レビュー

1台7役のスピーカー登場。DALI「ALTECO C1」をAtmosやフロントに使ってみる

 デンマークのDALIから、“7種類の置き方ができる”というユニークなコンセプトのスピーカー「ALTECO C1」が発売された。デスクトップやスピーカースタンドの上などに置けるだけでなく、手持ちのフロントスピーカーの上に置けば、Dolby Atmos/DTS:X/Auro-3Dで、高さ方向の音を再現するためにも利用できるのが特徴だ。価格はペアで5万円。

 ホームシアター用スピーカーとしては、Dolby Atmos/DTS:X用に追加する専用の「イネーブルドスピーカー」が既に他社では存在している。一方でAtmos/DTS:Xだけでなく、デスクトップなどのステレオ用や、サラウンド用としても使えるのがこのモデルならでは。“マルチ・パーパス(多目的)スピーカー”と呼んでいる通り、用途/環境によって色々使い分けられるのだ。

“イネーブルド”ではなく“アップフィリング”

 5.1chや7.1chなどの、チャンネルベースの平面的なサラウンドとは違い、高さ方向を含めた3次元的な立体音響を実現可能にしたオブジェクトオーディオの形式として登場したのが、Dolby AtmosやDTS:Xなどだ。

 その高さ方向の音を感じさせる方法として、1つは天井にスピーカーを設置する方法がとられているが、天井への設置が難しい家庭の場合でも簡単に楽しめるように、フロント/リアスピーカーの上に追加でスピーカーを置く方法が、「イネーブルドスピーカー」と呼ばれる製品。ユニットが斜め上を向いた形状が特徴的で、2014年秋頃から対応製品が日本市場に出始め、筆者も以前住んでいたアパートで使っていた。

 天井に向けて鳴らした音が反射してリスナーの耳に届くという仕組みで、適切に設置・設定すれば、リスナーの頭上あたりから音が聴こえるようになる。“イマーシブ(没入型)オーディオ”とも呼ばれるAtmos/DTS:Xなどを、手軽に楽しむ方法となっている。

 ただ、「イネーブルドスピーカー」という名称を使うにはDolbyの認証を受ける必要があり、規定を満たすためのフィルター回路がネットワークに追加されている。そのため、特殊な周波数特性を持つスピーカーとなり、その形状も含めてイネーブルドスピーカー以外の使用はできないのが実情だ。

サランネットを着けた状態(右)と外した状態(左)

 今回紹介するDALIのALTECO C1は、ユニットが斜め上を向いた形状は従来のイネーブルドスピーカーと同様に見えるが、実はDolbyの認証をあえて受けず、「より高い汎用性を持たせる」ことを選んだ。その結果、壁面設置やデスク置きに至るまで全7種類の設置が可能になったという。Atmos/DTS:X音声で聴く場合も、DALIは「イネーブルド」ではなく「アップフィリング」と呼んでいる。

 ALTECO C1が対応している7種類の設置方法は以下の通り。

1.フロントスピーカーの上に置く「アップフィリング・スピーカー」
(イネーブルドスピーカーと同様の用途)
2.壁掛けの「フロント・ハイトスピーカー」
3.横壁面に設置する「7.1chのサラウンド(サイド)スピーカー」
4.後方壁面に設置する「サラウンドバック、リアハイトスピーカー」
5.正面壁面に設置する「フロントスピーカー」
6.正面壁面に、横向きに設置する「フロント・ワイドスピーカー」
7.デスクトップ用の「ニアフィールド・モニター」

左から、1.アップフィリング・スピーカー、2.フロント・ハイトスピーカー、3.サラウンド(サイド)スピーカーの設置例
左から、4.サラウンドバック、リアハイトスピーカー、5.フロントスピーカー、6.フロント・ワイドスピーカー、7.ニアフィールド・モニターの設置例

 活用方法が多く、全てをイメージするのは難しいかもしれないが、とりあえず1の「アップフィリング・スピーカー」と、5の「フロントスピーカー」、7の「ニアフィールド・モニター」あたりが基本的な使い方といえる。

 筆者は、自宅に防音シアターを設けており、今回はこれら3つの使い方を試してみたので、その実用度や音質なども含めて詳細をレポートしたい。本体の表面仕上げはブラックアッシュ(B)とウォルナット(MH)の2モデルがあり、今回はウォルナットを試用した。

Dolby Atmosのスピーカーとして使ってみる

 スピーカー表面に装着されているサランネットを外すと、中低域を受け持つウッドファイバーコーン採用の115mm径ウーファユニットと、高域用の21mm径ソフトドームツイータの2つのユニットが見える。

ツイータ(上)とウーファ(下)
ウーファユニット周りはスポンジが取り付けてあるが、これはのアップフィリング使用において音の乱反射を抑えるための部材。取り外しはできない

 特徴の一つは、フロントバッフルにある「モードスイッチ」。これがUPの時は、バッフル面に対して垂直に音が放射。DOWNにすると、ツイータの位相が180度反転する。これによって音の放射角度が約25度下向きになるため、様々な向きで設置可能にしているわけだ。

