レビュー
マランツは、なぜ今シンプルなCDプレーヤー「CD 60」を作ったのか
2022年6月3日 08:00
最近のオーディオ市場には“便利な単品コンポ”が増えている。例えば、2chアンプにネットワーク音楽再生機能が搭載されて、CDプレーヤーなどを買わなくても、アンプだけで音楽が再生できたり、HDMI入力を備えてゲーム機などの音を手軽に再生できるコンポなんてのも増えている。
そんな中、ピュアオーディオのマランツが6月中旬に投入するのが、11万円のCDプレーヤー「CD 60」だ。このCD 60、その名の通り“純粋なCDプレーヤー”で、SACD再生機能やネットワーク再生など、オマケ機能がほとんど無い。非常にシンプルなCDプレーヤーになっている。
では、特徴の無い製品なのかというと、これが真逆だ。詳しく話を聞き、そのサウンドを体験してみると“この時代に、あえてシンプルなCDプレーヤーを作る大きな狙い”が見えてきた。
なぜいま“単体CDプレーヤー”を作るのか
長年、オーディオを趣味として楽しんでいるという読者には説明は不要と思うが、かつて各社から発売されていた単品コンポには“価格帯別のラインナップ展開”があった。例えば“エントリークラスのCDプレーヤー、アンプ”“ミドルクラスのCDプレーヤー、アンプ”といった具合で、まあ、その組み合わせ通りに買う必要はないのだが、メーカー側から「このアンプと組み合わせるには、このCDプレーヤーがオススメですよ」という提案が、“価格帯別のラインナップ”という形で行なわれていたわけだ。
もちろん、今でも価格帯別のラインナップというのは存在はする。しかし、昔と比べると、アンプにネットワーク再生機能がついたり、HDMI入力がついたりと、搭載している機能によって、横方向に製品数が増加。昔ほど“松竹梅”のシンプルなラインナップではなくなり、“欲しい機能・目的から、コンポを選んで組み合わせていく”形になっている。
こうした変化の背景には、音楽配信サービスやハイレゾファイルのダウンロード販売の普及、YouTubeなどで映像と共に音楽を楽しむ人の増加といった変化がある。この流れは世界的なものだ。
では、その流れに押されてCDプレーヤーの販売台数が激減しているのか? マランツの国内営業本部 マーケティング担当 高山健一氏に聞くと、「実はそんな事はまったくなく、日本でのCDプレーヤーのマーケットは大きく落ちてはおらず、我々としても悲観はしていない状況です」とのこと。
確かに、ネットワークで音楽を聴く人は増えており、ネットワーク機能付きアンプだけで音楽を楽しむ事はできる。しかし、日本のユーザーの場合、だからといってCDをまったく聴かなくなるわけではなく、長年揃えたCDライブラリーを楽しんだり、配信には無い曲をCDで探したり、お気に入りの作品は配信に加えてCDも買って手元に残す……という人が多い。「ネットワークなどの新しいソースを楽しみながら、そこにプラスしてCDも聴いている方が多いと感じています」(高山氏)。
既にCDプレーヤーを持っている人が、故障などで買い替えるだけでなく、スマホで音楽配信を楽しんでいた人が、新たにCDプレーヤーを買ってみる……というパターンもある。そんな底堅い需要に向けて、この時代に新たに開発したのが「CD 60」というわけだ。
新たに開発するので、当然ながらネットワーク機能やUSB DACなど、追加機能を盛り込もうと思えば盛り込める。しかし、CD 60は極めてシンプルなCDプレーヤーとした。その理由は“組み合わせるアンプの多機能化”と“コスト”だ。
例えばマランツのアンプを見てみると、純粋なプリメインアンプとして「MODEL 30」(327,800円)や「PM8006」(159,500円)があり、ネットワークアンプは「PM7000N」(151,800円)、HDMI搭載アンプとして「MODEL 40n」(286,000円)と「NR1200」(116,600円)がある。
CD 60は11万円のCDプレーヤーなので、これらの機種のどれとも組み合わせやすい。一方で、ネットワーク再生などの機能を搭載すると、アンプ側と機能が重複になる可能性もある。
また、当然ながら、SACD再生やUSB DAC、ネットワーク再生などの機能を盛り込もうとすると、そのぶんだけコストが上がる。ネットワーク経由で気軽にハイレゾ再生ができる現在に、“数万円アップしてもSACDやUSB DACが本当に必要とされるのか?”が問題だ。「そう考えた際に、複合機はあえて作らず、ピュアなCDプレーヤーを純度高く作る事が、今の時代に、逆にお客様のニーズにマッチするのではないかと考えたのです」(高山氏)。
シンプル仕様は音質面でも有利
マランツの音の“門番”、サウンドマスターの尾形好宣氏は、シンプルなCDプレーヤーとして作る事は、音質面でメリットも大きいという。
製品の音に責任を持つ尾形氏は、開発している製品の音質検討を行ない、チューニングを繰り返し、クオリティを上げていく。この地道な作業は、開発スケジュールが決まっている以上“時間との戦い”でもある。
