トピック

京都発の高音質DACチップ、ローム「MUS-IC」とは何か。姉妹機の音にも注目

MUS-IC「BD34301EKV」の評価ボード

デジタルオーディオ再生における高音質の要は、いうまでもなくデジタル信号をアナログ信号に変換するD/Aコンバーターにある。半導体企業は持てる技術を全力投入してDACチップを開発しており、小型で低価格なモバイル用途のDACチップや、それとは対極的にコストを惜しまずに最高性能を目指した高級オーディオ機器用のDACチップを開発しているわけだ。

一方で、DACチップを使わずに独自プログラムのFPGAと固定抵抗器などを組み合わせるなどしたディスクリートDAC回路を開発するオーディオメーカーも存在する。

32bit DACのフラグシップ、MUS-IC「BD34301EKV」

ここで紹介するのは、京都に本拠地を置く世界的な半導体企業であるロームが開発した高級オーディオ機器向けのDACチップ。最高性能を実現している32bit DACのフラグシップであるMUS-IC「BD34301EKV」は、既にラックスマンのSACD/CDプレーヤー「D-10X」に採用されており市場での評価も高い。

ラックスマンのSACD/CDプレーヤー「D-10X」

そして、その優れた諸性能に肉迫しつつ、価格を抑えた32bit DAC「BD34352EKV」も今年の頭から量産が開始されている。

BD34352EKV

ロームとは?

世界的に知られる半導体企業のローム株式会社は、今から68年前の1954年に京都に創業された東洋電具製作所がルーツ。最初は固定抵抗器(炭素被膜固定抵抗器=カーボン抵抗)を開発して販売しており、1958年に株式会社東洋電具製作所となった。

1967年にはトランジスターやダイオードを製造し、1969年にIC(インテグレーテッド・サーキット=集積回路)の分野にも進出。その2年後の1971年には日系企業として初めてアメリカのシリコンバレーにICの開発拠点を開設するなど、チャレンジ精神に溢れる日本の半導体企業として邁進してきた。黎明期~1979年までは「R.ohm」を、1979年~2008年まではブルーの「ROHM」を自社のブランドロゴにしていたという。

商号をローム株式会社に変更したのは1981年。抵抗器を示す「R」に抵抗値の「OHM」を組み合わせたブランドは既に世界的に知られる存在となっており、会社設立から50周年を記念した2009年には社名の「ROHM」と半導体を意味する「SEMICONDUCTOR」の文字を加え、ベンチャー精神を示す赤いブランドマークを導入して現在に至っている。

左上にあるのが「ROHM」のロゴ

ロームには「MUS-IC」と呼ぶ、特別な最高峰オーディオデバイスブランドがある。MUS-ICの正式名称は“ROHM Musical Device MUS-IC”であり、同社の企業風土である「品質第一」「音楽文化への貢献」「垂直統合型生産」に「音質設計技術」を合わせて開発されたICに対して、ロームの音質責任者が自信をもって送り出す最高峰のオーディオICにのみ使われるオーディオデバイスブランドだという。同社では「音楽のために生まれたローム・オーディオICの最高峰」としている。

MUS-ICは2018年に立ち上げており、AV Watchでもパレスホテルで開催された発表会について詳しく伝えている。

ローム、高音質オーディオ用DAC「MUS-IC(ミュージック)」を'19年夏出荷

MUS-ICブランドではこれまでに、電源ICの「BD37201NUX」とサウンドプロセッサICの「BD34704KS2」、「BD34705KS2」、「BD34602FS-M」、そしてD/Aコンバータの「BD34301EKV」がある。このBD34301EKVが、ラックスマンの最高峰SACD/CDプレーヤーであるD-10Xに採用されたDACチップだ。しかもD-10Xでは、ステレオDACのBD34301EKVをモノーラル動作でチャンネルあたり1基という贅沢な使い方をしている。

ラックスマンの最高峰SACD/CDプレーヤー、D-10X

ちなみに、サウンドプロセッサICとは、独自のマイクロステップボリュームを採用している音量調整用のボリュームICを示している。

高級DAC市場に挑戦するローム

今からちょうど4年前の2018年5月のことだ。独ミュンヘンを訪れていた私は、「HIGH END Munich 2018」という世界的に知られるオーディオショウと同じ時期に開催されていた「hifideluxe (ハイファイデラックス)」というオーディオショウに、日本のロームが出展していることを知った。

