レビュー

サウンドバーだけで天井から仮想サラウンド、DTS Virtual:X初対応ヤマハ「YAS-107/207」

 テレビやBlu-rayを楽しむ上で、画面の大きさと並んで重要になってくるのがオーディオ。特に映画の場合、四方から音が聴こえるサラウンド環境を構築できれば迫力倍増。しかし、サラウンドというと、大きなAVアンプやスピーカーの導入など、「大変そう」、「スピーカーを置く場所がない」、「お金がかかりそう」などのイメージが付きまといがち。そこで注目なのが、テレビの前に1台置くだけで、簡単にサラウンドを実現できてしまう“サウンドバー“だ。

YAS-207

 その注目製品として7月下旬から発売されたのが、実売28,000円前後(税込)~と、手頃な価格帯ながら、新サラウンド技術「DTS Virtual:X」に世界で初対応した「YAS-107」と「YAS-207」だ。どんな音が楽しめるのか、そして、その効果は本格的なホームシアターを持っていない人にも実感できるものなのか? 実際にサウンドバーの購入を検討している筆者が、初心者の目線で音を体験すると共に、開発担当者に話を伺った。

開発を担当したヤマハ株式会社の沼越健介氏(左)と片山真樹氏(右)

設置は手軽、それでいて「高さのあるサラウンド」を実現

 今回新発売となった「YAS-107」、「YAS-207」は、ヤマハのサウンドバー製品群の中でも特に買いやすさを重視したモデル。「YAS-107」の実売は28,000円前後(税込)と手頃なので、「とにかくまずサラウンドを体験してみたい」という人にうってつけだ。

 外形寸法は890×131×53mm(幅×奥行き×高さ)、重量は3.4kg。この中には、直径が5.5cmのフルレンジ、2.5cmのツイータ、7.5cmのサブウーファを1組とし、左右あわせて全部で6基のスピーカーが内蔵されている。

YAS-107
YAS-107のユニット配置

 音響処理技術を活用する事で、仮想的なサラウンドを実現。YAS-107をテレビの前に置くだけで、自分をとりかこむように複数のスピーカーを配置しなくても、包まれるようなサラウンド体験が可能になる。当然、スピーカーケーブルを床に這わせる必要もない。

テレビの前に配置しているのがYAS-107

 「YAS-207」の実売は43,000円前後(税込)。別体式のサブウーファ(口径16cm)がセットになっているため、重低音の迫力がさらに増す。また、サウンドバー本体のスピーカー構成やデザインはYAS-107とは異なり、4.6cmウーファ×2基と、2.5cmツイータ×1基をそれぞれ本体左右に内蔵している。

「YAS-207」は別体式のワイヤレスサブウーファ付き
YAS-207のユニット配置
YAS-207

 そして、YAS-107/207どちらにも採用されているのが、DTSの新サラウンド技術「DTS Virtual:X」。これに、サウンドバーとして世界で初めて対応したのがYAS-107/207となる。

 これまでにも仮想サラウンドの技術は各種あったが、基本的にはユーザーの前後左右から音が聴こえるように感じさせる仕組みだった。これに対して「DTS Virtual:X」は“高さ”を表現できるのが特徴だという。

 音の“高さ”は、Dolby AtmosやDTS:Xのようなオブジェクトベースのサラウンドで実現したものだ。これを利用するためには、Atmos/DTS:Xのデコードに対応したAVアンプを用意し、さらに部屋の天井にトップスピーカーを設置するか、音を天井に反射させるタイプのスピーカーを、フロントスピーカーの上などに設置する必要がある。費用も増えるし、そもそも日本の住宅事情を考えると天井にスピーカーを取り付けるのはなかなか困難だ。

 そうした苦労をしなくても、高さのあるサラウンドを仮想的に楽しめるようにするのが「DTS Virtual:X」というわけだ。ただ、バーチャルでどのように“高さ”のあるサラウンドを実現しているのか、DTS Virtual:Xの詳細な技術は明らかにされていない。

 また、YAS-107/207にはAtmosやDTS:Xのデコーダは搭載されていない。デコードに対応しているのは5.1chまでのリニアPCM、ドルビーデジタル、ドルビープロロジックII、DTS、5.1chまでのMPEG 2 AACだ。つまり、Atmos/DTS:Xの“高さ”情報を持った音声データでなくても、“高さ”のあるバーチャルサラウンドを実現してしまうというのが、DTS Virtual:Xの特徴というわけだ。

