小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第901回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

電源いらずで聴力拡大!!「音モア」が面白い

またあの「よしみカメラ」が!

「よしみカメラ」といえば、一風変わったカメラアクセサリを企画・販売する会社としてコアなファンを確保している。一眼で撮影する人なら、「忍者レフ」の名前は1度ぐらい聞いたことがあるだろう。あのメーカーである。

すでに5月から発売が開始されている「音モア」

そんなよしみカメラが手掛ける次のユニークアイテムは、写真ではなく「音」だ。一見するとヘッドホンのようにも見えるが、集音ヘッド「音モア」は、電気を使わないナチュラルな集音器である。

5月1日から発売されており、同社通販サイトでの価格は3,218円(税込)。Amazon.co.jpでも販売を開始している。原始的ではあるが面白い効果が得られる音モアを、早速試してみよう。

仕組みはシンプル

人は話が聞き取れないとき、無意識に手でカップ状の形を作って耳たぶの後ろにあてる。いわゆる「なんですか?」のポーズである。これは、相手によく聞こえませんでしたということを伝える単なるジェスチャーにとどまらず、実際に音をよく聞き取るための知恵でもある。

なぜこのようにすると音が聞き取りやすくなるかというと、このカップが集音器の役目を果たし、その反射音を耳で聞くことになるからだ。つまり、耳たぶの拡張である。音モアは、ヘッドホンのハウジングのようなドーム形の集音カップを、耳たぶの後ろ側に固定するもの、と考えてもらえれば話が早い。

カップ部はオレフィン系エラストマ、バンド部はポリプロピレンで、非常に軽量。クッション材などは何もない、シンプルな構造だ。製造は日本製で、さらに具体的に言えば宮崎市内の工場で生産される、純粋なMade in Japanである。

カップ状の集音器をヘッドバンドで繋ぐ構造

バンド部とカップは特殊なジョイントで繋がれており、開き角度が12段階でクキッ、クキッと止まるようになっている。また頭の大きさに合わせて、カップ部を上下にスライドできるようにもなっている。

ヘッドバンド部のみ薄いクッション素材が貼られている
後ろからみたところ
カップ部を内側に回転させればコンパクトに

装着にコツなどはないが、高い効果が得られる角度がある。背面に付いているよしみカメラ社長の写真と見比べながら、最初は鏡などで装着位置を確認したほうがいいだろう。「思ったよりも開いていない」ぐらいがベストポジションだ。

パッケージ背面に付けられた正しい装着図

装着の姿を前から見れば「あれっ?」と思われるだろうが、後ろから見ればヘッドホンをかけている人にしか見えない。

正面から見ると少し違和感
背面から見れば大きめのヘッドホンをしているようにしか見えない

バンドの締め付けはそれほど強くなく、ヘッドホンよりは全然ゆるい。メガネの上からも装着できるが、眼鏡のつるにバンド部が乗っかる格好になるので、多少滑りやすくなる。むしろつるよりも後ろにバンド部が来るぐらいのところが安定する。

明瞭感が全然違う

ではさっそく音を聞いてみよう。再⽣スピーカーはソニー「SRS-X9」、⾳源はGoogle Play Musicだ。装着して最初に感じるのは、高音部の特性の伸びだ。世の中には無音のように思えても実際には様々な原因からホワイトノイズが結構ある。音モアを装着すると、まずこのホワイトノイズの特性が高音寄りにシフトするのがわかる。

様々な用途が考えられるが、まずは特性を把握するために音楽を聴いてみよう。

年代ごとに音のトレンドがあるので、70年代から2000年以降までを色々聴いてみた。

70年代の代表作として、TOTOの同名デビューアルバムを聴いた。当時のLAシーンを煮詰めたようなサウンドだが、元々音質的にはそれほど良くない。しかし音モアで聴いてみると、若干なまり気味だったハイハットやシンバルが際立ち、モッコリしているベースも輪郭がシャキッとする。リマスターを聴いてるような感じだ。

'80年代の代表作として、Tears For Fearsの「シャウト」を取り上げたが、この時代はアナログシンセサイザーとサンプラーを併用していた時期である。しかも録音はデジタルに移行してきたので、倍音成分が多い。音モアで聴くと、ボーカルの輪郭が立って前面に出てくる。やはり金物系が目立ってくるが、ステレオセパレーションはちょっと狭くなる感じだ。音がセンターに集中する感じがある。

