トピック
MQA-CDからヘッドフォン駆動まで! 話題のMYTEK製USB DACを使い倒す
2018年12月6日 08:00
オーディオの評論を生業としている筆者は、自宅では私的にピュアオーディオを愉しんでいる。安普請の借家で鳴らしているスピーカーシステムは、米MAGICOの「M3」である。デジタルのフロントエンドは英dCSの「Vivaldi」と英Chord Electronicsの「DAVE」、そして米MYTEK Digitalの「Manhattan DAC II」といったところ。10月にはSOULNOTEの「D-2」も加えて少しずつ使い始めている。
その中でも、今年になってからのリスニング頻度が高いのはMYTEK DigitalのManhattan DAC IIだったりする。実はオリジナルのManhattan DACを所有していたときもそんな感じだった。オーディオシステムの空間で使うだけではなく、たとえば原稿をタイプするデスクトップPCの傍らで音楽を聴くときや、PCにインストールしているDAWで編集や実験をするなどの場合に、私はManhattan DAC IIをオーディオラックから移して使っている。
日々活用しているManhattan DAC II
そんな流れは、MYTEK Digitalの名前を一躍有名にした小型DACの「Stereo 192-DSD DAC」を愛用していたときから。音が気に入っているため時にはキッチンでも使い、リッピングした新譜CDをヘッドフォンで聴いたりしていた。まあ、DACがPCと接続できるからこそ可能になったわけで、一般的な同軸やAESのデジタル接続だけだったら、そんな気軽な使いかたはできなかっただろう。
そのほかにも、たとえばスピーカーシステムやアンプをオーディオメーカーの試聴室で聴く機会があり、そこで192kHzサンプリングのPCM音源やDSD 5.6MHzが再生できない場合には、試聴音源を格納したノートPCとMYTEK Digitalの小型DACを持参していた。さすがに約8kgあるManhattan DAC IIを外部に持ち出すのはタイヘンだが、それでも皆無というわけではない。
オリジナルのManhattan DACからそうだったが、私は製品に付属している金属製スパイクを使っていない。その代わりに、J1 Projectの黒いICPコーンスパイク(ショートタイプのスタッド付きS35HR-Jとサイズ変換ネジ併用)を底面に取り付けている。音質的にも悪くはなく、硬質ポリマーが素材のスパイクだからなにかと安全なのである。
MYTEKが本格的なフルサイズの最高峰DAC「Manhattan DAC」を発表してからほどなく、私は導入することを決めた。確か2015年の夏だったと思う。その第1の理由は、言うまでもなくハイレゾの再生対応がとても充実していたからだ。DSD 11.2MHzや384kHz/32bitのPCMという、今でも現実的な最高位のデジタルフォーマットにフル対応している本格的なDACというのは、市場にまだ多くはなかった。第2の理由は、同社製品のStereo 192-DSD DACに使われていたESS製DAC素子による音質に好感を抱いていたからである。
MYTEKはポーランド出身のミーハウ・ユーレビッチ氏(Michal Jurewicz)が主宰する、米国ニューヨークに本拠を置くプロ用&民生機のデジタルオーディオ・ブランド。彼は著名なレコーディングスタジオで働きながら、レコーディングやマスタリングで使う目的の高音質ADCとDACを造ってきた敏腕エンジニアだった。MYTEKの創業は今から26年前の1992年に遡る。その名前はニューヨークから世界へと徐々に知れ渡っていった。
プロフェッショナル機器を中心に手がけてきたことから、MYTEKのManhattan DAC IIやBrooklyn DAC+などは“プロ機の音を継承している”と形容されることがある。プロ機と民生機との音の違いを問われたら即答するのに困るけれども、私個人は概して躍動感を最も重視したダイナミックでストレートな音がプロ機に顕著な音質傾向だと思っている。
一方、民生機だって同じように躍動感やストレートさを重視しているのは当然なのだが、電源部の規模や周辺回路を含んだノイズ対策に関しては、より入念にこだわって徹底している場合が多く、そのぶん民生機はプロ機よりも繊細な音の表現力を持ち合わせていることが多い。筐体の構造や剛性、そして制振対策なども民生機のほうが総じて優れていることが多いので、私はプロ機を自宅で使おうとは思わない。