「リビングルームでも実感できるサラウンド」を目指して

 話を伺ったのは、ヤマハ株式会社 音響開発統括部 AV開発部の沼越健介氏(ネットワーク開発グループ 主幹)と、片山真樹氏(ソフトグループ 主事)。約1年前に「DTS Virtual:X」と出会い、それに対応したサウンドバーの開発を進めてきたという。

ヤマハ株式会社 音響開発統括部 AV開発部の沼越健介氏(ネットワーク開発グループ 主幹)

 両氏は長年、サラウンド関連機器の開発に従事しているが、「そもそも“サラウンドがどんなものか”がまだ広く一般には浸透していないのではないか……」そんな危惧があるという。

 「弊社は、音のビームを壁などに反射させ、仮想ではなく、本格的なサラウンドを実現する『YSP』のような技術も開発していますが、サウンドバーにご関心のお持ちをお客様の場合、(そういった本当の意味での)サラウンドを体験したことがない方も少なからずいらっしゃると思います。そのために役立つ技術がないか、色々考えていたところでDTS Virtual:Xの存在を知りました。1年ほど前の話です。その時に、“サラウンドはこういうものだ”というのが、わかりやすい技術だなと感じました」(沼越氏)。

 「実際にYAS-107/207の音を聴くと実感してもらえると思うのですが、“音の広がり”がすごくわかりやすいんです。(実際の開発にあたっても)誰もがサラウンドを手軽に体験できるよう、工夫しました」(片山氏)。

片山真樹氏(ソフトグループ 主事)

 その“わかりやすさ”の一例が「スイートスポット」の扱いだ。スピーカー再生では、ステレオ&サラウンド効果を最も効果的に体感できる場所・範囲がある、それがスイートスポット。映画館のような施設でも、座席をわずか一席左右にズラしただけで、スイートスポットから外れてしまい、音の聴こえ方が変わるケースもある。

 バーチャルサラウンド再生でもスイートスポットの概念は存在し、むしろリアルなサラウンド環境に比べてスイートスポットが狭いとも言われる。

 しかし、YAS-107/207の場合、DTS Virtual:Xによって“高さ“が表現される。この”高さ“のスイートスポットは、”左右“のスイートスポットよりも格段に広いため、サラウンド効果を得やすいという。特に一般住宅のリビングルームの場合、スイートスポットにあたるスピーカ中央付近をテーブルが占有している可能性も高い。スイートスポットが広ければ、家族4人でソファーでくつろぎながら、全員でバーチャルサラウンド効果を実感することもできる。

 つまり、サラウンドに詳しくなくて、“スイートスポットに座って聴かないと効果が得にくい”という知識が無かったとしても、スイートスポット自体が広ければ、結果的に“サラウンド感を実感できる人が増える”事になり、それが“誰にでもサラウンド効果がわかりやすい製品”に繋がるというわけだ。

 この「リビングに置けるサウンドバー」というコンセプトは、本体のデザインにも反映されている。どちらのモデルも、外観にはファブリック(生地・織物)をモチーフとして使っており、これは「リビングのソファーとの親和性」を考えた結果とのこと。光沢仕上げやメタル調のAV機器と比べて明らかに柔らかい風合いなので、ぜひ一度実物もチェックして欲しい。

YAS-107
YAS-207。本体デザインはファブリックがモチーフ。光沢タイプが多いAV機器とは一線を画している

 本体サイズも限りなく小型化されている、これにはテレビのデザインが変わってきた影響も……。「サウンドバーで53mmという薄さ(高さ)は、もうギリギリです。テレビのベゼルレス化が進んで、最近は画面の位置が、下がる傾向にあります。(テレビの手前に置くサウンドバーも薄型化しないと画面が隠れてしまう)。薄さ53mmがもうきちんと音を出せる限界ですね(笑)。特にYAS-107はサブウーファを本体に内蔵しているので、外出し式のYAS-207に比べても機能が詰め込まれていいて…。関係者には本当にご苦労をおかけしました」(沼越氏)。

YAS-107

 高音質な再生には、ユニットのクオリティや口径はもちろん、それを包み込むエンクロージャー部(空間)のサイズも重要。YAS-107/207では、筐体全体のコンパクトさを維持しながらも、ユニット1つ毎に、内部できちんと“部屋”を分けることで音の良さを追求したという。

