レビュー

クアッドDACでハイパフォーマンス「A&norma SR35」で、超進化「AK ZERO2」を聴く

「A&norma SR35」と「AK ZERO2」

「外で音楽を楽しむプレーヤー」から、「アクティブスピーカーと組み合わせ、家の中で高音質が楽しめるUSB DAC」としても注目を集めるようになったDAP。そんなDAP市場を牽引しているAstell&Kernから、要注目モデル「A&norma SR35」が登場する。5月20日に発売で、直販価格は129,980円。

注目の理由は、これまで数十万円の超ハイエンドDAPで採用されていた“クアッドDAC”を、スタンダードラインの「A&norma」で初めて採用した“ハイコスパDAP"であること。

「A&norma SR35」

さらに、Astell&KernからはオリジナルIEMの第2弾モデル「AK ZERO2」も同日に発売となる。こちらは4種の異なるドライバーを搭載した“Quad-brid設計”が特徴で、直販価格は179,980円。どちらも“クアッド”がキーワードの新製品を組み合わせて聴いていこう。

「AK ZERO2」

スタンダードでも“クアッドDAC”「A&norma SR35」

A&norma SR35

A&normaは、AK DAPのスタンダードラインと位置づけられているが、SR35は価格こそ10万円台のスタンダードラインを維持しつつ、「Hi-Fiプレミアムサウンドを全ての人に」を掲げて開発。フラッグシップラインで培った技術や設計を多く採用している。

それを象徴するのがDACチップ。前モデル「A&norma SR25」や「A&norma SR25 MKII」では、Cirrus LogicのMaster HIFI DAC「CS43198」を、L/R独立して1基ずつ搭載したデュアルDAC構成だったが、A&norma SR35では、同じCS43198を4基、つまりL/R独立で各2基使っている。

これだけでもかなり凄いが、このクアッドDACに、新設計のオーディオ回路と、独自のTERATON ALPHAテクノロジー、新世代アンプ技術も組み合わせた。その結果、バランス接続時でSN比130dB、クロストーク-145dBと、「もうスタンダードラインじゃないでしょ」と突っ込みたくなるスペックを達成している。

個人的には、単にDACチップを増やすだけでなく、ユニークな機能を搭載しているのが気になる。なんと“デュアルDAC”と“クアッドDAC”動作を切り替えられる「Dual/Quad DACスイッチングモード」を備えているのだ。

“デュアルDAC”と“クアッドDAC”動作を切り替えられる

要するに“デュアルDACの音”と“クアッドDACの音”を1台で聴き比べられるマニアックな機能。またこの機能、単に“音の違いを楽しむ”だけでなく、クアッドDACからデュアルDACにすると消費電力を抑えられ、連続再生時間を約20時間まで伸ばせる利点もある。「音質重視のガチなクアッドDACモード」と「バッテリー持ちも重視したデュアルDACモード」が使い分けられるわけだ。

フラッグシップライン「A&ultima」で培った新世代アンプ技術を投入し、駆動力もスタンダードラインとは思えない強力なもにのなっている。高出力時でもノイズを低減できる技術を投入したことで、電流処理能力が向上。ノイズや歪を抑えたまま、さらに高出力化を実現。ノーマルゲインとハイゲインの2段階ゲインコントロールができるのだが、ハイゲイン/バランス出力時では、なんと6Vrmsというパワフル出力を実現。鳴らしにくいヘッドフォンも、余裕をもってドライブできるだろう。

イヤフォン出力は上部に3.5mmアンバランス、2.5mm 4極バランス、4.4mm 5極バランスの3系統を搭載。再生可能な音楽ファイルはPCM 384kHz/32bit、DSD 256までのネイティブ再生をサポートしている。

上部のイヤフォン出力
右側面にはボリュームダイヤル
左側面には操作ボタン

細かい話だが、新たにデュアルバンドWi-Fi(2.4/5GHz)に対応し、ネットワークパフォーマンスが向上した。SR35は「Open APP Service」機能を供え、アプリを入れるとAmazon Musicなどの音楽配信サービスの楽曲も再生できるので、恩恵も大きいだろう。