ハイファイデラックスは独ミュンヘンのホテルを使ったオーディオショウで、FMアコースティックスを始めとする高い志を持ったオーディオメーカーが出展している小規模なショウだった。ロームはホテルの1室で、現在開発中という最高峰のDACチップを披露して音を聴かせていたのだ。

ちょうど時代的にはESSテクノロジーと旭化成エレクトロニクス(AKM)が高級DACの市場を賑わせており、TI(バーブラウン)やADI(アナログデバイセズ)、シーラスロジックなどの大手はモバイル用途に目を向けていた頃だったと思う。そこに京都からロームが高級DACのマーケットに挑戦状を叩きつけてきたかっこうだった。

翌2019年も、ロームは同じように独ミュンヘンのハイファイデラックスに出展。その時は2018年バージョンよりも進化を遂げてきたDACチップを披露。ラックスマンのD-10Xに採用されることになるBD34301EKVの最終的というべきプロトタイプである。

新型コロナウィルスの騒動が勃発した2020年と昨年の2021年、オーディオショウは開催されなかったが、ロームの開発陣は研究開発を続け、DACチップを完成させた。そして、ラックスマンのD-10Xが、世界初のBD34301EKV搭載製品として2020年の秋に発表された。翌2021年の2月には、DACチップ単品の一般販売も開始されている。

そして2021年12月に、最高峰DAC、BD34301EKVの諸性能に肉迫しつつ、“より幅広いオーディオ機器に向けたDACチップ”として、BD34352EKVを発表した。ハイグレードなオーディオ機器をターゲットにした32bitのローム製DACチップは、これで2機種をラインナップすることになった。

興味深いのは、新製品のBD34352EKVはMUS-ICのラインナップではないこと。MUS-ICの称号はあくまでもロームのフラグシップ製品にのみ与えられるのだ。

BD34301EKVとBD34352EKVのターゲットゾーン

MUS-ICのBD34301EKVはPCMが32bit/768kHzサンプリングまで、DSDでは22.4MHzサンプリングのDSD512(22.4MHz)まで対応する電流出力の2チャンネル高性能DACチップである。S/N比は130dB、THD+Nは-115dBという、きわめて優秀なスペックを誇る。

内蔵するプリセットのデジタルフィルターは「シャープ・ロールオフ」と「スロー・ロールオフ」の2種類から選択できる。それとは別にユーザーがフィルター回路をプログラムできる領域があり、またフィルター回路をバイパスさせることも可能だ。

ΔΣモジュレーター回路を経てからの電流出力部は電源インピーダンスを極限まで低くした電流セグメント回路になっている。各チャンネルの電流セグメントに対するクロック遅延差を低減させた制御回路も特徴といえよう。

ロームのオーディオ用DACはいかにして生まれたのか

これらのDACは、どのようにして生まれたのか。開発を担当した音質責任者の佐藤陽亮氏(標準LSI事業部 標準LSI商品設計2課 オーディオ2G 技術主幹)と、技術主査の山本佳弘氏、さらに、D-10Xの開発に携わったラックスマンの長妻雅一取締役 開発部部長と、開発部 課長の田村通浩氏にも話を聞いた。場所はラックスマンの試聴室だ。

―― ロームは様々な種類の半導体を製造しているのは知っておりますが、これまでにオーディオ用DACは開発してきたのでしょうか。

佐藤氏(以下敬称略):だいぶ前のことですが、まだ16bitの時代にリリースしたものは主にゲーム機などに向けたものでした。今回MUS-ICのBD34301EKVは、オーディオ用に新規開発したもので、この時のDACチップとは別のものです。

―― ロームは京都発の世界的な半導体企業ですね。DACチップの製造拠点も本社がある京都周辺にあるのですか。

山本:いいえ、DACチップは静岡県浜松市にあるローム浜松株式会社が製造拠点です。

―― DACチップでいえばESSテクノロジーのようなファブレス企業ではなく、AKMと同じく製造体制を備えている「ファブあり企業」なのですね。ローム製オーディオICの最高峰であるMUS-ICは、製造現場がある強みを最大限に活かしている(筆者注:ローム浜松はIC=集積回路とLEDを生産している企業)。

