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あの頃のウォークマンへ会いに。銀座「WALKMAN IN THE PARK」で色々思い出した

東京・Ginza Sony Park(銀座ソニーパーク)で7月1日に開幕した「#009 WALKMAN IN THE PARK」。これまでの歴代ウォークマンがずらりと展示され、来場者がかつて自分の愛用したウォークマンについて振り返ることができ、実際に各モデルの音も聴けるというユニークなイベントだ。開幕の7月1日に訪れ、筆者自身の思い出のウォークマンや、当時聞いた音楽などについて振り返ってみた。

Ginza Sony Parkで9月1日まで開催中の「#009 WALKMAN IN THE PARK」

銀座ソニーパークは、建て替えによるリニューアルを控えた銀座ソニービル跡地(東京都中央区銀座5-3-1)にオープンしたスペース。「#009 WALKMAN IN THE PARK」は7月1日~9月1日に地上~地下4階で開催しており、入場は無料。

カセット、CD、DAT、MD、メモリー。それぞれのウォークマンに会える

今回のイベントは「触れて、聴ける」ことが大きなポイント。館内には、歴代のウォークマンが40人の著名人の思い出の曲とエピソードとともに展示され、来場者が直接触って曲を再生できる。カセットもあるから、「巻き戻し」も「早送り」ももちろん可能だ。若かりし頃、常に音楽を身近にしてくれたウォークマン。WALKMAN IN THE PARKは、訪れる人々にどんな思い出を呼び起こさせるのだろう。

歴代のウォークマン約230台を集めた「Walkman Wall」などが登場

音楽再生手段がカセットからMD、そしてシリコン(メモリー)オーディオといった進化を遂げた頃は、筆者にとって少年から青年へと至る過程で、特に音楽やラジオをウォークマンで聴きまくっていた、まさにドストライクの時代だった。

筆者が使っていたカセットウォークマンは、20周年記念モデルでワイヤレスを実現した「WM-WE01」だった。ワイヤレスのイヤフォンは、ほとんど使っていなかったものの、ワイヤレスリモコンはとても便利で中学の制服のポケットに入れて、内ポケットのウォークマンを操作していた。当時声優を目指していた筆者は、友人と一緒にフリートークの練習をカセットに録音して、1回5分を週に4本、お互いのトークをレビューし合う取り組みをしていた。カセットこそ処分してしまったが、未だにレビューノートは残っている。未来を信じて疑わなかった青春の汗は、声としてカセットに吹き込んでいた。

アニメや声優のラジオを聴くようになった中学終わりから高校生に掛けて、MDへとメディアが移り変わった。WM-WE01からMDウォークマンへの乗り換えは早かったと思う。自分が使っていたのは、MZ-E55だ。

MDウォークマン「MZ-E55」

このモデルは、当時世界最小を謳っていたのでよく覚えている。会場でスタンプラリーに参加すると景品として「40周年記念ブックレット」がもらえるが、それによるとWM-WE01(カセット)の方がMZ-E55(MD)よりも後に発売されている(1年違い)。当時、製品の発売時期なんて気にする余裕もなかったから、勢いと予算の許す範囲で買ったのだろう。ちょっと驚いた。

カセットテープ型の「40周年記念ブックレット」

筆者にとってMD時代の思い出は特に印象的だ。レンタルしたアニソンのCDや購入したゲームのサントラなどを自分だけのオリジナルプレイリストで一枚のMDに納めるダビング作業が楽しくて仕方なかった。どうやって74分に収めつつ、好きな曲を網羅的にダビングするか、今思うとそれを考えること自体が遊びだったと思う。

ちょっとマニアックな話になるが、当時のプレイステーションのソフトウェアは、トラック1にゲームデータ、トラック2以降に(音楽CDと同じ)CD-DA方式でサントラを収録し、リアルタイムでそのトラックからBGMを再生していたソフトも存在していた。また、主題歌のショートバージョンをこっそりトラック2以降に収録している美少女ゲームソフトも存在した。それらをまとめて聴くために録音したメディアもMDだった。

今は再生機すら手元に無いが、当時のアニメラジオの爆笑回など、MDのライブラリーは宝物である。久々にタイトルラベルを見ると、中二病全開で笑ってしまった。まあ、少年時代は、こういうどうでもいいことにこだわるものだ。

今も残っている筆者のMDたち

20年以上前、筆者の高校時代は片道30分の道のりを自転車で通学していた。スリムでかさばらないMDウォークマンは制服に忍ばせるのに最適だった。リモコンも細くて操作しやすく、自転車に乗りながらでも素早く操作できた。今考えると、自転車運転中のイヤフォンでの音楽鑑賞は危険であり、決して真似をしてはいけない。ただ、狭い平屋建てに住んでいた自分にとって、誰にも気兼ねせず音楽を聴ける時間なんて通学中くらいだった。

