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SOUNDPEATSのTWSはこう作られていた。熟練の手作業がポイント!? 東莞工場見学記
2023年12月14日 08:00
エレクトロニクス産業の集積地にして最先端デジタルガジェットの発信地である中国・深圳市。しかし現地企業の多くは商品企画や設計、販売/マーケティングを行なうファブレスカンパニーであり、製造は外部工場に委託するパターンが大半を占める。
そして工場といっても千差万別・多種多様、「いい工場」と付き合うことがメーカー/ブランドの価値を大きく左右することになる。では、いい工場とは? 最新技術への対応力、生産能力、歩留まり、MOQ(最低発注数量)などなど数えあげればキリがないほどの確認項目があり、デジタルガジェットメーカーにはそれらを見極める能力が求められる。
最新機能に対応しつつもお手頃プライスの完全ワイヤレスイヤフォン(TWSイヤフォン)を続々送り出しているSOUNDPEATSも、その深圳に生きるメーカーだ。今回、彼らが一部商品の製造を委託している公司の工場を見学する機会を得たので、TWSイヤフォンがどのように製造されているか、見聞きしたことをレポートする。
深圳から東莞へ
SOUNDPEATSブランドを統括する深圳市星科启创新科技有限公司の本社がある深圳市竜華区は、オフィス街と一般居住区が近接するエリア。往訪先の工場は隣の東莞市にあるZHENG RONG ELECTRONIC(東莞崢嶸電子有限公司)、ワイヤレスオーディオを中心に多くのエレクトロニクス製品の製造を担っている。
SOUNDPEATSは製品シリーズごとに工場を決定する傾向があり(明確な規定があるわけではない)、ZHENG RONGはいくつかある製造委託先のひとつという関係だが、品質管理部門責任者の呉さんによると、「じゅうぶんレベルが高く信頼できる」のだそう。
深圳から東莞の工場まではクルマで約90分。工場や住宅が途切れることなく建ち並ぶ沿岸部を走行したこともあり、日本でいえば都内から横羽線で横浜近郊へドライブするような感覚、といったところ。ただし高速道路は監視カメラだらけ、数十秒間隔でLEDフラッシュらしき閃光が目に入ることには違和感を覚えたものの、深圳と東莞の一体性を実感した。
工場は工業団地のようなエリアの一画にあり、我々見学者一行は不織布白衣やシューズカバーを装着のうえ会議室へ。そこでひと通りレクチャーを受けたあと、完全ワイヤレスイヤフォンの製造ラインを見学する、という流れだ。
ZHENG RONGは2017年設立という若い企業だが、中国政府の認定を受けた国家ハイテク企業(国家が指定した先進技術分野で持続的に研究開発および知的財産権の形成を進める中国企業、国家ハイテク企業証書の取得が必要)であり、Bluetoothイヤフォンやスマートウォッチ、IoT端末などの構造設計やハードウェア設計、生産、製造製品テストを担う。OEM/ODMまで手掛けているから、作りたい製品のアイデアが固まっていればワンストップで製造できてしまう、"デジタルガジェット総合請負業"とでも表現すべき企業だ。
ここで補足しておきたいのは、このようなサービスを提供する企業(工場)が深圳・東莞エリアには多数あるということ。それぞれに得意分野があり、出資元企業グループからの受注が大半という実質的には製造子会社もあるが、ZHENG RONGはSOUNDPEATSをはじめシャオミなど大手企業からの受注も多い(兄弟会社・湖南長歌智能科技有限公司を含む)。2020年にはANC対応TWSイヤフォンの製造を開始するなど、最新の技術動向をキャッチアップしていることが、SOUNDPEATSのお眼鏡に叶ったというわけだ。
彼らのような企業は、チップベンダー/サプライヤーとの協業が欠かせない。1日でも早く新技術を搭載した製品を世に送り出すには、守秘義務契約を結んだうえで未発表技術の情報提供を受け、先行して設計/製造を進めなければならないからだ。ZHENG RONGの場合、QualcommやKnowlesなどイヤフォン関連製品ではお馴染みの企業との協力関係があり、それが受注獲得に貢献していることは確かだろう。
TWSイヤフォンの製造現場
見学時にZHENG RONGの工場で展開されていたSOUNDPEATS製品は、TWSイヤフォンの「Mini HS」。φ6.5mmと小口径ながら制動に優れたバイオセルロース複合振動板を採用、LDACに対応することでハイレゾ相当の再生帯域質をカバーする音質重視のハイコスパモデルだ。
