レビュー

小型のD級アンプを作ろうとして大暴走!? マランツの新世代アンプ「HD-AMP1」を聴く

 当たり前の話ではあるが、オーディオメーカー、とりわけハイエンド機器を手掛けるメーカーの開発者には“オーディオマニア”が多い。家でも会社でも音の良さを追求するような人達なので熱意はハンパではなく、仕事として作っているオーディオ機器にもこだわるあまり「我慢できずにハイグレードパーツを入れちゃて(笑)」……。その結果、想定よりコストがかさんだり、完成が遅れたりして、マーケティングや営業の人達が青ざめるなんてシーンもよく目にする。

USB DACアンプ「HD-AMP1」

 もちろんメーカーのよってマニア気質に温度差はあるが、個人的にはマランツはその中でもとりわけ“熱い”メーカーだと感じる。そんな同社が、良い意味で“大暴走”して作ったUSB DACアンプ「HD-AMP1」というモデルが12月上旬に発売される。価格は14万円と、同社製品としては比較的リーズナブルだ。

 AV Watch読者なら、写真を見て「なんか見たことあるな」と思うだろう。それもそのはず、デザインは昨年から発売されているUSB DAC搭載ヘッドフォンアンプの人気モデル「HD-DAC1」(108,000円)とソックリだ。ついでに型番も「HD-AMP1」と「HD-DAC1」でよく似ている。

 勘の良い人は「DAC1はヘッドフォンアンプなので、“スピーカードライブ用アンプバージョン”としてAMP1という機種が登場するんだな」と予想するだろう。まさにその通りだ。

左がスピーカー用アンプの「HD-AMP1」、右がヘッドフォンアンプの「HD-DAC1」

 だが、完成したAMP1とDAC1を並べてみると、顔つきは同じだが、なんかAMP1の方が一回り大きい(AMP1の外形寸法は304×352×107mm:幅×奥行き×高さ)。さらに価格も108,000円(DAC1)とAMP1(14万円)でややAMP1の方が高価だ。お馴染み、マランツの澤田氏(ディーアンドエムホールディングス GPDサウンドデザイン D+M シニアサウンドマネージャーの澤田龍一氏)は「最初は99,800円で、DAC1と同じサイズのアンプを作ろうと思ったのですが、暴走しまして」と笑う。

10万円以下の小型アンプを作るつもりが……

 マランツのコンパクトなコンポと言えば、ハイコンポなのにバイアンプを搭載し、音もとことんピュアオーディオ寄りに追求した「M-CR611」(7万円)がある。澤田氏に詳細を聞いた記事は以前掲載したが、「AMP1開発時当初の昨年初頭は、M-CR611をベースにして、各部をグレードアップする形で開発しようと考えていました」という。だが、ESSのDACを搭載すると決定した頃から方針が変わってくる。

ディーアンドエムホールディングス GPDサウンドデザイン D+M シニアサウンドマネージャーの澤田龍一氏

 「ESSのDACを採用するのはマランツとして初めてですが、かなり前からESSのDACはテストしていました。大変結果がよく、いつ採用しようかと思っており、今回のAMP1で採用できました」。選ばれたのは「SABRE 32 ES9010K2M」だ。

 このDACは2ch仕様、チップとしてはさらに上位モデルもあるが、コスト面で選択したわけではないという。「もちろん上位モデルも含め音質検討した上で、AMP1ではES9010K2Mの方が結果が良かったため、あえて採用しています。ESSのDACには8ch仕様のものもあり、これをパラレル駆動するという手もありますが、データ特性は良くなるものの平準化されてしまい、DACの個性が失われるように感じられるので、マランツではあまり好んではいません」(澤田氏)。

搭載DACは「SABRE 32 ES9010K2M」

 ただ単に「ES9010K2M」を搭載して終わり……といかないのがマランツらしいポイント。注目したのは、このDACチップがメーカーオリジナルのデジタルフィルタを実装できる点だ。

 「社内にデジタルフィルタを開発できる人間がおり、彼が、マランツが高級機で取り入れてきたオリジナルのフィルタパターンをESSのDACに実装できるのではと言い出しました。ただ、既に我々のフィルタパターンは存在しているとはいえ、プログラムをそのままESSのDACに流し込む事はできませんので、開発には困難が伴いましたが、彼がやり遂げてくれました」という。

 このフィルタは「Marantz Musical Digital Filtering(MMDF)」と呼ばれるもので、特性は上位モデルの「SA-11S3」や「NA-11S1」で使っているものを踏襲している。

オリジナルの「Marantz Musical Digital Filtering」。左が「フィルタ1」、右が「フィルタ2」。インパルス前後の波形に注目

 デジタルフィルタでよく耳にするのが、シャープロールオフ/スローロールオフだ。シャープの方は、インパルスに対して前と後にリンギング(プリエコー/ポストエコー)が出るもので、音の傾向としてはPCMらしいカチッとした音に。スローはリンギングがほとんど出ないもので、柔らかなアナログライクな音になる。

