トピック

自動測定で“自分だけの完璧なイヤフォン”になる衝撃、デノン「PerL/PerL Pro」

デノン「PerL Pro」(AH-C15PL)

完全ワイヤレスイヤフォンのトレンドは“パーソナライズ化”

完全ワイヤレス型イヤフォンにおいて、アクティブノイズキャンセリング(ANC)機能やヒアスルー機能は今や当たり前の装備になった。では、次のトレンドは何か。私の考えは「パーソナライズ(最適)化」である。

例えばカナル型イヤフォンの場合、耳腔の奥までイヤーピースを押し込むので密閉性は比較的高い。それで低域特性や遮音性が若干補えるにしても、周波数特性までを広い範囲で管理することはできない。そうやって私たちコンスーマーは、メーカーが設定(設計)したお仕着せの周波数特性に従う形で音楽を聴いていることになる。

しかし、人の耳の形状は様々だし、聴覚特性も大きく違う。加齢と共に聴こえ方も変わってくるものだ。つまり「正常な聴覚」を持つ人でさえ様々な周波数の音に対する感度が異なるため、同じ音を聴いていても脳が認識している音は一人一人異なるのが現実である。そうした傾向を補正し、個人個人の聴覚特性に応じて聴こえ方を最適化してくれるのがパーソナライズである。

デノンは現在、米Masimo Corporationという医療機器メーカーのコンシューマー機器部門のオーディオブランドになっている。このMasimoは皮膚を通して動脈血酸素飽和度や脈拍数を測定するパルスオキシメーターなどを手掛ける世界的な医療機器メーカーであり、聴覚に関する独自の医療分野のテクノロジーも有している。

それをオーディオに応用し、他社にない卓抜したパーソナライズ機能「Masimo AAT(Adaptive Acoustic Technology)」として完成、搭載したのが、デノンの完全ワイヤレスイヤフォン「PerL」(実売33,000円前後)と「PerL Pro」(同57,200円前後)だ。

デノン「PerL」(AH-C10PL)

Masimo AATとは何か

「聴力検査のような過程や作業を踏むパーソナライズと、私どものMasimo AATのパーソナライズは、根本的に違うものです」と話すのは、営業企画室デノンブランド担当・田中清崇氏だ。

営業企画室デノンブランド担当の田中清崇氏

「Masimo AATは、耳のお医者さんが使っている「OAE(Otoacoustic Emissions Acoustic Emission」がベース になっています。日本語でいうと「耳音響放射」となりますが、これは内耳の機能を評価するために用いられる技術です。耳に一定の音を入力すると、その音に反応した蝸牛(かぎゅう)が振動し、その振動が鼓膜を介して音として外耳道内に放射されます。これが耳音響放射という現象です。この音をセンサー(マイク)で拾うことで内耳の機能を評価することができます。Masimo AATでは、様々な周波数のテストトーンを用いてユーザーの聴こえ方を測定してサーバーに送り、解析した結果を元に個人個人に合わせたフィルター(プロファイル)を作成します。このプロファイルを個々のイヤフォンに適用することで、個人に最適化された音楽再生が可能になります」。

PerL/PerL Proの開発に従事したエンジニアが、その仕組みを解説してくれた。詳細は下図の通りだ。

人間の耳の模型だ。“音=空気の振動”を耳(耳介:じかい)で集め、その振動が耳穴(外耳道:がいじどう)を通り、その奥にある鼓膜を震わせる。灰色の蓋のような部分が鼓膜だ
鼓膜が振動すると、その震えが耳小骨(じしょうこつ)という小さな骨で増幅され、その奥にある蝸牛(かぎゅう)と呼ばれるカタツムリのような器官へと伝わる。写真では青く塗られた部分だ。Masimo AATは、蝸牛の奥で異なる周波数に変化し、微小な音ではあるが、蝸牛から耳穴を通って“戻ってくる”音をマイクで録音し、解析する

この技術は、新生児の聴力機能測定のための技術として一般的である。聞こえるか聞こえないかの反応を見ることができない新生児の場合、診断は困難だ。そのため蝸牛から戻ってくる音をマイクで拾い、それを解析してカリキュライズし、新生児の聴覚特性を導き出しているわけだ。Masimo AATはこれらの技術を応用して一人一人の聴力特性を測定し、そこからユーザーが理想的な聴覚を有するかのように最適化する技術である。

イヤーピースを外して、ノズルを覗き込むと、戻ってきた音を拾うためのマイクが見える

オートマチックで測定、結果をグラフィカルに表示

Masimo AATと他との違いは、まず第一にすべてがオートマチックであること。使用者がいちいちアクションせずとも、すべてが自動的に進み、完了する。測定のために音を出すパーツも拾うパーツも、それに合わせて極めて性能の高いものが使われている。

測定はオートマチック。他社のパーソナライズ機能によくある「音が聴こえたらボタンをタップする」ような操作は一切ない

もうひとつは、膨大な数のデータベースである。パーソナライズを行うためのデータの母数が多ければ多いほど、演算結果はより高精度、すなわちマッチング度の高いパーソナライズにつながる。デノンのサーバーには、ユーザーが実施したパーソナライズの結果がすべてデータベースとして蓄積されている。

