小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第902回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

ソニーのAV技術を結集、“物語”が撮れるスマホ「Xperia 1」

■業界人御用達? Xperiaのフラッグシップ登場

世の中に「Xperia 1」の存在が初めて明かされたのは、今年2月に開催された「MWC19」のプレスカンファレンスだった。21:9のディスプレイ、3カメラ、「Cinema Pro」アプリなどの新機軸は、現地に赴いた記者の評価も高かった。その後、4月に日本国内でメディア向けに披露され、国内では6月14日から発売が開始されているところだ。

「Xperia 1」

実は発売前にグローバルモデルの試作機をお借りして、テスト撮影も行なった。ただ筆者が交通事故に合うといったトラブルがあり、記事執筆が遅れた事をお詫び申し上げる。怪我のほうは大したことないのでご心配には及ばない。

すでに発売しているモデルではあるが、試用したのはグローバルモデルの試作機なので挙動に多少の違いがあるかもしれない。連載を20年も続けていると、中にはこういう事もある。今回は特殊事情ということで、そのあたりの事情はお察し頂いてお読み頂けると幸いである。

では期待のXperia 1を、早速試してみよう。

両手で丁寧に持ちたいボディ

ではまずボディからチェックしていこう。今回はグローバル版をお借りしているが、ブラック、パープル、グレー、ホワイトの4色展開のうち、ブラックをお借りしている。なお日本版は、キャリアによって販売される色が異なるようだ。

今回はグローバル版をお借りしている。ピアノフィニッシュのように漆黒、光沢の黒

画面が21:9ということで、ボディもそれに準じたアスペクトになっている。つまり、6.5インチという数字から想像するより、ずいぶん細長い。片手で楽に掴める幅だが、ボディが滑りやすく、これはうっかりツルッといっちゃうタイプ。発売から遅れずにサードバーティからケースがリリースされると思うが、シリコン系の滑らないケースは必須だろう。

普通にスマートフォンとして使うなら縦持ちだが、本機の場合は撮影や動画視聴に特徴がある。したがって横持ちする機会もかなり多いだろう。その際には片手では不安定なので、両手持ちを基本としたいところだ。

撮影では横向きが多くなりそうだ

ディスプレイはHDR表示に対応する3,840×1,644ドットの有機ELを採用。カメラ部の切り欠きはなく、カメラ類は画面のさらに上のほうに集められている。本体左側には、上からボリュームのシーソーボタン、指紋センサー、電源ボタン、下の方にシャッターボタンと続く。左側にはボタン類はない。SIMおよびmicroSDカードスロットは上部にあり、底部はUSB Type-Cポートだ。

右側面に細い指紋センサーがある
上部のスロットは、SIMカードとmicroSDカード用
充電はもちろんUSB Type-C

注目のカメラは、焦点距離違いで3つ。上から順に、35mm換算で26mm、52mm、16mmとなっている。各カメラスペックは表でまとめておこう。

XPERIA初の3カメラ搭載
焦点距離 26mm 有効 約1220万画素
焦点距離 52mm 有効 約1220万画素
焦点距離 16mm 有効 約1220万画素

メインカメラと呼べるのは26mmで、これだけメモリー積層型となっている。メモリー積層型CMOSといえばExmor RSだという事になるが、サイトでは特にそのあたりは謳っていないのが気になるところだ。なお光学手ブレ補正を備えているのは26mmと52mmのみとなる。

一方インカメラは、焦点距離23mm、有効画素数約800万画素、F値2.0というスペック。撮影サイズは、メインカメラ側が動画3,840×2,160、静止画4,032×3,024、インカメラ側が動画1,920×1,080、静止画3,264×2,448となっている。

これだけのスペックを持ちながら、厚さ8.2mm、重量178gは立派な数字だ。

デジタルシネマカメラと同じに撮れる「Cinema Pro」

ソニーモバイルとしては初の3カメラ搭載機となるところから、カメラ的な見所は多いが、ポイントはシネマ撮影専用アプリ「Cinema Pro」だろう。これまではフィルターの一種として「シネマ風」に撮れるスマートフォンは存在したが、本物のシネマカメラと同じトーンを狙うほど真剣に作り込まれたものはなかった。

またHDR/Rec.2020による撮影に対応したデジタルカメラでも、モニターが対応しておらず、やむなくSDR/Rec.709でのシミュレーションモードを搭載するに留まっていた。しかし本機は、撮影もモニターも両対応である。これは撮影専門のカメラでもなかなか実現できていない組み合わせだ。

しかも、本物のデジタルシネマカメラとマスターモニターを作っているソニー厚木のエンジニアと膝詰めで機能を仕上げたという。ここまでできるからソニーなのであり、それだけ今回のCinema Proでの撮影は、画期的な出来事だと言える。