モードスイッチ

 DOWN設定を選ぶのは、ALTECO C1をリアスピーカーまたはリアハイトとして使用する場合のみ。その他の設置の場合はUPを選ぶ。ツイータのみ位相を180度反転することになるので音質が気になるかもしれないが、DALIによれば「ツイータとウーファユニットが逆相になっているので、クロスオーバー周波数(2.1kHz)周辺の周波数帯域がキャンセルされる。この場合、真正面から音を聴いた場合は、多少の変化を感じるはずだが、リスニングポイントによっては、逆に定位が良くなる効果が得られる」としている。これはカーオーディオでは広く知られた手法とのことだ。

 スピーカー端子はプッシュ式。バナナプラグやYラグは使用できないが、多目的使用を考えると妥当な仕様だろう。背面には、壁掛け用のキーホールブラケット(壁掛け金具)を備える。ただし、天吊り設置はできない。

スピーカー端子はプッシュ式
背面に2カ所の壁掛け金具を備える

 最初に、アップフィリングスピーカーとして使ってみた。なお、この用途は、Dolby AtmosやDTS:Xのレンダリングに対応したAVアンプと組み合わせて、高さ方向の音も再現することを想定したものだ。アンプ側は「イネーブルド設定」を選ぶ。

 筆者はフロントスピーカーはDALIのMENTOR 2を使っており、ALTECO C1をのせてみると、ちょうどいいサイズ。小型ブックシェルフや細身のトールボーイを使っている人は、導入前に寸法を確認してほしい。

MENTOR 2の上にのせた

 筆者の環境では付属のゴム脚を敷いてスピーカー同士の相互干渉を防いだ。なお、ゴム脚は2種類(各4つ)付属するので、アップフィリング用とデスク用とそれぞれ貼り付けておいてもよいだろう。

ゴム脚

 筆者のホームシアターは、サラウンドスピーカーを6台取り付けており、天井2台、サラウンド2台、サラウンドバック2台の構成。これにサブウーファ1台、センター無しの6.1.2chで鑑賞している。サラウンドは6台全てフォステクスのフルレンジスピーカーユニットのFF105WKを使っている。

筆者のシアター天井に設置しているスピーカー

 アンプはAVR-X6300H(11.2ch)のため、フロントをバイアンプにして10ch分のアンプを駆動させた。アンプの各種音場補正は、常にOFFで試している。

 まずは比較として、備え付けの天井スピーカーありの環境でDolby Atmosのデモディスク2015年版を視聴した。天井ありのオブジェクトオーディオはさすがの包囲感。音像定位の滑らかさと隙間の無さは、まるで山の中で木々のざわめきに包まれているようだ。

 次に天井スピーカーへの結線を外し、ALTECO C1を繋ぐ。アンプの設定をイネーブルド使用に切り替えた。同じソースを試してみると、イマイチな感じは否定できない。頭上から後方に掛けて音の隙間がわずかだが存在する。天井スピーカーの場合より音の芯は細めだ。座る場所を普段より少し前に移動すると、天井からの反射音をダイレクトに感じられて自然な音場に近づいた。

 天井スピーカーの“リアル3次元サウンド”に対してはちょっと落胆してしまったが、試しにALTECO C1へのイネーブルド出力を、アンプ側で無効にしてみると衝撃的なことに。まるでプラネタリウムの天井だけを切り取ったような、かまくらの頭頂部だけを削り取って空が見えたような、そんなサラウンドの空白が上方にできてしまったのだ。

 あまりに違うのですぐに再びALTECO C1を有効にする。天井スピーカーとの違いとして、頭上定位は多少前方寄りになる感じはあるものの、しっかりと上部の包囲感が復活していたのだ。

 前述のフィルター回路が入っていないので、天井を反射した音が他のサラウンドスピーカーと比べて違和感のあるサウンドになっていないかも確認したが、まったく気にならないレベル。若干高域が明るめだが、アンプの補正機能(AVR-X6300Hの場合は、Audyssey MultEQ XT32)を使えば自然にまとめられて問題なかった。ALTECO C1は、フィルター回路を入れていない代わりに、バッフル面の角度や素材・キャビネット形状を綿密に計算して製品化したとのことで、その効果といえそうだ。

ALTECO C1のアリ/ナシで音はどう変わる?

