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ついに発売4K UHD『閃光のハサウェイ』。光と闇、HDR映像のこだわりに迫る

『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』4K ULTRA HD Blu-ray版ジャケット
(C)創通・サンライズ

映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の4K ULTRA HD Blu-ray(UHD BD/7,000円)が11月26日、ついに発売された。劇場上映ではハイクオリティなドルビーシネマでも上映され、HDR表現も含め、内容のみならず、映像美の面でも話題となった閃光のハサウェイ。4K UHDもHDR10で収録されており、「家であの映像美をゆっくり堪能しよう」と楽しみにしている人も多いだろう。

そこで、期待の4K UHD版のHDR映像がどのように作られたのか。ドルビーシネマ版の映像も手掛け、さらに4K UHD収録のHDR化も担当したキュー・テック映像部 第1編集グループ 兼 LIVE配信事業室のシニア・スーパーバイザー/エディター久保田隆史氏と、テクニカル推進部部長でシニアカラリストの今塚誠氏、映像部メディア制作グループ コンプレッショニスト 成岡浩治氏に話を聞いた。

11月26日に発売された映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の4K ULTRA HD Blu-ray/Blu-ray/DVD。Blu-rayは特装限定版と通常版の2形態。価格はBlu-ray特装限定版が9,900円、通常版が5,000円。4K UHDが7,000円、DVDが4,000円。写真はBlu-ray特装限定版
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“そのままのイメージ”で、4Kアップコンバート、

発売前に4K UHDを鑑賞したが、HDRの効果が存分に楽しめる作品に仕上がっている。例えば、南国の強い日差しや、闇夜に襲来するモビルスーツが繰り出す兵器の鮮烈な光……。夜のシーンが多い作品だが、驚くほど暗部に情報量も多く、映像に奥行きが感じられる、アニメながら“リアル”な映像になっている。家の機材がまだHDRに対応していない人も、このハイクオリティな映像を存分に味わうために、テレビやプロジェクターをアップグレードするのもアリだろう。

(C)創通・サンライズ
(C)創通・サンライズ

詳しい話の前に『閃光のハサウェイ』HDR化の簡単な流れを整理しよう。まず、アニメスタジオで完成したマスターとなる映像がキュー・テックに持ち込まれ、その映像を久保田氏が4K解像度へアップコンバート。その4K映像を、今塚氏がHDR化し、まずは劇場で上映するドルビーシネマ版のHDR映像を完成させた。

その後、4K UHD化にあたり、成岡氏がエンコード作業にて発生する圧縮ノイズなどの調整をし、ドルビーシネマ用のHDR映像をそのまま使うのではなく、4K UHD収録用にHDR10にしつつ、再度HDRの調整をして、4K UHDが完成……という流れになっている。

久保田氏は、まず作品全体を通して確認した後様々なフィルターを選んで適用しながら4Kアップコンバートしていく。「心がけている点としては、HDの元映像のイメージを“そのままに4K化する事”ですね」と語る。

HDR化しない作品の場合は、「少し硬めの映像にアップコンバートするという事もあります」という。しかし、アプコン後にHDR化する作品の場合は、「例えば、光のわずかなフレア部分のディテールを、アプコン時にアップさせるなど、何か意図的な処理を加えてしまうと、アプコン後にそのフレアの部分を拾われてHDRで明るくされると、輪郭が目立ってしまう事もあります。光と関係がない、フラットな部分はディテールをアップさせるなどの処理をする場合もありますが、基本的には“元の映像のイメージのまま”、映像が硬くも、柔らかくもならず、そのままのイメージで4K化するよう気をつけました」とのこと。

映像部 第1編集グループ 兼 LIVE配信事業室のシニア・スーパーバイザー/エディター久保田隆史氏

当然の話だが、単純にHD映像を4Kに“拡大”したら、眠い映像になってしまう。かといって、線をクッキリさせようと輪郭を強調しすぎると、元の映像とは違うものになってしまう。久保田氏は、そのどちらにもならないように、テクニックを駆使してアップコンバートしていくわけだ。“HDの映像をそのままの印象で4K化する”言葉にすると簡単だが、ある意味最もハードルが高い目標とも言える。

さらに、閃光のハサウェイのようにHDR化する場合は、“ここがHDRで光らせられるだろうな”と予想もしながら、HDR化する際にそれを邪魔しないようにアップコンバートしていく。HDR化を担当する今塚氏と久保田氏は、これまで二人三脚で多くの作品を手掛けてきた。経験を活かした職人技のコンビネーションと言えるだろう。

「見やすいHDR映像」に重要なこと

テクニカル推進部部長 シニアカラリスト 今塚誠氏

アップコンバートされた4K映像を受け取った今塚氏が、HDR化作業をスタートさせる。今塚氏は、閃光のハサウェイという作品について、「陰影の表現がうまい作品だなと感じました。“肉眼で実際に見た印象をそのままアニメ化した”ような、暗いところは暗く描く。まるで“そこにいるような感覚”を、アニメの映像で表現されているなと感じました」と語る。

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映画は、漆黒の宇宙空間を飛ぶ往還シャトルのシーンからスタートするが、そこからすでにHDRの威力を体感できる。「往還シャトルのシーンは、外から光が差し込んでいますが、その光は柔らかいものなので、フレアっぽさを少し強調しています。強い外光に対して、室内はあえて暗く描写されていますが、それは意図的なものですので、そこを我々が壊してはいけません。暗部だけでなく、色彩設計されているので色味にも、我々は手をつけられません。あくまでHDRの光をどう表現するか、それでいて“ストーリーに対して光が邪魔しない事”が大切です」という。

“光が邪魔しない”とは、どういう事なのだろうか?

