トピック
「こういうのでいいんだよ」小型ボディに8基のDAC、Astell&Kern「PD5」が手放せない
- 提供:
- アユート
2026年10月27日 08:00
DAP(デジタルオーディオプレーヤー)ほど、“趣味のロマン”と“実用性”がせめぎ合う製品はないだろう。音質を極限まで追求した高級モデルは、究極のサウンドを実現した製品として注目されるが、高価になり、巨大で重く、持ち運ぶのが大変になる。かといって、小さくて安価なDAPは、可搬性は最高だが、サウンドクオリティが期待値まで届かず、結局使わなくなってしまうこともある。
つまり、長く使えるDAPを選ぶ時はバランスが大切だ。
まさに、そんな絶妙なバランスを実現した「こういうのでいいんだよ」的なDAPが登場した。Astell&Kernブランドの「PD5」がそれだ。
AKのDAPは、例えばハイエンドモデルの「A&ultima SP4000」になると693,000円と高価だが、PD5は176,000円と10万円台を実現している。
では、中身は無難な仕様かというと、とんでもない。なんと、2chのDAPにもかかわらず、DACチップを8基も搭載する、かなり尖ったDAPになっている。そのサウンドを体験するとともに、外にも持ち出して、日常生活での使い勝手にも迫ってみよう。
“持ち運びやすい”は正義
PD5の実物を手にして、最初の感想は「あぁ……持ちやすい」だ。
外形寸法は119.7×69.7×16.1mm(縦×横×厚さ)で、厚さを除けば、小さめのスマホくらいの感覚だ。重さも198gしかないので、机の上に置いた状態から、片手で難なくヒョイと持ち上げられる。片手の中にも収まりやすい。筐体はアルミ製で剛性は高く、高級感もある。肌触りはサラサラしていて、滑りにくい。
一方で、普段筆者が愛用している「A&ultima SP3000」のシルバーモデルは、重さは493gもある。机の上に置いてあるものを持ち上げようとした場合、片手で持ち上げることはできるのだが、想像以上に重いので、指にグッと力を入れてやや緊張しながら持ち上げることになる。PD5が「ヒョイ」という気軽なら、SP3000は「ヨッコイショ」という感覚だ。
しかもSP3000の表面はツルツルしているので、落としそうにもなる。大きさも139.4×82.4×18.3mm(縦×横×厚さ)と、手のひらからはみ出すサイズなので、片手で持ち上げたあとで、もう片方の手で背面を支えて、ようやく安心する。金属のカタマリ感が凄いので、「もし足にでも落としたら大変だ」という不安もよぎるのだ。
PD5のデザインは、シンプルだが洗練されている。
ディスプレイサイズは4.1インチと、片手でホールドした時に、親指がディスプレイの上部から下部まで難なく届き、操作しやすい。
左側面に曲送り、戻し、再生/一時停止ボタンが並ぶ。右側面にはボリュームノブ。ノブはクリック感があり、狙ったボリューム値で止めやすい。
上部には電源ボタンと、3.5mmアンバランス出力、4.4mmバランス出力を備えている。その隣に、黒い穴のようなものが見えるが、これはマイクだ。
DAPにマイク?と不思議に思うが、これは「EnviroTune」(エンヴァイロチューン)という機能に使うもの。周囲の騒音をリアルタイムで分析し、その騒音によってかき消されてしまう周波数帯を自動的に補正する機能だという。これは、後ほど使ってみよう。
底部にはUSB-CとmicroSDカードスロットを備える。内蔵のストレージメモリは64GB、microSDは2TBまでのカードが使用できる。USB DACとしても使えたり、フルのAndroid OSを搭載し、アプリの追加も可能なのは既存のAK DAPと同様だ。
なお、PD5にフィットする透明の保護ケースも付属する。ドイツ・Covestroの高品質なTPU素材を使ったもので、透明度が高く、DAPのデザインを楽しみつつ、保護できる。TPUというと、経年変化による変色が不安だが、特殊な紫外線安定剤を配合し、透明感をより長く保てるそうだ。
Octa DACアーキテクチャー搭載
音質面での注目ポイントはDACだ。
多くのDAPは、2ch用のDACを1基搭載するだけだが、PD5はなんと、2ch用DACチップのシーラスロジック「CS43198」を、8基も内蔵している。しかもこのコンパクトな筐体にだ。「Octa DACアーキテクチャー」と名付けられている。
同じDACチップを、たくさん搭載する音質的な利点は、主に2つある。
1つはSN比の改善だ。ご存知の通り、DACチップの役割は、入力されたデジタルの音楽データを、アナログの音に変換することだ。ただ、その際にどのDACチップも、わずかなノイズを出力してしまう。