「長年のノウハウの蓄積により、最も効率の良い方法で音質を最大化していくのですが、例えばネットワーク機能が付いている、USB DACが付いているなど、音質を確認するソースが増えれば増えるほど、1つにかけられるチューニングの時間は短くなってしまいます。逆に言えば、純粋なCDプレーヤーであれば、アナログ音声出力の音質検討に時間をかけて注力できるので、よりサウンドを突き詰められるという利点があります」(尾形氏)という。
さらにCD 60は前述の通り、安価なアンプから高価なアンプまで、今までよりも様々なアンプと組み合わせる“ミドルレンジのCD再生を担うコアプレーヤー”として開発された事も大きい。
「CD 60の開発において、“この価格帯の製品なので、音もこの価格帯に納めよう”とか“まるめよう”と考えた事は一切ありません。11万円という価格で、使えるコストをフルに使い、“王道のHi-Fiサウンド”を最大限目指したらどうなるか、という考え方で作っています」(尾形氏)。
その中身を見ていこう。CDドライブは、上位モデルのネットワーク対応CDプレーヤー「ND8006」と同じ、自社開発のオーディオ専用CDドライブを搭載している。
読み出したデータをアナログ変換するDACチップには、こちらもND8006と同じ、ESS製「ES9016K2M」を使用している。低ジッターと122dBの広ダイナミックレンジが特徴であると共に、電流出力タイプなのもポイント。外付けのI/V(電流/電圧)変換回路が使えるので、オーディオメーカーが独自のサウンドチューニングを施せるのだ。
CD 60では、このDAC以降のアナログステージに、マランツ独自の高速アンプモジュール「HDAM」と「HDAM-SA2」を使ったフルディスクリート回路を採用した。このHDAMは、今までのものではなく、上位機「MODEL 40n」の開発過程で新規に設計された低歪タイプのHDAMを採用している。具体的には、1chあたり、3個のJFET素子を追加する事で、「帯域によりますが、おおむね3割くらい歪を低減しています。名前としてはHDAMのままですが、SA4とかSA5、別の名前をつけてもいいのではと思うほど進化しています」(尾形氏)とのこと。
DACのデジタルフィルターにもこだわっており、DAC内蔵のデジタルフィルターは使わず、マランツオリジナルのアルゴリズムによるデジタルフィルター「Marantz Musical Digital Filtering」を搭載。フィルターの特性は、上位機SACD 30nのディスクリートDAC「MMM-Stream」で使われているものを踏襲した。
なお、PCM信号の入力時には、ユーザーの好みに合わせて2種類の特性が切り替えられる。
筐体内部は、左右チャンネル間のクロストークやレベル差を揃えるために、左右チャンネルのアナログ出力回路をシンメトリーにレイアウト。等長、平行配置を徹底している。
さらに、デジタルオーディオ回路やアナログ出力回路には、高音質なフィルムコンデンサー、高音質電解コンデンサー、メルフ抵抗、金属皮膜抵抗、導電性高分子コンデンサーなど、尾形氏がリスニングテストを繰り返して厳選した高音質パーツを投入。
電源は音質にとって重要な部分。特にアナログ回路電源用のブロックコンデンサーは、音質決定で最も重要なパーツの一つである事から、幾度も試作と試聴が繰り返された。最終的にCD 60には、エルナーとマランツが共同開発した大容量2,200μFのカスタム・ブロックコンデンサーを2基搭載している。
また、本格的なヘッドフォンアンプも内蔵。HDAM-SA2を出力バッファーに用いているのが特徴で、3段階のゲイン切り替え機能も用意。能率の低いヘッドフォンでも、パワフルに再生できるという。なお、ヘッドフォンを接続していない時はヘッドフォンアンプの電源が自動的にオフとなり、他回路への干渉を抑制している。
新世代マランツ単品コンポの“当たり前”になっていくデザイン
CD 60はデザインにも特徴がある。詳しい人は見ただけでわかると思うが、2020年に発売された「MODEL 30/SACD 30n」や、2022年の「MODEL 40n」と同様に、新世代のマランツ単品コンポのデザインを採用している。マランツらしいシンメトリーさ、クラシカルな雰囲気を漂わせつつも、現代的なスッキリ感もあり、個人的には好きなデザインだ。
一方で、価格が高価なMODEL 30/40n/SACD 30nとまったく同じデザインかというと、実はそうではない。大きく違うのはトップカバーの素材で、上位機は両サイドアルミで、真ん中がスチールのスリーピース構造。CD 60は全部が“コの字型”のスチール製となっている。そのため上位機は側面にビスが無いが、CD 60はビス止めになっている。
また、フロントパネルは中央部分がアルミなのは上位機と共通だが、その左右にある凸凹した部分に、CD 60はイルミネーションを備えていない。
つまり、CD 60は新世代のデザインを取り入れつつ、抑えられる部分ではコストを削減し、11万円という価格を実現しているわけだ。この新世代デザインは、今後発売されるマランツの製品でも採用されていくため、CD 60と、未来の単品コンポを組み合わせた時も、デザインがちゃんとマッチするという安心感がある。
