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“音のパーソナライズ”は本当に効果ある!? デノン「PerL Pro」編集部4人で測定してみた

PerL Pro(AH-C15PL)の新色ホワイト

人間の耳や耳穴は、人それぞれカタチが異なる。だから、同じ音を聴いても、聴こえ方は微妙に異なる。だから、イヤフォンの音質を追求する時に「使う人の耳に合わせた補正をかける機能」に注目が集まっている。いわゆる「パーソナライズ機能」というやつだ。

各社の高級完全ワイヤレスイヤフォンでは、このパーソナライズ機能を搭載したモデルが増えている。AV Watch読者なら、すでにイヤフォンと連携するアプリで、「音が鳴ったらボタンをタップしてください」みたいな測定をして、パーソナライズ機能を体験した事があるかもしれない。

だが、パーソナライズ機能に、なんと医療機器の技術を応用した測定方法を持ち込んだ「Masimo AAT」という技術で、他社とはまったく違うアプローチで最適化を行なうイヤフォンが存在する。デノンの「PerL Pro(AH-C15PL/オープンプライス:実売57,200円前後)」と「PerL(AH-C10PL/同33,000円前後)」だ。

PerL(AH-C10PL)

独自の最適化とはどんなものか? 音はどう変化するのか? そして、本当に誰でもその効果を実感できるのか?

そこで、AV Watch編集部員4人が集まり、測定・最適化してみた。果たして4人全員に効果はあるのか。また、他人に最適化したイヤフォンを聞いたらどんな音に聞こえるのか。実際にやってみると、驚きの結果となった。

Masimo AATとは何か?

PerL Pro(AH-C15PL)。左から既存のブラック、新色ホワイト

注目技術「Masimo AAT(Adaptive Acoustic Technology)」を搭載しているのは、デノンの完全ワイヤレス上位機「PerL Pro(AH-C15PL)」と、下位モデル「PerL(AH-C10PL)」だ。

どちらもパーソナライズが可能だが、上位機のAH-C15PLのみ、5バンドのイコライザーも搭載しており、自動調整されたサウンドに対して、さらに好みを反映する微調整が可能だ。今回はAH-C15PLをメインに使っている。違いはそれだけでなく、PerL/PerL Proのどちらも10mm径のダイナミック型ドライバーを搭載しているが、振動板の素材が異なり、PerL Proは超低歪みの3レイヤー・チタニウム振動板を使っている

パーソナライズの前に、耳が、どんなメカニズムで音を聴いているのを簡単におさらいしよう。

御存知の通り“音=空気の振動”だ。人間はその振動を耳(耳介:じかい)で集め、振動が耳穴(外耳道:がいじどう)を通り、その奥にある鼓膜を震わせる。

鼓膜が振動すると、その震えが耳小骨(じしょうこつ)という小さな骨で増幅され、その奥にある蝸牛(かぎゅう)と呼ばれるカタツムリみたいな器官へと伝わる。

この蝸牛の中には有毛細胞(ゆうもうさいぼう)という小さな毛が無数に生えていて、内部はリンパ液で満たされている。振動が伝わるとリンパ液が揺れるのだが、それによって有毛細胞も揺れ、それが電気信号になって脳へと伝わる。こうして我々は「音がした」と認識しているわけだ。

鼓膜が振動すると、その震えが耳小骨(じしょうこつ)という小さな骨で増幅され、その奥にある蝸牛(かぎゅう)と呼ばれるカタツムリのような器官へと伝わる。写真では青く塗られた部分だ。Masimo AATは、蝸牛の奥で異なる周波数に変化し、微小な音ではあるが、蝸牛から耳穴を通って“戻ってくる”音をマイクで録音し、解析する

Masimo AATは、この仕組みに着目。耳の中に音を入れると、鼓膜を通じて蝸牛へと伝搬されるが、その音が、蝸牛の奥で異なる周波数に変化し、非常に微小な音ではあるが、蝸牛から耳穴を通って“戻ってくる”そうだ。その戻ってきた音をマイクで拾い、分析する事で、「その人の耳が、音をどのように聴いているか」を、高精度に測定できるという。

実際に、音が出てくるノズル部分をじっくり見ると、ノズルの中に小さなマイクがあるのがわかる。これが、蝸牛から跳ね返ってきた音を拾うためのマイクだ。

音が出てくるノズルをじっくり見ると、ノズルの中に小さなマイクがある

この技術はもともと、「音が聴こえていますか?」と問いかけても返事ができない生まれたばかりの赤ちゃんに対し、聴こえているかどうか測定するために開発されたという。

デノンは、マランツやBowers & Wilkinsなどといったオーディオブランドと共に、米国のSound Unitedという会社の傘下になっており、このSound Unitedは、米Masimo Corporationという会社に買収された。このMasimoは世界的な医療技術メーカーで、皮膚を通して動脈血酸素飽和度や脈拍数を測定するパルスオキシメーターなどを手掛けており、Masimo AATも同社が有する技術の一つである。

