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5Gでスポーツがもっと楽しくなる? 8KやVRだけじゃない、トイレ待ちも解消!?
2018年6月18日 09:40
「ラグビーワールドカップ2019」や、「東京2020オリンピック・パラリンピック」に向けて、国内でスポーツを盛り上げる動きが始まっている。そんな中、2020年のサービス開始が見込まれる「5G」(第5世代移動通信システム)を活かした様々な取り組みで、NTTドコモがスポーツの盛り上げを手助けしているのはご存じだろうか。「なぜドコモがスポーツ」なのか。5Gのキーパーソンである5G推進室 室長 主席研究員の中村武宏氏と、スマートライフ推進室 スポーツ&ライブビジネス推進室 室長の尾上健二氏が疑問に答えてくれた。
ドコモによるスポーツへの取り組みで分かりやすい例は、スポーツ映像配信大手と組んだ「DAZN for docomo」。DAZNの通常契約は月額1,750円だが、ドコモのケータイ回線ユーザーは月額980円になるもので、開始から約1年1カ月で会員数は100万人を突破した。それ以外にも、サッカーJリーグの大宮アルディージャのトップパートナーであり、ラグビーではトップリーグのNTTドコモレッドハリケーンズなど、スポーツチームとの関わりも深い。
「企業とスポーツ」といえば、スポンサーとして参加する形がよく知られるが、ドコモの関わり方は、それだけに留まらないとのこと。5Gなどの技術を活かした具体的な事例や、これから目指すスポーツの新しい楽しみ方などを聞いてみると、ファンやチーム、地域といった様々な目線で多くの可能性が見えてきた。
スポーツをもっと楽しむために5Gができること
――「スポーツ&ライブビジネス推進室」は新しい部署だと聞きましたが、どんな目的で作られたものですか?
尾上氏(以下敬称略):昨年2月にDAZN for docomoが始まり、7月にはJリーグにスポンサーとして参加することになりました。これまでもスポーツやエンターテインメント分野で様々な部署が取り組んでいますが、来年のラグビーワールドカップや、2020年の東京オリンピック、その先を見据えて、スポーツ産業とライブ産業を、ドコモの5G技術などを活かしながら、どういう形で広げていけるか、どのように収入貢献ができるかを会社から期待され、生まれた部署です。
――5Gをスポーツに活かす例としては、高画質な映像配信が想像できますが、どんなところがメリットになりそうでしょうか?
中村:映像は、5Gの高速大容量性を活かせる事例ですね。これまで何回もデモを行なっており、8Kの映像を何枚も同時に送れることをシャープさんと実証実験したり、NHKさんとの8K映像中継するなど、発展の可能性は多々あります。
特にスタジアムは人がたくさんいますので、大容量が必要で、5Gの能力を発揮できる良い場所です。アンテナの位置など工夫する余地はありますが、スタジアムは一つの明確なユースケースです。
今のLTEではできない高速大容量の通信が実現すると、その上で動かすアプリケーションも色々と作られると思います。今はできないサービスも、どんどんアグレッシブに展開できる可能性があります。例えば、スタジアムにいる一人ひとりが違うリプレイ映像を見たいという場面や、リアルタイムに色々な情報を追いかけたい、というケースがあります。
尾上:スポーツ競技によって違いはありますが、大宮アルディージャの試合をよく見に行くと、サッカーは、ハーフタイムの時に通信のトラフィックが一番集中します。写真など色々アップロードしたりしているからですね。
5Gですとダウンリンク(下り通信)もアップリンク(上り通信)も大容量で行なえます。そこで、今まではアップしていたのが静止画だったのが動画をアップできるようになる、ということもあります。
個々のスタジアムによっても違いますが、「さっきのプレイ何だったっけ? 」という時に(大型ビジョンなどで)リプレイできるスタジアムもあれば、そうじゃないところもある。それを手元のスマホでリプレイできると便利だと思います。
また、スタジアムやアリーナ含め、(テレビ中継などのような)解説はありません。音声やスマホ画面などの解説で競技を理解してもらえると、ライトファンにとってもスタジアムなどへ入りやすい環境を作れると思います。
――通信やICT技術を活用した「スマートスタジアム」を作るといった取り組みも各所で聞きます。
尾上:便利なものではありますが、全てのスタジアムやアリーナですぐにできるというものではありません。そうした中で、ドコモとしてモバイルでどのように補強していくのか考えると、5Gで大容量、かつ低遅延で通信できるという特徴があります。これによって、お客さんの手元でリプレイや解説といったサービスが生み出しやすいと思います。
屋内や屋外などを気にせず、細かい操作などをしなくても、いつもスマホを使っている感覚で利用できるのが大切です。もちろん、Wi-Fiを用意するケースもあるので、ハイブリッドな環境を用意するのが大事だと思っています。
――5Gが実現されると、今は当たり前のスマホとは違った端末で観ることも生まれてくると思います。そういった想定はされていますか?