Custom WalkmanコーナーのFunny Dress-up Labによるエピソードを見ていて思い出したが、授業中に頬杖を付くフリをして、片耳イヤフォンで音楽を楽しむクラスメイトが何人もいた。MDならオートリバース時の稼働音もないから先生にバレない(と思っていた)。今思い出すとちょっと笑ってしまう風景だ。

Funny Dress-up Labによるエピソード

今回のイベントでは実機を触って聴けるので、実際に聴いてみたところ、カセットの音は自分の思い出よりも高域が聞こえないことに驚いた。再生ボタンを押した瞬間にほのかに聴こえる「サー」という音。のぞき窓から見えたテープの回る様子。音楽がオーディオ機器で再生されている実感が現代の比では無い。理屈抜きで「これは尊い」と思った。

MDでは、高域こそキレイに上まで出るようになったが、いわゆる間引きされた音だ。ハイレゾなど、無圧縮のスタジオマスターが手軽に聴ける現代において、非可逆圧縮であるMDの存在意義は「ディスクがカートリッジに入っていること」だと改めて感じる。現在も録音用MDの販売が続いているのは、多少雑な扱いにも耐えうる小型メディアであることも一因だろう。筆者も高校演劇の頃はMDを舞台音響に利用していた。現在でもイベントや披露宴など、需要は途絶えていない。

MDウォークマンの数々

カセットやMD以外にもMP3やATRAC、ハイレゾと時代に合わせた再生機の展示もある。筆者が特にときめいたのは、DATウォークマンの展示だ。TCD-D3から再生される音は、驚くほど高音質だった。音響エンジニアでもある筆者は、初めて手にした個人用の録音機器がHDD内蔵のMTRだった世代で、DATは未体験だった。DATが非圧縮のリニアPCMであることは知っていたが、こんなに音がいいメディアだったのかと感動した。

DATウォークマンTCD-D3

この他にも会場にはウォークマンファンに垂涎もののお宝デッキが多数展示されている。直接触れて再生できるのは、想像以上に興奮するものだ。時々、片チャンネルの音量が不安定になるカセットや、リードエラーになってしまうMDもあったが、当時の実機が動いているだけでも“ありがとう”という気持ちになった。

ちなみにヘッドフォンは、スタッフに声を掛けて許可を取れば、自前の機種に差し替えることもできるそうだ。しかし、メディアは元々入っているカセットやMDから交換はできない。ソニーパークPR事務局によると「メディアの保存状態等によっては、再生等の操作をした際にお客さまのメディアを壊してしまう可能性があるため」持参のメディアは控えて欲しいとのことだ。思い出の曲を再生したい気持ちは痛いほど分かるが、どうかメディアの交換は控えて、この場所に用意された音源を楽しんで欲しい。

様々なスペースで座ったり寝そべったり自由に聴ける

筆者が参加したのはWALKMAN IN THE PARKのメディア向けイベントだったが、あまりに楽しすぎて、気がついたら周りの報道関係者はほぼ誰もいなくなっていた。夢中になって時間を忘れるほど魅力的な展示だったことは特筆しておきたい。

限定Tシャツ販売も要チェックのコーナーだ

音楽との向き合い方を改めて考えるきっかけにも

今は「一巻きのカセット」とか「一枚のMD」という言い方、考え方はされなくなり、メモリー容量の許す限り楽曲を詰め込み、思うままにプレイリストを編集し、自由に楽曲を楽しめる。本当に便利な世の中になった。スマホでは、1曲ずつのストリーミングのみならず、聴き放題サービスも充実しているし、ローカルに保存して聴くという行為自体、古くなりつつある。

ウォークマン1号機「TPS-L2」も登場

ただ、今回のWALKMAN IN THE PARKを通して感じたことは、「音楽をオーディオ機器で再生している実感」の尊さだ。レコードやカセットが見直されているのは、この行為そのものが普遍的な価値を持っていることと無関係ではないだろう。また、「お気に入りの曲をまとめる手作業の楽しさ」も思い出された。自分のためはもちろん、友達や大切な人のためにオリジナルの楽曲をセレクトした、丁寧にラベルを描いて貼った、そんな体験が今の音楽ライフにあるのか。あの頃の不便さやひと手間は、実は大切なことだったんじゃないかと思えてくる。

つい熱く語ってしまったが、ここで言いたいのは、今さら便利なスマホやポータブルオーディオプレーヤーをやめてカセットを聴けということではない(もちろんカセットも魅力的だ。中目黒には専門店もある)。

WALKMAN IN THE PARKに行って、かつて使ったウォークマンに触れてみれば、きっと昔を思い出せるはず。音楽を聴くという行為そのものが愛おしく思えるような当時のウォークマンたちは、我々に今とは違う音楽との向き合い方を想起させてくれるだろう。

橋爪 徹

オーディオライター。ハイレゾ音楽制作ユニット、Beagle Kickのプロデュース担当。Webラジオなどの現場で音響エンジニアとして長年音作りに関わってきた経歴を持つ。聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。Beagle Kick公式サイト