つまり、“親会社の医療機器の技術”と“デノンのオーディオ技術”が組み合わさって生まれたのが、PerLシリーズというわけだ。

PerL Pro(AH-C15PL)

編集部4人でパーソナライズしてみる

では、実際にパーソナライズしてみよう。

測定は非常に簡単。PerL Proをスマホとペアリングして、スマホに「Denon Headphones」というアプリをインストール。耳にマッチしたサイズのイヤーピースになっているかどうかのチェックが終われば、パーソナライズスタート。

スタートと言っても、ユーザーは何も操作する必要がない。「ピュルルルルルー!」というような測定音が、低い周波数から高い周波数へと変化しながら流れるのを聴いているだけ。その後、「ピュルピュルピュル」という短い音が連続するテストが始まり、より細かな測定が行なわれる。

計測時間は3分もかからない。他社のパーソナライズは、「音が聞こえたらボタンをタップして」など、ユーザーが何らかのアクションをする必要があり、時間もそれなりにかかる、ちょっと面倒な作業なのだが、Masimo AATの場合は楽チン。さすがは赤ちゃんの検査から生まれた技術だ。

測定が終わると、アプリに「あなたの耳の聴こえ方」を可視化した円グラフが登場。高い周波数に敏感なのかとか、低い方に敏感なのか、といった大まかな傾向が把握できる。「俺こんなに補正されてる」「高域があまり聞こえてないんじゃないこれ?」などと、編集部4人で測定グラフを見せあうのも面白い。この最適化プロファイルは、1つのアカウントにつき3つまで保存できる。

測定後、「あなたの耳の聴こえ方」を可視化した円グラフが表示される。左右でも聴こえ方が大きく違うのがわかる。また、下部には低域の量感を調整するスライドバーがある

当然だが、測定は静かな環境で、そして自分の耳に合ったサイズのイヤーピースで行なわないと正確な結果が出ない。PerL/PerL Proにはシリコン製イヤーピースXS/S/M/Lの4サイズと、フォームタイプを1サイズ、さらにウイングアタッチメントを2サイズと、豊富に用意されているので、組み合わせて一番シックリくるものを選ぼう。

シリコン製イヤーピースXS/S/M/Lの4サイズと、フォームタイプを1サイズだけでなく、にウイングアタッチメントも2サイズ同梱。組み合わせて、最適なフィット感が得られる

編集部4人で最適化し、その効果を体験したレポートは以下の通り。各自聴き慣れた曲でチェックしているが、共通曲として「YOASOBI/アイドル」も試聴している。また、他者に最適化した状態のイヤフォンを聴いた印象も記載した。

AV Watch編集部 野澤佳悟

一番明確な変化は低域で、量感も安定感ももはや別物。アプリで低域の効き具合を-3から+3まで調整できるのだが、補正後は0の状態で補正前の+2くらいの量感を感じる。

「Midnight Grand Orchestra/Midnight Misstion」をパーソナライズのON/OFFをしながら聴き比べると、ON状態では、音の補正だけなのだが、まるでANCの効果がアップしたかのようにSN比が高まり、音全体が引き締まったような感覚。まるでランクが上のイヤフォンに買い換えたかのようだ。

低域だけでなく、音全体の輪郭が明確になる。モニターのようにキツイ音ではなく、ボーカルやメインの楽器など聴きたいところは明確に、そのほかは適度に混ざり合いながら背後に広がっていくので、聴いていて心地良い。

「YOASOBI/アイドル」では、曲の頭から「ズンズン」と突き上げてくるようなパワフルな低域の中を、ikuraのボーカルが突き抜けてくるような感覚が楽しい。とくにBパートの低域は重量感を感じられて、曲の雰囲気にしっかりとマッチしている。

アプリで低域を+3までスライドさせて「Creepy nuts/Bling-Bang-Bang-Bom」を再生すれば、もう同じイヤフォンと思えない迫力とともに、2分48秒間頭を空っぽにできる。

アプリ上で見られる補正によるイメージ図も面白い。とくに左右が違いが明確に現れており、ここまで違うと普段のイヤフォンでもちゃんと音が定位しているのが不思議に思ってしまう。

酒井氏のパーソナライズ補正データで音を聴いてみると、音の情報量、密度が抜けてシャカシャカした音も聴こえてしまう。ここまで変化が明確に現れるとは思っていなかったので衝撃的な体験だ。

AV Watch編集部 酒井隆文

パーソナライズする前の状態で試聴した「YOASOBI/アイドル」では、ikuraのボーカルが全体的に上擦ったような印象で、サ行が耳に刺さって痛い。低音も抜けてしまい、軽い印象だった。

しかし、パーソナライズするとサ行のキツさが消えると同時に、全体的に解像感が一段上がってクリアなサウンドに。特にボーカルは奥行き感や質感も感じられるようになった。低音も量感が感じられズンッと沈み込むようなサウンドになり、心地よく音楽を楽しむことができる。

「米津玄師/Lemon」も、パーソナライズ状態では米津のボーカルにどっしりとした重さを感じる。また、サビ前のコーラスが重なるパートでは音場の広さ、空間の広さも感じられるようになった。低音もパーソナライズ前よりもタイトさ、量感の両方がアップしたものの、個人的には低音モードのスライドバーを[-2]くらいまで微調整するとベストバランスに感じられた。