「ワンシーンだけであれば、激しく光らせるとカッコいい映像になります。しかし、大切なのは作品を通して見た時にどう見えるのか、です。もし、作品の中でそこだけ激しく明るいと、凄く違和感が出てしまいます。また、激しく光らせると、人間はその光ばかりを目で追ってしまうので、画面の中で見せたかったものが見えなくなってしまうという事も起こります」(今塚氏)。

それを防ぐため、今塚氏はHDR化した後で、少し前のシーンから通して再生し、違和感がないかチェック。次のシーンをHDR化したら、また少しもどって通して再生……という作業を繰り返すという。「常に考えているのは“どうやったら見やすいHDR映像が作れるか”という事です」(今塚氏)。

「激しい光のあるカットが連続すると、見る側にあまり良い印象を与えませんので、明るい部分も150%以下に抑える事もあります。逆に、輝度をあげて邪魔にならないシーンであれば、演出的に光を強くする事もあります。たとえ、演出的に白飛びをしている場合でも、光の強さを100%から、140、150と変えると、見え方も変わってきます。ほんのわずかに上げるだけでも見え方が変化するので、その加減にもこだわっています。一方で、2Dの平面的なアニメにおいて、あまりに映像からかけ離れた光にすると、合成っぽく見えてしまう事もあります。その時は、フレアっぽく光を広げるなどの処理をしています」(今塚氏)。

作業では、マスク機能を活用。「キャラクターの目の光やモビルスーツの光など、HDRで強くしたい、光らせたい部分の光だけを抽出して、キーフレームを活用してその光を追いかけながら処理していくイメージです」(今塚氏)。

意外なのは、ドルビーシネマ用のHDR映像と、4K UHD用のHDR映像が異なり、4K UHD化にあたっては再度調整を行なっているという事だ。ドルビーシネマのHDR映像はDolby Visionだが、4K UHDではHDR10収録となっている。

バンダイナムコアーツの菊川裕之プロデューサーによれば、4K UHDでDolby Visionではなく、HDR10を採用したのは、家庭用AV機器においてはDolby Visionの対応機がまだ少なく、HDR10の方が多くの人が楽しみやすい事。さらに、これまでのガンダムシリーズのHDR化において、HDR10を採用してきた事から、今回の閃光のハサウェイでもHDR10を選択したとのこと。

今塚氏は映画館用のDolby Visionと、UHD BD収録用のHDR10映像の違いについて、「DolbyCinemaでは、最高輝度108nit準拠に対し、HDR10は1,000nit準拠で輝度調整を行なう違いがあります。また、スクリーンとディスプレイではコントラスト比や暗部階調の見え方が違いますので、HDR10仕様に改めて輝度調整を行ないました」。

(C)創通・サンライズ

今塚氏は閃光のハサウェイに限らず、“HDRと親和性の高いアニメ”には1つの条件があるという。それは“透過光処理”だ。これは、セルアニメで多用されたテクニックで、セルでマスクを作り、下からライトを当てて透過してくる光を撮影するというものだ。

「透過光は光を実写したもので、フィルムのラチチュードを考えると100%以上の光が記録されており、実際にスキャンしてカラー調整すると100%を軽く超えています。この光を活かし過ぎると、透過光の穴まで見えてしまう。そこまで情報が保存されているのです。SDRの時代に作られた映像では、ピークが飽和し、そこで切られてしまって見えませんが、情報としてはフィルムに記録されています」。

「さらに、フィルム自体も5K相当の解像度を持っていますので、4K化すると、本来の情報量が見えてくると思います。ですので、透過光を使った旧作アニメは、4K・HDR化に向いていると考えています」(今塚氏)。

一方で、赤や黄、青の点滅を使って光を表現している作品の場合は、「色がついていると輝度が低くなり、それをHDRで光を強くすると、おかしな絵になってしまいます。透過光使わずに光を表現しているフィルム作品の方が、HDR化の難易度は高いですね」とのこと。

この特性は、旧作だけにとどまらないという今塚氏。「デジタル制作のアニメでも、透過光を思わせるような光を使っている作品は、そこを抽出して、そこだけを光らせる事は可能なので、輝度をのばしやすいです。見えていなかったディテールが見えてきたり、映像トータルで立体感を出すような使い方もできます。HDRが今後さらに浸透したら、(アニメの制作時に)HDR用に光のレイヤーを追加して、(最初から)HDRアニメを作るような作り方も、アリなのではないかと思っています」。

