レビュー

小さくても“音はガチ”。スマホをDAP化、ゲームも対応Astell&Kern「AK HC3」

AK HC3

最近“スマホの出番”が多い。SNSやメール、地図やWebサイトの閲覧に使っていたが、配信サービスの一般化で、音楽・映画・アニメなどの視聴端末になり、スマホゲームのクオリティ進化により、ゲーム機にもなっている。

出番が多いスマホに対して、机の引き出しに仕舞われているものがある。有線イヤフォンやヘッドフォンだ。昔のスマホにはイヤフォン端子があったので、一緒に活躍してくれたのだが、端子が無くなり、最近では“イヤフォンと言えば完全ワイヤレス”を意味する世界になりつつある。

それでも「お気に入りの有線イヤフォンを活用したい」人や、「完全ワイヤレスからオーディオに興味が出たので、有線イヤフォンを使ってみたい」という人も多いだろう。かと言って、高価なポータブルオーディオプレーヤー(DAP)を購入するのはハードルが高い。そんな人に注目なのが、Astell&KernのHi-FiポータブルUSB DAC第3弾「AK HC3」だ。

AK HC3

AV Watch読者ならば、Astell&Kernの名前は聞いたことがあるだろう。上は50万円を超える超高音質DAPを手掛ける、DAPの老舗ブランド。そんなAKブランドでは、DAP以外にも、スマホとUSB-CやLightning端子で接続する事で、有線イヤフォンを使えるようにしつつ、音質もグレードアップできてしまう「ポータブルUSB DAC」も発売している。要するに“スマホを高音質DAP化するアイテム”だ。

その最新モデルが「AK HC3」。高級DAPブランドが手掛ける製品なので、「でも、お高いんでしょう?」と身構えてしまうが、実売は約30,980円と、10万円とか数十万円するDAPと比べると、なんとかなりそうな価格だ。

もう1つ、重要な事がある。写真を見るとわかるが“非常に小さい”。感覚としては板ガムよりも小さく、“細身の消しゴム”くらいのサイズ。これならば、スマホと一緒にポケットに突っ込んで持ち運べる。「デカいDAPを買ったけど、スマホと2台で持ち歩くのが面倒で使わなくなった」なんて心配がないわけだ。

背面にはAstell&Kernロゴ

小さいけれど、中身は“ガチ”

指でつまめるサイズなので、中身はたいした事なさそうに見えるが、実際はかなり“ガチ”だ。スマホの中で音楽データをアナログに変換するのではなく、USB-C、Lightning端子からデジタルで伝送したデータを、AK HC3内蔵の高性能DACでアナログ変換するのだが、そのDACチップにESSの「SABRE HiFi DAC ES9219MQ」を採用している。

AK HC3はこのDACをデュアルで、つまり2基搭載し、性能を高めている。「こんなに小さいのによくデュアルDACとか入るな」と感心するほど豪華な仕様だ。

対応するデータも、PCMで最大384KHz/32bit、DSD 256(11.2MHz)までネイティブ再生でき、スペックとしては申し分ない。

豪華なのはDACだけではない。オーディオでは、電源部も非常に重要となるが、AKのDAPに使用されている、電源変動を抑え、安定した性能を発揮するためのテーラード超小型タンタルコンデンサーもAK HC3に搭載している。このように、DAPで培った技術をコンパクトな筐体に詰め込んだのがAK HC3というわけだ。

イヤフォン出力は3.5mmのアンバランスを1系統備えている。多くのイヤフォンやヘッドフォンを接続できる一般的な端子だが、AK HC3のミソは、3.5mm 4極のマイク・コントローラー入力にも対応している事。

イヤフォン出力は3.5mmのアンバランスを1系統装備

つまり、イヤフォンで音楽を楽しむだけでなく、ケーブル途中のリモコン部分にマイクを内蔵したイヤフォンや、マイク付きヘッドセットなどと接続できる。スマホゲームで友達と会話しながら遊んだり、テレワークの会議に参加する時にも使えるわけだ。

イヤフォン出力端子と反対側には、USB-C端子を備えたケーブルが直接出ている。Lightning変換アダプターが付属するので、iPhoneでも使えるわけだ。ただし、Lightning変換アダプター使用時は4極リモコンマイクには対応しないので注意が必要だ。

USB-C端子を備えたケーブルが直接出ている
Lightning変換アダプターが付属する

筐体はフルメタルで、DAPのAKシリーズを連想させる幾何学的なデザイン。手にするとひんやり冷たく、高級感がある。それでいてシンプルな形状なのであまり目立たない。そのため、遠くから見られた場合の「あの人、スマホになんかぶら下がってる感」は少ない。