 だが澤田氏は、マランツの求める音はそのどちらでもないという。「自然界の音源にプリエコーなんてものはありませんから、マランツではインパルス前のプリエコーは短く、後のポストエコーはあるサウンドを理想としています。ソリッドでカチッとした音でありながら、音の輪郭のエッジが立ちすぎない、自然な、音楽的な音を追求しています」。これを元に、プリエコーに対し、ポストエコーを少し長めにしたものを「フィルタ1」として実装。プリ/ポストエコーを共に短くし、よりアナログ的な音質傾向とした「フィルタ2」も用意。ユーザーが選べるようになっている。

内部構造

 「ES9010K2M」が、電流出力型のDACチップである事も、採用の決め手だったという。「電流出力型の場合、その後に外付けのI/V(電流/電圧)変換回路を用いることができ、独自のサウンドチューニングが可能です。I/V変換回路とポストフィルターはHDAMとHDAM-SA2を使用したディスクリート回路で構成しています」(澤田氏)。

 マランツと言えば、オペアンプはできるだけ使わず、伝統の高速ディスクリート回路「HDAM」を投入するのがお馴染みだが、AMP1ではI/V変換回路だけにとどまらず、その後のポストフィルタ、プリアンプもHDAMで構成。さらにアナログインプット用のバッファにもHDAM-SA2を投入した。ベースモデルとなるはずだったM-CR611と回路図を比べると、もはや別物だ。

上がM-CR611の回路図、下がAMP1。HDAM回路がふんだんに使われているのがわかる

スイッチングアンプHypex「UcD」とは

 さらにAMP1では、マランツとして画期的なポイントがある。パワーアンプ部にスイッチングアンプ、俗にいうデジタルアンプ(クラスDアンプ)を採用している事だ。同社は低価格な製品にはクラスDアンプも使っているが、「レギュラーなスタイルのピュアオーディオアンプにスイッチングアンプを使ったことは過去に無い」(澤田氏)。オーディオ歴が長い人は“マランツがスイッチングアンプを使うとは”と驚くかもしれない。

 採用しているスイッチングパワーアンプモジュールは、海外のハイエンドオーディオメーカーで採用例の多いHypex製の「UcD」(Universal Class D)だ。採用した理由は「もちろん音が良かったから」(澤田氏)というが、それと同時に、Hypexはマランツと馴染み深い会社だという。

Hypex製の「UcD」

 「Hypexは元々、Philipsにいたエンジニアが開発したものです。御存知の通り、マランツは以前Philipsの傘下で、同じグループ会社でした。今回採用したUcDは、そのエンジニアがPhilips時代に考えていたSODA(ソーダ)という方式をベースにしています。実は、B&Wのサブウーファ・ASW850というモデルの内蔵アンプはマランツが供給していたのですが、そのアンプもSODAを使っています。そういった経緯もあり、Hypexには馴染みがあり、回路設計者とも交流があります。今回改めてテストしても、非常に音が良く、採用に至りました」(澤田氏)。

 このHypex「UcD」、海外のハイエンドオーディオ機器に搭載されているが、国内メーカーではあまり使われていないので耳馴染みが無いという人も多いだろう。澤田氏によれば、音は良いが、かなり使いこなすのが難しい素子のようだ。

 「実はこのUcD自体、ゲインをほとんど持っていません。パワーアンプの“終段だけ”というイメージで、プリアンプとパワーアンプの電圧増幅段を併せ持つくらいのゲインを持たせないと、UcDをドライブできないのです。また、アナログ入力のみしかなく、しかもバランス入力でないと動かないので、プリアンプの終段をバランスにしなければならない。部品点数も多くなるので、小さな製品に入れようとするとハードルがかなり高くなります」。

 使いこなすのが難しく、コストも上がる。しかし、逆に言えば、それだけ自分達が音にこだわって製品を作りこむ余地が沢山あるという事でもある。「プリアンプだけでなく、パワーアンプの前段も、マランツが得意とする技術を沢山活かせます。基本的な考え方はアナログアンプです。使える部分には使えるだけ、ハイスピードでローディストーションなHDAM回路を使っています。ディスクリート回路ですので、使う場所に合わせて設定も変えられます。オペアンプも使ってはいますが、メインストリームは全てHDAM回路を搭載しました。音を聴けば、やるだけの価値があります」(澤田氏)。

