トピック

スタジオ育ちのサウンドとは!? MYTEK注目の新DAC「Liberty&Brooklyn」に迫る

 MYTEK Digital(マイテックデジタル)はポーランド出身のミーハウ・ユーレビッチ氏(Michal Jurewicz)が主宰する、米国ニューヨークに本拠を置くプロフェッショナル&コンシュマーのデジタルオーディオ・ブランドである。新モデル「Brooklyn DAC+」(6月下旬発売:約27万円)、「Liberty DAC」(6月上旬:125,000円前後)が登場して話題になっているが、詳しく知らない人も多いだろう。その紹介と共に、気になる音質もチェックした。

上段左から、今回紹介するLiberty DAC、Brooklyn DAC+。下段はハイエンドモデル「Manhattan DAC II」だ

 ミーハウ氏が正式にMYTEK Digitalの名前を商標登録したのは、今から26年前の1992年。実際にはその少し前から製品が開発されていたと思う。私が所有するMYTEK製のワークステーション用20ビットADC/DACユニットは、1990年代に入手したものだった。

筆者が1990年代に入手したマイテック製のワークステーション用20ビットADC/DACユニット

スタジオ育ち、DSDとも関わりが深いMYTEK

 ミーハウ氏はポーランドの大学でエレクトロニクスとアコースティックを学んだ学生だった。その頃は西側の音楽であるロックを演奏するためのギターアンプなどを製作していたと語る。しかしながら、共産主義国家だった当時のポーランド人民共和国は政情が安定しておらず、特に1980年代前半ではマーシャルロー(戒厳令)が敷かれることもあった。そこで彼は自由を求めてアメリカ合衆国に移民することを決意。歴史的に米国にはポーランド系移民が多いことも手伝い、ミーハウ・ユーレビッチ氏は1989年に米国へと渡った。(現在のポーランド共和国は1989年9月7日に成立している)

ミーハウ・ユーレビッチ氏

 幸運なことに、その年の夏に彼は有名なレコーディングスタジオ「ヒットファクトリー」に職を見つけた。現在もそうであるが、規模の大きいレコーディングスタジオなどはレコーディングエンジニアと、使用機器を完璧な状態に整備するサービスエンジニアに分かれている。彼が担当したのは後者のほうだ。持ち前の電気的な知識を武器に、彼はスタジオで重宝されるエンジニアとして成長していったのである。

 ヒットファクトリーの後には、同じくマンハッタンにある「スカイラインスタジオズ」に移っている。スカイラインは現在も有名なエンジニアであるポール・ウィックリフが立ち上げたレコーディングスタジオだ。1990年頃から彼はスタジオ用のコンバーターやキューボックスと呼ばれる多機能ヘッドフォンモニターの製作を始めたという。特にアナログをデジタルに変換するA/D変換に関する様々なノウハウは、今回紹介するMYTEKのDACの音をデザインするうえで重要な経験となっているのだろう。

 また、キューボックス(ヘッドフォンモニター)の「Private Q2」は、現在も続くロングセラーのアイテムである。スカイラインスタジオズは1995年に歴史を閉じている。その後もニューヨークを拠点にMYTEK Digitalを主宰してきている彼は、これまでに30を超えるほどのADCやDACを設計・製造してきたというから驚きだ。

「Private Q2」

 MYTEKには、研究開発を進めたけれども製品化されることのなかった機器がある。ソニーとフィリップスが次世代オーディオとして提唱したスーパーオーディオCDは、ダイレクトストリームデジタル(DSD)と呼ばれるデジタルフォーマットだ。MYTEKは2002年頃に「D-MASTER」というHDD記録の薄型ステレオDSD/PCMレコーダーを開発していた。その時点でミーハウ氏はDSDという新しいデジタルフォーマットに対して積極的に関わっており、製品の予約を受け付ける段階までは至ったが、実現はしなかった(実は私も予約を申しでたひとりなのであるが……)。

 そのかわりというわけではないが、MYTEKは8チャンネル仕様のADC/DAC「8X192 ADDA」に、ソニーのDSD専用DAW「SONOMA」に使われている2本のST光インターフェースをオプションで用意した。8X192 ADDAは現在も発売されている1Uサイズのラックマウント機。カナダのEMM Labsがプロフェッショナル用コンバーターの製造を終えて以来、SONOMAとダイレクトにST光接続ができるADC/DACはMYTEK製だけだ。私がミーハウ・ユーレビッチ氏に初めて会ったのも、確かSONOMAの取材でニューヨークに赴いたときだった。