2023年のSOUNDPEATSは、LDAC対応などカスタマイズしやすいWUQi Micro製Bluetooth SoCの採用を進めており、同社と協業関係にあるZHENG RONGはなにかと都合がいいのだろう。
見学対象となるMini HSの生産ラインは、基板実装(SMT)やシェル成形は含まない組み立てと検査が中心で、全工程数は左右ユニットおよび充電ケース合計で42、品質チェックを含めると47におよぶ。同じフロアにはTWSイヤフォンではない他社製品のラインも稼働しており、いきなり"デジタルガジェット総合請負業"の一端を垣間見た形だ。
まずは、ドライバー取り付け済のユニットに基板部分をはんだ付けする工程を見学。1つ1つ丁寧に、しかし確実にハンダ付けされていく。ふだん意識することはないが、TWSイヤフォンのユニット内部には±の導線を備えたドライバーがあり、その導線が基板と接続されている。内部に基板が格納されていることなど忘れそうになるくらい小さなデバイスなだけに、それが手作業ではんだ付けされていく様子には一種の意外性を感じてしまう。
アンテナを取り付ける工程は、知ったつもりで知らなかったもの。導線パターンを用いたFPCアンテナであろうことは承知していたが、どのように貼り付けられるかまでは想像もつかず……なんと、すべて手作業だ。しかも、作業員のそばには「斜めに貼られていないか」や「一方向に偏っていないか」など注意事項を列挙した指示書が掲示されているなど、かなりの作業精度が求められている。
外見にもひと手間が。
Mini HSのユニットは樹脂製でややマットな質感だが、それは磨きの工程を設けることで実現されているのだ。フィット感を得るためか緩いカーブを持つユニットなだけに、1つ1つ手作業で磨きをかけていく様子は、細かい部品を見ることにひと苦労するようになった身(というか眼)には眩しい気すらする。
“聴こえ”に関する部分を入念にチェックしていることには驚いた。RFシールド装備のオーディオアナライザに左右ユニットをセット、クラクションや一定レベルのノイズといった音を再生し、周波数特性やTHD(全高調波歪率)などの値を見ることで異常の有無をチェックするのだそう。かつて有線イヤフォンの工場で導通特性検査の様子を見たことあるが、そのBluetoothイヤフォン版ということか。並行して通話用マイクの検査も実行しているそうで、ここまでやれば初期不良はかなり減らせることだろう。
充電ケースの工程も抜かりなかった。内蔵バッテリーの検査はもちろんのこと、残量確認用LEDのチェックなど丁寧そのもの。充電ケースは組み立て完成後に品質チェックし、さらに48時間後もう一度チェックするとのこと。バッテリー周りは危険を伴うだけに、慎重なことはいち消費者として好ましく思える。
最後のパッケージングも、なかなか眼にする機会がないもの。箱に収めてラインに載せればあとは機械任せ、次から次へと薄いセロファンを巻かれてラインの上を流れていく。あとは数十個単位で段ボールに詰められ、工場の一画に留め置かれてあとは出荷を待つばかりとなる。
ファブレスメーカーの工場選びが意味すること
工場見学を終えた帰り道、クルマの中でSOUNDPEATS社員と話したのは趣味の釣り(彼らはもっぱら川釣り、コーン餌で鯉を狙うのだそう)と「これから(の新製品)」のこと。釣り事情は日中でかなり違うようだが、どのような製品/ジャンルがウケそうかというポータブルオーディオ市場の読みには共通項が多く、大いに期待を持ってしまった。
その来るべき新製品に必要な要素は、商品企画と音質設計であることは言うまでもないとして、工場選びがかなり大きなウェイトを占めることは今回の見学ツアーで得た教訓だ。筆者は工場の設備や作業の緻密さにすっかり感服してしまったが、これまで数多くの工場を見てきている品質管理責任者・呉さんの見方はちょっと違うらしい。
「次の製品もこの工場で?」という問いに呉さんは、微かに上げた口角からふっと空気を漏らしたあと、「いろいろな要素を加味して検討します」との弁。そう、工場はひとつではない。選択肢であり、重要なカードだ。強かさとともに品質/パフォーマンスの飽くなき追求、ファブレスメーカーならではの柔軟性などいろいろ読み取れてしまう、ありふれていつつも意味深長な回答が強く印象に残った。