そこで、複数のDACチップに同じ音声データを入力し、アナログ変換した音の出力を足し合わせると、大事な音楽信号が大きくなる。ランダムノイズも合算されるが、チップごとにバラバラなので足してもさほど大きくはならない。結果として、音楽に対するノイズの比率(SN比)が良くなるというわけだ。
2つ目は右チャンネルと左チャンネルを、個別のDACチップで処理できるという利点だ。以下はOcta DACアーキテクチャーの模式図だが、上にある「CS43198×4」からは左チャンネルの信号、下にある「CS43198×4」からは右チャンネルのアナログ音声が出力されているのがわかる。
つまり、左チャンネルの音をCS43198×4基でD/A変換、右チャンネル音もCS43198×4基でD/A変換しているわけだ。
CS43198というDACチップは、1基で左右チャンネルの音を処理する能力があるのだが、小さなDACチップの中で処理するため、左右チャンネル間でわずかな干渉が生じる。それならば、左右の信号それぞれを、別々のDACチップで変換すれば低減できる。厳密に言えば、電源やグランドの共有が減るという利点もあるだろう。いずれにせよ、贅沢なDACチップの使い方だ。
PD5は8基のDACを使う「Octa DACモード」と、4基を使う「Quad DACモード」の切替ができる「デュアルドライブモード」を搭載する。各モードでのアウトプットレベルは以下の通りだ。
- Quad DAC:アンバランス 3Vrms/バランス 6Vrms (無負荷)
- Octa DAC:アンバランス 4Vrms/バランス 8Vrms (無負荷)
「いつも8基のDACをフルに使えばいいのでは?」と思うが、8基を全て使うと、消費電力も大きくなり、連続再生時間はQuad DACで最大約28時間、Octa DACでは最大約15時間となる。ユーザーの音の好みや、長時間使うかどうかにあわせて、選べるようになっている。
音を聴いてみる
PD5のサウンドを聴いてみよう。前述の通り、Google Playストアから好きなアプリをインストールできるので、音楽配信のQobuzアプリも入れて試聴した。
音質の前に、感心したのは動作のキビキビさだ。ハイレゾファイルの再生画面はもちろん、Qobuzアプリを起動し、200曲ほど登録してあるプレイリストを高速スクロールしても、画面がカクついたり、操作に対してラグが生じたりしない。
コンパクトなDAPでは、CPUの処理速度が遅いこともあるが、PD5はオクタコアのパワフルなCPUを搭載しており、快適さの面ではハイエンドDAPにも匹敵する。これは嬉しいポイントだ。
イヤフォンは、qdcの定番イヤフォン「SUPERIOR」のステップアップイヤフォンとして新たに登場した「EVOLVER」をチョイス。バランス接続で聴いてみた。DACモードは、4基を使う「Quad DACモード」とした。
「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を聴くと、ウッドベースの音像に厚みがあり、どっしりと重みのあるサウンドが流れ出す。コンパクトなDAPは、ハイエンドDAPと比べると、低域が弱いことが多いが、PD5は違う。重みのある低音が、しっかりと音楽を下支えしており、ハイエンドDAPのような重厚感がある。10万円台かつ、このコンパクトなDAPとは思えないサウンドだ。
SN比も良く、音が鳴っていない時は静かで、そこからの楽器の立ち上がりもクリアだ。音色もAKらしく、ニュートラルで色付けが少ない。「手嶌葵/明日への手紙」のような、歌声がどこまでも広がり、PD5のクリアなサウンドとマッチして気持ちが良い。目を閉じると宇宙空間につれていかれそうな開放感だ。
ぶっちゃけ、Quad DACモードの爽やかなサウンドを聴きながら、「かなり良いなぁ」と満足度が高かったのだが、やはりOcta DACモードを聴かねばならない。設定メニューから切り替え、出力電圧が上がるので、聴感上同じになるよう少しボリュームを下げて聴き比べると、確かに音が変わる。
まず感じるのは、静けさが増したこと。無音の部分や、音が背後の空間に広がっていく様子が、Octa DACではより聴き取りやすくなる。ボーカルの音像も肉厚になり、ベースの低音の中に、芯があるように感じられる。1つ1つの音の輪郭も、ハッキリとし、音自体にも力強さが増した感覚だ。
Quad DACモードでは「清涼感のある爽やかサウンド」という印象だったが、Octa DACにすると「よりクリアで、生々しく、勢いもあるサウンド」に変化する。これは非常に面白い。
例えば「米津玄師/KICK BACK」のような激しいロックでは、Quad DACはステージから一歩引いた場所で、全体を見回しながら、リズムに合わせて体が動く……という印象。Octa DACに切り替えると、ボーカルや楽器がよりクリアになり、躍動感が増し、ステージにより近づいて聴いている感覚になる。リズムに合わせ、体が勝手に動いてしまう。