「Open APP Service」機能を備えているので、アプリを入れればAmazon Musicなどの音楽配信サービスも楽しめる

PCと接続してUSB DACとしても使えるほか、Bluetooth送受信や、ワイヤレスでのファイル転送が可能な「AK File Drop」、DLNA強化のネットワークオーディオ再生機能「AK Connect」、YouTube動画/音楽ストリーミングサービス視聴「V-Link(Movie/Music)」機能も搭載する。

筐体のサイズやデザインはA&norma SR25 MKIIとほぼ同じ。少しだけSR35の方が落ちついた発色になっている。金属筐体は質感が高く、背面にはガラスも採用。施された「A」パターンは、長方形のパターンを表現しており、「A&normaシリーズで初めてQuad DACアーキテクチャーを採用したことを象徴している」という。

左からSR35、SR25 MKII。SR35の方が少し色が濃い
SR35の背面

外形寸法は108.3×64×16.1mm(縦×横×厚さ)で、重量は184gと適度な大きさで、ワイシャツの胸ポケットにも収納しやすい。ハイエンドなDAPは大型化しているが、やはりこのくらいのサイズがDAPとしては使いやすいだろう。

AK ZERO2

AK ZERO2

初代「AK ZERO1」は2021年末に登場。これまで多くのDAPを手掛けてきたAKが、「自分達が意図した音が楽しめるイヤフォン」を作った事で話題となった。

その第2弾モデルがAK ZERO2。ドライバー構成は、特別な平面駆動型ドライバー×1、デュアルカスタムBA(バランスドアーマチュア)ドライバー×2、10mm径のダイナミック型ドライバー×1、ダイナミックドライバーと一体化したピエゾトランスデューサー×1となっている。

左から初代「AK ZERO1」、「AK ZERO2」。筐体の形状がかなり変わった

各ドライバーが担当する帯域は、中域(フルレンジ)と中低域にデュアルカスタムBA、高域には高音域再生に特化させて開発したマイクロ・レクタンギュラー・プラナードライバー(PD:平面駆動ドライバー)を使っている。

さらに、低域と超高域用にピエゾトランスデューサー(圧電振動子)を組み合わせた10mm径ダイナミックドライバーを搭載。BA、PD、ピエゾ、ダイナミックと、4種類のドライバーを使っているので「Quad-brid」というわけだ。

特にユニークなのは、ピエゾトランスデューサーと10mm径ダイナミックドライバーを組み合わせている事だ。大口径のダイナミックドライバーが低音を豊かに再生しつつ、ピエゾトランスデューサーがダイナミックドライバーと連動して動作し、超高域を再生するスーパーツイーターとして機能するわけだ。

また、このように異なる方式のユニットを組み合わせると、音全体のまとまりを出すのが困難になるのだが、AK ZERO2では精密なクロスオーバーネットワークと、3Dプリントによるアコースティックチャンバーを活用する事で、調和を実現したとのこと。これは後ほど、聴いてみよう。

AK ZERO2

筐体はCNC切削のアルミハウジングで、触ると高級感がある。前モデルより暗めの色で、本格派な印象。組み立ては日本で行なわれているそうだ。なお、ケーブルはMMCXで着脱可能。ケーブル自体は4芯純銀メッキOFCで、入力端子は3.5mmアンバランスのケーブルと、4.4mmバランスケーブルが2本付属する。バランス駆動したい時に、追加でケーブルを買わずに済むのは嬉しいポイントだ。

AK ZERO2

A&norma SR35は、SR25 MKIIからどのくらい進化した?