こだわりのMQAハードウェアデコード

 話を少し戻そう。2000年頃にMYTEKはポーランドのワルシャワにHEM Electronicsという生産拠点を設立している。ミーハウ氏には母国ポーランドに貢献したいという強い想いがあり、ここに登場する同社製品はすべてDesigned in U.S.Aで、製造がMade in Polandとなっている。製品のデザインコンセプトや要求される性能、使うべき素子などはニューヨーク在住のミーハウ氏が総合的にプロデュースして、実際の設計と製造はHEM Electronicsの精鋭が行なうという図式のようだ。ポーランドの拠点はMYTEKのヨーロッパ全域を統括する重要な役割も担っている。

 MYTEKの名前がオーディオファイルの間に知られるようになったのは、新製品「Brooklyn DAC+」の前身である「STEREO 192-DSD DAC」の登場が契機だろう。なかでもBNC端子を使ったプロフェッショナル用DSDインターフェース(SDIF3/DSD-Raw)を搭載するマスタリングバージョンはオーディオ市場でも爆発的に人気を集めた。USB 1.1とUSB 2.0、そしてFireWire(IEEE1394)といったPC用インターフェースも豊富に備えている多機能DACで、PCとの接続で5.6MHzのDSDまで再生できるというのは大きな魅力だった。今でこそUSB接続でのDSD再生が当然のようになってしまったけれども、その先駆的な存在がMYTEKだったというのは明らかだ。私もすぐにSTEREO 192-DSD DACを導入しており、DSDの音を楽しませてもらった。高音質のESS製DAC素子を搭載していることも特徴であった。

 ミーハウ氏は、常に新しいデジタルフォーマットに興味を抱いている。英国メリディアンオーディオが開発したMQA(Master Quality Authenticated)の可能性を敏感にキャッチした彼は、主宰するボブ・スチュワート氏らと技術的なミーティングを何度か重ねることで、MYTEKのDACとADCをMQA対応とすることを決めた。しかも、ソフトウェアの工夫で簡易的にMQAをデコードするのではなく、理想的とされるハードウェアデコードである。MQAではソフトウェア処理では完璧なデコードができないと述べている。ハードウェアデコードの場合は、使われるDAC素子やDAC回路のキャラクターを把握しているプロセスになるから理想的とされているのだ。

 MQAは転送容量が限られてしまう音楽ストリーミング再生だけでなく、MQAエンコードされた高音質CDの登場も注目すべき話題。そこでも真価を発揮するのがMYTEKのDACなのである。

小型のエントリー機「Liberty DAC」

 Liberty DACはエントリー機として開発された横幅14cmの小型機。コンパクトながらもMQA対応で、384kHz/32bitまでのPCMと、11.2MHzまでのDSDが再生できるハイスペックなDACである。MQAはソフトウェア処理ではなく、本格的なハードウェアデコードだ。採用されているDAC素子はESSの「ES9018K2M」という32bitの高音質ステレオDAC素子。また、低ノイズの高性能クロックも搭載している。

Liberty DAC

 内蔵する電源部は小型のスイッチング電源で上級機Brooklyn DAC+と同じもの。この内蔵電源を使わずに外部から直流12Vを供給して駆動することもできるという。MYTEKからはそのような外部電源の製品は発売されていないので、サードパーティ品を使うことになろう。その場合は排他的な電源接続になるはずだから注意してほしい。

 Liberty DACには電源スイッチがなく、フロントフェイスは6基のLEDとコントロール用ノブが1つというシンプルさ。左側のLEDは入力フォーマットの表示で、MQAの場合はグリーン、PCMがオレンジ、そしてDSDはブルーホワイトだった。残り5基のLEDはUSBやAES、2基の同軸、光といったデジタル入力表示で、ノブを押すことで順に変えられる。そして、ノブを廻すと音量表示のLEDへと変化する。本機の場合はデジタル領域でのアッテネーションで、右端LEDの色を変化させることで状態を細やかに顕している。

