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度肝を抜かれる低音とクリアな高音、注目の国産イヤフォン「clariar」が凄い

clariarの第一弾モデル、「i640」

ポータブルオーディオファンの読者には説明不要だが、ここ数年で、カスタムIEMやユニバーサルの高価なイヤフォンにおいて、中国のブランドが存在感を発揮している。高音質なだけでなく、驚くほど大量のユニットを内蔵するなど、技術的にも面白いものが多い。ただ、日本人としては国内メーカーにも頑張って欲しいという気持ちがある。そんな中、要注目の国産イヤフォンブランドが登場した。その名は「clariar(クラリア)」だ。

注目の理由は、このブランドを立ち上げた人物にある。カスタムIEMの人気ブランド・くみたてLabで、長年カスタムIEMの製造・開発に携わってきた佐々木氏が手掛けるブランドだという事。

そのブランドの最初の製品が、今回紹介する「i640(アイロクヨンレイ/6月25日発売/オープンプライス/実売135,000円前後)というイヤフォン。興味深いのは、佐々木氏が手掛ける製品だが、カスタムIEMではなく、ユニバーサルタイプのイヤフォンである事だ。

御存知の通り、カスタムIEMはユーザーの耳の形状にマッチするようオーダーメイド品として作るため、当然ながら遮音性が高く、フィット感に優れ、音質を高めるため鼓膜により近い位置にドライバーを配置できるなどメリットがある。しかし、作るには耳型採取などの手間が必要で、オーダーメイドなので高価にもなり、どうしても“多くの人が使う製品”にはならない。

そこで、カスタムIEMの開発で得たノウハウを使い、「良い音を多くの人に聴いて欲しい」と立ち上げたのがclariar。その第1弾モデルが、ユニバーサルのi640になった……というわけだ。

ちょっと前置きが長くなったが、i640の音を体験してみよう。結論から言うと、かなり驚きのサウンドに仕上がっている。

こだわりのBAユニット構成

まず、ユニット構成を見ていこう。搭載しているドライバーは全てバランスド・アーマチュア(BA)だ。構成はLow×2、Low/Mid×1、Mid×1、High×2で、合計6ドライバーとなる。

筐体内部

ポイントは、搭載しているBAのメーカーや種類だ。まず、低域用には高音質なBAドライバーの定番メーカーと言える、Knowles製のベントホール付きデュアルBAドライバーを採用している。ベントホールがある事で、ユニットが動きやすくなっており、重低音が得られながら、なおかつ応答性の良い低音を追求している。

一方で、中域用にはSonion製BAドライバーと、カスタマイズされたKnowles製BAドライバーを組み合わせて使っている。Sonion製のドライバーを採用しているのは、質感の描写に優れているからだそうだ。

高域には、伸びの良さや空気感に優れるというKnowles製デュアルBAドライバーを搭載。このように、各帯域で、最適なメーカーのBAドライバーを選んでいる。さらに、ドライバー自体もカスタムされたものを採用する事で、さらに音質を高めているというわけだ。

また、特に“深みのある低音”と“応答性の良い低音”の両立をテーマに掲げており、「rear cavity pressure optimizer」という技術を使っている。これは、ベントホールを設ける事で、イヤフォン筐体内部の圧力を調整。低域用ドライバーが振幅しやすくして、歪みを抑え、トランジェントの良い低域を再生できるようにするものだ。

さらに、この低音の中から“一番美味しい領域”を取り出すためのローパスフィルターにもこだわっている。通常の音響抵抗フィルターを音導管に設置するだけでなく、高密度な特殊多孔質フィルターも多段で配置。こうする事で、位相特性や他の帯域のドライバーに影響を与えず、中域への“被り”を抑えた、クリアな低域を再生できるという。

クリアな低域を再生するためには、筐体の強度も重要になる。筐体が“ヤワ”だと、余分な振動が多くなり、それが低音を汚してしまうからだ。i640は、筐体にCNC切削加工したアノダイズドアルミニウム合金製を採用。2つの筐体パーツをアングル形状のアクセントパーツで繋ぎとめる構造にすることで、軽量かつ高い強度を実現したという。表面はサンドブラスト処理を施している。

筐体を横から見ると、2つの筐体パーツをアングル形状のアクセントパーツで繋ぎとめているのがわかる

筐体内にユニットを配置する際にも、工夫がある。各帯域ごとに独立した音導管を設けており、その奥にBAドライバーユニットホルダーを配置。こうした内部構造は、医療用の高精度3Dプリンターで製造。これを、制振シリコン材を介して、金属製の筐体と接続・固定している。

各帯域ごとに独立した音導管を設けている

再生周波数特性は5Hz~25kHzで、感度は97dB/mW。インピーダンスは14.2Ω@1kHz。MMCX端子を採用しており、ケーブルの着脱も可能だ。ケーブルの長さは約120cmで、フレキシブル4コアOFCケーブルを採用。入力プラグは3.5mmのステレオミニだ。イヤーピースはacoustune製で、「AET07」とフォームタイプの「AET02」を同梱する。

MMCX端子を採用しており、ケーブルの着脱も可能
フレキシブル4コアOFCケーブルを採用している

クリアかつハイスピードな低音に撃ち抜かれる

実際にイヤフォンを手にすると、筐体の剛性がメチャメチャ高い事が指先から伝わってくる。カッチリ作られており、2つの筐体パーツをアクセントパーツで繋ぎとめた構造になっているが、“ひとつのカタマリ”に感じられる。触っているだけで、なんかもう聴く前から「あー、これはガチなヤツだ」と、音の良さが想像できる。