新モデルの進化具合を聴いてみよう。

左からA&norma SR35、SR25 MKII

DAPから。前モデルSR25 MKIIと、SR35を比較する。なお、SR25 MKIIはデュアルDAC、SR35はDual/Quad DAC切り替え可能だが、まずはDual DACモードで聴き比べてみる。なお、モードの切替は専用の画面が用意されているほか、画面上部をスワイプするクイックメニューでも簡単に切り替えられる。

ジャズボーカルの「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を、どちらもバランス接続で試聴。「DACチップは同じだし、同じデュアルDACだとあまり違いは出ないかな?」と思ったのだが、実際に聴いてみると、明らかにSR35の方が良い。

すぐにわかるのが低域だ。SR35の方がアコースティックベースの低音が「グォーン」とさらに深く沈み、迫力がある。また、弦がブルンブルンと震える時の音圧や鋭さもSR35の方が上手だ。

「Aimer/カタオモイ - From THE FIRST TAKE」のようなシンプルな女性ボーカルでも違いがわかる。お腹から出ている声の低い部分が、SR35の方がより低く、太く、グッと迫るように聴こえるため、目の前に歌手がいるような“凄み”が出る。音像のコントラストも深いので、より音楽が印象的に聴こえる。

この違いは、おそらく新世代アンプによる効果だろう。全体のSN感もSR35の方が良く、音場も広く感じる。より広い空間に、ドッシリとした低域のサウンドが広がるため、全体としては「SR35の方が進化した」というよりも「SR25 MKIIよりも上位クラスのDAPを聴いている」という印象だ。

いよいよQuad DACモードに切り替えると……

これだけでもSR35に乗り換える充分な動機となるが、SR35の真価はここから。同じSR35で「Aimer/カタオモイ - From THE FIRST TAKE」を聴きながら、モードをDual DACからQuad DACに切り替えてみる。

クイックメニューからも素早くDual DACとQuad DACを切り替えられる

瞬時にわかるのが、SNの良さと音場の拡大だ。Aimerの声の余韻がスーッと広がる空間が明らかにQuad DACの方が広くなり、そこに声の響きが小さくなりながら広がっていく様子がよく見えるようになる。そのおかげで、音場を広く感じるだけでなく、奥行き方向の立体感も感じられるようになる。

同時に、ピアノやベース、ボーカルといった個々の音が、Quad DACではより力強く、エネルギッシュになる。ベースの弦が震える音が、「ブルン」から「ゴリン」に変わるような感覚だ。

音場が広くなると、サウンドとしては大人しくなると思われるかもしれないが、1つ1つの音がパワフルになるので、まったくそんな印象は受けない。音楽が展開するスケールが広くなると共に、細かな音までよりクッキリと聴き取れるので、耳から得られる情報量が一気にアップしたような感覚だ。

様々な曲で聴き比べたが、特に「米津玄師/KICK BACK」のような激しいロックで効果が絶大だ。無数の激しい音が飛び交うような楽曲なのだが、Dual DACだと狭い空間に音が詰め込まれて、窮屈に感じる。

しかし、Quad DACでは空間が広がると共に、乱れ飛ぶ音像にも勢いが増すので、開放的な気分でとにかく気持ちの良い音の洪水に身をまかせられる。

アクティブスピーカーと組み合わせて、コンパクトなデスクトップオーディオとしても再生してみたが、Quad DACによる音場の広さや音のパワフルさはスピーカー再生でもしっかりと感じられる。いや、イヤフォンよりも音場がリアルなので、スピーカーの方がわかりやすいかもしれない。省スペースなデスクトップオーディオに挑戦したい人にも、SR35は注目だ。

ただ、面白いのは常時にQuad DACがいいのかというと、そういうわけでもない。例えば、イヤフォンで落ち着いたクラシックやフュージョンなどをBGM的に聴きながら、何か他の作業をしている時などは、Dual DACサウンドの方が、意識を邪魔し過ぎないので快適に感じる。好みだけでなく、シーンに合わせて気軽に切り替えると良さそうだ。

