レビュー
医療機器技術を応用した究極の最適化!? デノン「PerL」を聴く
2023年7月7日 08:00
“イヤフォン”と言えば“完全ワイヤレスイヤフォン(TWS)”を意味するようになった昨今。製品も増加し、多機能競争も激化、ノイズキャンセリングは搭載しててあたりまえ、空間オーディオも珍しくなくなってきた。今熱いのは“パーソナライズ化”つまり“個人最適化”機能だ。使う人に合わせた音に、TWSがチューニングしてくれるというアレだ。
すでに高級TWSを持っている人は、「ああ、アプリでテスト音が再生されて“聴こえたらボタン押してね”とかやるヤツね」と、使ったことがあるだろう。「あの機能も珍しくなくなった」と感じている人も多いかもしれない。
しかし、そんなパーソナライズ機能に、バケモノが登場した。これまでとまったく違う、ユーザーの自己申告ではなく、医療機器の技術を応用した測定で“聴こえ方”を調べ、それを踏まえた音の補正をしてくれるという。
7月1日に発売されたばかりのデノンの新製品で、価格はオープンプライス。店頭予想価格は空間オーディオやSnapdragon Soundに対応する上位機「PerL Pro(AH-C15PL)」が57,200円前後、下位の「PerL(AH-C10PL)」が33,000円前後と高級機だが、実際に使ってみると、驚きのTWSだった。
“聴こえる”とは何か
我々人間の耳は、どんなメカニズムで音を“聴いている”のだろうか。いきなり何の話だという感じもするが、PerL/PerL Proの“凄さ”は、ここから話をするとわかりやすい。
AV Watch読者なら、“音=空気の振動”だというのはご存知だろう。その振動を耳(耳介:じかい)で集め、その振動が耳穴(外耳道:がいじどう)を通り、その奥にある鼓膜を震わせる。ここまでは簡単にイメージできる。
ちょっと難しくなるのはその先だ。鼓膜が振動すると、その震えが耳小骨(じしょうこつ)という小さな骨で増幅され、その奥にある蝸牛(かぎゅう)と呼ばれるカタツムリみたいな器官へと伝わる。
この蝸牛の中には有毛細胞(ゆうもうさいぼう)という毛みたいなものが生えていて、リンパ液で満たされている。振動によってリンパ液が揺れ、それによって有毛細胞もユラユラと揺れ、それが電気信号になって脳へと伝わり、「音がした」と認識する……という仕組みだ。
こうして細かく見ていくと「結構複雑な構造だなぁ」と思うと共に、耳の形状なども人によって異なるので、「聴こえ方」が人によって異なるというのも頷けるところ。
そのため、前述のように「アプリで様々な周波数帯の音を流して、それが聴こえるかどうかのテストをユーザーが行ない、個人に最適化する」という機能が流行っているわけだが、そうした簡易的なテストではなく、もっとガチな測定を行ない、最適化しようというのが、デノンの「PerL Pro」シリーズに搭載された「Masimo AAT」という機能だ。
パーソナライズ機能「Masimo AAT」とは?