中村:今の時点ではっきりとは言えないですが、メガネ型のVRデバイスなど、今よりもシンプルなものが生まれれば、特にスポーツ系は使えると思います。個人的にも欲しいと思っていますし、ニーズは絶対あると思います。能動的に操作しなくても情報が入ってくるのは、スポーツの見方にとって、プラスになってくれると思います。
尾上:試合中に知りたい情報は、人によって違うと思います。今は、編集された「一番いい映像」として、共通のものを見せるのが一般的です。ゴルフが分かりやすいかもしれませんが、「ある選手だけ見たい」という時に、それをずっとは見られません。使う人に合った情報をなるべく瞬時に作って、早くその人に届けられるという意味で、高速、大容量、低遅延は大事だと思います。
ラグビーの試合で'17年12月に行なった「ARライブ映像視聴システム」は、スマートグラス上に投影されているコンテンツを、手の動きで自由な位置に動かしたり、動かしたコンテンツの表示位置に応じて大きさを変えて視聴することができるものです。そこで、試合の状況などをプッシュで通知しました。
もちろん、観客の視界を邪魔してはいけませんが、実際の試合に映像をのせて、分かりやすくするためのトライアルを5Gも使いながら行ないました。これから、スマートグラスがシンプルになって、掛けるのに抵抗がなくなってくると、こういったものにも可能性が出てくると思います。
パブリックビューイングのように大勢で観る時にも、色々な見せ方を提供できればと思っています。スタジアムから離れていても、現地の盛り上がりとシンクロできるといいですね。今は観るだけですが、5Gの低遅延を活かして、インタラクティブにパブリックビューイング会場から「応援してるよー!」という声が会場に伝わるようなことは、スポーツだけでなく、音楽などのライブも含めてできるようにすると、“参加している感覚”がもっと味わえるのではと思います。
――映像によって、色々なスポーツ競技が手軽に観られるようになると、今まで隠れていたニーズが見つかることもあるかもしれませんね。
尾上:コアなファンがいる競技は、(視聴数などの)ボリュームがとても多いわけではないありません。しかし、スタッツ(得点などだけではない細かい成績や数値)のデータなどで、観戦する時に楽しさが増すような取り組みも、もっとあっていいと思います。そこから“選手と選手の相性”だったり、“あの選手は何キロくらい走ると疲れてしまう”、みたいな想像もできますよね。
中村:リアルタイムでバイタルデータが見られるようになれば、観戦する人にも面白いですし、コーチ陣にとっても有用ですね。
スタジアムのトイレ待ち、ビール待ちも解消?
――これまでのデモや実証実験は、ドコモ単独でというよりは、パートナーと組んで行なっているようですが、現在パートナー数はどれくらいの規模になっていますか?
中村:5Gでは、あらゆる業界と協力しており、法人向けでは、新サービス創出に向けて1月に提供開始した「ドコモ5Gオープンパートナープログラム」に、現在は700社近く参加いただいています。パートナーの皆さんと一緒にサービス開発することは積極的に展開しています。新しいデバイスによって、自社では想像できなかったことができるなど、可能性が増えてきました。
これはスポーツではないですが、コマツさんとの協力で、建設・鉱山機械の遠隔制御システムの開発に向けた実証実験を行ないました。建設機械に搭載した複数のカメラで撮影した高精細な現場の映像と建設機械への制御信号を、双方向でリアルタイムに送信するものです。実際の映像を見て、遅延性まで含めてこんなすごい使い方ができるのかと驚きました。
尾上:スポーツ&ライブビジネス推進室に関して言えば、一番初めに取り組んだのはJリーグさんとの協力です。
一般公開されている毎年の調査を見ると、Jリーグ観戦者の平均年齢は、2016年が41.6歳(同伴来場の子供を含めた場合は35.3歳)、2017年が41.7歳(同35.8歳)と、高齢化が進んでいます。(若者を含む)ライトユーザーをいかに増やすかという時に、DAZN for docomoは年度末に100万契約を突破しましたが、このまま満足に使っていただける状況をどう続けていくか、という取り組みをしてきました。
1つは、JリーグのWebサイトにおいて、ネットショッピングなどの支払いを月々のケータイ料金と合算できる決済サービスの「d払い」を導入しました。
また、ドコモショップではJリーグの「応援店舗」の数も増えています。これは、仙台ならベガルタ仙台を、大宮ならアルディージャを応援するショップです。こうしたドコモショップで新規にケータイを購入した方に、DAZN for docomoを契約するなど、いくつか条件はありますが、スタジアムのチケットを(抽選または全員に)プレゼントするということをやっています。「ホームはスタジアムで、アウェーはDAZNで」観ていただくという取り組みです。
クラブチーム側にも好評で、かなりのチームにおいて、これまであまり関心のなかった方も含めてスタジアムに来ていただけているという実績ができ始めています。
実際にスタジアムなどで観戦していると気になる点の一つとして、「ハーフタイムにビール1杯買うのに、どれだけ並ぶんだ」という不満だったり、「トイレが大渋滞」という問題があると思います。
NTTグループ全体の取り組みでいえば、(アルディージャのある)大宮で「ファストレーン」を実施しています。これは、ケータイで先に注文しておくと、通知が飛んできて(通常の列より早い)ファストレーンで買えるというものです。また、一部のエリアですが席へのデリバリーも始まっています。
ARのようなテクノロジーも重要ですが、それだけではなく、普通にトイレに並ばず入れる、食事もグッズも並ばず買える、できれば混雑無く帰りたい、そういった便利さにも、我々の技術を使っていただければと思っています。結果的に「より感動できるような状態をどう作れるのか」が大事です。
選手やチーム、アマチュアにも。2020年に向けた次のステップとは?
