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DAZNへの加入で、Jリーグの好きなチームが強くなる? 年間視聴パスの仕組みを聞いた

 スポーツ専門の動画配信サービス「DAZN(ダ・ゾーン)」。2016年8月にスタートし、月額1,750円の料金、ライフスタイルに合わせて選べる視聴デバイス、豊富なコンテンツでスポーツファンからの人気を獲得している。2017年2月にはNTTドコモと組んで「DAZN for docomo」(月額980円)も開始。2017年8月には、サービス開始1年で日本国内の会員数が100万人を突破した。

DAZN アカウントディレクターのディーン・サドラー氏(左)と、Jリーグ クラブ アクティベーションエグゼクティブの杉渕賢史氏(右)

 野球や格闘技、テニス、モータースポーツなど様々なスポーツを視聴できるDAZNだが、中でもサッカーのコンテンツの品揃えは圧倒的だ。イングランドやスペイン、ドイツ、イタリアといった海外リーグの試合はもちろん、日本のJリーグのJ1、J2、J3のリーグ全試合をライブで配信。Jリーグとは2017年からの10年間で総額約2,100億円の放映権料を支払うという大型契約を締結し、大きな話題となったのも記憶に新しい。

 そのDAZNが2017年11月17日に、Jリーグの各クラブと連携して新たな試みとして始めたのが「DAZN年間視聴パス」。サッカーファンがJ1~J3の各クラブを通じてDAZNの年間視聴権(年額1万9,250円)を購入すると、その購入金額の一部が強化費用としてクラブに還元されるというユニークな仕組みだ。

 米NBAやNFLなど、リーグ公式の配信サイトが年間視聴パスを販売するケースは既にある。だが、各クラブがパスを販売し、見返りとして、それぞれの強化費用も得られるというのは珍しい。サッカーファンにとっても、新たなクラブ支援のかたちが提供されることになる。

 実際に、年間視聴パスとはどんな仕組みで、どういった経緯で導入が決まったのか。さらにはDAZNの狙いや将来の展望などを担当者に聞いた。インタビューに答えてくれたのは、DAZNでJリーグ事業を統括しているディーン・サドラー氏と、各クラブとのコミュニケーションなどを担当している杉渕賢史氏の2名だ。

割引きだけじゃない、年間視聴パスってどんな仕組み?

――今回のDAZN年間視聴パスの企画が動き出したのは、いつ頃のことでしょうか?

サドラー氏(以下敬称略):2017年の夏頃です。ちょうどJリーグの2018年シーズンに向けてどういった取り組みをしていくかを検討するタイミングで、今回の仕組みのアイデアが出ました。DAZNは2017年8月から、各クラブに対して月額会員の獲得数に応じた強化費用を支払う「DAZNアフィリエイトプログラム」を提供しています。簡単に説明すると、この仕組みを年間契約に置き換えたかたちになります。

ディーン・サドラー氏

――DAZN年間視聴パスでは、専用コードが印刷されたカードが用意されています。オンラインで完結させるのではなく、このような方式にしたのはなぜですか?

サドラー:DAZN年間視聴パスは、各クラブが販売するシーズンパス(スタジアムでの年間観戦チケット)と組み合わせて販売されることになります。これは、クラブが普段からファンと接している窓口をそのまま使えるようにしたかったからです。Jリーグは、クラブによって、規模やファンとの距離感などが様々で、最適な販売方法はクラブごとに違います。シーズンパスの更新と同じタイミングで販売するのがベストなクラブもあれば、スタジアムなどで対面販売するほうがよい場合もあるのです。DAZNのカードは、そのような事情への対応策ですね。

杉渕:私たちも当然、オンラインで完結させることの利便性も理解しています。ですが、クラブによっては郵送や銀行振込といった手段がメインのところもあります。また、「対面販売でしか買わない」というファンもいます。買えない、あるいはオンラインなら買わないという人が出てしまうのは避けたいと考えました。

スタジアムでのDAZN年間視聴パス販売風景。写真は名古屋グランパスの例

――この取り組みを始めるにあたって、各クラブとの交渉はどのように行なわれたのでしょうか?

サドラー:前提として、複数クラブに関係する新しい企画を始める場合は、Jリーグと相談してから、各クラブとの交渉に入るという約束があります。今回もまずはJリーグに相談し、クラブ側に話を持ちかけました。DAZN年間視聴パスは、今回が初めての試みです。最初に各クラブの情報を収集し、クラブにとって最適な販売方法を考えた上で提案しました。基本のスキームは全クラブが同じですが、試合会場や、公式Webサイトなど、販売方法はクラブによって様々です。

――DAZN年間視聴パスを購入するのは、どういうファンだと予想していますか?