とりあえず、Astell&Kernの「A&ultima SP2000」に、ステレオミニでアンバランス接続。「イーグルス/ホテル・カリフォルニア」のハイレゾファイルを再生すると、「ドーン」という最初のベース音が鳴り響いた瞬間に、思わず顔がニヤけてしまう。これは非常に美味しい低音だ。

ズシンと、まるで頭蓋骨を揺するような非常に深く“重い”低音。ただ、パワーのある低音が出ているだけでは、この音にはならない。低音は、その迫力が増すと、響きも増えて膨らんでしまうが、このイヤフォンはそれが一切無い。非常にタイトで、低音に芯がある。地鳴りのように深く沈むパワーがありつつ、ベースの音が弦の震えるブルブルという複数の音によって引き起こされている細かな情報が聴き取れる。

音像はシャーペンで描いているかのように細かく、繊細なのに、その音像から極太油性ペンで描いたようなパワフルな音が飛び出てくるようなイメージ。力強い低音を再生する能力と、それをキッチリ制御し、破綻させず、必要な音が埋もれないようにして耳に届けている。

前述したベントホールやローパスフィルターを活用する事で、低域のドライバーを歪ませず、綺麗に動かせ、余分な音を取り除いているので、こんな低音が出せるのだろう。大型のフロアスピーカーを、駆動力の高いアンプでドライブすると、低音再生時にユニットが激しく振幅しても、その動きがキッチリ制御でき、なおかつスピーカーの筐体がその振動に負けない剛性や構造を備えていると、迫力と高解像度が両立した魅惑の低音が出る。i640を聴いていると、そんなハイエンド・ピュアオーディオの匂いが、イヤフォンから漂っているのを感じる。

低音ばかりに注目していたが、中高域も良い。これだけ骨太で繊細な低音がズズンと押し寄せているのに、ホテル・カリフォルニア冒頭の、ギターの旋律が低音に埋もれず、綺麗に耳に届く。シンバルがバシャンとはじける様子も細やかだ。

続くドン・ヘンリーのボーカルもクリアかつナチュラルだ。フルBAイヤフォンにありがちな、変に金属質な響きの声になったり、声がこもるような事もない。そのため、低域から高域まで、全体として非常にバランス良い音になっている。

バランスの良さ、そして解像度の高さ、トランジェントが良く歯切れの良い低音は、モニタースピーカーをニアフィールドで聴いている感覚にも近い。自分の耳の性能がアップしたような、音楽に含まれている情報全てを聴き取れているような感覚が快感だ。

余分な響きをキッチリ抑えているので、音場の広がりも凄い。「マイケル・ジャクソン/スリラー」も、ビートのキレが抜群なのでグルーヴ感が最高に気持ちが良いが、そのキレキレなサウンドの余韻が、奥の方まで広がっていく様子まで聴き取れる。低音が膨らみすぎるイヤフォンでは、この見通しの良さは出ない。

それでいて個人的に“美味しい”と感じるのは、モニターライクなバランスの良さでありながら、前述のように低域に確かな迫力がある事だ。モニターイヤフォンでは、低域が控えめで、いわゆる“ハイ上がり”なバランスの製品も存在する。低域をあまりパワフルにせず、膨らませない事で、低音~高音までの細かな音を聴き取りやすくしようという狙いだ。

だが、i640の場合は下から上までの音をキッチリ描写する分解能がありながら、ちゃんと低音もパワフルなので、音楽が“痩せない”。そのため、ロックやハードなジャズなど、スウィングしたくなるようなノリノリの楽曲を再生しても、それらの曲がちゃんと楽しく、魅力的に味わえる。“音楽が美味しく聞けるモニターイヤフォン”というのは、実は非常にレアだ。

前述のように、音場が広いイヤフォンだが、手持ちのMMCXバランスケーブルに交換して聴いてみると、音場がもっと広がり、その音場に定位する音像にも立体感が出る。音の勢いも強くなり、さらにメリハリが出る。音の余韻が広がる様子も、よりクリアに見えるので、開放的なサウンドになる。音の輪郭が明瞭に聴き取れるので、音楽が様々な音の組み合わせで作られていることが改めてよくわかる。さらにモニターイヤフォンとして使えるサウンドになったという印象だ。

低域の細かさ、力強さなども、バランス接続で進化する。アンバランスでもポテンシャルの高さを見せつけるイヤフォンだが、バランス接続でさらなる真価を発揮する。この価格帯のイヤフォンを買う人は当然バランス接続も想定していると思うが、そのステップアップへの期待を裏切らない実力だ。

まとめ

実売約135,000円という価格は、ユニバーサルイヤフォンとしては高級モデルだ。ただ、他社では15万円を超えるモデルもあるので、それらと比べると、価格は抑えめだ。この価格帯では、個人的にMeze Audioの「RAI PENTA」(約128,000円)というイヤフォンが好きなのだが、i640はそんな“お気に入りの座を奪いに現れた新星”という印象を持つ。

この価格帯になると「カスタムIEMを作るか、ユニバーサルか」という選択肢も出てくるが、カスタムIEMの超高級機になると20万円、30万円とさらに高価なモデルも多い。また、ユニバーサルの方が気軽に買えるし、気軽に使えるという面もあるので、「音にはこだわりたいけれど、カスタムIEMはちょっと苦手」とか「既にカスタムも持っているが、より気軽に使えて、音質にも妥協しないユニバーサルが欲しい」という人にもチェックして欲しい。

また、近頃のスタンダードになりつつある完全ワイヤレスイヤフォンから、ポータブルオーディオに興味を持った人にも、一度聴いてみて欲しい。“有線イヤフォンの凄さ”を体験できるはずだ。

それにしても、ブランドの第一弾モデルというのは、一般的に荒削りな面があるものだが、i640はいきなり完成度が高い。しかも国産というのもグッと来る。i640を皮切りに、今後の製品にも注目したいブランドの登場だ。