――これまで観戦する方法について聞いてきましたが、スポーツはもちろんプレイする楽しみも大きいと思います。5G技術を活かしてどんなメリットがありそうでしょうか。
尾上:3月に、バスケットボール女子日本リーグ(WJBL)と協力し、自動撮影による追尾映像ライブ配信と、試合解析トライアルを共同で実施しました。
実際にやってみて感じたことの一つに、設置や撤去って、けっこう大変だということがありました。今回は大田区の総合体育館を使用したのですが、プロではなくても区民が普通に体育館を使う時に、カメラ設置が既にされていて、自動でクラウドに上がる仕組みがあれば、親御さんがファインダー越しではなく実際の試合で応援できます。
もちろん、個人情報の保護など課題をクリアするのは前提ですが、簡易に自分の子供の試合や練習を観られるようになります。個々の選手をカメラで自動的に追えるようになれば、コーチングにも活用できます。体育館やアリーナへの設置が増えていけば、アマチュアもプロも、変わってくるのではと思っています。
実際、ドコモがスポーツ、というイメージはそれほど強くないと思います。スポーツへの取り組みというと、興行の放映権やブランド認知などが注目されますが、我々は積極的に前へ出ていくというよりは、基盤整備のお手伝いをさせていただく中で、産業全体が広がり、我々もマネタイズのポイントを探っていくのが一番かと思います。
――5Gの整備と、スポーツへの活用に向けて、これまでの取り組みで得られた知見や、2020年に向けたの課題とは何でしょうか?
中村:これまで、展示会などで様々なデモを行なってきましたが、業界向けのものが多かったので、一般の方のリアクションが欲しいと思い、東京スカイツリーで期間限定の体験スペースを用意しています。私もゴールデンウィークの時に行きましたが、多くの方に興味を持っていただけたと思います('19年3月31日まで実施)。
一般の方が5Gと意識することが無くても、どんな楽しみ方ができるかということに今までなかった体験ができることが大切です。
AR技術を活用したスポーツ視聴コンテンツ「ジオスタ」で、鈴鹿サーキットでのスーパーフォーミュラを俯瞰映像で楽しめるというもので、非常に感動していただけたようです。こういったことをどんどんやって、受け入れていただける手ごたえを感じています。
これからは“現実的に使えるもの”にしていくことが重要で、チャレンジしていなければならない。これからリアルな環境で取り組むことで、色々な問題は出てくると思うので、それを1個1個つぶしていかなければなりません。
スタジアムは最たるもので、「5Gは人がいっぱいでも使える高速大容量通信」ではありますが、想定を超えるような状況になるかもしれません。今後の課題はいかに、リアルでつかえるものにするかということ、一方で、リアルだとこれくらいのサービスもできそうですということを情報発信して行きます。あとはビジネスモデルです。色々なパートナー含め、お互いにWIN-WINとなれるビジネスを作っていきたいですね。
尾上:2020年は東京オリンピックが注目されていますが、それ以降もマーケット全体が広がっていくことが大事です。スポーツの場合はクラブ、スタジアム、アリーナ含めて地域に根差していますので、スタジアムやアリーナに閉じたサービスだけでなく、地域全体とどう取り組むのか。dポイント、dアカウント、d払いなどを含め、地域との取り組みの中でもっとマッチングできる要素はあると思います。その核としてアリーナやスタジアムが存在し、我々が支援して全体を活性化したい。「あの街がこんなに変わった」という事例を作り、他にも広がっていくことで、2020年以降も日本全体がスポーツやエンターテインメントで盛り上がればと思っています。