Cinema Proの正体は、シネマカメラのシミュレーターだ。起動して最初に決めなければならないのは、カメラのLookである。Cinema Proに搭載されているのは、「VENICE CS」を筆頭に「Opaque/BU60YE60」「Bright/BU20YE60」「Warm/YE80」「Strong/BU100」「Cool/BU60」「Soft/YE40」「Soft Monochrome」「N/A」の9タイプ。「N/A」はいわゆるOFFである。

Cinema ProのUI。まずLookを選択するところから始まる

かといって、撮影途中でこれらのLookが変えられるわけではない。撮影はプロジェクト単位となっており、このプロジェクトとLookはセットになっている。

したがってLookを変えるときは、プロジェクトが別になってしまう。また、いったん別プロジェクトで撮影したあと、元のプロジェクトに戻って1つ前のLookで追加撮影するということはできないようだ。撮影事故や混乱を避けるためなのだろうが、コンシューマ向けのツールとしては珍しい仕様になっている。

撮影画角は、16mm、26mm、52mmの3種類から選択できる。3つのカメラをそのまま切り換える格好だ。撮影される画像は、4Kの場合3,840×1,644ドットとなる。

レンズ選択画面

多分普通の人がわかりにくいのが、シャッタースピードの設定だろう。1/100秒といった分数ではなく、角度で設定する。これは、昔シネマ用のフィルムカメラがローリングシャッターを使っていた名残だ。ローリングシャッターは、いわゆるパックマンみたいに自由に口の角度が変えられる円盤をグルグル回してシャッターとする方式。円盤が回転するスピードは一定だが、口の角度が狭くなれば露出時間が短くなるので、シャッタースピードが上がったのと同じ効果となる。

フォーカスはAFもあるが、基本はマニュアルフォーカスのようだ。2点間でフォーカス送りなどするための目印として、マーカーを付ける事ができる。

マニュアルフォーカス画面。黄色い点がフォーカスで、右に飛び出しているのがマーカー

もちろん、撮影中も選んだLookでカメラ画像を見る事ができる。ただ、プロの映画カメラマンでもない限り、VENICEがどういう絵を出すのかは普通ご存じないと思うので、あまりにも淡泊な絵に驚かれるだろう。本来はこの絵をさらにカラーグレーディングして、望むトーンにいじっていくわけで、なにもこのトーンのままで映画ができあがるわけではない。

撮影される映像は、S-Log3ではなくHLG/BT.2020となる。コーデックは10bit HEVCだ。解像度は4Kだと3,840×1,644、2Kだと2,520×1,080となる。

Cinema Proで撮影、HDRからSDR変換した動画
sample.mov(105.61MB)

撮影中の画面には「Grab」ボタンがある。これは今の状態をメモとしてスナップショットできる機能だ。レンズ画角、ISO感度、シャッター角度といったパラメータと共に、今撮影中のシーンをメモできる。

Grab機能で撮影状況をメモ

一方で、特段シネマ撮影に興味のない方には、むしろ普通のカメラではどう写るのかも気になるところだろう。Cinema Proではなく普通のカメラアプリを起動した場合、4Kでは3,840×2,160と、16:9で撮影できる。またSDRとHDRの選択も可能だ。ただし16mmのカメラだけは、SDR/フルHDになってしまうようだ。

もちろん普通のカメラアプリも使える
インカメラはジェスチャーでの自動撮影も可能

モニターとしても優秀

せっかくなので、カメラ映像だけでなく完成コンテンツの再生能力もテストしてみよう。昨今はストリーミングサービスでもHDRコンテンツが充実してきているが、これを本物のHDR環境で見られている人はまだまだ少ないはずだ。そこにスマートフォンという存在が入り込む事で、ようやく全体の歯車が噛み合って回り始める。

今回は4K/HDRコンテンツとして、Amazonプライム・ビデオから「BOSCH」を再生してみた。現代劇の刑事物だが、ナイトシーンもそれなりにある。ディスプレイ設定は、スタンダードを選択しておけば自動クリエイターモードにチェックが入るが、念のためクリエイターモードで固定した。

4K/HDRコンテンツがより楽しめる

筆者宅には4K/HDR対応テレビもあるが、液晶である。Xperia 1では、それよりも高コントラストの、HDRらしい表現でコンテンツを視聴する事ができた。

ディスプレイ側のクリエイターモード設定

こうした完成コンテンツを視聴する場合、ディスプレイの輝度はMaxが望ましい。それだと明るすぎると思われるかもしれないが、HDRコンテンツはいつも全体が明るいわけではなく、街明かりや車のヘッドライトなど、ピンポイントで明るいところが尖って明るいといったグレーディングになる。こうしたHDRらしい表現を見たいのであれば、輝度はMaxがいいというわけだ。

ついでながら、輝度をMaxにしたからといって、日中の太陽光下でもコンテンツが視聴できるかというと、そういうわけではない。画面の反射もあり、輝度Maxでも暗いところが見えづらい事には変わりないので、コンテンツを楽しむなら夜か暗めの室内がいいだろう。