たった1つのモードで全てのコンテンツを聴きやすくするために

 開発には苦労も多かったようだ。DTS Virtual:Xの技術の詳細は公表されていないが、膨大なパラメーターを調整できるようになっているという。採用したヤマハの開発陣は、それを使いこなし、活用し、最終的に“ヤマハの製品として”どのような音に仕上げるのかを決定しなければならない。そのために、DTS Virtual:Xをどのように調整するか、腕の見せ所だったという。

 「例えば映画を鑑賞するだけなら、DTSから提供されたパラメーターをそのまま適用すれば十分という面はありました。ただ、実際のお客様はニュース番組やドラマなど多様なコンテンツをご覧になるので、いかにそのバランスをとるかには気を使いました」(片山氏)。

 手頃かつシンプルなサウンドバーにするという開発コンセプトもあり、例えばコンテンツに応じてサラウンドモードを切り換えるというような操作が、必要ないように作られている。リモコンには「サラウンド」と「ステレオ」の大きなボタンが設けられ、シンプルだ。サラウンドボタンは押すたびに、通常の「サラウンド」と、「3Dサラウンド」(DTS Virtual:X)が切り替わるようになっている。

YAS-207のフロントパネル
YAS-107の天面パネル。サラウンドという部分のLEDでモードを確認できる。青いと「3Dサラウンド」(DTS Virtual:X)だ

 面白い事に、DTS Virtual:Xは「3Dサラウンド」として搭載されており、リモコンにも「DTS Virtual:X」のロゴなどは書かれていない。「3Dサラウンド」という表現に置き換える事で、幅広い世代にわかりやすいようにという配慮だ。「この価格帯の製品ですので、やはり使い方を難しくしないようにしています」(沼越氏)。

シンプルな付属リモコン。「サラウンド」と「ステレオ」ボタンはあるが、DTS Virtual:Xとは書かれていない

 ただ、逆に考えると、あらゆるコンテンツを単一のモードで鳴らすという意味でもある。アクション映画と教育番組のように、まったく性質の異なるコンテンツであっても、ただ1つの「3Dサラウンド」モードでどちらも違和感なく聴こえるよう、調整しなければならない。

 「“サラウンドのモードを単一にする”のは開発の大前提でした。やはりエントリーモデルをお買いになるお客様が、コンテンツに応じてモードを切り換えるのはなかなか想像できませんし……。開発途中においては、ニュース番組が良く聞こえるように調整したら、今度は映画を見る時に違和感が出るといったことが当たり前のようにありました」(片山氏)。

 調整には多大な時間がかかったという。「弊社にはさまざまなライブラリ音源があるので、それを1日中なめて(聴いて)、調整の方針を決めます。調整を変えた瞬間は、その違いがわかりやすく、ついそこにばかり注目して聴いてしまいますが、翌日聴き直すと『やり過ぎだ』と気付いたり(笑)。何事もそうですが、腹八分が重要かもしれません」(片山氏)。

 調整が極端すぎると、長時間同じ音を聴いた時に“聴き疲れる”そうだ。「(例えば)DTS Virtual:Xが初めてだから、上から聞こえる音を分かりやすくしようと調整しすぎると、それはもう到底聴いていられないような音になってしまいます」。(片山氏)

 3Dサラウンド以外にも、通常のステレオ再生が可能だ。沼越氏によれば、このステレオ再生こそが音響調整のすべての“ベース”だという。「スポンジケーキのスポンジのようなもので、そこが良くないと、上に何を乗せても上手くいきません。2chのボーカルなど、基本的なスピーカーとしての音質でヤマハクオリティを出そうと頑張りました。価格相応でやればいいという考え方もあるのかもしれませんが、我々ヤマハのエンジニアは常に全力投球です(笑)。2chスピーカーとして完成させた上で、いかにDTS Virtual:Xを鳴らすのかという調整です」。

 そのため、沼越氏は「例えばBluetoothで繋いでスマホの音楽を再生する際は、3DサラウンドをOFFにしてステレオにしたほうが良いです。必ずしも全ての音源を3Dサラウンドで聴く必要はありませんので、そこは自由に選択していただければ」という。

初心者でも本当にサラウンドって分かるの? ~実際に聴いてみた

 さてさて、ここで実際にYAS-107/207の音を聴かせていただいた。なお、発売当初はDTS Virtual:Xは利用できなかったが、7月28日に公開された新ファームウェアで利用可能になった。今回もDTS Virtual:Xが使える状態で試聴した。

