レビュー
ソニーが創ったCD再生の最高傑作「CDP-R10」をメンテした
2024年4月11日 08:00
オーディオには伝説と呼ばれる名機の数々がある。ソニーのCDトランスポート「CDP-R10」もそのひとつだ。1993年にDAコンバーター「DAS-R10」と同時に発売され、価格はCDP-R10が120万円で、DAS-R10が80万円。トータル200万円(税別)のハイエンド機であった。
先般、伝説のCDP-R10のメンテをおこなう機会を得た。僕はサービスエンジニアだった時代を含め、過去にこの機種のメンテをしたことはない。そもそも音を聴いたこともないし、現物を見たのも数えるほどである。CDP-R10は僕にとっては伝説であり幻の名機ともいえる存在である。
この個体はとある方に長年愛用されたもので、外観はとてもきれいで丁寧に使われたことがよくわかる。しかし、数年前から音飛びが頻繁に発生するようになり、最近はあまり使っていなかったのだが、メーカーに問い合わせたところ修理対応はできない旨の回答があったという。伝説の名機ではあるが、悲しいかな家電製品であるがゆえに故障は避けられない。発売から30年以上経過した製品は、メーカーとしても面倒見切れないということだろう。
しかし、オーディオは一般家電とは違って新しいものが古いものを常に上回っているとは限らない。CDP-R10のような物量投資型の機種は今後発売される可能性は極めて低く、貴重な文明遺産といえる存在だ。それを直すということは、単なる機器メンテの領域を超えた重大な任務のように思えるのである。
という訳で今回は、ソニーの伝説の名機「CDP-R10」のメンテナンスをお話ししていこう。
伝説の名機「CDP-R10」とは
CDP-R10は、ソニーが作ったCD再生機の最高傑作といえるモデルである。
発売年の1993年は、登場から11年が経過したCDがオーディオソフトの頂点に君臨していた頃だ。再生ハードも群雄割拠の様相を呈していて、トランスポートとDACが別々になったいわゆる“セパレートタイプ”のCDプレーヤーも各社から数多く発売されていた。
ハイエンドモデルの多くはセパレートタイプであり、その価格は軒並み100万円以上だったが、CDP-R10 + DAS-R10のペアは国産機トップの200万円だった。発売台数は200台に満たないといわれていて、まさに伝説の名機というにふさわしい。
CDP-R10の最大の特徴は、光学固定式メカだ。CDの盤から信号を読み取るときに、機械的な精度を極限まで高めることで、読み取り制御回路や信号のエラー補正などの負担を極限まで抑えることで高音質を実現する、という理論が当時の各社共通の考え方であった。
ソニーが考案した光学固定式メカは従来と反対のやり方で、光学ピックアップ(以下OP)を固定してCDの盤を移動させる方式である。光学固定式メカは当初は高速アクセスを目的として業務用CDプレーヤーに採用されたが、CDP-R10はそれとは異なる高音質へのアプローチで設計された。
いよいよメンテ開始~全部品の精度の高さに感心
武者震いを憶えつつ、CDP-R10と正面から対峙したのは昨年末のこと。初めて見るその威容は甲冑を思わせる強固なキャビネットに覆われていた。本体重量は約30kgと、アンプ並みの重さにまず驚いた。作業台に乗せるだけでも一苦労である。
まず現状点検をおこなう。電源を入れてオープンボタンを押すと重厚な上蓋が静かに開くと、そこにはCDと同径のターンテーブルが鎮座している。ミントグリーンの樹脂コーティングが美しいターンテーブルは重厚なアルミダイキャスト製である。CDの面ブレを確実に抑え込む高精度読み取りの重要な部分だ。
ターンテーブルの奥のほうをのぞくと上側に強固なステンレス製のブリッジがあって、OPはそのブリッジに下向きに取りつけてある。上から下に向けてレーザーが照射されるので、CDは読み取り面を上に向けてターンテーブルにセットする。
ケースから取り出したCDを引っ繰り返してから重厚なターンテーブルに置く所作は、やや違和感があるものの、この異なる大器への尊敬と畏怖の念が入り交じるような不思議な快感が沸いてくる。