 ヘッドフォン出力はグラウンド共通のシングルエンド(アンバランス)専用。ハイインピーダンスなヘッドフォンにも対応する300mA、3W出力というのは、このクラスでは強力な部類といえよう。アナログライン出力はRCA端子によるシングルエンド(アンバランス)とバランスの両方を装備するが、バランス出力は背面スペースの関係から一般的なXLR端子ではなく、標準ステレオフォーン端子(TRS)になっているので注意しておきたい。

Liberty DACの背面

中核機「Brooklyn DAC+」

 Brooklyn DAC+はマイテックデジタルの中核機である。前作のBrooklyn DAC+から大きく進化を遂げている、MYTEKのイチオシDACといえよう。前述のLiberty DACと同じく、MQA対応で384kHz/32bitまでのPCMと、11.2MHzまでのDSDが再生できる。MQAはやはり理想的なハードウェアデコードということだ。

Brooklyn DAC+

 搭載するDAC素子はESS「ES9028PRO」が1基。おそらくは素子の8チャンネル分の電流出力をアナログライン出力とヘッドフォン出力(バランス駆動に対応)に振り分けているのだろう。オリジナルのBrooklyn DAC+は1世代前の「ES9018S」を搭載していた。このES9028PROは、ES9018Sベースの回路設計から移行させやすいDAC素子と言われている。

 性能的にはトップエンドのES9038PROに準じており、発熱が低く抑えられている素子である。ボリュームのアッテネーションはアナログ領域かデジタル領域かを選択可能。内蔵マスタークロックには100MHzの高性能なMytek Femtoclock Generatorが使われている。ワードクロック入出力の装備も本機の特徴。10MHz正弦波マスタークロック入力には対応していない。

 Brooklyn DAC+は鮮やかなカラーディスプレイの搭載が特徴である。これはOLEDらしく視認性も抜群。音声レベルはピークとアベレージ(VU)の両方が表示されるので便利だし、MQAを含めて各部のパラメーター設定がわかりやすいのも好印象を与える。また、シンプルな表示も用意されていて、双方の切り替えもすぐにできる。

鮮やかなカラーディスプレイを搭載

 プロフェッショナル用DSD入力にも対応している本機の入出力は、必要にして充分と思わせる。アナログ入力(RCA)端子は、ラインレベル入力とMM/MC対応のフォノ入力に割り当てられている。そう、アナログプレーヤーとも直接接続できる対応力の高い製品なのである。アナログ入力は内部でA/D変換されることなく、すべてアナログ領域で処理される。

 2基を備えるヘッドフォン出力は、向かって左側が正相出力になっていて右側は逆相出力である。この2基を両方とも使うことでヘッドフォンのバランス駆動が実現できるという。そのためのMYTEK製専用アダプターが別売で用意されている。そのヘッドフォン出力は500mA、6Wというハイパワーである。

 Brooklyn DAC+はユニバーサルリモート対応であり、試聴機にはアップル製のリモコンが同梱されていた。Liberty DACと同じく電源スイッチは持たず、内蔵するスイッチング電源を使わずに外部から直流12Vを供給して駆動することもできるという。MYTEKからは外部電源が発売されていないので、その場合はサードパーティ製を使うことになろう。もちろん接続は排他的にする必要がある。

ハイエンドモデル「Manhattan DAC II」

 MYTEKの最高級機が、「Manhattan DAC II」である。Liberty DACとBrooklyn DAC+がコンパクトなプロ機の雰囲気を漂わせているのに対して、このManhattan DAC IIは特徴的な外観からもハイエンドオーディオ機器としてデザインされていることがわかる。スペック的には共通していて、MQA対応と384kHz/32bit PCM、11.2MHzまでのDSDが再生できる。ここに登場するのは私が自宅で使用中の機体で、以前の輸入元が扱っていた時のもの(現在はエミライが扱っている)。オプションとして用意されている「フォノイコライザー基板」とRoon ReadyのDLNA/UPnP対応「ネットワーク基板」を両方ともインストールした、いわゆる「全部乗せ」バージョンである。

Manhattan DAC II
Roon ReadyのDLNA/UPnP対応「ネットワーク基板」

 私がManhattan DAC IIを導入したのは、話題のMQAを理想的なハードウェアデコードで再生することに興味を抱いたから。技術的な開示がじゅうぶんとは思えないMQAの音質を耳で確かめるためだった。