 恥ずかしながら、筆者はバーチャルサラウンド初体験。音の聴き分けにもあまり自信がなく、違いが分からなかったらどうしよう……とも心配していたが、それは杞憂だった。私のように、サウンドバーやバーチャルサラウンドにあまり詳しくない人でも、その効果がわかるのかどうか? 参考にしていただきたい。

YAS-107

 まずはニュース番組。テレビの内蔵スピーカーから、YAS-107に切り替えるだけで、もう明らかな違いがある。「迫力が増す」というとちょっとありきたりだが、それこそ同じAMラジオでも、携帯ラジオで聞くか、コンポで聞くか、そんな違いがあるように感じた。しかも、これはまだステレオ再生の状態。つまり、バーチャルサラウンドを別として、サウンドバーを追加するだけで、音質は大きく向上するのがわかった。

 続いて、サラウンド(ドルビープロロジック II)モードをON。まず横方向に、音の聴こえ方が広がる。そこから3Dサラウンド(DTS Virtual:X)へ切り換えると、ニュース番組なので、頭上から音が降ってくるというよりは、テレビ画面のちょっと上、あるいは画面の真ん中あたりから音が出てくる感じに。サウンドバーはテレビ画面の下に設置してあるにも関わらず。

 DTS Virtual:Xの効果を一番実感したのは、サッカー中継番組。場内の歓声が部屋いっぱいに聴こえるような感じで、それでいて実況・解説の音声はしっかりと画面中央から鳴る。まるで、音源が奥と手前でセパレートしているかのような感覚。つまり「奥行き感が音で表現できている」ということなのだろう。

 前述の“スイートスポットの広さ”もチェック。サウンドバーの真っ正面から左手に数歩動いたり、さらに立った状態でも聴いてみたが、その状態でも、何となく縦方向に音の広がりを感じる。これならば、家族が部屋に入ってきた瞬間に「あれ、なんか音が違うね?」と気付いてくれそうだ。

サブウーファ別体式のYAS-207

 サブウーファ別体式のYAS-207もテスト。低音の迫力が明らかにアップ。映画「プロメテウス」の洞窟探検シーンでは、雨音、足音などのリアリティが一段階上がったかのように感じる。

 ここで、YAS-107/207を外して、テレビの内蔵スピーカーに戻したときの寂しさといったら! 今まで密度の高かった音が、急にスカスカになってしまう。まさに「一度体験したら戻れない」という体験だ。

 自分が実際に買うとしたら、やはり低音の迫力が一段上のYAS-207が理想だ。ただ、YAS-107でもテレビ本体スピーカーとの質の差は明らか。サラウンド未経験者の方、予算に限りのある方なら、YAS-107を導入しても、シアワセになれるのでは。

 ここまでは初心者的な目線。バーチャルサラウンドの試聴経験も豊富なAV Watch編集部スタッフも試聴に同席していたので、その感想もお届けしよう。

編集部:山崎

 まずはニュース番組。テレビ内蔵スピーカーからYAS-107に切り替えると、切り替えた瞬間、思わず笑ってしまうほど違いがある。テレビスピーカーでは、男性アナウンサーの声が腰高で、高音が目立つ。また人間が“カキワリ”になったようにスカスカした薄っぺらい音だ。YAS-107から音を出すと、中低域がドッシリと出て、男性らしい野太さのある声に激変。「アナウンサーはお腹からしっかり声が出ているんだなぁ」という事がわかると共に、カキワリだった音像も立体的になり、奥行きのある“血の通った人間”に変化する。

 これだけでも大きな効果だが、YAS-107のサラウンドモードをONにすると、横方向に音場がフワッと広がる。通常のステレオでは“画面の端っこ=音場の端っこ”だったが、サラウンドモードでは画面のさらに横まで音場が広がるのがわかる。

 そしていよいよDTS Virtual:XをONにすると、さらに音場は激変。今度は上下方向、特にテレビから天井へと音がグワッと伸びるのがわかる。左右だけでなく、上下にも音が広がる事で、音に包み込まれている感じが出るのだ。

 また、声が出ている場所も、画面に表示されているアナウンサーの顔の位置とちょうど同じくらいのところまで“上がる”。画面の下に置いたサウンドバーから、上に音像が展開するというのは不思議な体験だ。