デノンというブランドは、マランツやBowers & Wilkinsなどといったオーディオブランドと共に、米国のSound Unitedという会社の傘下になっているのだが、昨年、このSound Unitedは、米Masimo Corporationという会社に買収されている。
このMasimoという会社、オーディオの会社ではなく、皮膚を通して動脈血酸素飽和度や脈拍数を測定するパルスオキシメーターなどを手掛ける世界的な医療技術メーカーなのだが、なんと、「その人の耳が、音をどのように聴いているか」を、高精度に測定する技術を持っており、「この技術って、デノンのイヤフォンに使えるんじゃない?」という話になり、PerLシリーズが生まれた……というのが大きなポイントだ。
このMasimoの技術「Masimo AAT」が興味深い。
もともと、「音が聴こえていますか?」と問いかけても返事ができない生まれたばかりの赤ちゃんに対し、聴こえているかどうか測定するために開発された技術だそうで、耳の中に音を入れると、それが鼓膜を通じて蝸牛へと伝搬されるのだが、その音が、蝸牛の奥で異なる周波数に変化し、非常に微小な音ではあるが、蝸牛から耳穴を通って“戻ってくる”そうだ。
この「耳音響放射」という現象を応用し、戻ってきた微小な音を高感度マイクで集音して解析する事で、「その帯域の音が聴こえているかどうか」を測定するのが「Masimo AAT」だ。
PerL/PerL Proのイヤーピースを外し、ノズルの部分を見ると、金色の長方形のパーツが見える。これが戻ってきた音を拾うマイクだ。つまり、PerL/PerL Proは、医療用機器の測定技術を応用し、音楽を楽しむイヤフォンに投入した……という、かなり思い切った製品なのだ。
ちなみに、ノズルの奥の筐体内にPerL/PerL Proのどちらも10mm径のダイナミック型ドライバーを内蔵している。サイズは2機種共通だが、振動板の素材が異なり、上位機のPerL Proは、超低歪みの3レイヤー・チタニウム振動板を使っている。
実際に測定する
では、実際に測定してみよう。と、言っても、実は超簡単で、ユーザーはほぼ何もする必要はない。
PerL/PerL Proをケースから取り出し、スマホとペアリングし、スマホに「Denon Headphones」というアプリをインストーする。
アプリがPerL/PerL Proの接続を認識すると、イヤフォンが適切に装着できているか、密閉されているかの測定スタート。もし隙間が空いているとアプリに注意されたら、付属しているシリコン製イヤーピースをXS/S/M/Lの4サイズ、フォームタイプを1サイズ、ウイングアタッチメントを2サイズから別の組み合わせを選び、テストに合格する組み合わせを選ぼう。
準備が整ったら、いよいよMasimo AATを使ったパーソナライズ化のスタート。……とはいえ、前述のようにユーザーが何かのボタンをタップする必要は無く、静かな環境で黙ってイヤフォンを装着していればOK。
アプリが自動的にテストを開始し、まずは「ピュルルルルルーー!!」みたいな、低い周波数から高い周波数まで変化していくテストトーンが流れる。その後、「ピュルピュルピュル」という短い音が連続するテストが始まり、より細かな測定が行なわれる。
テスト全体はハイスピードで、測定開始から演算処理を経てパーソナライズ化完了まで3分もかからないだろう。終わると、アプリに「あなたの耳の聴こえ方」を可視化した円グラフが表示され、高い周波数に敏感なのかとか、低い方に敏感なのか、といった大まかな傾向が把握できる。左右の耳で円グラフのカタチが全然違い、「こんなに左右で聴こえ方が違うのか」と驚いた。
このプロファイルは3つまで保存でき、アカウントに紐づけられる。ユニークなのは、測定結果の円グラフの画像を、保存したり、SNSで共有できる事。「測定した結果、俺の聴こえ方はこんな感じだった」と公開しても面白いだろう。
測定までは医療機器の技術の応用だが、ここから先はオーディオブランド・デノンの技術だ。デノンには、サウンドマスター・山内慎一氏が掲げる理想の音“Vivid & Spacious”が存在する。その理想の音のカーブを誰もが正確に聴き取れるのが理想だが、先程測定した通り、聴こえ方には個人差がある。
そこで、その個人差を踏まえた音の補正を音楽に適用。最終的に“デノンが理想とするカーブ”になるように近づける。こえがPerLシリーズのパーソナライズ化だ。
なお、上位機のAH-C15PLは、5バンドのイコライザーも搭載しており、自動調整されたサウンドに対して、さらに好みを反映する微調整も可能になる。
パーソナライズ化の効果は?