前述したとおり、オリジナルのManhattan DACは当時まだ多くはなかったDSD 11.2MHzや384kHz/32bitのPCMといった超ハイレゾ音源のリスニングか可能だったので、重宝していた。本格的なトロイダル型電源トランスフォーマーを2基も搭載している潤沢な電源部に支えられた音は、音楽の安定感が抜群で、瞬発力に優れた鋭角的な音も得意だったのだ。
DAC素子はStereo 192-DSD DACから使い始めたESSテクノロジー製で、32bitの8ch出力DAC素子だった。それをステレオ用の構成で使っていたのが、Manhattan DACである。“プロ機と民生機のいいとこどり”をした最高級DACといえる内容なのだ。
同軸デジタルやバランスのAES入力などはもちろんのこと、接続できるUSB Type-Bは2.0と1.1の両方を備え、FireWire(IEEE1394)だってある。また、DSDのプロフェッショナル規格であるSDIF3入力(左右独立の75Ω BNC端子)とワードクロック入出力も搭載するなど、装備の豊富さもManhattan DACの特徴だった。まるで鎌倉彫のような前面と側面の凝った彫刻フィニッシュは、知人である西海岸の米国ニール・フェーイ社(精密メタル加工会社)を主宰するアレックス・ラスムッセン氏がデザインしている。
色彩感の豊かな音になったManhattan DAC II
私が新製品のManhattan DAC IIに換えたのは、2018年になってから。新型としての特徴は、CDと同等程度の少ないデータ転送量でもPCMハイレゾ再生を可能にするというMQAデコードへの完全対応、そして搭載するDAC素子がESSテクノロジーの最上位であるES9038PROになったこと。USBは2.0だけになりFireWireは廃止されてしまったが、不便さを感じたことはない。
オプションでネットワークオーディオプレーヤー回路を組み込むもできる。追加サービスとして、日本で取り扱うエミライから268,800円(工賃等を含む)で提供されている。そして、まだ日本ではスタートしていないのだが、フォノイコライザー回路の追加も可能だ。エミライによれば、こちらの追加サービスも将来的に予定しているそうだ。
私の機体は旧輸入元のときに導入しており、その両方をインストールした「全部乗せ」仕様で使っている。ネットワークオーディオは現状で192kHz/24bitとDSD 2.8MHzが限界になるけれども、操作性も快適で気に入っている。ネットワークのRJ45端子の下にはUSB Type-Aがあり、USBメモリ内の音源を再生することもできる。
音はオリジナル機と比べて、明らかに向上している。しかし、音質のベクトル(方向性)に大きな変化があったわけではない。オリジナルのManhattan DACはDAC素子自体のキャラクターを活かしてストレートな音を聴かせていたが、新たに「ES9038PRO」という諸性能が向上した最新DAC素子を採用したManhattan DAC IIは、音楽の瞬発力が一段と高まって音離れの良さも感じられる。
色彩感の豊かな音質という特徴はそのまま継承しており、その彩りの鮮やかさが増したとも感じられる。積極的な音の語り口になっているという印象なのだ。ダイナミックレンジ感=S/N感の向上に関しては、従来比で4倍もの高い電流出力を獲得している新型DAC素子の性能に負うところが大きい。彫り深い立体的な音像描写と広大な空間表現を得意とするヴィヴィッドな音というのが、Manhattan DAC IIの魅力だと思う。
MQAフルデコード対応も魅力。MQA-CD再生にも
Manhattan DAC IIの使用頻度が拙宅で高いのは、巷間で話題のMQAにフルデコード対応であることも理由のひとつなのは間違いない。英メリディアンオーディオのボブ・スチュワート氏らが提唱するMQA(Master Quality Authenticated)は、AV Watchで何度も取り上げられているので、技術的な特徴を改めて述べるまでもないだろう。
CDと同等のデータ転送量でもPCMハイレゾ再生が可能というMQAは、MQAエンコードされたCD(MQA-CD)再生と音楽のストリーミング再生で最大限に効果を発揮すると思っている。しかしながら、MQAを採用しているストリーミング再生がまだ国内に正式登場していないあたりを踏まえると、MQAの音質的な効果を楽しむにはMQA-CDの再生とMQAエンコードされたデジタルファイル再生の2つに限られてしまう。