そのほか「櫻坂46/何歳の頃に戻りたいのか?」やオフボーカル曲として「ブライアン・タイラー/Formula 1 Theme」なども聴いてみたが、いずれもパーソナライズすると解像感と低音の迫力がアップする印象で、「パーソナライズ前には戻れないな」と強く感じた。パーソナライズの作業もイヤフォンを耳に着けているだけでOKと、他社のものと比べると格段にシンプルなのも使いやすい。

最後に野澤氏のパーソナライズデータとも聴き比べてみると、自分のものよりも中域の厚みが増している一方、高域の抜け感は抑えめで、個人的には高域の伸びに物足りなさを感じる。「パーソナライズで、ここまでサウンドが違うのか」と驚かされた。

AV Watch編集部 阿部邦弘

まずは共通曲の「YOASOBI/アイドル」を再生。パーソナライズ前は、抑揚がなくボーカルが埋もれがちで、ややブーミーな低音に聞こえていたが、パーソナライズ後は、シュッと締まりながらも「ボフッ」っと耳奥へと響く低音に変化。中高域も拡がり、ikuraのボーカルも浮かび上がって聴こえてくる。パーソナライズ後に使える「低音モード」ではスライドバーを[-1]にして、多少レベルを絞ったつもりだったのだが、それでも十分リッチな低域を表現してくれる。

「宇多田ヒカル/甘いワナ~Paint It,Black」でも、出だしからビシバシと歯切れのよい低域が心地よい。高域は程よく伸び、解像感を無理に持ち上げたようなキンキンした印象はない。パーソナライズ前に戻すと、ボワボワした不明瞭な低域とどこかツマった高域に聞こえてしまって、途端にバランスが崩れてしまった。一度パーソナライズ後のサウンドを体験してしまうと、もうパーソナライズ前の音では満足できなくなってしまうと思う。

ここまで最適化で激変してしまうと、自分の耳ってもしかしてノーマルじゃないのかな? と心配になってしまったが、山崎氏のパーソナライズチューンを試してみて安心。この音も、パーソナライズ前から激変していた。それぞれを聴き比べると、わたしのパーソナライズがメリハリ系で、山崎氏のパーソナライズはだいぶ落ち着きのあるハイファイ系に感じた。真逆のサウンドに聴こえるくらい、最適化の効果は絶大ということだろう。

最後に、「“パーソナライズ”なんて言ったって、従来のイコライザー機能とそんなに変わらないでしょ?」なんて、舐めていたことをお詫びいたします。

AV Watch編集部 山崎健太郎

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生する。

パーソナライズする前の状態は、全体的に描写が平坦で、どちらかというと地味なサウンドだ。だが、パーソナライズをONにすると、文字通りサウンドが激変。一気にメリハリが生まれ、ボーカルや楽器など、音像の輪郭も明瞭になり、前に出てくる音と、背後に広がる音という立体感が感じられるようになる。

パーソナライズする前は「低音の迫力が増すのかな?」とか、部分的な変化を想像していたが、実際に体験するとそんなレベルではなく、空間の広さ、音像の実在感など、次元の違うサウンドになる。あまりの激変具合に呆気にとられるくらいだ。

アコースティックベースも、素の状態ではサラッとした低音だったが、パーソナライズすると「ズゴン」「ズシン」という芯のある重い低域が吹き出してきて驚かされる。このパワフルな描写をしながら、左奥の空間へボーカルの声の響きが広がっていくような、細かな描写もキッチリ聴き取れる。解像感も高いサウンドだ。

「YOASOBI/アイドル」も、冒頭に「ズドン」と炸裂する低域の迫力、スケール感がまるで違う。「本当に同じイヤフォンなの?」と疑ってしまうレベル。低域がパワフルになり、メリハリがついた事で、疾走感が生まれ、聴いていて非常に楽しい。低域にドッシリ感もあるので、低重心になり、音楽に安定感がある。

個人的には、パーソナライズしたデフォルト状態ではちょっと中低域の張り出しが強いと感じるので、「低音モード」のスライドを少し控えめに調整すると、よりピュアオーディオライクな好ましいバランスになった。シャープに描写されるようになった音像の輪郭も、より見やすくなるため、背後の「はいはい」というコーラスや、キラキラした細かなSEといった、聞こえなかった音にも気がつくようになった。

そして、隣の席の阿部氏がパーソナライズしたイヤフォンも聴いてみたが、これも衝撃的。

自分にパーソナライズした状態と比べると、明らかに全体のバランスがゴチャゴチャで、高音がカシャカシャとキツ目に描写され、低域も過剰に持ち上げられている。しかし、真ん中は落ち込んでいるので、ドンシャリな音に感じられる。ただ、単純なドンシャリではなく、途中に山と谷が複数あるような、なんとも違和感のある音。「人によってこんなにも違うものか」と驚きの体験だった。

PerL Pro(AH-C15PL)
AV Watch編集部