サドラー:シーズンパス購入者、もしくはファンクラブ会員への限定販売ですので、やはりコアなファンになるだろうと思います。「クラブに貢献できるものなら、なるべく買って応援したい」という熱心な“サポーター”が購入層になってくれると思っています。それに、ライト層にいきなり年間契約はハードルが高いでしょうから、ライト層向けには別の企画を考えて行く必要があるでしょう。

――購入者にとっては、年間契約にすることで1カ月分の割引が受けられること、2,000円分のクーポンかグッズをもらえることがメリットですね。

サドラー:私たちが考えたのは、サポーターにも何らかのインセンティブを提供したいということでした。それが、クラブの公式ショップなどで使える2,000円分のクーポンになるのか、あるいは限定グッズになるのかはクラブにお任せしています。やはり、クラブが自分たちのファンのことは一番よく理解していますからね。

――販売開始時期も、クラブによって異なります。全クラブが出揃うのはいつ頃でしょうか?

杉渕:来シーズンの昇格や降格を最終節まで争っていたクラブもあります。そういうクラブではまだ始まっていないところもありますが、ほとんどのクラブが2018年1月までには販売を開始できる見込みです。

サドラー:現在、DAZN年間視聴パスのカードは製作中ですが(注:取材は12月上旬に行なった)、実際に購入者の手元に届くのは2018年2月頃になりそうです。サイト上での専用コードの入力期限は2018年4月13日となっています。

杉渕:既にDAZNへ加入済みの方も、年間視聴パスを購入すれば、同じアカウントに登録用のコードを入力することで、スムーズに年間視聴契約へ切り替えられます。

――カードのデザインは全チーム共通ですか?

サドラー:今年は共通となります。ですが、将来的にはクラブごとに異なるデザインにしていきたいですね。クラブへの思い入れが強いファンが購入するものですし、そのあたりは来年以降の改善ポイントだと考えています。

年間視聴パスの購入者にはカードが届く(写真はサンプル)
カード裏面のコードを入力すると登録完了

年間視聴パスは「アウェイゲーム向けのシーズンチケット」

――ところで、今回の企画に対して、Jリーグや各クラブからネガティブな反応はなかったのでしょうか。ファンが「テレビで観られるなら、それでいいか」と感じれば、クラブにとっては「スタジアムに来てくれるファンを奪われてしまう」という反応もあるかもしれません。

サドラー:それはまったくありませんでしたね。なぜなら今回の仕組みは、ホームゲームはシーズンパスで観戦、アウェイゲームはDAZN年間視聴パスで視聴という活用が想定されるからです。元々、ホームゲームを(スタジアムで)観戦するチケットを購入しているファン、あるいは、積極的にクラブを応援してくれている人たちなのだから、DAZNに奪われるという事態にはならないですよね。

――そう考えると、ファンにとってのメリットも大きいですね。

サドラー:ファンの心理としては、応援するクラブの試合は毎節、逃さずに観たいものです。今回の仕組みは、シーズンパスはホーム用、DAZN年間視聴パスはアウェイ用といった位置付けで、それを可能にしてくれます。さらに、熱心なファンであれば、スタジアムで他のファンたちと一緒に生観戦した後、自宅に戻って一人で映像でも楽しむと思います。実際、これまでの実績でも、スタジアムが盛り上がった試合は見逃し配信の視聴も多いというデータがあります。スタジアムで観戦した人が、自宅でもう一度観ているという要因もあるのではないかと考えています。

杉渕:それと、自分が応援するクラブとは別のクラブの試合も、けっこう観られているようです。順位が近いクラブだったり、優勝の行方を左右するようなビッグマッチだったりですね。

杉渕賢史氏

――クラブにとっては、強化費用が入ってくるのは非常に大きいですね。この資金の使い方は限定されるのですか?

サドラー:DAZNが使いみちについて口を出すことはありません。各クラブが判断して、必要と思われるものに使うことになります。

――「購入金額の一部」がクラブに入るわけですが、どのくらいの割合なのですか?

サドラー:割合については公表できません。ですが、それなりの有意義な収入が入ってくる仕組みになっています。「購入金額の一部」というと、一般的にどれくらいを想像されるのかはわかりませんが、おそらく、みなさんが考えるよりも少し多い割合なんじゃないかと思いますよ。

――なるほど。そうなると、クラブとしては積極的に販売して、なるべく多くの強化費用を得ようという努力をするでしょうね。

サドラー:クラブ規模やファンとの距離感、あるいはサポーターが持つ影響力などはクラブによって異なっていて、本当に様々です。今回の仕組みに対する力の入れ具合は、クラブによってばらつきが出るだろうと予測しています。当然、売れ行きについては、ファンの数が多いクラブが販売数も多くなるでしょうが、公式サイトで目立つバナーを設置したり、専用のアピール動画を作成するようなクラブもありますので、必ずしも規模と比例するというわけではないでしょうね。

清水エスパルスは、年間視聴パス向けに動画を作成。クラブごとに様々な取り組みを行なっている

――すでに販売を始めているクラブでは、どういう反応なのですか?