また、測定のためのドライバーやマイクのアコースティックデザインや演算の精密化などもノウハウであり、いわばPerL/PerL Proの肝といえよう。

「装着の仕方によって、再測定してくださいというアナウンスも流れます。イヤーピースの装着の不具合でも同様です。ANCの計測と 同様、きちんとシーリングされていないとダメで、それが4つの内蔵マイクによって高い 精度を実現しているのです」と、田中氏は絶対の自信を持って話してくれた。

サイズが合っていないイヤーピースを使ったり、周囲が騒がしかったりすると、それを検知してアナウンスが表示される
4サイズのイヤーピース、フォームタイプ、ウイングアタッチメントを組み合わせて、装着感を追求できる

専用アプリによって自分の耳の特性が可視化できる点も興味深い。具体的には、低音・中音・高音が円形のグラフィックで表示される。自分は高音の感度が高いのかとか、低音がやや鈍感なんだな等とわかって、フムフムと頷いたり、多少ショックというのもあったりするかも……。

測定の結果がグラフィカルに表示される

「私どものこだわりは、右耳と左耳の結果を個別に掲示することで左右差をわかるようにしたことです。普段私達はあまり意識していませんが、耳は左右で感度も周波数特性も微妙に違うんですね。これが定位の不明瞭さや空間表現の乱れの原因になるのですが、Masimo AATでパーソナライズを行うことでこの問題が解消されます。また、測定に使ったデバイスと、異なるデバイスにペアリングした時でも、パーソナライズ化したフィルター設定はイヤフォン本体に残っているので再計測する必要がありません。最初に計測する時にはiOS/Android端末は必要ですが、それ以降は不要です」。

「PerL Pro」

専用ケースから出す際、やや大ぶりの本体サイズに気づくことだろう。丸型の外観は、男性の耳には問題なくても、女性にとっては少し大きくて目立つ感じになるかもしれない。開発時点でMasimo AATの精度を維持するには、使用パーツのサイズなども含めてこれが精一杯だったとのこと。開発陣も今後の課題は小型化と重々承知している。

「PerL Pro」

パーソナライズ設定は極めて簡単かつシンプルだ。スマホやタブレットなど、愛用する端末に専用アプリ「Denon Headphones」をダウンロードし、それを立ち上げるとテストトーンが再生され、計測が始まる。かかる時間は1~2分程度。しかも片方ずつでなく、両耳同時進行で完了する。その計測結果が前述したように視覚的に確認できるわけだ。

他にもこのアプリには、イコライザー(PerL Proのみ)や低音の量感の調整、空間オーディオのオン/オフ(Proのみ)、ハイゲインモードの選択などの調整機能が設けられている。ぜひ使いこなしたいところだ。

PerL Proでは、パーソナライズ化したサウンドから、さらに5バンドのイコライザーで好みを追求できる

実際にパーソナライズ化したサウンドを体験

アプリでパーソナライズ化のON/OFFが切り替えられる

実際のビフォー/アフターの違いは劇的だ(アプリ上でパーソナライズのオン/オフが可能)。パーソナライズすると、センターに音像がビシッと定まって音が滲まない。空間もきれいに出るし、定位も極めて明瞭。こうした経験はイヤフォンでこれまでなく、Masimo AATの如実な効果であろう。

パーソナライズ後の音を聴くと、広い周波数レンジ内で偏りのない特性で、どの帯域においてもナチュラルな質感再現がよく、低域の分解能も向上している。まるでオープンエアー型のヘッドフォンを聴いているような立体感と空間表現を感じる。

ユジャ・ワン のピアノ独奏、グスターボ・デュダメル指揮/LA響による「ラフマニノフ:ピアノ協奏曲全集&パガニーニ狂詩曲」を聴くと、コンサートグランドピアノの響きがくっきりと迫り出し、その後ろ側にオーケストラの合奏が階層的に広がっているのがリアルに感じ取れた。

耳型を採取して作るカスタムインイヤーモニターの聴こえ方以上の衝撃といっても過言でない。そう、自分だけの完璧なカスタマイズが一般の市販モデルでできてしまうのだ。

パーソナライズ化という機能は、広く普く、すべてのイヤフォンに搭載されるべきと私は思う。それによって音楽がより楽しく聴けるだけでなく、『ディレクターズ・インテンション』という見地で、オリジナルのサウンドを反映した忠実な音楽鑑賞が可能となる。その可能性を切り開いてくれるのが、Masimo AAT搭載のPerL/PerL Proかもしれない。

本機の登場は、“パーソナライズ・ヘッドフォンとそれ以外”というジャンル分けのフックになるといっても大袈裟でない。そこまでのインパクトを持ったイヤフォンなのである。

小原由夫

測定器メーカーのエンジニア、オーディオビジュアル専門誌の編集者を経て、1992年に独立。アナログオーディオ、ハイレゾ(ネットワーク)オーディオ、ヘッドホンオーディオ、200インチ投写と三次元立体音響対応のオーディオビジュアル、自作オーディオなど、さまざまなオーディオ分野を実践している。 主な執筆誌に、ステレオサウンド、HiVi(以上、ステレオサウンド)、オーディオアクセサリー、Analog(以上、音元出版)、単行本として「ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事」(DU BOOKS)