オーディオも新機軸

もう一つ本機の技術的ポイントとして、完全ワイヤレスイヤフォンに対して左右を独立してスマートフォンと接続する「Qualcomm TWS Plus」対応がある。これはQualcommの新SOCと、対応イヤフォンの組み合わせで実現するものだ。

このメリットとしては、音の途切れが少ないことである。従来の完全ワイヤレスイヤフォンが音切れする原因は、スマホ-イヤフォン間ではなく、左右のイヤフォン間の問題が大きかった。だったら左右それぞれのユニットが個別にスマートフォンと接続すれば、音切れは減るはずである。

今のところソニーモバイルでQualcomm TWS Plusでの接続確認ができている対応イヤフォンは、「AVIOT TE-D01b」と「NUARL NT01AX」の2つがある。NUARL NT01AXは、以前に一度レビューしており性能も分かっているので、もう一度これをお借りした。

左右が独立して繋がるQualcomm TWS Plus対応のNUARL NT01AX

ペアリング時は、Bluetooth接続画面に左右両方のイヤフォンが現れる。どちらかに対してペアリングすると、もう片方もペアリングされる。一度ペアリングされれば、それ以降は左右が自動的に繋がる事になる。

左右別々に繋がっているか、それとも従来方式で繋がっているか確認方法は色々ある。まずNT01AXは接続時に英語で「Connected」という案内が流れるが、これが左右別々のタイミングで聞こえてくるので、感覚的にわかる。Bluetooth接続画面で左右別々のユニットが表示されるので、そっちを見てもいいだろう。

片方のイヤフォンを、伝送が途切れるまで遠くに持って行っても、残りのイヤフォンはスマホと接続されたまま、音楽が流れ続ける。離したイヤフォンをスマホの近くに戻すと、自動的に接続が再開され、再開後も左右の音がズレる事はない。

左右が独立して別々に、しかも同時にスマホと接続される

では本当に音が途切れないのか。市内を走るバスに15分ほど乗車してテストしてみたところ、完全に途切れがゼロというわけではなかった。15分の走行中に2度ほど、左右別々にジリジリとノイズが入った。だが、それによって左右のタイミングがずれたり、無音状態になったりというほどではなかった。音切れ耐性としては、十分な性能だろう。

音質としての新機軸としてもう一つ、Dolby Atmosの対応がある。これは対応コンテンツだともちろん正確な効果が得られるが、普通の音楽ストリーミング再生時でもONにできるので、色々と使い出がある機能だ。本体スピーカー、Bluetoothイヤフォンどちらでも効果がある。

Dolby Atmosにも対応

まずDolby Atmos対応のトレーラーが本体に収録されていたので、映画コンテンツのサンプルとして視聴してみた。本体で視聴してみたが、ONにすると、本来センターに位置しているセリフなどの音が太くなり、きちんとど真ん中から聴こえるようになるので、セリフの明瞭度が一段アップする。日本語のドラマ・アニメなどでは、小音量でもそこそこ聴き取れるようになるので、特に効果が期待できる。

逆にOFFにすると、ONの時の反動なので、どうも音が本体の裏側のほうから音が聴こえてくるような気がする。やはりそれだけDolby Atmosは音が前に出る、という事だろう。

イヤフォンでの音楽再生時にも効果がある。ONにすると全体的に音圧が上がるので、OFFの時との差が認識しづらいが、明瞭度、分解能共に1段上がるので、1クラスも2クラスの上のイヤフォンで聴いているようなお得感がある。これはもうOFFには戻れない世界だ。

総論

Xperia 1は、様々な点で飛び抜けた能力を持つスマートフォンだ。価格は10万円越えだが、それだけの価値があると思わせる内容に仕上がっている。

特にユーザーにメリットがあるのは、HDRコンテンツが正確に表現できるディスプレイ側のクリエイターモードと、オーディオのDolby Atmos対応だ。対応コンテンツがあれば、我々を一段高い世界に連れて行ってくれる。My First HDRディスプレイがスマホ、という時代が到来したとも言える。

一方で立ち位置が難しいのが、Cinema Proだ。一般のアマチュアの方が、プロのグレーディング前のような映像を見せられて、それをよしとしてくれるのか、解釈が難しい機能である。個人的には、監督のロケハンや映画スタッフのサンプル撮りにはいいかもしれないが、普通の人にはあまり使い道がないアプリかもしれない。

しかし、これから映像を学ぶ学生さんたちには、業界に就職して実際にVENICEクラスのカメラを触らせてもらえるようになるまでは10年ぐらいかかるので、一足先に勉強・体験するツールとしてはいいものだろう。今はカメラと直結しているアプリだが、プロの現場では本物のシネマカメラの映像をストリーミングで受けられるような仕組みが欲しいところだ。

Facebook等を見ていると、Xperia 1はすでにだいぶ業界関係者の手に渡りはじめているように見える。隠れたヒットではなく、表だって成功したと言えるヒット作となるよう願っている。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。