実際、パーソナライズ化すると音がどう変化するか? だが、これが非常に面白い。
PerL/PerL Proの両方で試したのだが、音の変化としてはどちらも同じ。パーソナライズ化する前の状態では、音楽全体がのっぺりとしていて平坦で、あっさりとした味わいなのだが、パーソナライズ化をONにすると、世界が激変する。
「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を聴きながらON/OFFしたのだが、ONにすると、ベースやピアノ、中央のボーカルなど、あらゆる音像が、のっぺりとした平坦から、厚みのある楽器や人間の立体的なカタチに変わる。まるで2次元映像が、3次元立体映像に変わったような激変ぶりだ。
音像の立体感だけでなく、レンジの広さや帯域ごとの聴こえやすさもまったく違う。アコースティックベースの「ズンズン」という低い音は、パーソナライズ化するとより深く、ドッシリと沈み、音楽に迫力が出る。中高域の抜けも格段に良くなり、爽やかで、クリアで、見通しの良いサウンドになる。
女性ボーカルのサ行など、高域の描写も丁寧になり、OFFではキツく聴こえていた音が、ONでは質感豊かに、声の表情がしっかり聴き取れる音になる。
これまで何機種かのイヤフォンで、簡易的な測定によるパーソナライズ化を体験した事があるが、Masimo AATによるパーソナライズ化が最も“ON/OFFでの音の違い”が大きい。他のイヤフォンでは「ああ、ちょっと低音が強く聴こえるようになったな」とか「抜けが良くなったな」程度の違いなのだが、PerL/PerL Proの場合は「え、オマエ同じイヤフォンだよね? なんかぜんぜん違う音になったんだけど」と驚くほど激変する。
また、コントラストが深く、低域がパワフルになり、中高域もクリアで抜けが良くなる……と、全てが“好ましい方向へ変化”するのも凄い。よって、「パーソナライズ化した後の音がなんか不自然で気に入らない」と、測定したのにOFFで使っている……みたいな事はおそらく起こらないだろう。多くの人が「これならパーソナライズ化して使おう」と感じるはずだ。
1点だけ、パーソナライズ化をONにするとコントラストが深くなり、音像がグッと立体的に前に出てくるように聴こえるため、リスナーと音像との距離が近くなったように感じる。もう少し距離を離したいと感じる場合は、上位機のPerL Proであればアプリから「空間オーディオ」をONにすると、頭内定位が少し緩和されて良い感じになる。
ちなみにこの空間オーディオは、Appleやソニーが手掛けているタイプとは異なり、あらゆる楽曲に適用できるDirac社ものだ。
パーソナライズ化の恩恵を感じる高音質
上記が「パーソナライズ化でどう変化するか」だが、それを踏まえて「イヤフォンとしての音質」もチェックしよう。なお、試聴は全てパーソナライズ化をONにした状態で行なった。
結論から言うと、音は非常に良い。
PerL Proは10mmのダイナミック型ユニットを活かし、ワイドレンジな再生ができており、「月とてもなく」の特徴であるアコースティックベースの低音が非常に深く沈み、肉厚で気持ちが良い。下から這い上がってくるような「ズオンズオン」という迫力に圧倒される。
これだけパワフルな中低域が出ているのに、中高域はクリアで、ピアノの響きがフッと奥の空間へ消えていく様子や、ボーカルの口の動きなど、細かな音もしっかり聴き取れる。このあたりの“情報が耳から過不足なく得られる感覚”は、パーソナライズ化の効果でもあるだろう。
ダイナミック型ユニットオンリーなので、バランスドアーマチュアやESTユニットを搭載したイヤフォンのような、カリカリシャープな高音とは傾向が異なる。ただ、3レイヤー・チタニウム振動板の剛性は非常に高く、「米津玄師/KICK BACK」を聴くと、ダイナミック型オンリーとは思えないほどシャープで微細な高音が描写される。無数のSEやコーラスがぶちまけられたような楽曲だが、それらの細かな音がビシッとシャープに耳に入る感覚は、とにかく気持ちが良い。
個人的には、バランスドアーマチュアのような金属質な響きが無く、シャープながら音色が自然なので、PerL Proのようなサウンドの方が好みだ。「高級TWSは、いろんな方式のユニットを複数搭載するもの」みたいな風潮もあるが、PerL Proはその必要性を感じないほど完成度が高い。