ドイツのミュンヘンで、私は2年連続で試作DACチップの音を聴くチャンスがありました。必ずしも試聴条件が同じというわけではなかったですが、2018年に聴いた音と2019年の音質は明らかに進化を感じさせたと記憶しています。半導体企業が開発中の製品をアピールする場として、海外のオーディオショウを選んだということもユニークでした。

佐藤:まだ弊社がMUS-ICを発表する前でしたが、私たち開発陣は最高峰のオーディオ用として32bit精度のDACチップを設計していました。初期段階ではかなり苦労しましたけれども、音質面で「これなら」というレベルになってきたので、外部の方々からの意見を聞こうということでミュンヘンのハイファイデラックスに出展したわけです。

開発を担当した佐藤陽亮氏(標準LSI事業部 標準LSI商品設計2課 オーディオ2G 技術主幹)

―― オーディオ用途という音質が最重視されるICのデザインにおいて、佐藤さん達の設計陣はどのような苦労があったのでしょうか。資料では「回路設計から完成品までの垂直統合生産の各工程において、音質に影響する28のパラメーターを突き止め、ひとつひとつ調整して目指す音質を造りこんでいきます」とありました。

佐藤:その通りです。一例をあげますと、パッケージ工程では、ICチップとリードフレームを結ぶ、ボンディングワイヤーの構造や材質が音質にどのように影響するか突き詰めます。このような試みをMUS-ICのラインアップであるサウンドプロセッサ(ボリュームIC)を開発する際には、仮説を立てては検証することを繰り返し行ないました。

その開発で得られた様々な音質向上に関する取り組みがDACチップの開発でも大いに役立ちました。デザインを行なう横浜テクノロジーセンターの専用ルームで入念なリスニングを繰り返しながら完成させたのです。音質性能を高く評価していただいて、MUS-ICのサウンドプロセッサはあるオーディオメーカーのハイエンドAVアンプに採用されています。

ロームの横浜テクノロジーセンターにある試聴ルーム。DACチップも、ここで入念なリスニングを繰り返して完成した

―― 以前に同じような事柄を同業他社さんからも伺っておりますが、それは製造拠点という「ファブあり」企業ならではの大きな利点と言えますね。たとえばDACチップであれば製造から完成まで、どの程度の期間が必要になるのでしょうか。

山本:基本となる回路設計やレイアウト、フォトマスクの製造などの準備を別にして、実際の現場でのIC製造プロセスは通常3カ月ほど要します。

技術主査の山本佳弘氏

―― なるほど。音質改善に関するある程度の予測があるとしても、試作から完成にこぎつけるまでには相当な努力と時間が必要になるのですね。

「情報量の差は圧倒的」、ラックスマン「D-10X」に採用されるまで

―― では、ラックスマンの長妻さんと田村さんに訊ねてみましょう。ラックスマンはどういった経緯でロームのBD34301EKVを採用するに至ったのでしょうか。

BD34301EKVの評価ボードと、ラックスマンのD-10X

長妻:D-10Xがまだ開発の初期段階の時に、実は異なるメーカーの電流出力DACチップで回路デザインを進めていたんです。音質的には満足できるレベルにまで到達していない状態でしたが、その頃に、ロームさんから「ハイエンドDAC開発中なので聴いてもらえないか」というお話がありました。

田村:そこで、評価ボードにマウントされたBD34301EKVの音を聴きまして、「これはイケるんじゃないか!」となったんですね。

長妻:非常に素直な音だなと感じました。当時の段階でも32bitの諧調性の高さを実感でき、情報量についても圧倒的でした。

田村:それを機に急ピッチで新しい回路デザインに着手することになり、D-10Xでラックスマンが狙っていた音質が、現実味を増してきたわけです。また、ロームの横浜テクノロジーセンターとラックスマンが地理的に近かったということも(気軽にいろいろな相談ができるため)功を奏したかと思います。