 ニュースの画面が切り替わり、街頭でのインタビューシーンになるとDTS Virtual:Xの効果がよく発揮される。遠くを走る車の音や、ザワザワした人の声、風の音など、“屋外の広さ”がDTS Virtual:Xで実感できる。

 相撲の中継やサッカーでは、この違いがさらに明瞭だ。相撲の会場は天井の高い空間である事が多いが、DTS Virtual:XをONにすると、歓声や拍手の反響音が天井からも降り注ぐのがわかる。また、画面の奥にもグワッと空間が広がり、「ああ、このホールは、このくらいの広さなんだな」というのが、音で伝わってくる。サッカーでも、スタンドを埋め尽くすサポーターの声が、奥行きをもって描写されるので、広さの印象がまったく違う。まるで、実際にスタジアムにワープしたような感覚だ。この臨場感UPは、スポーツ観戦には魅力だ。

 興味深いのは、DTS Virtual:XをONにすると、アナウンサーや解説者の声、観客の1つ1つの声などが、より明瞭に聴こえてくる事だ。例えば音にエコーなどをつけて、無理やり広がり感を演出したのであれば、音はボワッと芯のない不明瞭なものになるはずだ。しかし、DTS Virtual:Xの場合は、広がった空間に、1つ1つの音像がクッキリと分離し、音像同士が距離をもって浮かぶ。そのため、空間が広がっても、1つ1つの音が聴きやすいのだ。

 片山氏は「音が平面的だと、人間の脳は、音の1つ1つを分離して認識しようと処理を頑張るので、それが“聴き疲れ”に繋がるのかもしれない」と話す。確かに、立体的で明瞭になると、聴き分けようと頑張らなくても、自然と聴き分けられる。もちろん、このような立体的な音こそが、自然界に近い音なので、DTS Virtual:Xをかけた方が、むしろ自然で聴き取りやすい音に“戻る"と言えるのかもしれない。

 映画でも効果を実感できる。「プロメテウス」で、濡れた地下空間を探索するシーン。足音や声の反響、探査機のサーチビームの音が、DTS Virtual:Xではより広く、立体的になり、地下空間の大きさが実感できる。さらに、天井から雨のように水が落ちるシーンでは、雨音が確かに天井から聴こえる。

 DTS:XやDolby Atmosのような“天井からの音”というオブジェクトベースの位置情報がソースに含まれているのであれば、当たり前なのかもしれないが、前述のように、この製品にDTS:XやDolby Atmosのデコーダは搭載していない。にも関わらず天井から雨音がするのは不思議だ。

 片山氏は「人間がこれまでの経験で得てきた“聴こえ方”の予想に、応えられるサラウンド再生ができているためではないか」と説明する。これは個人的な想像だが、DTS Virtual:Xには、雨音や雷の音など、上から聴こえるサウンドの周波数を検出して、そうした音を上から表現する……といったアルゴリズムが使われているのかもしれない。

 ただ、例えそうした機能があったとしても、ポスト処理では雨音だけを完璧に抜き出して上から再生するのは困難だろう。雨音のみならず、他の音ももしかしたら天井からのサウンドとして再現しているのかもしれない。しかし、“雨は上から落ちてくるもの”と我々の脳が経験で知っているので、上からの音の中の“雨音”に意識が集まり、しっかりと「上から雨音がする」と感じるのではないか? というわけだ。映画「スノーホワイト」のバトルシーンでも、天井から落ちる刃物の鋭い音が、しっかりと上から聴こえて驚かされる。

 こうした映画を観ながら、DTS Virtual:XをOFFにすると、自分を包んでいた音場が急に無くなった感じで、とても寂しくなる。特に上下方向の音場が広がらないのは、今までのバーチャルサラウンド技術をOFFにした喪失感よりも強烈だ。

 このようにYAS-107では、サウンドバー単体でもDTS Virtual:Xの効果や、音圧豊かな、しっかりとした低音を再生できているのが確認できた。これをワイヤレスサブウーファ付きのYAS-207に切り替えると、より音のクオリティがアップする。

 違うのはやはり低域だ。YAS-107も立派な低音が出ていたのだが、どうしてもサイズ的に“頑張ってる感”というか、中低域を張り出して、低い音を力強くリスナーに届けようとしている姿勢が感じられた。

