 勢いのある業界というのは、こうした若い子が10年ぐらいで管理職となり、予算を握っていく。こうした人たちがInter BEEに多く来始めたという点でも、映像業界はちょっと安心できるのかなと思った次第である。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。