注目は“深夜のダバオの空襲”

完成したHDR映像を、最高の画質で4K UHDに収録するためには、エンコードにもこだわる必要がある。その際に需要なのは「見えない圧縮ノイズ」だと成岡氏は語る。

キュー・テックの過去の経験上、エンコードノイズは有機ELテレビで見えにくく、液晶では良く見える傾向にあることから、エンコードノイズのチェックには液晶を使用している。しかし、今回の閃光のハサウェイでは、逆に“液晶では見えず、有機ELで見えてしまう”ノイズが出てきてしまったという。

このノイズは有機ELの通常のモニタ設定ではなかなか見えてこないノイズであったため、「見つけるのにも苦労があった」という。見つけた時は、既にある程度エンコード作業が進んでいたそうだが、エンコードの設定を見直すことになり、エンコード時における輝度と色のレート配分をより細かに設定し、一から作業をやり直して対応したという。

注目のシーンはやはり、物語中盤に起る「深夜のダバオの空襲」だ。このシーンはエンコード的にも難易度が高い絵柄の箇所だったという。

ガウマン搭乗のメッサーが降下中にMS(モビルスーツ)の上半を動かし向きを変えると、街の明かりが見え、遠くでは空爆の光、そしてコックピット越しの夜景…と、非常に美しいシーンだ。

「夜の暗いシーンの中で夜景や空襲の光などはもちろん、コックピットのモニターに表示される文字、その背景で映し出されている戦闘や街の明かりなど、HDRとしてそれほど派手ではありませんが、淡い光の表現だったので、それを損なわないように気を使いました。単純にエンコードすると、全体的にざらついたり、線の輪郭が曖昧になったり、見え方、感じ方に若干影響する場合もありますので、元の質感を損なわないように細かい設定でエンコードしています」とのこと。

(C)創通・サンライズ

また、キュー・テック独自の「FORS技術」も閃光のハサウェイのパッケージに活用。マスターの質感や演出意図を正確かつ忠実にパッケージへ反映させるために、使用する機材のマスタークロックの厳密化、各種信号ケーブルのグレードを最高のものにする、 ワーク用に選定した専用HDDは記録を1度のみにし、データ断片化の影響を排除、電源の安定化も最重視して作業したという。

閃光のハサウェイの4K UHDやBDにはDolby Atmos音声が収録されているが、サウンド面にもFORSは効果を発揮。特に台詞や方向感(位相)に効果があり、「演出家が意図した表現の忠実な再現ができているので、冒頭~地球降下までの会話劇、クライマックスにおける上下左右縦横無尽に動くMS戦の効果音などに 注目して頂けると実感しやすいかと思います」という。

映像配信が普及する時代のパッケージメディア

4K UHD版 閃光のハサウェイの発売を待ち望んでいたファンも多い一方、既報の通り、10月からNetflixやAmazon Prime Videoなどの各種動画配信サービスにて、見放題配信もスタートしており、そちらで一足先に楽しんだという人も多いだろう。

映像配信が身近になり、パッケージメディアを買わなくても手軽に楽しめる時代が到来したわけだが、そんな時代において4K UHDのようなパッケージを買う魅力について、最後に今塚氏と、菊川氏に聞いてみた。

今塚氏は、「PVを作る時などに“iPhoneで見た時に一番良く見えるようにしてください”とか“PCで見た時に一番良いようにしてください”といった依頼を受ける事もあります」と語る。「本当にその作品を愛しているお客様は、きっとパッケージを買われると思いますが、“とりあえず見られればいい”という人は、iPhoneでいいかなと思ってしまうでしょう。けれど、この作品は手元に置いておきたい、自分のものにしたいと思った時に、アイテムとして4K UHDやBDがあるというのは、やはり大事なことだと思います。パッケージメディアであれば、環境が整って大画面で観た時にも、やっぱり綺麗で、迫力がありますからね」。

自身でも配信サービスを活用しているという菊川氏は、その中で“気がついたことがある”という。「最近は、昔の作品が配信される事も多いのですが、それらは許諾元から許諾を得て、配信されているものなので、どうしても許諾期間が切れて突然配信が終了してしまう事もあります。これから先、もっと配信が広がっていくと、“この作品、もう配信してないんだ”という“配信の終了”を体験する事がどんどん増えていくと思うんです。その時に、“本当に好きな作品を手元に持つ”という事、そして“いつでもその作品を振り返れる”という魅力が、逆に、再確認されていくのではないかと考えています」。

今塚氏は、「HDRという付加価値も、パッケージメディアの魅力」という。「HDRの放送も存在しますが、ニュースやバラエティがHDRになってもまぶしいだけですので(笑)、やはりHDRに向いているコンテンツとしては、映画でこそ魅力が発揮できると思っています。特に閃光のハサウェイのような作品は、HDR映像も大きな魅力ですので、ぜひ4K UHDで楽しんでいただきたいですね」。

山崎健太郎