私はユニバーサルミュージックジャパンがリリースした、洋楽・クラシック・邦楽のハイレゾCD(UHQCDの製造手法で作ったMQA-CD)をいくつか求めてリッピングしている。MQAに関してかなり公平な音質比較になりそうなのは、2LのHPにあるHiRes Downlord – test benchからダウンロードできるハイレゾ音源とMQA音源であろう。
また、アナログディスク時代からの愛聴盤である女性シンガー、ラドカ・トネフの「フェアリー・テイルズ」もSA-CDのハイブリッド盤でCD層がMQAエンコードなのだが、これは大元のマスター音源が三菱のレコーダー「X-80」を使った50.2kHz/16bitサンプリングのデジタル録音。とはいえ、音楽的にはとても素晴らしいから入手をオススメしたい。なお、MQAはあくまでエンコードとデコードがPCMドメインなのだから、根本的にDSDとは異なるということをシッカリ理解しておこう。
Manhattan DAC IIの便利なところは、たとえばCDプレーヤーとデジタル接続した状態でMQA-CD再生してもMQAデコードができることと、MQA-CDからリッピングしたデジタルファイルでも問題なくMQAデコードが可能なこと。MQA-CDリッピングの補正ツールであるMQA Tag Restorerを使わなくたってOKなのだ。ちなみに、MQA Tag Restorerでは圧縮FLACのタグ付きMQAデータを自動的に生成してくれる便利なツール。非圧縮FLACを好む私にとってはちょっと困りものなのだが。
もうひとつManhattan DAC IIの便利なところは、DAC側でMQAデコードのONかOFFを自由にできること。私はUSB接続によるMytek Panel ControlアプリでDACの設定を行なっているのだが、そこでMQAを有効にするか無効にするかを選んで音を比べている。この機能はMQAの効果を聴感で客観的に知るための大きな助けになっている。
オーディオラックに収めて使っている際は、Manhattan DAC IIの音をスピーカーシステムで聴いている。一方、デスクトップPCの傍らに置いている場合はヘッドフォンリスニングの方が多い。そんなときに役立っているのが、純正のバランスヘッドフォンケーブルアダプター (型番:MTK-BAL-HEAD-ADPTR)である。2系統あるヘッドフォン端子に接続することで、XLR4ピンのバランス・ヘッドフォン出力ができるアダプターだ。腕に自信があるなら、こちらのサイト(リンク先はPDF)を参照して自作することも可能だ。
本機のヘッドフォン出力は強力なドライブ能力を有しているので、一般的な接続でも個人的に十分満足できている音質なのだけれども、バランス駆動はさらに制動の効いたタイトな音というイメージで、音像の輪郭が鮮明になる印象。この比較試聴にはヘッドフォンにMrSpeakersのETHER C FLOW 1.1と専用のケーブルを使っている。Manhattan DAC IIのヘッドフォン出力ゲインは背面で3段階に調節できるので、低能率なヘッドフォンにも適合できている。
半額以下のBrooklyn DAC+も見逃せない
MYTEK Digitalには、Manhattan DAC II(オープンプライス/実売約78万円)と人気を二分する「Brooklyn DAC+」がある。サイズ的には約半分くらいで、電源部がコンパクトで高効率のスイッチング方式になっている中核機だ。搭載するDAC素子は「ES9038PRO」の弟分といえる高性能な「ES9028PRO」なので、性能的にも音質的にも遜色はないといえるだろう。それでいて、価格はManhattan DAC IIの半分以下、実売約270,000円。サイズもコンパクトだ。
Manhattan DAC IIユーザーの私から見ると、Brooklyn DAC+はOLEDディスプレイの細かさと美しさがとっても魅力的。しかも、Manhattan DAC IIではオプション設定のフォノイコライザー回路を内蔵していることがウラヤマシイ。
単体DACにアナログプレーヤーを接続するというのは不思議な気がするだろうが、その音質は意外にも本格的である。ヘッドフォン出力の音質もしっかりしており、バランスヘッドフォンケーブルアダプターも使用可能だ。
手元にBrooklyn DAC+があれば、Manhattan DAC IIをオーディオラックから移さなくたっていいかも……。
(協力:エミライ)