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■ H.264はハードウェアエンコーダが主流?
昨年あたりから急速に、MPEG-4 AVC/H.264エンコードの高速化製品がリリースされている。ゆくゆくはCPUの高速化により、リアルタイム程度の速度でエンコードが可能になる日が来るかもしれないが、それを待っている余裕もなく、高速エンコードが必要な業務もある。例えば映像のネット配信事業は一刻も早い総ハイビジョン化が求められているが、それを支えているのがH.264のエンコードだ。
もちろん業務だけでなく、コンシューマにおいても高圧縮で高画質なH.264は、可能性を感じさせる。それはBlu-ray制作用途に限ったことではなく、ホームネットワーク用途でもアーカイブ用途でも、潜在需要はあるはずだ。
先日はトムソン・カノープスの「EDIUS Neo」と「FIRECODER Blu」の組み合わせをテストしたわけだが、ある意味これはハイビジョンカメラを中心としたビデオ編集、映像制作という明確な目的を持った人のためのソリューションだと言える。そういうタイプのものと、過去CD-RやDVD-Rのライティングブーム時に起こった純粋なエンコーダの登場というのは、性質が違うように思う。
今回はNABで実物が出展されたフィックスターズのエンコーダ、「CodecSys CE-10」(以下CE-10)を取り上げる。PLAYSTATION 3(PS3)をエンコードアクセラレータとして利用する、ユニークな製品だ。
注目のPersonal版も発売され、年間使用料19,800円という価格設定になっている。すでにPS3を持っている人なら、業務用と同じ高速エンコーダがこの値段で1年使え、しかもライセンス中は無償アップグレード対象となるわけだ。なお今月中に年間ライセンスを購入すると、ライセンス料が永久20%OFFになるキャンペーンを実施中である。
さっそく高速エンコーダの実力を、試してみよう。
■ セットアップは結構カンタン
CE-10は、コンシューマ向けのPersonal版と、業務向けのProfessional版の2つに分かれている。エンコーダそのものは同じで、Personal版には商用利用不可といった条件が付くほか、最大ビットレートが15Mbpsまでという制限が付いている。
入力可能なフォーマットは、YUV4:2:0 8bit planar、非圧縮AVI、MPEG-2。なおAVIはDirectShowで読めるものは対応できるそうなので、Canopus HQ Codecなどもコーデックをインストールすれば読み込める。NABで伺った話では、入力可能ファイルフォーマット、出力フォーマットにも若干違いがあるということだったが、現状は同じになっている。ただ将来の機能拡張によって、違いが出てくるということかもしれない。
現在はProfessional版のほうが14日間の無料評価版としてダウンロードできる。これは日数制限がある以外は、製品版(年間使用料198,000円)と全く同じだ。今回はこの評価版を使ってテストしている。
ソフトウェアのインストールは、単にインストーラを起動するだけだが、PS3にはOSと込みでソフトウェアをインストールする必要がある。PC側のフォルダにはPS3インストール用のフォルダが出来ているので、これをUSBメモリにコピーして、PS3のHDDにインストールする。
PS3では、本体設定の「他のシステムのインストール」からインストールするだけである。OSとエンコーダ込みで3.5MBしかないので、あっという間にインストールは終了する。あとは同じく本体設定にある「優先起動システム」で「他のシステム」を選択し、再起動する。
PS3用のOSをHDDにインストール | 専用OSでPS3をブートし直す |
専用OS起動画面。エンコード中もこの画面から全く変わらない |
起動した画面がこれである。OSは「Yellow Dog Enterprise Linux」というもので、これはCellプロセッサで動作するLinuxとしてフィックスターズが開発しているものだ。フィックスターズという会社は一般にはまったく馴染みがないわけだが、Cellをゲームではなくエンタープライズ系のビジネスをやっているのは世界でここぐらいしかなく、エンジニアもかつては各大手メーカー勤務だったCellプロセッサのエキスパートが集まっている。結構ガチなプロ集団なのである。
さてPC側だが、いったんソフトウェアを起動して、ライセンス認証を行なう必要がある。その後、ネットワーク上で待機しているPS3に接続し、エンコーダ画面が起動する。ハブやルータ経由でも使用可能だが、エンコードスピードがネットワーク全体のトラフィックに左右されるので、本当に速度にこだわる場合は、PCとPS3をクロスケーブルで直結するのがお勧めだそうである。今回はクロスケーブルで直結している。
CE-10の操作画面 | PC側からPS3のコントロールも可能 |
このEthernetによる接続のスピードが、このエンコーダシステムのポイントとなる。当然PC側はGigabit Ethernet対応が必要だし、EtherケーブルはCAT5eもしくはCAT6が必須となる。またPC側のパフォーマンスとしては、高ビットレートの映像になるほど、HDDのスピードが微妙に効いてくるという。
■ バッチ処理前提の操作
ソースファイルを指定して、エンコード設定を行なう |
エンコーダの操作画面は至ってシンプルだが、コンシューマのエンコーダにありがちな、ファイルを一括でドラッグ&ドロップというような作りではない。「エンコードジョブを追加」ボタンからファイルを一つ一つ指定して、エンコード設定を決めていく方式である。