 ディスプレイの大きな白色表示はスタジオでの視認性を考慮したものだが、1文字(英数字)が18ドット表示なのでニアフィールド的に使う場合は荒く見やすくはない。中心から左右に拡がるレベルは値が表示されないため感覚的に過ぎないのも残念。Brooklyn DAC+の詳細表示のほうが先進的で個人的にも好みである。

 搭載するDAC素子はESSの最高峰「ES9038PRO」が1基。合計8チャンネルの電流出力はヘッドフォン用とライン出力用に分配されていると思われる。Liberty DACやBrooklyn DAC+とは異なり、Manhattan DAC IIだけは電源部が強力なリニア電源になっている。合計2基の大型トロイダル電源トランスフォーマーがデジタル回路とアナログ回路に分離されて使われているのだ。

 プロフェッショナル用DSD入力を含む豊富な入力もManhattan DAC IIの特徴といえよう。Brooklyn DAC+と同じく、アナログ入力の場合はA/D変換などは行なわれない。内蔵マスタークロックには100MHzの高性能なMytek Femtoclock Generatorを使用。ワードクロック入出力の装備も特徴だが、10MHz正弦波マスタークロック入力には対応していない。

 2基を備えるヘッドフォン出力は、上側が正相出力になっていて下側は逆相出力である。この2基を両方とも使うことでヘッドフォンのバランス駆動が実現できる。そのためのMYTEK製専用アダプターが別売で用意される。Brooklyn DAC+と同じく、ヘッドフォン出力は500mA、6Wというハイパワーである。

 本機もユニバーサルリモート対応。私の機体にはアップル製のリモコンが同梱されていた。Liberty DACやBrooklyn DAC+とは異なり、Manhattan DAC IIはフロントに電源スイッチがある。

 オプションの「フォノイコライザー」はMM型とMC型の両方のフォノカートリッジに対応しており、入力にはRCA端子のライン2が使われる(選択はライン/MM/MC)。かなり凝った内容でMCポジションでは初段が半導体増幅かトランスフォーマー昇圧かを選択可能で、それぞれ入力インピーダンスを100Ω/500Ω/1000Ωに設定できる。RIAA再生イコライザーは標準とRIAA+の2種類が用意されている。

 もうひとつのオプションである「ネットワーク」は、RJ45端子を使ったLAN接続のネットワークオーディオ。Roon ReadyでDLNA/UPnPに準じているというネットワークオーディオは、現状で192kHz/24bitまでのPCMと、2.8MHzのDSDの再生に限られる。それはネットワーク基板に搭載されている韓国ConversDigital製ネットワーク基板(画像にあるグリーンの基板)のリミットによるものだ。同じ基板はAyre Acoustics、Krell Industries、Playback Designsも採用している。推奨されるアプリは、同社製「mconnectControl」で、こちらは動作が安定しており操作性も優れている。ネットワークオーディオ再生はMQAに対応している。

背面。上段左から、Liberty DAC、Brooklyn DAC+、下段はManhattan DAC IIだ

Mytek Control Panel(Windows & Mac OS X)

 MYTEKでは各種の設定がPC画面で操作できる「Mytek Control Panel」というソフトを、WindowsとMac OS X向けに無償で提供している。これはLiberty DAC、Brooklyn DAC+、Manhattan DAC IIに共通する専用ソフトで、PCとDACとをUSB接続することにより操作できる。

 私はWindows 10で接続を試しているが、音楽再生ソフトウェアのfoobar2000と共存できている。このソフトウェアは以前のDAC製品(Manhattan DACとSTEREO 192-DSD DAC)では動作しない。Liberty DACとBrooklyn DAC+は前面パネルでの設定が簡単だけれども、Manhattan DAC IIでは表示される文字が読みにくいのが困る。そんな場合にもMytek Control Panelを使うと便利なのだ。DACのファームウェアを更新する場合も、このソフトウェアで簡単に行なえる。

Mytek Control PanelでLiberty DACにアクセスしたところ
Brooklyn DAC+
Manhattan DAC II

3機種を聴き比べる。MQAのサウンドもチェック!