点検の結果、数分に一回程度の音飛び発生が確認できた。CDプレーヤーの故障ではOPの劣化が定番ではあるが、この機種の新品のOPは既に入手困難な状況だ。メカ的や電気的な調整だけで回復させることができるか? やれることは限られているがとにかくやってみよう。
音飛びの状態から推測すると、OPの劣化やターンテーブルの移動などに問題があるように思ったので、はじめに機械的な問題がないか確認することにした。
キャビネットの構造はシンプルで分解は簡単だ。上蓋と上面パネルを外した状態でメカの動きを観察する。CDを乗せたターンテーブルが間欠的に移動する様子、つまりスレッド送りを見ることができる。これは普段は見ることができない貴重な瞬間だ。スレッド送りの頻度は10秒に1回程度。1回の移動量は目測で0.5~1mmくらい。思ったよりも粗い印象だ。
メカ動作の観察が一通りすんだらいよいよメカデッキを取り外す。メカデッキを取り外したらターンテーブル移動メカを分解し、ギアやラック、移動用のレールとベアリングなどなどを点検する。すべての部品が極めて高精度にできていて、分解しながらその素晴らしさにいちいち感心してしまう。
ターンテーブルやOPはリジットに支えられていて、支持機構の部品はすべて金属製でありゴムやプラスチックは一切使われていない。普通の読み取りメカはゴムダンパーやバネなどでキャビネットから浮かせてある。
CDP-R10は振動の影響をもろに受けることになるが、高精度、高剛性な部品と全体の重量で振動を跳ね返す。機械的なあいまいさを徹底的に排除して高音質を狙う設計なのだ。点検の結果、ターンテーブル移動メカに問題はないようなので、グリスアップをおこなって元通りに組み立てた。
光学ピックアップを清掃・調整するも変化なし
続いて、OP周りの点検をおこなう。OPは頑強なステンレス製のブリッジに下向きに取りつけてあるので、まずはブリッジを取り外す。ブリッジの取り付け部分はOPの位置調整や傾き調整ができるような構造になっている。原状復帰のためネジやシムの位置を写真にとりながら慎重に分解する。
ブリッジを外すと、ようやくOPがあらわになる。レンズはピカピカで汚れはほとんどないが、レンズ駆動部のカバーを外してレンズの裏表を清掃。またRF基板のチップ電解コンデンサも念のため交換した。ここまで一通りの処置を終えたので仮組みして動作確認する。しかし、音飛びの症状はほとんど変化ない。まあ想定通りである。
次はオシロスコープを使ってRF(読み取り)信号波形を見ながら、OPの調整をしてみる。OPが取り付けられているブリッジのネジをゆるめてから、ブリッジの前後左右の位置やブリッジと基台に挟み込まれたシムの位置や角度を微調整する。
この調整は非常にシビアで、僅か0.1mm程度動かすだけで信号波形や音飛びの症状が大きく変化する。しかも水平方向だけではなく垂直軸の傾きも調整しなければならない。
押しては戻し、上げては下げて、ネジの締め方を変えたり、止め位置を変えたりして試行錯誤すること丸二日、ようやくRF波形や読み取りが安定してきた。いやあ、これはもう職人芸の世界だ。製造時はさぞ大変だっただろう。
ここまでやったところ音飛びの発生頻度は明らかに減ってきた。しかし、残念なことに完全には収まらない。一枚の盤で1~2回程度は音飛びしてしまうのだ。やはり新品のOPに交換しないとダメなのか……。
形状が似たOPを入手・交換……読み込み不能に!
悪戦苦闘していたところ、知り合いから「形状が似たOPの新品がネットで売っている」と知らされた。写真を見るとフレキ(接続用フラットケーブル)の形状が異なるもののOP本体は同じに見える。
わらにもすがる思いで注文し待つこと数日。現物を確認したらなんとか取り付けられそうなのでOP交換を実行した。しかし、今度はまったく読み込みできなくなってしまった。
フレキ接点をよくみると配列が一部異なっているようだ。OPを元に戻したところ、元通りに読むようになったがもちろん音飛びも元通り。う~ん、どうしたものか……。
移動メカのギアに亀裂が!