見る角度によって光の反射が変化するボディ
屋外で使っていても、あまり目立たない

また、私はスマホの背面に“スマホリング”を取り付けてそこに指を通しているのだが、AK HC3の筐体が縦長なので、手のひらの内側にAK HC3を一緒に入れてもそれほど邪魔にはならなかった。ブランブランさせるのが気になる人は、こういう持ち方でもいいだろう。

スマホリングに指を通しつつ、AK HC3を手の中に入れ、スマホをホールドしているところ

ちなみに、筐体から直接出ているUSB-Cケーブル自体もこだわっており、銅芯線に錫コーティングを施したケーブルが使われている。また、断線しないように、高耐久性デュアルノイズシールドケーブルになっている。ケーブルまで含めた総合的なサウンドチューニングを可能にすると共に、より接点を少なくすることでノイズ対策と音質面、使いやすさを両立させている。このあたりの音質・使い勝手への配慮は、さすがポータブルオーディオの老舗ブランドという感じだ。

USB-Cケーブル自体も音質と耐久性を考慮したものになっている

なお、USBバスパワーで動作するので、AK HC3自体にバッテリーは搭載しておらず、AK HC3側の電池残量を心配する必要はない。そういった意味でも気軽に使える製品だ。

筐体にはLEDインジケーターが搭載されており、再生ファイルに応じて色が変化するギミックもある。

音を聴いてみる

普段使っているPixel 6 Proの端子はUSB-Cなので、AK HC3をそのまま接続。イヤフォンはゲームなどでも使いやすいAK HC3なので、finalのゲームや3Dサウンド向けイヤフォン「VR3000 for Gaming」(7,980円)と、TAGO STUDIOのヘッドフォン「T3-03」 (GAMING PKG/34,980円)を組み合わせた。

finalの「VR3000 for Gaming」
TAGO STUDIOのヘッドフォン「T3-03」

Amazon Musicアプリを使い、「藤田恵美/camomile Best Audio」から「Best of My Love」を再生する。冒頭、静かな空間の左方向からアコースティックギターがスタートし、中央からボーカル、その後1分過ぎからアコースティックベースが登場する。この段階で、AK HC3の実力の高さがわかる。

静かな空間にギターの音がスッと出現する様子、ボーカルの口が生々しく開閉する様子が非常にクリアで、SN比の良さがわかる。出ている音の良し悪しもそうなのだが、音が無い部分の静けさと、音がある部分の対比がしっかり出せているかが重要。AK HC3ではそれがキッチリ出来ており、基本的な再生能力の高さがわかる。

アコースティックベースの低域は「ズズーン」と深く沈み込む。深いだけでなく、その地震のような振動が、頭蓋骨を少し揺するかのようなパワフルさがある。この重くてパワフルな低域を聴くだけで、「ああ、AK HC3を接続している甲斐があるな」と感じる。というのも、かつてのスマホのイヤフォン端子から有線イヤフォンを聴いていると、SN比が悪いだけでなく、低域が弱く、音楽に迫力が無くて楽しめなかったのだ。

しかし、AK HC3を通して聴くと、音が良いだけでなく、イヤフォンの駆動力も高いため、低い音がしっかりと重く、その低音がグイグイ迫ってくる音圧の強さを感じられる。聴いていて迫力があり、しっかりした低音に支えられるため、音楽全体に重厚感が出て「じっくり聴こう」という気分になる。そもそも音が薄くて軽いと、真剣に聴こうという気が起きない。AK HC3を使えば「ポータブルオーディオを楽しもう」という気分になる。これは重要なポイントだ。

イヤフォンもそうだが、TAGO STUDIO「T3-03」のようなヘッドフォンの場合、振動板が大きいので、アンプの駆動力による音のクオリティアップはわかりやすい。

低域がパワフルかつキレが良いので、「チェンソーマン」のオープニング・米津玄師「KICK BACK」のような疾走感のある楽曲がハマる。ビートのキレが抜群で、うねるようなエレキベースが最高に気持が良い。途中でオーケストラっぽい壮大なサウンドに変化する曲だが、音場が広いので、熱気あふれる序盤から、アコースティックなオーケストラに切り替わった瞬間の開放感も最高だ。