'90年代の代表作として、オアシスの「モーニング・グローリー」を聴いてみる。生ギターやピアノなど、比較的生楽器の多いサウンドだが、デジタルレコーディング技術も成熟期に入っていることもあり、元のサウンドは悪くない。音モアで聴くと一つ一つの楽器の輪郭がシャッキリするが、若干うるさい感じがする。

2000年以降のODMに近いサウンドとして、Owl CiryのGood Timeを聴いてみたが、ボーカルの位置がグッと手前に来る。キックなど低域の輪郭が尖ってくるものの、高域はちょっと多すぎのようだ。

音モアを装着することで、4kから8kHz付近の高域がかなり持ち上がってくる。一方低音の方は、1kHzあたりが持ち上がってくることで輪郭がきちんと整理される。電気処理なしで、ただ集音しただけでサウンドが激変するのは、なかなか楽しい経験だ。'70年代ぐらいのサウンドはちょうど音モアの特性と逆なので、聴きやすいサウンドに変化する。中学生の頃から聴き慣れている「Led Zeppelin II」なども、音モアで聴くと全然違ったサウンドに聴こえる。この時期の音楽を好む人には面白いアイテムだ。

周波数特性が変わるのでサウンドが変わるというのは、音モアの付加的な効果に過ぎない。基本的には、小さい音でも大きく聴かせるための製品だ。したがって音楽も、小音量で流してもそこそこの音量で聴こえることになる。家族の迷惑にならず、スピーカーでリスニングしたい時などにも使えるはずだ。

聴力1.5倍?

続いて自然音を聴いてみよう。高域特性が上がるので、鳥の声などはよく聞こえるはずだ。

実際に林に行ってみると、たしかに鳥が鳴く声はかなり聞き取りやすい。実質20mぐらい離れたところにいても、10mぐらいのところで鳴いているように聴こえる。枝から枝へ飛び移る音も、通常なら周囲のノイズにまぎれて聞こえないものだが、音モアを着ければかなり細かく聴き取れる。

鳥のさえずりは10mぐらい引き寄せて聞こえる

芝の上を歩く自分の足音も、普段の1.5倍ぐらいに聞こえる。これだけで違う世界に行ったような気がするのは面白い。

ただし、音の指向性は、生の耳で聞いた時よりも曖昧になるので、どこから音が鳴っているのかという方向の読み取りは、しばらく使ってみて慣れが必要だ。

背後からの音は、特に遮音されるというわけではなさそうだ。それというのも、背後からの直接音はある程度マスクされるが、前方のなにかにあたって跳ね返ってくる音はよりしっかり聞き取れるので、あまり遮音にならないのである。むしろ、反射音のほうが大きくなるので、背後からの音であるという認識が若干曖昧になる。

面白いのは、自分のしゃべった声も大きく聞こえることだ。例えばカラオケではなく、オリジナル音源に合わせて歌の練習をするケースもあると思うが、オリジナル音源のボーカル部+自分の声が大きく聞き取れる。ボイストレーニングなどにも使えるのではないだろうか。

よしみカメラ社長の一木尚敏さんによれば、生ギターやピアノ、歌といった、生のライブにおいても効果が高いとの事だった。特にお年寄りが多い落語などを楽しむ際には、より聞き取りやすいのではないだろうか。

総論

仕組みとしては非常にシンプルなのだが、音の変化はかなり大きい。装着感も、クッション材などは何もないが、軽量なのでいつの間にか付けているのを忘れてしまうほどである。

使い道も非常に多いと思う。筆者が試したところでは、YouTubeなどのトークコンテンツは、小音量でもかなり言葉が明瞭に聞こえると感じた。耳の遠いお年寄りのために、テレビの音量をやかましいぐらいに大きくしなければならない家庭も少なくないと思うが、これを使えばそれほど大音量でなくても聴き取れるかもしれない。医療機器ではないので、誰にでも確実に効果があるかは保証できないが、それほど高価なものでもなく、ダメだったら自分で使えばいいだけなので、試してみる価値はあるだろう。

音モアの難点は、用途が広すぎてどこにどう打ち出していけばいいのか掴めない、というところではないだろうか。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。