 私は自宅のオーディオシステムで3機種を聴いてみた。Liberty DACで使うステレオフォーン~XLRケーブルを持っていないため、いずれもプリアンプとはRCA端子によるシングルエンド(アンバランス)接続にして聴いている。PCの環境はWindows 10のノートPCで、音楽再生ソフトはfoobar2000(v1.4 beta 17 / foo_input_SACD 0.8.4)を使用。3台のDACは試聴時点の最新ファームウェアだ(Liberty DAC v1.20、Brooklyn DAC+ v1.21、Manhattan DAC II v1.12)。

 再生システムは、MYTEK製DAC~パス・ラボラトリーズ「Xs-Preamp」~パス・ラボラトリーズ「XA160.8パワーアンプ」~スピーカーはMAGICO「M3」である。

【試聴音源】

  • ボーカル:
    井筒香奈江「サクセス」192kHz/24bit/FLAC
    井筒香奈江 最新アルバム「Laidback2018」(e-onkyo)
  • ジャズ:
    ザ・グレイト・ジャズ・トリオ「Oleo」DSD 2.8MHz
    The Great Jazz Trio アルバム「スピーク・ロウ」(mora)
  • クラシカル:ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン) 96kHz/24bit/FLAC
    チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35」(e-onkyo)
  • MQA:ノルウェー少女合唱団「ア・レヴァ」(原題はÅ leva)
    2Lレーベル「FOLKETONER / Det Norske Jentekor」MQA 352.8kHz/24bit、ハイブリッドSACDのCD層リッピング

鳴りっぷりの良いLiberty DAC

 Liberty DACは鳴りっぷりの良いパワフルな音を聴かせるDACである。井筒香奈江のボーカルは声質の鮮やかさと子音を自然に聴かせるナチュラルなイメージ。個々の音のフォーカスも整い締まっており情報量の豊富さも感じさせる。ピアノは打音が重なっても分離がしっかりしていて、3人の奏者と彼女のボーカルが精密に絡み合った演奏であることが伺える。エレクトリックベースの低音域はもう少し量感が伴えばと思わせるが質感描写は好ましい。コストパフォーマンスの高さは抜群といえるだろう。

Liberty DAC

 ザ・グレイト・ジャズ・トリオは瞬発力に優れた演奏というのが第一印象なのだけれども、ベースのジョン・パティトゥッチとドラムスのジャック・ディジョネットが老獪なハンク・ジョーンズのピアノを引き立てるように演奏しているのが伝わってきた。色彩的な音の鮮やかさはBrooklyn DAC+と共通するところであるが、表現の多彩さでは少し及ばない。ネマニャ・ラドゥロヴィチのヴァイオリンは音色に芯を感じさせる旋律の美しさと、男性奏者らしい大胆な抑揚表現がうまく調和している。オーケストラも厚みがあり細部の音もしっかりと描いている。ローエンドまでじゅうぶんに伸びている低音域とはいわないが、帯域バランスは整っていて小型DACとは思えない本格ぶりも感じさせる。

 MQAのノルウェー少女合唱団はなかなか魅力的な音だった。一音一音の緻密さではBrooklyn DAC+のほうが優れているが、それでも音の解像感は高く深みのある音場空間を描いている。MQAのON/OFFによる音の違いも明らか。MQAではワイドレンジ感の向上と拡がりがとりわけ印象的だった。

押し出しの強いBrooklyn DAC+

 Brooklyn DAC+は、小型ボディのイメージを裏切るような押し出しの強い音が特徴といえる。井筒香奈江のボーカルは唇の動きが自然にイメージできる丁寧な表現に特徴が感じられ、リズミカルでスピーディな演奏を切れ込み鋭く聴かせる。ピアノの打音の複雑さも感じさせるし、パーカッションを叩いた時のリバーブの余韻もクリアー。エレクトリックベースの低音は音階もうまく把握できる解像感が楽しめる。

Brooklyn DAC+

 音の繊細な表現力では上位のManhattan DAC IIに及ばないとしても、DAC回路の性能の高さを滲ませたオーディオファイル好みの音に仕上がっていると思う。ザ・グレイト・ジャズ・トリオは音ヌケの良さと瞬発力の高さが印象的だ。冒頭で鳴るドラムスも迫力があり、やはり押し出しの強さが感じられる。シンバルの多彩な響きの質感はManhattan DAC IIと極めて似通っている。ピアノの克明な打音は倍音成分の豊かさもあって存在感が高い。ウッドベースのソロは少し淡泊な表情に思われるが、演奏の巧みさはじゅうぶん伝わってくる。