ラックスマンの長妻雅一取締役 開発部部長
ラックスマン 開発部 課長の田村通浩氏

―― 私が初めてD-10Xの音をこのラックスマン試聴室で聴かせていただいた時は、まだDACチップがロームから正式発表される前だったと思います。それ以前にミュンヘンで試作品のDACチップが一般公開されていたわけですから、音質的には最終段階に達していたのではと思います。

長妻:当初D-10Xは2019年の12月に発売を予定しておりましたので、先生がお聴きになったのは2019年10月頃かと思われます。

―― CD再生とSACD再生(PCMとDSD)では多少の出力レベル差が生じていますが、D-10Xは音質上の判断からレベルを整えるための補正回路は搭載していませんね。私はそのほうが良いと判断しているのですが、これはBD34301EVKの仕様なのでしょうか。

佐藤:PCMとDSDでの音量差については、DACチップの仕様になります。

―― 過去にリリースされた某社の最高級SACD/CDプレーヤーもそうでした。それもDACチップの仕様だったので、CD再生で-6dB程度のデジタルアッテネーターを使って出力レベルを整えていたのですが、音質を比較するとアッテネーターを使わないほうが良い。ということで、市販する段階ではアッテネーターを使わなかったということがありました。

開発した佐藤さんに伺いますが、ミュンヘンで披露された2018年バージョンと2019年では、なにが大きく変わって音質が向上したのでしょうか。

佐藤:さきほど述べたような音質に影響するパラメーターのチューニングも当然ながらあるわけですが、オーバーサンプリングを行なうデジタルフィルターのタップ数や減衰量の変更が音質向上に大きく効いたと思っています。また、ICパッケージ内のチップにかかる応力が最小になるよう配慮されていて、内部は完全左右対称のチップレイアウトになっています。

―― 新製品「BD34352EKV」についても教えていただけますか。

佐藤:はい。ローム・オーディオICの最高峰としてMUS-ICのBD34301EKVを完成させたので、次はその下位バージョンであるDACチップの開発を進めようということになりました。それが、昨年末に発表したBD34352EKVです。下位バージョンといっても、音質と諸性能はMUS-ICに肉迫している32bit DACチップになります、

BD34352EKVの評価ボード

―― 両者を比べてみると全く同じパッケージサイズでピン数も同じように見えますね。性能差でいえばS/N比が130dB→126dB、THD+Nは-115dB→-112dBと、ほんの僅かに違うだけです。

MUS-IC BD34301EKV(写真)とBD34352EKVは完全ピン互換

佐藤:MUS-ICのBD34301EKVと異なるのは、最終段である電流出力のカレントセグメントです。ここを音源のもつエネルギーを力強く表現できるようにチューニングしました。コンセプトとしてBD34301EKVとは完全なピン互換を実現しています。

―― 違いはそれだけですか?市場での価格を比べると少し安いでしょうから、BD34352EKVはコストパフォーマンスが抜群に高いということになりますね。同じ32bitで、PCMが768kHz、DSDはDSD512(22.4MHz)まで対応しているのですよね。

佐藤:そうです。

―― それは凄いですね。そういえば、フラグシップのBD34301EKVも、新製品のBD34352EKVも電流出力タイプですね。つまり、DACチップを使う側は、それを電圧信号に変換する必要があるわけですが、電流出力を選んだ理由はなんですか?

佐藤:電流出力を選択したのは、オーディオ製品の音質を決めるエンジニアの設計の自由度が高いと判断しているからです。たとえばI/V(電流/電圧)変換回路での音質調整が可能ということは大きな要素かと思います。DACチップの設計においても出力電流を多くとることでS/N比の向上を図ることができます。

評価ボードと、完成したD-10Xを聴き比べてみる

ラックスマンの試聴室にはD-10Xに加え、BD34301EKVとBD34352EKVの評価ボードが用意されていた。自宅から試聴用のCDをいくつか持参したので、まずはD-10Xと、MUS-ICであるBD34301EKVの評価ボードの音を聴き比べてみた。

プリはラックスマンの「C-900u」、パワーは新製品の「M-10Xステレオパワーアンプ」。スピーカーシステムはベリリウム振動板の逆ドーム型ツイーターを搭載している仏フォーカルの高級機「Scala Utopia Evo」だ。