聴いてみる
では、CD 60の音を聴いてみよう。試聴に使ったアンプはMODEL 30、スピーカーはB&Wの「800 D3」だ。楽曲は宮田大の「エルガー チェロ協奏曲 第4楽章」、「SINNE EEG/Comes love」、「Acoustic Weather Report 2/Donna Lee」の3曲を使った。
CD 60を聴く前に、比較対象として下位モデルの「CD6007」(68,750円)で再生する。CD 60よりも約4万円安いCD6007だが、音は非常に素直で、バランスも良好。この価格では、十分音の良いCDプレーヤーだと感じる。
では11万円のCD 60に切り替えるとどうなるか。まず、音の無い空間から、チェロの音がスッと出てきた瞬間に、「あ、ぜんぜん違うわ」とわかる。CD 60の方がSN感が良く、音が広がる音場の空間が、CD6007と比べて、奥行きも、左右方向にも圧倒的に広大。その音場の“静かな部分”も、CD 60の方がより静かであるため、そこからスッと立ち上がるチェロの音が、より鮮明に見える。
音場の広さと、そこに定位する音像の立体感、リアルさ、輪郭のシャープさは、SINNE EEGの女性ボーカルでも違いがよくわかる。歌う声の、高音が伸びやかに広がっていく様子がより遠くまで見通せる。さらに、声の低い部分の音圧も豊かで、胸を押されるような、ビンビンと響く“声の力”も、CD 60の方がパワフルで聴いていて感動的だ。
さらに違うのは、ボーカルの表情や、アコースティックベースの暖かみのある響きが、CD 60の方がより艶っぽく、味わい深い。ボーカルのブレスの「スッ」と吸い込む音のリアルさにもドキッとして、ベースの芳醇な響きにゆったりと体を包まれる。聴いていると「美味しい音だなぁ」とうっとりする。ハイエンドオーディオ機器を聴いているとよく感じる、あの、得も言われぬ心地良さ。それをCD 60からは感じる。
この余裕というか風格のあるサウンドは、「ミドルクラス11万円のCDプレーヤー」というイメージの枠に収まらないものだ。
CD 60の確かな実力は体感したが、気になるのは“多機能なCDプレーヤーとどっちが良いのか”という点だろう。
そこで、ネットワークプレーヤー機能を内蔵したCDプレーヤーである「ND8006」(159,500円)を用意し、聴き比べてみた。
前述の通り、CD 60は、ND8006が内蔵しているCDドライブ、DACチップと同じものを採用している。音の比較としては、いい勝負になるはずだ。
聴き比べてみると、これが非常に面白い。中低域の音の分厚さ、ドッシリ感などは、ND8006の方がCD 60よりも上だ。これはおそらく、多機能で高価なND8006が、電源部によりコストの高いトロイダルトランスを搭載しているためだろう。要するに“物量の差”だ。
では、CD 60よりND8006の方がCDが高音質か? と問われると、個人的には「いや、そうではないCD 60の方が良い」と感じる。最も違うのは、中高域の音の繊細さ、細かさ、抜けの良さだ。
女性ボーカルやチェロの響きなどでよくわかるのだが、ND8006の方が、高域の描写がちょっと“まるい”。CD 60の方が、高音の綺羅びやかさ、キツさ、粗さといった、音による表情の違いがよりダイレクトかつ細かく描写されていて、聴き分けやすい。要するに、情報量が多く、純度の高い音が聴けるのだ。
確かに、約16万円でネットワークプレーヤー機能も備え、CDもこのクオリティで聴けるND8006は良く出来ている。しかし、CD 60の方が、CDプレーヤーだけの音で言えば、より素直で、ピュアで、Hi-Fiな音がする。これはやはり、CD 60が“シンプルなCDプレーヤー”であり、“価格帯を考えずに作られたプレーヤー”だからだろう。
“スポーツカー”のような単品コンポを
尾形氏は、「今、あえて11万円のCDプレーヤーを買う人は、自分の理想とする音を追求したいと思っている人が多いと考えています。ですから、CD 60は“ワゴンカー”ではなく、“スポーツカー”のように作っています」と語る。
「マランツの単品コンポでは、昔から電源ケーブルをインレット式にして、簡単に付け替えられるようにしていますが、CD 60を購入した方はおそらく、電源ケーブルを変えたり、RCAケーブルを吟味したり、インシュレーターの下に何かを挟んでみたりして、自分の音を追求すると思います。そうした工夫が、音にも反映されるようなものであるべきだと考えてCD 60を作りました。スポーツカーのように、何かをしたら、それがキビキビと音に反映されるようなイメージですね」。
尾形氏の言葉通り、確かにCD 60の素直で、繊細なサウンドは、セッティングやアクセサリーによる変化を、ダイレクトに音に反映してくれそうなサウンドだ。
単品コンポを吟味し、相性が良いかどうかをあれこれ考えながらコンポを組み合わせ、細かく手を入れながら理想の音を追求していく……。これこそが“オーディオ趣味の醍醐味”だ。CD 60は、そんなオーディオの楽しさを、もう一度思い出させてくれる単品コンポになっている。
(協力:マランツ)