 一方で、YAS-207ではそうした頑張り感が無くなり、どっしりと構えた、余裕みたいなものが出てくる。サウンドバーから中高域が自然に流れ出し、サブウーファからの重低音はその音場をしっかり下支えしているのがわかる。「プロメテウス」の宇宙船船内の低いうなりの音などが、YAS-107よりも明らかに数段重く、深い。低音がしっかりと出る事で、それが支える音場の広さも、より広く感じられる。結果的に、DTS Virtual:Xの効果もよりわかりやすい。

 サブウーファがプラスされたからといって、やたらと低音がズシンズシンと主張するような“わかりやすい違い”が出るのではない。実際は“静かに、重厚感と生々しさをプラス”する感じだ。YAS-107もよく出来ているが、予算とサブウーファのスペース的な追加が可能であれば、YAS-207を選んだほうが音質的な満足度は高いだろう。

聴こえなかった音が聴こえる、その喜び

 ヤマハは、サウンドバーだけでなく、ピュアオーディオから本格的なAVアンプも手がけている。特にAVアンプでは、音場処理技術の「シネマDSP」が有名。音場処理に関しては、パイオニア的な存在でもある。

 当然、長年の開発で培った膨大なノウハウを蓄積しており、それはYAS-107/207の開発にも活かされている。「新しい技術であるDTS Virtual:Xの対応機を短期間でいち早く開発できた背景にも、これまでの開発ノウハウが間違いなく働いています。DTS Virtual:Xの音質を決めるためのパラメーターはそれこそ無数にあって、それを1つ1つ検証していたらこれだけの期間では恐らくリリースできませんでした。ノウハウの蓄積があると、『恐らくココをいじればあの音になるな』という想像がつきますし、実際にそうである事が多いんです」(片山氏)。

 DTS Virtual:Xは確かに注目の技術だが、それと同じくらい「サウンドバーをテレビに追加すること」が、良い音を楽しむために重要であることも試聴で実感できた。沼越氏も、「YAS-207、YAS-107をテレビに接続していただければ、今まで聴こえなかった音が聴こえるようになる。これはもう間違いないと思います。特に低域ですね。テレビ番組って、実はこだわって、高品質な音源を使っていることも多くて、それに気付けるようになると思います」と語る。

 設置がとにかくシンプルなのも魅力だ。部屋にいくつものスピーカー設置場所を確保する必要はなく、HDMIケーブル1本でテレビと繋ぎ、あとは電源をとるだけ。YAS-207にはサブウーファがついているが、サウンドバー本体とはワイヤレス接続なので、スピーカーケーブルで繋ぐ必要も無い。これならば「掃除が面倒くさいからリビングには何も置かないで!」と家族から怒られる心配は少ないのでは? また、操作が簡単なので、老若男女、全ての世代が十分使いこなせるだろう。

YAS-207のサブウーファとサウンドバー本体はワイヤレス接続

 沼越氏は、「音の魅力を伝えるのは本当に難しくて、特にヤマハが意識してきた“聴き疲れしない音”のアピールは大変です。聴き比べをしていただくのが一番ですが、それ自体、一般の方にはハードルが高い。ですので『まずは一度聴いてみてほしい』というのが開発者としての願いです」と語る。何事も体験してみないと分からないものだが、音に関しては特にそれが顕著。

 筆者も店頭でたまにオーディオ機器を試聴するが、やはり家でリラックスして聴く時と、また印象が違う。その意味でも、YAS-207、YAS-107のような自然な音のサラウンド入門機の意義は大きいと感じる。

 「YAS-207、YAS-107は品番こそ似ていますが、スピーカー構成も含めて全く違うハードウェアで、音響のチューニング傾向も異なります。それぞれの“素材”の能力を出し尽くすべく、調整に手間暇をかけました。まずはこの2モデルでサラウンドの魅力に気付いていただき、将来的にはさらなる上位製品への買い替えをご検討いただければ嬉しいですね」(片山氏)。

 (協力:ヤマハ)

森田秀一

1976年埼玉県生まれ。学生時代から趣味でパソコンに親しむ。大学卒業後の1999年に文具メーカーへ就職。営業職を経験した後、インプレスのWebニュースサイトで記者職に従事した。2003年ごろからフリーランスライターとしての活動を本格化。主に「INTERNET Watch」「AV Watch」「ケータイ Watch」で、ネット、動画配信、携帯電話などの取材レポートを執筆する。近著は「動画配信ビジネス調査報告書 2017」「ウェアラブルビジネス調査報告書 2016」(インプレス総合研究所)。