杉渕:あくまで一例ですが、コンサドーレ札幌は2017年シーズンの最終節にスタジアムで販売をしていて、私もそこに立ち会ったのですが、反応はとても良かったですね。仕組みを説明して理解してもらえれば、だいたいのファンは購入してくれました。「クラブのサポートになることができて嬉しい」という声も聞きました。

サドラー:初めてのことなので期待値はわからないですが、各クラブの手応えも概ねポジティブなようです。

――ちなみに、この仕組みは海外のDAZNでも行なわれているものなのですか?

サドラー:DAZNとしては、日本が初めてです。今回の試みがうまくいって成功事例になれば、当然、他国にも展開することはあり得るでしょうね。

――成功の基準は何でしょうか。どれくらいの売れ行きなら成功といった具体的な目標はあるのですか?

サドラー:もちろん、内部的な目標は定めています。ただ、今年が初めての試みなので、まずは導入してその結果を見て、来年の改善につなげるということになるでしょう。私たちが想定した目標に届かないからといって、来年やらないわけではありません。今年やってみて、良いところはしっかりと継続し、悪いところはちゃんと改善するということです。

海外からみたJリーグの特徴、ファン拡大への課題

――ここまでのお話を聞いていて、DAZNがJリーグに対して、とても力を入れていることが伝わってきました。会社としては、どういう方針で臨んでいるのですか?

サドラー:2016年7月に、Jリーグと10年間で総額約2,100億円という大型契約を締結した時からお伝えしていることですが、私たちには放映権だけを買っているという意識はありません。Jリーグの中核的なパートナーとして、Jリーグ全体を外部から盛り上げたい、高い位置に押し上げていきたいという強い意思を持って、あらゆる取り組みをしているのです。そのコンセプトがあって、今回のDAZN年間視聴パスの企画も生まれてきました。私たちが放映権料というかたちで投資した資金は、クラブにも間接的に届きます。その一方で、直接クラブとの関係を築きたいという思いがあったのです。

――つまり、DAZN年間視聴パスは、自分たちの会員数拡大だけを狙ったものではないということですね。

サドラー:会員数拡大はもちろん重要です。でも、それだけではない。Jリーグ全体を盛り上げたいという思いも、同じくらいの強さで持っています。

――海外のリーグに比べて、Jリーグの特徴を、どう捉えていますか?

サドラー:まず言えるのは、どの試合をスタジアムで観戦しても非常に安全です。これは大きな特徴。そのことにより、海外と比べて、女性ファンの比率が高く、家族連れも多く見かけます。海外でも、たとえば自分の息子をスタジアムに連れて行くというようなケースはありますが、家族みんなで行くという割合は海外と比べて高いと思います。

杉渕:それに加えて、地域に根ざしたクラブも多くあります。これは、Jリーグの理念が「地域密着」であることも影響しています。地域に誇りを持っているので、たとえサッカーにあまり興味がなくても地元のクラブを応援しているというファンも少なからずいます。

――一方で、これからファンを増やすために、課題と思うところなどはありますか?

サドラー:ファン構成の中で若年層の割合が低いですね。これは、海外と比べて顕著で、解決しないといけないと思います。DAZNとしても、若年層にどうアプローチするかはリーグと共同で検討中です。これは、今回のDAZN年間視聴パスとは違った施策が必要になるでしょう。私たちは10年間という長期の契約を結んでいますし、これは明確な戦略を持って、若いファンを増やしていかなければならないと考えています。

――10年という期間で、DAZNは何をしようとしているのでしょうか。Jリーグをこうしたい、あるいは世の中をこうしたいというビジョンはどんなものですか?

サドラー:まず1つは、ファンの人数が増えること。これは具体的な目標を定め、測定できるものです。もう1つは、少し抽象的ですが、世の中にJリーグの話題が増えること。たとえば、メディアへの露出が増えるとか、職場で週末の試合が話題にのぼるなど、一般の人たちの生活の中にJリーグの話題が増えることを目指しています。大きな言い方をすれば、日本にサッカー文化を育てていきたいのです。

――今後具体的に、盛り上げのための計画はありますか?

サドラー:今、ちょうど計画を練っているところで、まだ公表できる段階ではありません。2018年シーズンの開幕直前に、また取材に来てください(笑)。その時には、具体的なお話ができると思います。

加藤 肇