 これから導入を検討する人のために、天井スピーカーとの比較ではなく、ALTECO C1をイネーブルド出力で鳴らした場合と無効(オフ)にした場合でいくつかの比較を紹介する。コンテンツはDolby Atmosデモディスクを使用した。

TRAILERSより「Leaf」

木々のざわめきや葉の移動感が分かるのに対し、ALTECO C1をオフにすると、天井だけぽっかりと穴が空いて不自然になってしまった。

Movies & TVより「Unbroken」

爆撃機の機内にいる臨場感が段違い。暗騒音が身体の四方八方から聞こえてくる感覚がある。対空砲撃の爆音もALTECO C1があると高さ方向の演出がよりリアルに。ゼロ戦が反撃してくるシーンでは、ALTECO C1をオフにすると作り物の映画の音という感じで恐怖感もダウン。

MUSICより「Enrique Iglesias Bailando」

イントロの子どもの声がきちんと頭上から聴こえる。コーラスに包まれる感覚が心地よい。ALTECO C1をオフにすると自分を中心としたドーナツのような音場になってしまい味気ない。

 続いて、オブジェクトオーディオに対応していない5.1chソースも聴いてみた。

 パニック映画「2012」の自宅崩壊シーンでは、建材が崩れてくる音が上方からも聴こえてリアルだが、立体駐車場から落ちてくる車を避けながら走行するシーンでは音像定位が散漫に。明確に効果音を定位させているようなシーンは少し微妙だが、ALTECO C1を使うと環境音などの臨場感が増す傾向だった。

 「ガールズ&パンツァー 劇場版」の最終決戦の少し前から見てみる。ALTECO C1を使うと、正面に聴こえるセリフのエネルギーは、使う前に比べて散ってしまい、声の芯が弱くなる。一方で、戦車戦では、映画館さながらの大迫力なサウンドを楽しめた。定位など精密なサラウンドを求めるならオフの方が適当だが、ALTECO C1を使ってもサラウンドが破綻しているような感じは無い。特にリアスピーカーが置けない環境では導入を強く勧めたい。

 ALTECO C1を使った方が包囲感はあるが、サラウンドの鮮明な効果はストレートに鳴らす方が実感できる。そこで、ALTECO C1の出力するイネーブルドの音量を個別にアンプ側で落としてあげると、自然に聴けるので試して欲しい。この調整は、チャンネルベースのサラウンドフォーマットに対して必要に応じて行なうものだ。オブジェクトオーディオが収録されたコンテンツでは、アンプの音場補正のみで問題はない。

 続いて2chのハイレゾ音源を聴いてみる。

スタンドにのせ、フロントスピーカーとして使用

 豊潤な中域と歪み感の少ない高域。このサイズにして、かなり健闘している低域で、ニアフィールドには申し分ない。写真の環境では若干無理があったため、もっと左右の間隔を詰めたいところ。

 写真を見るとウーファが下側になっているが、このスタイルでもスイッチは「UP」で構わない。「DOWN」は、リアハイト(背面の高さ方向の音を再現するスピーカー)に使う場合のみだ。ツイータの位相を反転させることで、約25度 音の放射角度が下向きになるという。

モード切替スイッチは、UPに入っている

 この置き方だとケーブル端子はスピーカーの底面に位置するため、ゴム脚必須である。キャビネットの下にケーブルを通して敷設した。先に接続しておけばそれほど不自由は感じない。

ゴム脚で本体を浮かせて、後ろから底面のスピーカー端子にケーブルを接続

 DALIのスピーカーはほとんどの製品でスイートスポットを広く取っている。そのため置き方は正面向けが推奨だ。写真の設置では内振りにして厳密にセンター定位を追い込んだが、適当に置いても支障なく決まる。

 サイズ的に低域の量感には限度があるので、机やテレビのサイドスピーカーに合っていると感じた。BPM早めの曲よりは、劇伴やバラードなどのゆったりした曲が似合う。美しい中域と相まってストリングスはムード満点に楽しめた。完全打ち込みのゲーム音楽も意外に合う。総じて定位がとても精密。ちゃんとセッティングすればさらに精度を高められるだろう。

 デスクトップでの設置も試した。残念ながらデスクで鳴らすためのアンプを持ち合わせていないため、設置のみ。写真で中央に置いたPCは15インチワイドのディスプレイを持つ。ウーファが上にあるためか、見た目は中~大型のデスクトップスピーカー並みの存在感があるが、個人的には違和感はそれほどないと思う。

デスクトップでニアフィールドスピーカーとして使うイメージ

スピーカーを長く使えるユニークな提案

 今回、7種類の使い方全てを試すことはできなかったが、現実的にはイネーブルドかサラウンド、もしくはハイトなどでの利用が多いかと思う。将来的に、スピーカー環境のアップグレードなどで、イネーブルドとして使わなくなっても、ニアフィールドとして再利用できるのは今までに無かったメリット。

 そもそもイネーブルドスピーカーは専用であり、他の用途に転用はできないのが当たり前だった。そうした中で“多目的スピーカー”として開発し、実際イネーブルドと同じような使用でも違和感が無かったことは、新しい提案として興味深い。

 ハイエンドからエントリークラスまで幅広いライナップを取りそろえるDALIは、外観的な美しさと中音域を大切にした美音スピーカーとして、もともと魅力的なブランド。ALTECO C1は、音の良さだけでなく機能的な面白さも加わり、使い方の幅を広げる新しい方向性のモデルといえそうだ。

橋爪 徹

オーディオライター。ハイレゾ音楽制作ユニット、Beagle Kickのプロデュース担当。Webラジオなどの現場で音響エンジニアとして長年音作りに関わってきた経歴を持つ。聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。Beagle Kick公式サイト