 同時に澤田氏は、「決して“スイッチングアンプを作る事”が目的ではない」ともいう。「我々は単に、マランツのハイエンドモデルと同じようなアンプを、安価なモデルであっても作りたいと考えています。基本はアナログなのです。終段だけスイッチングにしなければならないのは、この筐体サイズでは“そうしないとパワーがとれない”ためです。フルサイズのモデルではありませんが、マランツにとって初めてに近いスイッチングアンプ。であるならば、従来の踏襲ではなく“マランツらしさ”を前面に打ち出したい、“徹底的にやろうじゃないか”という気持ちで開発しました」。

 こうして、当初の計画からはサイズ・価格共に変わってしまったものの、良い意味で暴走したアンプが生まれる事になったわけだ。

ヘッドフォンアンプとUSB DACにもこだわる

ヘッドフォンアンプにもHDAMを採用

 低価格な製品では、スピーカー用アンプの出力に抵抗をかませて、それをヘッドフォン出力に使うものもあるが、AMP1では独立したヘッドフォンアンプを搭載している。

 ゲインのパートは、SA8000系で使われているヘッドフォンアンプをベースに構築。オペアンプも使われているが、ディスクリート回路のHDAM-SA2も積極的に投入。3段階のゲイン切り替えも備えている。

 USB DAC部には、マランツの製品ではお馴染みのデジタル・アイソレーション・システムも搭載している。USB接続されたPCから流入する高周波ノイズや、HD-AMP1内のデジタル回路から発生する高周波ノイズによる影響をカットするため、高速なデジタルアイソレーターを4素子、7回路備えている。

 この素子はICチップ上に組み込まれたトランス・コイルを介して磁気によるデータ転送を行なうもの。つまり、入力側と出力側は電気的に絶縁されている。これをデジタルオーディオ回路とDAC間の信号ラインに設置する事で、高周波ノイズがそもそもDAC回路やアナログオーディオ回路へ入らないよう遮断しているわけだ。USBインターフェースデバイスのグラウンドをオーディオ回路から分離させ、ノイズの回り込みも防止されている。

デジタル・アイソレーション・システムも採用。高周波ノイズがそもそもDAC回路やアナログオーディオ回路へ入らないよう遮断している
付属のリモコン

 USBのインターフェイスデバイスも刷新されており、最大でDSD 11.2MHz、PCMは384kHz/32bitまでに対応した。DSDの再生は、Windowsの場合ASIOドライバを使ったネイティブ再生と、DoP(DSD Audio over PCM Frames)の両方に対応している。クロック回路には超低位相雑音クリスタル。44.1kHz、48kHz系それぞれに、従来より周波数を2倍に上げた専用のクリスタルを搭載している。

 同軸デジタル入力×1、光デジタル入力×2も備えており、CDプレーヤーやネットワークプレーヤーとのデジタル接続もできる。前面にもUSB端子を備え、USBメモリに保存したハイレゾファイルも再生できる。PCを使わない時でも、出番の多いアンプと言えるだろう。

背面

音を聴く

 試聴室で音をチェックしてみよう。組み合わせるのは、英B&W(Bowers & Wilkins)のスピーカー「800 Series Diamond」の新シリーズ「800 D3」から、「803Diamond」(ローズナット仕上げ:135万円/ピアノブラック:145万円)だ。

試聴に使用した「803Diamond」

 100万円オーバーのスピーカーを、14万円のアンプでちゃんとドライブできるのかという不安もあるが、マランツの開発用試聴室ではさらに上位の「802Diamond」(ローズナット:170万円/ピアノブラック:180万円)がリファレンススピーカーとなっており、「HD-AMP1」の開発時にも使われていたそうだ。澤田氏は「802Diamondでチューニングした初めての製品です」と笑う。

 PCからUSB経由で「Sara K./I Can't stand the rain」や「Lambchop/is a Woman」を再生する。音が出た瞬間に驚くのは、厚みのある豊かな音圧。こんな小さな筐体のアンプで、「803Diamond」を難なくドライブしていて驚かされる。音圧だけでなく、低域内の細かな音も極めてクリア。トランジェントも良く、ヴォーカルの響きが消える際の描写も、スッと素早く消えてユニットの余計なフラつきがない。小さく低価格なアンプだが、まさにピュアオーディオな音だ。

 ではアナログアンプのハイエンドモデルと同じ音なのかというと、そうではない。ここが面白いのだが、AMP1の中低域は、音圧が豊かで胸を圧迫されるようなパワフルさがありながら、とても“クール”だ。アナログアンプの上級機は、スタジオやライブ会場の熱風のようなものが吹き付けるイメージがある、色で言うなら暖色系だ。AMP1のサウンドは、それが寒色系なのだ。

 恐らく、中低域の分解能の高さや、キレの良さ、音像のシャープさなどが組み合わさってそう感じるのだろう。

 かといってエッジがカリカリに立っていたり、中低域に重量感が無くて高域寄りになるなど、“いかにもデジタルアンプ”な音では決してない。アナログアンプのような質感や響きの豊かさ、ズシンと来る安定感がありつつ、音のキレが良く、ハイスピードで、独特の透明感がある。AMP1の内部構造を思い出すと、アナログアンプとして作りこみ、最後の最後だけスイッチングアンプを使っているわけだが、まさにその内部構造がそのまま音の特徴として出ており、非常に面白い。