昨今主流のTWSも、中高域はクオリティが高いが、低域の迫力や分解能ではイマイチな製品が多い。その点、駆動力の高いAK HC3+イヤフォン/ヘッドフォンでの低域は、それとは一味違う本格的なサウンドになるため、「やっぱり有線もいいな」と、ポータブルオーディオの楽しさを再確認できるだろう。

AK HC3の筐体にボリュームボタンは無く、スマホ側で制御するカタチ。情報量が多いため、ボリュームを上げても音がうるさく感じない。個々の音が迫力を増すイメージで、気持ちが良いので、ついボリュームを上げ目になってしまう。なお、AndroidデバイスにUSB-DACを接続すると、接続した機器が自動的に最大音量に設定されたり、逆に小音量で再生されたりと、互換性の問題が発生する事がある。そこで、Android OS向けのボリュームコントロール用アプリ「AK HC」も用意されている。画面のボリュームバーを触って直感的かつ素早く音量が調整できる。さらに、アプリを起動している状態では、スマホのボリュームボタンからも同じ調整が可能だ。

Android OS向けのボリュームコントロール用アプリ「AK HC」

ゲームはもちろん、YouTubeや映画もいい音で

ゲームもプレイしてみる

ゲームアプリとして「CoDモバイル」や「Apex Legends Mobile」もプレイしてみた。いつもはスマホ内蔵スピーカーで聴いているが、AK HC3+イヤフォン/ヘッドフォンでは世界が変わる。

まずApexのキャラ選択時や、降下時のBGMがしっかりした音質で聴こえ、低音もズンズンと響き、戦闘前の気分を盛り上げてくれる。フィールドで武器を拾い集めている時は、仲間の「ズシャズシャ」という足音が明瞭に聞こえ、「今、右奥の方にいるんだな」みたいな情報が音だけでわかる。

驚いたのは環境SE。広いフィールドで鳥の声や風の音がする事に、AK HC3+イヤフォンで初めて気がついた。スマホスピーカーでプレイしていた時は、銃撃音くらいしか耳に入らなかったのだが、AK HC3+イヤフォンで聞くと、「ちゃんとこの世界で戦っているんだな」という臨場感がアップする。

銃撃音が遠くで鳴り響いている時の“遠さ”もわかりやすいため、「敵がこっちに来る」とか「足音がしたから壁の向こうにいるな」というのも把握できる。ゲームプレイを有利にするツールとしてもAK HC3はアリだろう。

AK HC3の効果か、Apex Legends Mobileでチャンピオンをゲットできた

なお、プレイしながらボイスチャットアプリ「Discord」で喋ってみたが、こちらも問題なく機能した。

ボイスチャットにも使える

ゲームが迫力あるサウンドでプレイできるので、当然YouTubeの動画や、Netflixで映画を観るような時にも使える。例えば映画「グレイマン」冒頭の、花火が打ち上げられる中でのアクションシーンなど、ズドンズドンという低音の迫力や、パーティー参加者のざわめき、鋭い銃撃音などが、AK HC3を通すとクリアに聴こえ、映画の世界に引き込まれる。スマホの小さな画面だと、イマイチ映画が楽しくないという人も、音がグレードアップすると、話は違ってくるだろう。

YouTubeで、バイクに乗って旅する動画を観るのが好きなのだが、AK HC3だと重低音がしっかり再生できるため、「ズドドドド!!」というエンジン音の迫力や、道路を疾走している時の屋外の空間の広さなどが音からしっかり伝わってくる。“ながら見”する事が多いYouTubeだが、サウンドがクオリティアップすると、じっくり鑑賞できるコンテンツに変化するから面白いものだ。

配信の映画やYouTube鑑賞にもマッチする

いつでも、全部をいい音に

“スマホのサウンドを良い音で”とか“スマホをDAP化”と聞くと、オーディオマニア向けの特殊な製品をイメージするが、AK HC3は良い意味で身近で手軽に使えるのが魅力だ。スマホに取り敢えず突き刺して、いつものイヤフォン/ヘッドフォンを接続すれば、音楽や映画が数段上のクオリティで楽しめ、それに飽きたらゲームやYouTubeの音も、そのままグレードアップして楽しめる。

本体も小さいので、ポケットの中に忍ばせておけばいつでも接続できる。“ここぞという時に良い音を”ではなく、“いつでも、全部をいい音に”してくれるのが最大の魅力と言っていい。スマホの出番が多い今だからこそ、活躍する機会が多い。使い倒せる新時代のポータブルオーディオ、それが「AK HC3」と言えるだろう。

(協力:アユート)

山崎健太郎