行き詰まったときは、気持ちを真っ白にして考え直してみる。
OPの清掃や調整で確かに症状は改善した。しかし、完全には直っていない。だとすると、OP関連の問題は改善したが他の問題が残っているのではないか。
そこで改めて音飛びの症状を確認したところ、盤によって同じところで音飛びが発生することが分かってきた。そこで音が飛ぶところを繰り返し何度も再生しながら、RF波形やOPの動きとフォーカス動作音を観察したところ、特定位置のスレッド送りの瞬間に音が飛ぶという傾向が見えてきた。
スレッド送りメカ、つまりターンテーブル移動メカは一番はじめに点検したが、分解して再度点検する。見落としがあるかもしれないと考えて、今度はすべての可動部品を外してつぶさに観察したところ、ギアの1個に亀裂が入っているのを発見した。そのギアを手で動かすと亀裂の部分でわずかに動きが重くなるのだ。これだ! 思わず叫んでしまった。
亀裂が入ったギア自体はPOMというプラスチック素材でできていて、真鍮の筒と一体成型してから金属シャフトに圧入されている。特殊な構成なので補修は非常に難しい。しかし、部品が手に入らないので直すしかない。
まずギアを慎重に外してから亀裂に“かすがい”を渡す要領で薄い金属片をはんだごての熱で溶かしこむ。さらに強度を上げるためギアの段差部分を極細のステンレスワイヤで縛る。そして、ギアの穴をやすりで削ってわずかに拡張してから元の位置に戻してから最後は特殊な接着剤で固定する。これでうまくいくだろうか。
接着剤が固まるまで丸一日待ってからギア部分を組み立てて動かしてみたところ、妙な引っかかりもなくスムーズに回転することが確認できた。そして水平移動メカを組んで試運転もOKである。ターンテーブルが静々と円滑に動く様子に期待を膨らませる。
分解と組み立てはかなり慣れてきたが、ここで焦って失敗しては元も子もないので、慎重にメカデッキを組み立ててテストをおこなう。すると、これまで必ず音飛びしていたところでも音飛びしない。
やった! 直った! いやいや、でも偶然かもしれない。慎重に何度も何度もテストしてみる。さらには盤を変えてテストを続ける。
その後、仮組みの状態で数時間テストを続け、盤にして5~6枚は聴いただろう。音飛びはまったく発生しなくなった。直ったな……。胸の奥に熱いものがこみ上げてくる。静かな達成感に浸りつつ、メカデッキをキャビネットに戻し、静かに上面パネルを取り付けてネジを締めた。
奏でるサウンドは透明で浸透力があり、その情報量は圧倒的
キャビネットをすべて元通りに組み立てて、試聴室で最終確認をおこなう。もちろん相棒はDAS-R10である。
まずは聴きなれた矢野顕子の「ピアノ・ナイトリー」から。冒頭の歌いだしの生々しさにハッとする。口の開き方や舌の動きが映像のようにリアルに感じられる。そして、教会に広がるエコーは立体的なうねりをみせ、まるで白鳥の羽根の羽ばたきの如く空間を飛び回ってはるか上空へと消えていく。なんという細密な描写だろう。究極の高精度に構築された光学固定式メカと、最高峰の1ビットDACの威力がこれなのか。
驚嘆につつまれながら、迫力系の名録音盤、レイ・ブラウンの「ジョージア・オン・マイ・マインド」をかける。ベースの低音はタングステンの塊を内包したサンドバッグのように深く重く響く。決して品格を失わないドラムとピアノに支えられ、クラブの狭小な空間に充満するトリオの爆音を意外とすんなりと分解して聴かせる。アップテンポの曲ではシンバルの強打やベースの激しい指運びも、つながることなくひと粒ひと粒きれいに分離してはじけ飛ぶ。これはどのCDプレーヤーでも聴けなかった表現だ。
クラシックも聴いてみよう。小編成が似合いそうだがあえて大編成オーケストラの盤を何枚か聴いてみた。いずれも雄大で包み込むような低弦の厚みと、透明でキメの細かい高弦が両翼となり、輝かしく立体的なブラスセクションや打楽器群との描きわけが見事である。そしてあくまでも品位を失わず、トゥッティでも美しく響かせる力量は見事というしかない。
とにかく、いずれの盤を聴いても圧倒的な情報量と超高精細の分解能に驚かされる。CDという至高のオーディオメディアを生み出したソニーが、最高の情熱を注いで開発したCDP-R10とDAS-R10が奏でるサウンドは、透明で浸透力があり、その情報量は圧倒的である。
音がいまそこで生まれて空間に放たれる様子が目に見えるようだ。オーディオの存在を忘れてしまうような錯覚さえ感じる。デジタルだとかアナログだとか、CD対ハイレゾだとか、そういったメディア論争がまったく無意味に思えてくる。
CDP-R10。それは伝説であり、そしてオーディオの至宝である。とにもかくにも、直ってよかった!!
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