ちなみに、アプリから「低音モード」のスライドバーを調節すると、低音の迫力を調整できるのだが、この効果も凄い。この手の機能は一般的に「効果はあるけど低音がボワボワ膨らんだ、不明瞭な音になって使わなくなる」というパターンが多いのだが、PerL Proでは低域の音像の輪郭だけが力強くなるような感覚で、あまり不必要に膨らまず、タイトさを維持している。このあたりにも、パーソナライズ化の恩恵が出ているのかもしれない。
さらにアプリの中に「ハイゲイン・モード」というのがある。音が小さいソースを再生する時に使うものという説明があるが、これをONにすると、主に中低域の押し出しが強くなり、よりパワフルなサウンドになる。もともと音量が大きなソースでは歪む可能性もあるが、ロックやライブ録音の再生、映画などで「もっとパワフルさが欲しい!」と感じたら使ってみるのもアリだ
PerL ProはクアルコムのSnapdragon Soundに対応している。まだ対応スマートフォンは多くはないが、CDクオリティのロスレスサウンドが楽しめるaptX Lossless(44.1kHz/16bit)と、不可逆圧縮だがハイレゾ伝送が可能なaptX Adaptive(96kHz/24bit)に対応しており、aptX、AAC、SBCもサポートする。
機能面では、2台のデバイスへ同時接続し、シームレスに切り替えられるマルチポイント接続をサポート。充電ケースはワイヤレス充電のQiに対応と、かなり高機能なTWSになっている。
ではPerLの音は……というと、これも良く出来ている。というのも、パーソナライズ化しているからというのもあるだろうが、PerL Proとまったく同じ傾向で、サウンドが非常に良く似ているのだ。
両者の違いである“振動板の違い”がそのまま音の違いになっている印象で、中高域の解像度がPerL Proの方が高く、鋭くシャープ。PerLは少し穏やかで、質感描写を重視している印象だ。ただ、PerLも決して“高域がなまった音”ではなく、分解能自体は高い。あくまでPerL Proと聴き比べるとシャープさに違いがあるというだけだ。
逆に言えば、PerL Pro(57,200円前後)とPerL(33,000円前後)にはかなり価格差があるので、「安いPerLでもMasimo AATが使えて、PerL Proに肉薄するサウンドが楽しめる」と考えれば、コストパーフォーマンスの良さが印象的になるだろう。
なお、PerL ProとPerLの機能差は、前述の通りPerL Proのみが5バンドのイコライザー、空間オーディオ機能、Snapdragon Soundに対応。PerLの対応コーデックはaptX、AAC、SBCのみとなる。マルチポイント接続や充電ケースのワイヤレス充電対応もPerL Proのみの対応だ。
2モデルともハイブリッド・ノイズキャンセリング機能を備えているのは同じだが、PerL Proのみ周囲の環境に自動的に合わせるアダプティブ機能を備えている。ノイズキャンセリング性能は超強力とは言えないが、地下鉄の走行音では「グォオオ」という車体の反響音、モーター音、トンネル内に響く音を綺麗に消し、時折キュイーンというレールと車輪が当たる高い音が少し聴こえる程度で十分な性能がある。ノイキャンをONにしても音に不自然さが感じられないのは好印象だ。
積極的なサウンド補正で、TWSの新世界へ
ピュアオーディオでは「音楽データに何も加えず、何も引かず、そのまま再生する事」を追求する製品が多いが、進化したデジタル技術を積極的に使い、AVアンプのように「部屋などの環境に合わせて、最適な音に調整して再生する」というオーディオ機器も増えている。
PerL/PerL Proは、その測定に医療機器の技術を応用する事で高精度化。さらに、オーディオメーカーのデノンらしく、ブランドが理想とするサウンドカーブへと近づけ、多くのユーザーが、理想のサウンドをしっかり聴き取れる事にこだわったイヤフォンだ。“デジタル技術の活用”と“オーディオメーカーらしいこだわり”を、両立させた製品とも言えるだろう。
“積極的にサウンドを補正する”と聞くと、オーディオファンとしては「それって音が悪くならないの?」と心配になるものだが、PerL/PerL Proは“測定後のサウンドの激変ぶり”という体験のインパクトで、そんな不安を吹き飛ばしてくれるところが小気味良い。
ある程度成熟したと思われていたTWSに、「まだまだやれる事はあるぜ」と挑戦状を叩きつけるような、意欲的なイヤフォンだ。
(協力:デノン)