そのため、最初は「いつもOcta DACモードを選んでおけばOKだな」と思っていたのだが、「ジャック・ジョンソン/ベター・トゥゲザー」のアコースティックギターを聴きながら、そう単純なものではないなと思い直した。
Octa DACモードでは、アコギの音により意識がフォーカスされ、その生々しいサウンドを全部耳から吸収するという聴き方になるのだが、Quad DACモードにすると、良い意味でアコギの音にばかりフォーカスしなくなり、ボーカルも含めた全体を、ゆったりした気分で聴く感覚になる。
その時、その時に、聴く音楽に対してどんな姿勢で望みたいか……というのでOcta/Quad DACモードを切り替えると良いかもしれない。使用時間も、Quad DACで約28時間、Octa DACで約15時間とかなり差があるので、出かけた先で充電できるかどうかで選ぶのも良いだろう。
前述したEnviroTune機能も試してみた。周囲の騒音をリアルタイムで分析し、騒音によってかき消される周波数帯を補正する機能なので、騒音が激しい地下鉄に乗りながら、EnviroTuneをON/OFFしてみた。
「グォオオ」という騒音が響く地下鉄の中では、遮音性が高いIEMタイプのイヤフォンを装着していても、騒音が少し耳の中へと浸透してくる。だが、EnviroTuneをONにすると、低域の勢いが少しプラスされ、高域もハッキリ聴き取りやすくなる。
ただ、効果の量はほんのわずかだ。ロックなど、激しい曲の場合は効果がほとんどわからない事もあるだろう。神尾真由子「バッハ:パルティータ 第1番」など、静かな空間にヴァイオリンが響くようなシンプルな楽曲を聴くと、効果がわかりやすかった。
ハイエンドDAPとの違いは?持ち運びやすさが最大の魅力
PD5が音質的に十分な実力を持っていることはわかったが、超ハイエンドなDAPと比較するとどのくらい違いがあるのだろうか? 同じ曲で、A&ultima SP3000(659,980円)とPD5(176,000円)を聴き比べてみた。価格は約3.7倍、50万円近い違いがある。
最も違いを感じやすいのはやはり低音だ。「月とてもなく」のウッドベースで比較すると、PD5(Octa DACモード)も重くドッシリとした低音が出ているが、SP3000の方が低音の中にさらに重い芯があり、それがもう1段深く沈む。PD5の最低音を「ズン」だとすると、SP3000は「ズゴン」という印象。
SN比もSP3000の方が上手で、ボーカルの余韻が左奥の空間に消える様子に注目すると、PD5よりも、SP3000の⽅が奥に広がる⾳がより遠くまで感じられる。音が無くなった時の静けさや、そこからスッと音楽が立ち上がる様子でも、SP3000の方がより鮮烈だ。これは、SP3000が、デジタル信号処理とアナログ信号処理を完全に分離したHEXAオーディオ回路を備えていることもあるだろう。
ただ、前述の通りSP3000とPD5は価格が約3.7倍も違う。SP3000の音が凄いのはある意味当然だが、個人的にはPD5が10万円台で、この軽量・コンパクトさで、ここまでSP3000のサウンドに迫っている事が凄い。コストパフォーマンスの面では、PD5は間違いなく一級品だ。
また、1週間ほどPD5を使っていて気がついたことがある。それは“使用頻度”だ。
私は普段SP3000をメインDAPとして使っているが、ぶっちゃけ毎日持ち歩いているわけではない。カメラバッグなどを持っていく時は、「ついでにSP3000×有線イヤフォンを持っていこう」となるが、財布とスマホだけで食事に出かけたり、散歩する時に、SP3000を持って行こうかな……と思いつつ、「重いし、ポケットに入れるとそれだけで満杯になるから今日はいいや」と断念する事は多い。何泊かする旅の時も、「荷物を重くしたくないな」とSP3000は家に残していくことになる。
PD5は違う。手ぶらで出かけようとした時も、スマホと財布と……という流れで、特に深く考えずにイヤフォンを巻き付けたPD5を手に取り、ズボンのポケットに入れる。この圧倒的な気楽さがPD5最大の強みだ。
SP3000を持たずに出かけた先で、ふと「SP3000を持ってきていたら、この景色を見ながら良い音が聴けたのに」と、悔やんだ事はある。きっとPD5であれば、そうした自体は起こらない。
筆者はカメラも趣味だが、巨大でレンズ交換できる高性能な一眼カメラを持っているのに、ポケットに入るコンパクトなレンズ一体型カメラも所有している。それは、“撮りたい”と思った時に、身につけている確率がコンパクトカメラの方が高いからだ。PD5の良さは、この感覚に近い。「常に携帯でき、聴きたいと思った時に、ハイエンドDAPにも迫る音質で聴けること」。本当の意味での“ポータブルDAPの理想”を追求したのが、PD5と言えるかもしれない。


