 ネマニャ・ラドゥロヴィチのヴァイオリンは細やかな表情が美しく、音楽に集中できる音の魅力を備えている。欲を言えば、オーケストラの躍動感や音場空間への拡がりはもう少し欲しい気がした。僅かながらこぢんまりした演奏に思わせるのだ。MQAのノルウェー少女合唱団は、かなり優秀なパフォーマンスといえるだろう。MQAのON/OFFによる音の違いもよく判るし、多数の声が織り重なって空間に響き渡る奥行きの深い情景は見事だった。

圧巻のManhattan DAC II

 Manhattan DAC IIは、圧巻のパフォーマンスである。井筒香奈江のボーカルは肉感的で生々しい唄声にさらなる実体感が伴っている。ピアノの響きもクリアーでパーカッションのパルシヴな打音が浮き彫りに感じられる、空間の奥深さをじゅうぶんに感じさせた。エレクトリックベースの低音はソリッド感が印象的で、充実した電源部に支えられていることが納得できる盤石の音なのだ。

Manhattan DAC II

 ザ・グレイト・ジャズ・トリオは強弱のコントラスト感が高い、緊張感を伴った鋭角的な演奏である。ピアノの鋭い音色は実にリズミカルで、演奏全体のスイング感が素晴らしい。ウッドベースのソロも克明に描かれていて、それに続いているドラムスのソロもパルシヴな音に木胴の質感が宿っている。ジャズプレーヤーのグレードが一段階アップしたような演奏なのだ。

 ネマニャ・ラドゥロヴィチのヴァイオリンもやはり躍動的で旋律の美しさとリズムのバランスが高度に整っているという印象を受ける。オーケストラの深々とした臨場感も聴きどころで、全体の音のスケール感は先ほど聴いたBrooklyn DAC+を確実に上回っている。MQAのノルウェー少女合唱団は、音場空間の拡がり感と奥深さが感動的。曖昧さが感じられない鮮明な音の提示が素晴らしかった。分解能の高さを感じさせる楽曲でもあり、オリジナルのDXD音源と真剣に聴き比べたくなってしまう。

MQAのサウンドを周波数でチェック

 最後に私が実測したMQAの周波数スペクトラムを挙げておこう。音源はノルウェー少女合唱団「ア・レヴァ」である。Manhattan DAC IIのアナログ出力を、デジタルレコーダーで収録(96kHz/24bit)。それをDAWで観察してみたものだ。この音源はMQAデコードで352.8kHz/24bitの表示になる。おそらくピラミックス(DAW)で収録したDXDモード(352.8kHz/24bit)のPCMデジタル音源からMQAエンコードを行なったと思われる。

MQAをONにした周波数スペクトラム

 上の画像はMQAをONにしている状態の周波数スペクトラム。可聴帯域を超えている35kHz付近まで音情報が記録されていることがわかるだろう。

MQAをOFFにした周波数スペクトラム

 上の画像はMQAをOFFにした状態。22kHzを超えてから急峻にレベルが下がっている、一般的な44.1kHzサンプリングのスペクトラムといえよう。

A/D変換の音を熟知していることがMYTEK製品の強み

 MYTEKのDACは総じて溌剌とした陽性の音といえる。いずれも鮮明な音の描写と躍動的な表現力に特徴があった。全体的な音のクォリティは価格的なヒエラルキーが感じられるものの、DAC素子をESS製に揃えていることで音調的な統一感を狙っていることが伺える。

 主宰者のミーハウ・ユーレビッチ氏は「A/D変換の音を熟知していることがMYTEK製品の強みだ」と語るが、それを裏付けるような音の印象だったのは事実。MYTEKの音は、多くのプロフェッショナル機器に通じるダイレクト感を尊重した音質傾向といえよう。柔らかく情緒的な音の表現という方向性とは対極に位置するような、先鋭的でダイナミックな音を魅力にした製品群である。

 MQA再生に関して積極的にハードウェア対応していることは大いに注目すべき。個人的にはMQAに対して中立的な立場なのだけれども、MQAが巧妙に行なっているエンコードを精確にデコードしようという姿勢は高く評価されるべきである。

 ひとつだけ注意として述べておきたい。Liberty DACとBrooklyn DAC+の両機は熱くなりやすいのだ。できるだけスムーズな放熱ができるようなセッティングに留意してほしい。

(協力:エミライ)

三浦 孝仁

中学時分からオーディオに目覚めて以来のピュアオーディオマニア。1980年代から季刊ステレオサウンド誌を中心にオーディオ評論を行なっている。