AK ZERO1とAK ZERO2も聴き比べる

左からAK ZERO2、AK ZERO1

DAPの話が長くなったが、SR35を使ってAK ZERO1とAK ZERO2も聴き比べてみよう。どちらも4.4mmのバランス接続で、SR35はQuad DACモードを使っている。

まず前モデルのAK ZERO1から。このイヤフォンは1PD(マイクロレクタンギュラープラナードライバー) + 2BA + 1DDという4ドライバー構成だ。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」のベースを聴くと、低域が非常に肉厚で、押し出しも強く、気持ちが良い。ダイナミック型ならではの、リアルでたっぷりとした低域だ。

それでいて、ピアノやボーカルの細かな音は繊細に描写。異なるドライバーを組み合わせた利点を存分に発揮している。また、特徴的なのは異なる方式のドライバーを組み合わせていながら、低域から高域まで、音色やスピード感は揃っている事。Astell&Kern初のオリジナルIEMだが、完成度は非常に高い。

ただ、もう一声頑張ってほしいという部分もある。それが音場だ。ボーカルやピアノの余韻が広がる様子は見えるのだが、音場自体はそれほど広くはなく、またボーカルや楽器の音像も、高級イヤフォンとしてはちょっと近い。

AK ZERO2

このあたりの不満点がAK ZERO2では進化しているだろうか?

AK ZERO2を聴いてみると、まさにドンピシャ。まず音場が圧倒的に広くなる。それだけでなく、低域から高域まで、展開する音がよりワイドレンジに感じる。まるでオーディオルーム自体が広くなり、スピーカーがブックシェルフからフロア型に置き換わったのような感覚だ。

細かな音の描写力もパワーアップしている。中高域の分離が明瞭になり、ピアノの和音の構成も見やすい。また、ピアノとボーカルの高音部分が重なっていても、AK ZERO2は輪郭がシャープで、音色の描き分けも上手いため、それらがキッチリ分離して聴こえてくる。

「Aimer/カタオモイ - From THE FIRST TAKE」のブレスもより細かく、声の情感もさらに生々しく聴こえ、ドキッとする場面が増える。

音場が広くなったため、「米津玄師/KICK BACK」も最高だ。広がる空間に音が飛び交う様子が見やすくなるだけでなく、ベースの沈み込みがより深くなり、こちらに襲いかかってくるかのような迫力を感じる。

低域がどうの、高域がどうのという次元ではなく、AK ZERO1からAK ZERO2は“あらゆる面”で音が進化している。また、全体としての音色やスピード感の統一という、AK ZERO1の特徴もAK ZERO2は引き継いでおり、見事だ。おそらくAK ZERO2に搭載されたピエゾトランスデューサーと10mm径ダイナミックドライバーの組み合わせが寄与しているのだろう。

A&norma SR35×AK ZERO2で感じる、次世代Astell&Kernサウンド

A&norma SR35はQuad DACになり、アンプも進化した事で、音場の広さやSN比の良さ、低域の深さなどの面で大きく進化した。これにより、「スタンダードラインのサウンドはこんなもんでしょ」という枠を軽々と越えており、「値段はスタンダードラインだけど、音はハイクラス」という非常にコストパフォーマンスの良いDAPに仕上がっている。

AK ZERO2も同様に、音場が広く、よりワイドなサウンドに進化した。SR35と組み合わせて聴いたからよく分かるが、“SR35の進化具合”がこれだけキッチリ聴き取れたのも、AK ZERO2の表現力があってのものだ。

そういった意味で、A&norma SR35×AK ZERO2という組み合わせは、相性バツグンで、“これから先のAstell&Kernサウンド”を充分に感じさせてくれる。相性バツグンになるように作られているのだから当たり前ではあるが、DAPに加えて、これだけハイクオリティなIEMを自分で作れるのは、Astell&Kernの大きな強みだ。

お店で見かけた時は、愛用のイヤフォンやDAPだけでなく、A&norma SR35×AK ZERO2の組み合わせでも聴いてみて欲しい。

(協力:アユート)

山崎健太郎