 マランツのアンプには、空間表現の奥深さや、響きの自然さ、しなやかさなどに特徴があるが、その“マランツらしい音”とデジタルアンプならではのキレや透明感を掛けあわせたような新しいサウンドだ。

B&Wの「CM1S2」

 AMP1と価格的にもマッチするブックシェルフとして、B&Wの「CM1S2」(ペア128,000円)とも組み合わせてみよう。「803Diamond」と比べ、少し自分に近い、ニアフィールド寄りなセッティングで「John Grant/Black Belt」を再生すると、サラウンド環境で聴いているのではないかと思うほど広大な音場が展開。頭の真横どころか、後方にも音像がキッチリと定位する。点音源に近いブックシェルフらしい音場再生能力の高さだが、AMP1のキレの良さ、分解能の高さが、それをさらに強化している印象だ。

 低域の細かな音など、まるでヘッドフォンで聴いているかのように微細に音が聴こえるのだが、かといって音像が近すぎるという事はなく、空間は唖然とするほど広い。デスクトップに設置してニアフィールドリスニングした場合でも、机の上を遥かに超える空間が現れるので、開放感に浸りながら音楽が楽しめるだろう。

書斎やPCデスクでの使用イメージ

 この「CM1S2」を聴きながら、オリジナルのデジタルフィルタ「MMDF」の「フィルタ1」と「フィルタ2」を切り替えてみる。「フィルタ1」はインパルスに対して後ろにポストエコーが出るタイプだが、音像がシャープにカチッと明瞭になり、フォーカスがバッチリ合ったような音場が広がる。現代的なPCMサウンドというか、“PCオーディオっぽい音”だ。

 プリ/ポストエコーがどちらも短めの「フィルタ2」に変えると、輪郭がふわっと柔らかくなり、アナログっぽい、ホッとするサウンドに変化する。細かな違いではあるが、AMP1はもともと細かな音の描写力が高いので、誰もが切り替えた瞬間にハッキリ違いがわかるだろう。個人的には「フィルタ2」が気に入った。

 こうした細かな違いを明確にわかる、再生能力の高いアンプだ。早いところでは11月末に店頭に並ぶだろう。じっくり聴いてみて欲しい。

マランツの新世代アンプ

 マランツとして初の本格的なスイッチングアンプ。澤田氏は「開発を通じて、多くの知見が得られた」という。

 「例えばチューニングの際、特に電源周り、終段(スイッチングアンプ)に送っている電源のコンデンサに気を使いました。高速スイッチングするわけですから、高周波特性の良いコンデンサが良いだろうと思っていました。しかし、いろいろ試すと、高周波特性も重要なのですが、アナログアンプに使って良い結果が出るコンデンサが、スイッチングアンプにも良いんです(笑)。スイッチングアンプならではの音変化があるのかと思っていたのですが、アナログアンプと同じテイストで変わるのです。アナログアンプと違い、巨大なコンデンサはいりませんが、アナログ的な手法でまとめられる。今までのノウハウが使える部分でもありました」。

 得られた知見は当然、今後の製品にも反映される。AMP1は、マランツの今後のアンプラインナップに、1つの新しいラインとして展開していくような“次世代アンプのプラットフォーム”的な存在になるかもしれない。そんな予感を感じさせる新しいサウンドだ。澤田氏によれば、AMP1と組み合わせるプレーヤーも計画されているという。AMP1の中に既にDACがあるので、恐らくトランスポート的なものになりそうだ。

 「HD-AMP1」は書斎はもちろん、リビングでも堂々として繊細なピュアオーディオサウンドが楽しめるDAC兼アンプだ。ニアフィールドに設置したスピーカーと組み合わせれば、高級ヘッドフォンの高解像度サウンドにも負けないシャープな描写も味わえる。それでいて、空気感、空間の広さ、音像の実在感などは、スピーカーならではの魅力だ。「そろそろスピーカーで音楽を楽しみたい」というヘッドフォンマニアにもマッチするだろう。

 暴走の結果、当初の予定よりも高価で一回り大きなアンプになった。もちろん、消費者としては低価格で小型である事に越したことはないが、個人的にはオーディオという趣味の機械だからこそ、むしろ“オーディオの醍醐味”を知り尽くしたマニアックなエンジニアがこだわるあまり暴走し、「やりたい事をやり尽くした」くらいの製品が欲しい。スマホなどと違い、末永く使っていくピュアオーディオだからこそだ。

(協力:ディーアンドエムホールディングス/マランツ)

山崎健太郎