今のところコンテナとしては、MPEG-2 TSとH.264 ESの2つだけ。出来上がるファイルは、MPEG-2 TSの場合「.ts」、H.264 ESの場合は「.264」となる。どちらもWindows Media PlayerやQuicktimeで気軽に開けるファイルではないため、近日中に「.MP4」でも書き出せるようにアップデートするという。
ストリームタイプは、NormalとBlu-rayの2タイプを選択可能。スペック表にはARIB非対応とあるが、これは要するにアクトビラのストリーミングフォーマットにはできないということである。
またプロファイルはMainとHighが選択できる。エンコードアルゴリズムは、速度優先と画質優先の2タイプがあり、動きベクトルを丁寧に見るかどうかといった違いで速度が変わるそうである。
ある程度パラメータを設定したら、それをテンプレートとして保存する事ができる。以降同じ設定を使う場合は、テンプレートを読み込んで使用することで効率化が図れるわけだ。
エンコード中の画面。部分的なエンコードもCE-10上で指定できる |
今回はエンコードサンプルとして、以前ビクター「GZ-HD40」で撮影したMPEG-2ファイルを利用することにした。元々はSD VIDEO規格のTODファイルなので、そのままでは読み込めない。そこでTMPGEncのMPEG Editorを使って約1分に編集したものを、スマートレンダリングでMPEG-2に出力した。
エンコードパラメータは、ストリームタイプがNomal、ビデオビットレート15Mbps、ピークビデオビットレート20Mbpsで、プロファイルとエンコードアルゴリズムを変更して、エンコード速度を計測した。オリジナルファイルと、各種パラメータを変えたファイルを一覧にしておく。使用PCはCPUがCore2 Duo 6700(2.66GHz)で、メモリは2GBを搭載したWindows Vistaマシンである。
エンコードサンプル | ||||
プロファイル | エンコード | フレームレート | エンコード時間 | サンプル |
Main | 速度優先 | 26 | 1分9秒 | |
High | 速度優先 | 22 | 1分18秒 | |
High | 画質優先 | 18 | 1分44秒 | |
オリジナル | - | - | - |
.tsファイルは、VLCなどのマルチメディアプレーヤーなら再生できるようだ。言ってみればただPS3と繋いだだけだが、ほぼリアルタイムのエンコードできるのは驚異的だ。ちなみにエンコード中のPC側のCPU使用率は、40%程度であった。MPEG-2のデコードはPC側が行なうので、その分の負荷がかかる。
今回はPC画面上で画質評価を行なったが、Mainプロファイルの速度優先でも、Highプロファイルの画質優先でも、明確な画質の差は認められない。若干映像が甘い感じがするのは、そもそもオリジナルの映像が甘いせいである。おそらくオリジナル映像が非圧縮など、高解像度の映像であれば差が出るのだろうが、オリジナルがMPEG-2の25Mbps程度で、H.264側が15Mbpsぐらいあれば、ほとんどオリジナルと遜色ない映像となる。
あとはどれぐらいまでビットレートを落として、利用者本人が納得できるかの問題だろう。参考までに、Highプロファイル、画質優先でビットレートを下げたファイルも掲載しておく。
ビットレートを落としたサンプル | ||
ビットレート | ピークビットレート | サンプル |
10Mbps | 15Mbps | |
5Mbps | 10Mbps |
■ 総論
アクセラレータとして特定のハードウェアを購入するというのも一つの方法だが、それが何年使用に耐えるのか、というのは悩ましい問題だ。いやハードウェアの寿命ということではなく、CPUやGPUパワーの進歩がそれらを駆逐するのか、そしてそれがいつなのかは、誰にもはっきりわからないのである。
CE-10は、PS3を使ってエンコードを高速化できるというところがウリではあるが、ソフトウェアとしての売り方として、年額ライセンス制としたところが面白い。必要なくなればそれ以上は払わなくていいわけだし、ライセンス期間のアップグレードは無償である。特に業務用のProfessional版は、1カ月単位でライセンスが買えるということで、必要な月だけライセンスを追加して増強するという使い方ができる。まあ、その分経理的にはややこしいことになりそうだが。
プロのニーズとしてポイントが高いのは、PS3側のOSも含め、ソフトウェアが非常に堅牢だということである。テスト中に必要に迫られて、PC側をクロスケーブルからインターネット回線に何度か差し替えたりしたが、繋げばいつでもきちんとPS3を認識して、操作不能になることがなかった。このあたりの安定感は、プロ用を謳う映像関係のソフトウェアでも結構怪しいものが多いのだが、時間単価で映像処理を行なうポストプロダクション業務の現場では強みとなる。
コンシューマ用途としてみれば、「何に使うか」が最大の課題だろう。ハイビジョンのMPEG-2ファイルや非圧縮AVIが手元にゴロゴロしていれば話は別だが、地デジ録画は使えないし、ハイビジョンカメラもほとんどがAVCHDになってしまった現状で、H.264にエンコードするという用途はあまりない。ただCanopus HQ Codecなども読めるので、編集してBlu-rayにという用途では、FIRECODER Bluの代わりに導入するという手はあるだろう。
現状のCE-10は、入力した映像フォーマットそのままでH.264にエンコードするだけだが、コンシューマでは入出力でAVCHDに対応し、リサイズやフレームレート変換などの機能があったほうが、ニーズがあるかもしれない。また複数台のPS3を繋いで分散レンダリングやMac対応など、今後もいろいろな方面への発展を期待したいところだ。