試聴に使った機器

最初に聴いたイーグルスのライヴからの「ホテル・カリフォルニア」は、倍音成分の豊かなギターの音色から始まり、低音域の豊かなパーカションに続いて聴衆の拍手や口笛など細やかな音の表現が大きな聴きどころだ。D-10Xはいくぶんシャープな音の描写を基調にして、微動だにしない安定した低音と音場空間の拡がりでスケール感の豊かさを披露した。

一方、ロームの評価ボードのほうはというと、音の描写についてはニュートラルと感じさせながらも遜色のない解像感で音が迫ってくる。D-10Xは外部のデジタルフィルター回路を使っており、しかも左右合計で2基を使うという贅沢ぶりなので、出てくる音の雰囲気は当然ながら異なる。加えて言えば電源規模や内容も違うのだ。

いつも聴いている手嶌葵「コレクション・ブルー」からの「月のぬくもり」は、D-10Xのほうがグランドピアノの筐体の響きが明瞭に感じられる。彼女の声色はキリッとした明瞭さが得られているけれども、ロームの評価ボードも艶やかな色調で好ましいと思った。この評価ボードが左右独立のDACチップになっていたとしたら、音の品格的なところは拮抗しているかも知れない。

ドイツグラモフォンの名録音を集めたステレオサウンドのCDでは、オペラで歌う男女の張りのある歌声と声量の豊かさで、やはりオーディオ機器として完成しているD-10Xに軍配があがる。評価ボードの音も決して劣っているというわけではないのだが、確固たるラックスマンの音を造りこんだエンジニアの手腕にはかなわないというところか。

しかしながら、この評価ボードはたとえばDigi-KeyやMouserあたりから個人でも購入できるようなので、私はちょっと欲しくなってしまった。実際にはロームが用意しているようなアルミニウム切削の高剛性ハウジングとデジタル回路系とアナログ回路系に分離した2台の安定化電源という豪華な装備は用意できっこないから、ここで聴いている音がそのまま自宅で得られるわけではないだろうけど。

MUS-ICのBD34301EKVと、新製品のBD34352EKVも聴き比べてみたが、正直なところ私は明確な音質差を見出すことができなかった。それぞれの評価ボードに乗っている状態での聴き比べだったが、確かにMUS-ICのほうがダイナミック感や音のこなれ具合で上回っているし音質も洗練されているような“気がする”。しかしながら、評価ボードにマウントされている外付けのDIRチップ(デジタル・オーディオ・インターフェース・レシーバー)が異なるようだし、両者の電流出力値は微妙に違うようなので出力値を揃えるためにディスクリートI/V変換回路の定数が同じでなかったりする。

逆にいうならば、新製品のBD34352EKVは、MUS-ICのBD34301EKVに、音質的にかなり迫っているということだ。これは大いに期待できるだろう。海外ブランドを含めた高性能DAC市場に切り込んでいく力量はかなり大きいぞというのが私が得た音の感触である。

さて、話を締め括ることにしよう。ロームの資料を読んでいると、音楽との関りが非常に深い企業である事がわかる。例えば、MUS-ICのWebサイトで表示されているのは、京都市左京区にある「ロームシアター京都」の写真だ。

MUS-ICのWebサイトに登場する「ロームシアター京都」

創業者の佐藤研一郎氏(1931-2020)は、学生時代にピアニストを目指していたというほどクラシック音楽に愛情を抱いていたそうで、若手音楽家の育成など、音楽文化支援を行なう目的で公益財団法人「ローム ミュージック ファンデーション」も設立。奨学援助においては、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の第1コンサートマスターとして活躍する世界的ヴァイオリン奏者である樫本大進氏をはじめ、500名以上の若手音楽家を支援している。

MUS-ICのBD34301EKVは、「Sound=空間の響き」「Quietness=静寂性」「Scale=スケール感」という、クラシック音楽の鑑賞で重要な3要素を表現することに重きを置いて開発したそうだ。ロームで開催・支援しているコンサートなどで本物の音を聴き、当日の録音音源を活用した聴こえ方の研究も行なっているということで、そのような音楽と向きあう真摯な姿勢こそが、音質に優れた高性能DACチップを誕生させているのだと納得した次第だ。